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暁闇のヘリオドール  作者: 沙華
83/192

83 野営



 自分の栄養分は兎も角、シャルロットも連日ろくな物が食べられていない。上手く皇都に潜伏出来ればまた違うだろうが、今はジェイドが動ける状態でもない。

 かなり近いとはいえシャルロット一人を皇都に行かせるのも忍びない。何かあっても今は駆け付ける事も難しい。

 ならば、彼女に食材調達を任せるしかないだろう。


「……大丈夫か? 毒茸とか採ってくるなよ」

「採って来ませんよ! 大丈夫ですっ」


 一応念を押して問うと、少女からは心外だと言わんばかりの声音が帰ってくる。

 動けない身の者としては、これ以上心配するのも無粋だろう。意を決してジェイドは魔力を行使し、かまくらの水晶壁を一部溶かすかのように穴を開けた。


「行ってきます! 沢山美味しいもの、採ってきますね!」


 穴から這い出て少し屈み、中のジェイドへと笑顔で手を振る少女。

 一体何を見つけてくるのか。ジェイドは不安も勿論あるのだが、それよりも楽しみだと思いながら手を振り見送るのだった。



 だと言うのに、一体誰がこんな結末を予想していただろうか。


「ただいま帰りました!」


 軽快に外から声を掛けてくるのだから、開けっ放しのかまくらの穴から中へと入って来ればいい。

 それをしないシャルロットを不審に思い、ジェイドはメディと対峙した時のように周囲に広がる植物の壁を引っ込め視界を開けさせた。


「おかえ…………」


 「お帰り」──そう言って迎え入れようとした唇は途中で言葉を吐き出すのを諦め、動きが止まる。

 シャルロットは巨大な鹿を一頭、おんぶするように運んできたのだ。体長二メートル程もある鹿は小柄な少女には運び難かったようで、その両脚を引き摺られている。額が陥没している為、どのようにして仕留めたのかは想像に難くない。

 因みにグランヘレネ皇国周辺に生息する鹿なのでヘレネジカと呼ばれている種類だ。安直なネーミングである。

 ヘリオドールの影響なのか、角が鉱物を含み角度に寄り色を変えて輝く美しい鹿である。

 中には水晶のような透明度を持った角や、角に瘤のように大小様々な宝石を作るものもいて、そういった鹿は革や肉も含めて高値で取り引きされる。

 然し、元々鉱脈が沢山あるグランヘレネではわざわざ鹿を狩って宝石類を得る必要はない。多くを狩ってしまえば生態破壊に繋がる。

 故に成体になった雄の鹿か、珍しい角を持つ鹿以外の捕獲は禁止されている。

 シャルロットの狩った鹿は他のヘレネジカと変わらない角を持っているが、角の大きさ、体格を見るに成体の雄だ。法としては問題ないだろう。

 これから土のヘリオドールを破壊しようという二人が、今更法の事を考えても仕方のない事ではあるが。

 然し偉大なる女神ヘレネの名を付けている鹿を狩る事自体は、規則さえ守れば国も咎めないのだから不思議なものである。気にしたら負けなのかもしれない。


 その他にも、身体の前面に掛けられているリュックの中には林の中に自生する木の実が沢山詰められている。

 収穫は上々どころか、下手をしたらシャルロットの腕前ならばギルドの仕事をするよりも野山に籠る方が良い生活を出来るのではないかと疑わざるを得ない戦果だ。

 そういや前に猪を調理したとか言ってなかったか。確かに猪を仕留められるのならば、鹿狩りなど彼女にとっては赤子の手を捻るよりも簡単なのかもしれない。


「解体にお時間がかかりますので、宜しければこちらを食べてお待ちになられて下さいな。ケフェイドにも輸入されていた、見覚えのある有名な木の実ばかりを集めて参りましたので毒のあるものではないと思います」


 鹿を地面に横たわらせ、ジェイドの傍に座るシャルロットはリュックサックを開くと中から大粒のミルクアップルと木苺がいくつも出てくる。それらを一緒に摘んできた大きな葉の上に並べる。

 シャルロットはポシェットの中からナイフを一本取り出し、ミルクアップルに刃を入れてジェイドが食べ易いようにと手際良く処理をする。見る見るうちに白い果肉が現れ、甘い香りがふわりと漂った。


 ここはグランヘレネ皇国に特に近い森林の為、その土壌は土のヘリオドールの恩恵を受けている。

 人の手の加えられない果実でも栽培されたものと引けを取らない程に瑞々しく丸々と肥り、それを餌とする動物もまた巨大化する傾向にある。

 巨大化はしても、餌は豊富にある為か温厚な性格の生き物が多い。わざわざ人を襲ってまで喰おうという生き物は、魔物を含めても少ない。

 この大陸に尤も数の多い魔物、アンデッドは別であるが。

 ヴィオール大陸に蔓延るアンデッド達は人ばかりを襲い動物や植物、他の魔物には反応しない。シャルロットに狩られた鹿も今日まで悠々自適にのんびりと生きて、ここまで成長したのだろう。

