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暁闇のヘリオドール  作者: 沙華
9/192

9 深夜二時の約束

 

 怨みを抱いた者達。

 その怨みの対象、原因が目の前にいるとして楽に死なせてくれるのだろうか。答えはノーだ。


「ぎゃああああああッッ!!」

「やめっ、許し……ッ!」


 二人分の悲鳴が木霊する。

 “前回”彼らが顕現した時の、怨みの対象は指先から徐々に肉を削がれていったっけ。それとも、腹でも割かれて内臓を直に撫でられでもしているのだろうか。

 “彼ら”は最初から目を潰したり声帯を潰す事はしない。視覚的に対象を絶望の淵に追いやり、悲鳴らしい悲鳴を上げさせるのを好むからだ。

 男二人を責め立てるのは絶対的な憎悪だ。憎悪は対象を楽には死なせない。

 まるで子供の為に作られた玩具のように、早く壊されるのを待つのみしか許されないのだ。


 そんな事はジェイドにはどうでもいい。彼は一人床にのたうち回って何とか拘束を解こうと暴れていた。


 これはジェイドの内側に潜む闇の魔力が具現化した結果。この世界は闇の魔力を忌み嫌い、国を挙げて排除しようとする。

 だからジェイド自身、魔力調整用のピアスで抑え込んでいた。

 ジェイドの内に燻る“闇”は、他の属性魔法と違って彼の意思に反して勝手に発動してしまう。そうさせない為のピアスだったのだ。

 それが外れてしまった今、ジェイドに出来るのは“再びピアスで封じる事が出来るか、自分自身の魔力で抑え込む事が出来るくらいに彼らの怨みを発散させる”しかない、のだが。


 現在彼は拘束されている。

 つまり、“彼ら”が二人を嬲り殺し満足した後にピアスをつける事が出来ないし、魔力を操り彼らを自分の中に戻す事も難しい。雷のオリクトを割る為にそちらに魔力を集中しているのだ。流石に膨大な魔力量を誇るとはいえ、あっちもこっちも対応は出来ない。

 二人を殺した後に、まだ満足していない“彼ら”へ適切な対応が出来ないとなるとどうなるか。

 床に転がる残りの生命体である、ジェイドに狙いを定めるだろう。

 自分自身の魔力で死ぬなんてそんな馬鹿げた話があるものか。

 だからジェイドはキツくても雷のオリクトを割ろうと躍起になる。


(よし、あともう少し……)


 首に下がるオリクトは、使用者である二人組が生きている内はジェイドを痛めつけていた。

 死ねば完全に使用権限がジェイドに移るだろうが、それから急激に魔力を使わせて割れるのと“彼ら”が群がってくるのなら、恐らく後者の方が早いだろう。だからジェイドは何としてでも今現在餌となっている二人組が生きている内に、オリクトを割らなければならなかったのだが。


「……っ!」


 まるで雨のようにジェイドの頭上に血が降り注ぐ。影の群れの中心にいた二人組は、哀れ血袋か何かのように“内側から喰い破られ”弾けるようにして絶命したようだ。

 全身真っ赤に染め上げられたジェイドが顔を上げると。


 新たな肉を求める無数の視線が、ジェイドを見つめていた。



 ──



 ────





 …………────





 次にジェイドが目覚めた時に見たものは宿屋の天井だった。ぼんやりと不揃いな木目をその視界に捉え数度瞬き。

 そうして状況を把握する為に脳を使っての更に数秒の末に、思いきり毛布を跳ね除けて寝台の上起き上がる。


「……!?」


 生きてる。

 あの状況から生きている。


 というか凄まじいデジャヴ。

 もしかして夢だったのではないかと思わなくもないが……


「…………ッ!」


 腹部に激痛。

 髪は完全に解かれて、服は宿が提供している簡素な寝巻きに変えられていた。それを捲ると腹には見るも無残な打撲痕が散らされている。

 次に右耳にそっと触れる。

 ピアスが、ついている。


 一体どこからどこまでが夢だったのか、ジェイドには理解出来なかった。

 一人首を傾げていると数度、扉がノックされる。


「……先生、起きてらっしゃいますか?」


 控えめな優しい声。シャルロットだ。

 ジェイドは安心してほっと息を吐く。


「起きてるよ」


 声を掛けると扉が開く。

 おずおずと少女が扉の隙間から顔を覗かせ室内を、自分の師の顔色を伺った。茶混じりの金髪が揺れ、優しい色合いの黄緑色の目が更に安心感を誘う。


「大丈夫ですか……? あの、キッチンをお借りしてスープを作ってきたんですけど飲みますか?」

「……じゃあ、貰おうかな」


 無碍にする理由もないし、自動的にとはいえ魔力をしこたま使った事で腹が減ったので有難く貰うことにした。

 シャルロットがベッド脇のテーブルの上に皿を置くと、ジェイドはベッドに腰掛けるようにしてスプーンを持つ。

 そして恐る恐る口を開く。スープを頂く為ではない。


「……シャルロット」

「はい?」

「その、……君は大丈夫だったのか?」


 無事に自分がここにいると言うことは、シャルロットが何らかの方法で駆け付けてくれたのだろう。

 そしてどうやったのかは不明だが、あの影の住人達を切り抜けて自分を助けてくれたのだろう。そう、思っていたのだが。


「何がです?」


 シャルロットはきょとんとした様子で首を傾げるだけだ。


「いや、だって……助けに来て、くれたんだろう?」


 何故あの場に殴り込みに来て傷一つ負っていないのか理解出来なかったが、シャルロットの身体能力ならば何とか出来たのかもしれない。

 そう思う事にした。

 そう、したかった。


 然しシャルロットの口から語られた言葉は、ジェイドの予想を裏切る異質な物であった。


「……? 先生ご自分で、いなくなった場所に戻ってらしたじゃないですか。私あの後すっごく探しましたのに!

