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暁闇のヘリオドール  作者: 沙華
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90 居心地の良い場所



 ペインレス、と名を改めた男の蹴りを受け止めたのはシャルロットだった。


「くっ……!」

「へぇ、やるじゃん」


 重たい一撃を腕で受け止める少女を見て、男は傷の酷い顔を歪ませて笑う。

 一度ぶつかり合った二人は飛び退いて距離を置く。

 ジェイドは懸念していた。たった一回の衝突でもこんなに大きな打撃音が響く。騒いでしまっては、人が集まってきてしまう。

 早急にペインレスを鎮めるのが先決だ。それは分かっているのに、ジェイドはどう行動すれば良いのか考えあぐねている。


「そこの女の子も良いけどさぁ、俺はジェイドを誘ったワケ。お前、女の後ろに隠れて見てるだけ? 俺と遊んでくれないの?」


 どうしたら良いのか悩んでいるところを挑発されれば、苛立ちもするというもの。

 ジェイドはシャルロットの背後から、真っ直ぐに友と呼んだ男を睨み付け口元のみに笑みを湛える。


「君如き、俺の出る幕でもないと思っただけだ。と言うか良く覚えてたな。俺の事なんて、出来の悪い君の頭じゃとっくに忘れているものだと思っていたよ」

「口調も目付きも随分変わっちゃったみたいだけどさ、俺は覚えてたよ。お前目玉特徴的だし?」

「それを懸念して眼鏡してたのに……無駄だったな」


 ケラケラと笑うペインレスとは対象的に、ジェイドは作り笑いを浮かべるのを止めると眼鏡を外して足元へと棄てる。

 どうせ度の合わない他人の眼鏡だ。惜しくはない。

 床に落ちて大理石の上で跳ねる眼鏡を眺めながらペインレスは呟く。


「ってか、ブロッゲンで神官とシスターが服盗まれたって軽く騒ぎになってたんだけど……そっか、犯人お前らか」


 グランヘレネ皇国は国内で犯罪があった場合、該当の街と皇都には話が上がってくるがなるべく関係のない街には広まらないようにと情報統制が為される。

 だからジュームに移動したジェイドとシャルロットの耳に、ブロッゲンの二人の被害者の話が入る事はなかった。


 毎日を女神に見守られ、誰一人として欠ける事なく愛されていると信じている国民達の国だ。そこに犯罪が発生するなんて事自体を、彼らは良しとしない。

 宗教の国ではあるが子供の国ではないのだ、どう足掻いたって大なり小なり犯罪が発生してしまう事は皆理解している。

 だから兵が存在し、武力が存在する。

 けれど、表面上だけはどの国よりも美しくありたいと誰もが願っている。その為、大変な犯罪が発生すれば兵に通報し後の事は一任してしまう。なるべく笑顔で過ごし、なかった事にしてしまう。

 皆が皆、平和で美しい国を演じる為の役者なのだ。帳尻合わせに生まれた神の国は表面の皮膜だけは傷がないものの、その奥は継ぎ接ぎだらけの醜いものである。


 それを体現したかのような姿を持ち、城内に隠されていたのが目の前にいるペインレスではないか。


「そうだが? ……懐かしい、昔は二人でこの衣装に憧れたものだな」


 世話をしてくれた神官の後を着いて走り回っていた日々を思い出す。

 手伝いをしたり、それが失敗に終わって却って邪魔をしてしまったり。

 それでも笑って許してくれた男性の事を、彼らは“先生”と呼んでいた。


「俺のは正式なものだけど……お前は泥棒して手に入れたやつだろ。残念だな、……残念だよ。出来の良いお前の方が、俺よりも先に先生の横に立てると思ってて……絶対追い付いてやろうって、そう思ったのに。だから、苦手な勉強もミサの聖歌も頑張ってたのにさ……………………お前、裏切っちまうんだもんな」


 細められる銀の隻眼は、ジェイドが消えてからの十四年の内に一体何を見てきたのか。

 彼は自分を通して十四年前を見つめている。友の伸ばした手を取らなかったのは、ジェイド自身だ。


「君は“ジェイド”という名前の子供に囚われすぎだ。その子供は十四年も前に、儀式に失敗して死んでしまったよ」

「……」


 何故、今や敵国の手足となっている古い友人にわざわざ言葉を掛けてやっているのだろう。ジェイドは今更になって己の胸中を疑問に思う。

 対話など無駄だと切り捨てて、今この時間に不意打ちでも何でもいいから攻撃を仕掛けてしまえばいい。シャルロットもいるのだから、二人がかりなら他愛もない筈だ。

 なのに何故、足が動かない。


「…………そうだな」


 沈黙を破ったのはペインレスだった。何を納得したのやら、一人で勝手に首肯している。


「お前は儀式に成功しようがしまいが、結局は死ぬ運命にあった」


 それはジェイドすら聞かされていなかった事だ。自分の横に控えるように移動してきたシャルロットから、僅かに息を呑む声が聞こえた。


「お前、この国じゃ自分がどういう扱いになってるか知ってんの?」

「……さあ。死んだものだと思われてるのかな、としか」

「教皇のジジイが血眼になって探してんだよ、すっげー大事なもの持ち逃げしてんだもん」


 大事なもの、と言われてしまえば真っ先に思い付くのはピアスだった。闇の魔力を封じる、右耳に付けられた魔封具。

 皇家からの貸し出しであった為、確かに持ち逃げと言われてしまえば確かにと頷くしかなくなる。

 然し、今外してしまえば闇の魔力が溢れ出て周囲の者を敵味方関係なく傷付けてしまうだろう。それだけは避けたい。

 仮に金で買い取らせてもらえるように教皇に交渉するという事が出来たとしても、それはジェイド達がただの旅人などであった場合だ。

 今からこの国のヘリオドールを破壊しようとする者がそんな事を言い出すなんて、冗談でも笑えないだろう。

 そんな事を考えていると、無意識にジェイドの手は自身の右耳に触れていたのだろう。ペインレスが愉快そうに笑う声がする。


「それじゃねェよ? そんなモンはくれてやるってさ。墓にでも何でも持ってけよ。…………そうじゃなくてさ、もっと大事なものをお前は持ってっちまってんの。自覚ないところ悪いんだけど返してもらってイイかね?」


 トン、と床を蹴るような音がしたと思えば目の前から敵の姿は消えていた。

 風を切る音がする。この部屋の中にはいるのだろう。けれどそれを視認する事がジェイドには出来ない。

 魔法の使いようによっては視力も向上させられるが、視界に捉えられる程に馴染む間に攻撃を許してしまうだろう。

 逆に、シャルロットはギリギリ見えているようだ。首を上下左右に忙しなく動かし、ペインレスの姿をその目で追う。


 ペインレスは風の魔力を持っているが故に施設送りにされた子供だった。

 施設に来る子供は一人でスラムなどで暮らしていた子供でない限り、両親から最初で最後のプレゼントとして名前と誕生日を教えられる。

 それがあればあらゆる手続きが滞りなく済む。ただそれだけの理由で、子供を預ける際に施設長から求められるだけなのだけれど。

 ジェイドとペインレス──スヴィアは歳も近く、境遇も似ていた。喋り方も気質も違っていたけれど、二人はお互いを己のスペースから追い出す事もなく常に一緒に遊んでいた。


 ふとジェイドはそんな暇などない筈なのに、昔の事を思い出していた。

 これはもしや走馬灯というものではないのか、とも思うが縁起でもない事を想像するくらいならば頭を使う事に集中しようと首を左右に振った。

 

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