 それもまさか、こんな所でシュルクの糧になるなんて思わなかったのだろうけれど。


 果実を切り終わり鹿へと取り掛かるべくかまくらから出て行くシャルロットの背を眺めながら、ジェイドは早速並べられた果実を一つ摘み口に放り込む。

 もう彼は鹿については深くを考えない事にしたのだ。

 久し振りに飴以外の甘味を摂った気がして、果糖の甘酸っぱさがじんわりと舌に広がり疲れた身体を癒す。

 甘党なジェイドはこの瞬間、確かに心の底から癒されていた。身体の自由が奪われている今だからこそ、たかが果物の癒し効果は絶大であった。


 かまくらの壁に血飛沫が舞うまでは。


「……」


 付着したのは鹿の血だ。

 そういえば解体するとか言っていたっけか。草花のカーテンを締め切らずにシャルロットの行方を目で追っていた自分も悪いのだが、ジェイドは甘味に気を取られすぎてぼんやりとしていた事を多少後悔した。

 それにしても腕を切断されて日の浅い師匠の前で、鹿の両脚をナイフ一本で切り落としていくとは恐れ入る根性だ。

 よく見たらナイフである程度切り口を作った後は、自身の腕力に任せて骨ごと毟り取っている。

 ナイフの刃にあまり負担にならない、良い方法だと思う。ジェイドは他人事のようにシャルロットの作業を評価していた。

 シャルロット自身、衣服は所々ジェイドの血に汚れてしまっている為今更獣の血が付いた所で騒ぎ立てるような事もしない。逞しくて何よりである。



「さて、次は火起こしですね! ……とはいえ……どうしましょう……煙を出すのは不味いですよね」


 ヘレネジカの頭を落とし皮を剥ぎ、なかなかスプラッタな作業を続けて終えた後に手に入った肉塊。生食は恐ろしいので火を用意しなくてはならない。シャルロットは頭を悩ませた。

 ここは森林。焚き木用の木材ならばいくらでも用意出来るので、そこは気にしなくてもいい。

 問題は煙だ。グランヘレネ皇国に近い森林内で煙が上がれば、不審に思われてしまう。不審に思われるだけならばまだ良い。

 火事だと思われて人を呼び集めてしまうのが一番厄介だ。

 煙を出さないように火を燃やすなら乾燥させた焚き木が必要になってくるが、温暖な土地とはいえそう都合良いものがその辺にゴロゴロ落ちている訳がない。

 さてどうしたものかと頭を悩ませていると、今度はジェイドが協力しようと口を開いた。


「それくらいやってやるよ……」


 シャルロットから数歩離れた場所目掛けて左手を向けると、少女の胸元辺りの高さから程良い太さの木の枝と落ち葉がいくつも落ちて地面に広がる。

 水晶の壁隔てて尚魔法を行使出来るジェイドに驚いて少女は振り返るが、彼はそんなものを意に介さず木の枝の一つに着火する。

 上がる煙はどうするのかと見ていれば、煙の進行方向に多数の水球が浮かぶ。水球は煙を追いかけ、まるで捕食するように煙を吸着していく。透明だった水は見る見るうちに曇り、曇った先から萎んでいくように消滅していきまたその場に透明度の高い水球として生まれ直す。

 煙が木々よりも高く上がる事を阻む水球は、二人を林の中へと隠し続ける為の手伝いとなっていた。

 これだけ水の用意があれば火事になる事もないだろう。

 魔法で精製した水は魔力が含まれている為、飲料にはあまり向かないが飲み水はシャルロットが鹿を狩る前に川で瓶に詰めてきたので飲み水に関しても問題はない。


 シャルロットとしては確かに助かるのだけれど、ジェイドには魔力を温存して怪我を治す事を先決にして欲しいと思っていた。

 けれど煙で見付かっては元も子もない事を考えると、必要な魔法なのかもしれない。自分が魔女であれば彼のやる作業も総て引き受けられたのかもしれないと思うと口惜しいが、出来ないものを悔やんでも仕方がない。

 せめて肉を美味しく焼いて沢山食べてもらい、ジェイドに栄養と魔力を付けてもらおう。彼には彼の役割があるように、自分の役割はそういった事なのだろうとシャルロットは感じていた。

 勿論少女はそれで満足は出来ないのだけれど。魔女になる事を諦めた訳ではないし、魔女になって出来る事が増えるのならばそれはそれは素晴らしいだろう。


 然し、今は夢に想いを馳せてぼんやりしてもいられない。早急に肉を焼く準備を進めなくては。

 少女は再び忙しなく動き出すのだった。



 食事も終わる頃にはすっかり夜も更けていた。

 最初に明日の分も含めた肉を焼き、すぐに火を鎮火させて再びかまくらの中へと籠城する。

  ジェイドの魔力温存の為もあるが、肉を焼く匂いで魔物を引き付けても良くないからだ。

 久々に満足のいく量の食事を得られた二人は、特にやる事もない為満腹感に身を任せて身体を休める事にした。

 明日にはどれだけ腕が再生されているだろう。不安に駆られながらも、今は眠る事しか出来ない夜が歯痒く思えた。

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