お怪我もしてましたし、血だらけでびっくりはしましたけれど……どこで何されてたのか、後できちんと説明して頂きますからねっ」


 自分で、戻ってきた。

 その言葉を聞いてジェイドはスプーンを取り落とす。カラン、と音を立て金属音が床から響いた。


「あっ、大丈夫ですか? 取り替えに行ってきますね!」


 シャルロットはスプーンを拾うと笑顔でその場を後にする。その言葉もジェイドには届いていなかった。


 自分は自力であの拘束も、あの影の群れもどうにかして、ピアスをつけて元いた場所に戻ってきたという。

 誘拐された場所から小屋の場所まで、意識はなくどういった道を辿ったのかも知らないのに、だ。

 どうやって。どうして。どのように。


「…………まさか、な」


 ぐしゃり、とジェイドは自分の前髪を握るようにして震える。

 どうしたらいいのだろう。夜が来るのがこんなにも恐ろしいなんて。





 その日はそのまま、宿に泊まる事になった。

 怪我をして動けないが回復魔法を使うにも大きく魔力を使ってしまい、動くのも億劫な為に取り敢えず睡眠で回復を図ることにしたのだ。


 ジェイドはシャルロットに一つ頼み込んだ。「深夜二時を回る頃に様子を見に来てくれ」と。流石に彼女には申し訳なかった。隣の部屋とはいえ、深夜二時に子供を起こして呼びつける事がだ。

 然し今はシャルロット以外の者を寝室には招けない。彼女を頼るしかないのだ。

 それだけ約束すると、休まなければならないジェイドを思ってシャルロットは下がった。募る話もあるが、それは明日以降にする事にしたのだ。





 寝てしまえば起きれなくなってしまいそうで、シャルロットは起きてストレッチをしていた。

 彼女の身体は身体能力が高いとはいえ、見た目には筋肉らしい筋肉はついていない。どこもかしこも柔らかそうだ。にも関わらず動いていないと落ち着かないし、身体能力はそこらの男性を凌駕する。


 シャルロットは血塗れで街頭に突っ立っていたジェイドを思い出していた。

 魔物の討伐の仕事をしてきた者なら、武器や防具に血をつけて街に帰ってくる事もあるが、それにしたってジェイドの汚れ方は余りにも凄惨で周囲の町民達も彼を遠巻きに、避けるようにして見ていた。


 一人ぽつんと立つジェイドは呆けた表情で虚空を見つめていた。傍から見れば白痴であった。

 そんなジェイドに恐る恐ると近づいて行くと、彼はシャルロットに気付いて笑ったのだ。

 確かに笑った。穏やかに、優しく、然しまるで冷たい陶器であるかのような笑顔を浮かべたのだ。そうして、糸が切れたようにシャルロットの腕の中に倒れ込んだ。


 そこからは揺さぶっても声を掛けても起きなかった為に宿屋に運び込んだ。宿屋の店主が話分かる人で良かったとつくづく思う。多めに代金を払うと血で多少汚してしまう事については目を瞑ってくれた。

 とはいえ、ジェイドを着替えさせた後はシャルロットも店主を手伝って少し掃除をしたのだが。因みに着替えさせてくれたのも店主だ。流石に男性を裸にひん剥くなどシャルロットには出来ない。

 優しく、話の分かる陽気な宿屋の主人であったが、ジェイドを着替えさせ部屋から出てきた時には少し妙な顔をして言っていた言葉が気にかかる。

「あの兄さん、サエス国民じゃないだろ」──そう言ったのだ。

 シャルロットはどういう事か尋ねたが、店主はそれきり口を閉ざしてしまった。言っても良いものなのか分からない、そう言った様子だった。

 この国、サエスの民ではないのなら一体どこ出身なのか。明日、本人に聞いてみても良いかもしれない。呑気にそんな事を考えていた。



 ジェイドは眠れずにいた。

 この後来る時間が恐ろしくて仕方なく、とてもじゃないが眠れそうになかったのだ。もうすぐ二時になる事を、壁の時計が示していた。

 正直昼間の拉致事件や、闇の魔力の暴発などどうでも良くなってくるくらいの心境だ。


 シャルロット、早めに来てくれないだろうか。そうしたら引き止めてしまって、朝まで雑談に付き合ってもらってもいいかもしれない。

 八つも年下の少女相手にそう甘えてしまうまでに、焦燥しきっていた。

 でもそれは許されない。出来ることなら、夜二時からの「自分」の様子をシャルロットに見てもらって後に詳細を聞く義務がある。


「っあー……」


 ベッドの上で仰向けになりながら腕で目元を隠す。月明かりもなくなり視界は真っ暗になった。


 時計の針はジェイドを待ってはくれない。カチコチ、カチコチ。

 まるで永遠とも思えるような音だった。







 ────ガシャンッ



 何かが割れるような音にシャルロットは飛び起きる。うっかり床に座ったままうたた寝をしていた。

 慌てて時計を見ると深夜の二時半を示していた。


「いっけない……!」


 師に頼まれていたのに約束をすっぽかすとは大失態である。慌てて立ち上がり、他の部屋の客の迷惑にならないように忍び足で、けれどもなるべく急いで隣の部屋へと駆けつける。

 そういえば先程の硝子が割れるような音は何だったのか。


「せ、先生……ごめんなさい……」


 申し訳なさにオドオドしながら、少女は部屋の扉をそうっと開けた。


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