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暁闇のヘリオドール  作者: 沙華
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75 二度目の衝突



「そもそもなぜ貴方達がここにいるのです! やはりサエスの刺客と判断せざるを得ません!」


 リーンフェルトの言葉に呼応するかのように周囲に炎が吹き荒れる。

 熱量と範囲を見ると、随分と魔力が上がったように思える。それとも炎の魔法は今飛行に使用している風属性よりも得意であるのか。

 ジェイドにはどっちでもいい事だ。


「俺はグランヘレネの民だぞ? 里帰りして何が悪…………危な!」


 炎の壁というか塊と呼ぶべきか。燃え盛る炎が左右から狭まるように押し寄せ、自分を狙っている事に間一髪で気付いて更に上に飛ぶ形で躱す。

 躱した筈だが今度は周囲で炎熱が破裂し、衝撃でジェイドのフードは捲れて長い黒髪が零れ、風に泳ぐ。


「……人の話くらい聞けよ」

「やっと戦う気になりましたか」


 話もろくに出来ない獣のような女の相手に時間を割く気にはなれない。彼女が炎ならこちらは水で応戦するのがベターだろう。

 周囲に水球をいくつも作っては浮かべ、熱や衝撃、破裂音を和らげる為の盾とする。泡沫の奏でる音が耳に心地好い。

 そのように作業するジェイドを見て口を開いた者がいた。リーンフェルトの傍らにいた黒く、小さなぬいぐるみのような竜だ。喋れたとは驚きである。


「ふむ、主殿気をつけよ。こやつもまた随分と奇妙な魔力の色を持った奴だな……なんじゃあれは?」

「さあ? 私にも分かりませんが魔術師としてはかなり格上ですね」


 お前こそ何なんだ、とジェイドは思うが彼女のペットなのだろうと勝手に結論付ける事にした。

 地上に降ろしたシャルロットをチラリと見て、巻き込む事のないように位置の確認をしてからリーンフェルトへと向き直る。


「俺、魔術師じゃないぞ? ベリオスの石を持ってないからな。……君は魔術師でも何でもない、ただの一般冒険者に敗けたんだ。もう忘れてリトライか? 随分と鳥頭なんだな」


 挑発して、頭に血を上らせてしまえばいい。そうして狙いも何もかも、狂わせてしまえ。

 気絶させるか逃げるか、どちらかが出来るだけの隙さえ作る事が出来れば良いのだ。


「クッ……」


 悔しげに歪むリーンフェルトの顔。

 そうとも、鳥頭でないならば覚えている筈なのだ。あの時の敗北を。苦々しい、記憶を。


「落ち着け主殿。あんな安い挑発に動じるでないわ」


 狙い通りに上手くいきそうだったのを、傍らにいるぬいぐるみ竜が横槍を入れてしまう。

 お前は黙っていろ、と思うのだがどうにも竜の言葉は簡単にリーンフェルトへと届いてしまったようで。


「すみません、落ち着きました」


 すぐに瞳に冷静さを取り戻す彼女を見て、ジェイドは思わず舌打ちを漏らした。これならばまだ、未だに黙って静観しているカインローズの方が可愛げがあるではないか。


「魔を扱うを得意とするか小童よ、そう簡単に思い通りにはいくまいよ」

「そう、今度こそ私は負けない!」


 リーンフェルトが叫ぶのを合図に、勢い良く地中から蔦が伸び空に浮かぶジェイドを捕縛しようと迫る。


「大人しく縛につきなさい。これはこの前のお返しです!」


 翼の派手なグリフォンを相手取る訳でもあるまいに、地中から空中へと蔦を伸ばすとは逃げてくれと言っているようなものである。ここまで届くのに距離がありすぎるのだ。

 随分と舐められたものだとジェイドは蔦へと手を翳し、爆炎で燃やし尽くしてしまう。周囲に浮かべていた水球はその熱からジェイドを護り、役目を果たせば消えていく。


「引っかかりましたね。これでチェックメイトです」

「……っ、鬱陶しい」


 蔦へと視線をやっていればいつの間にか背後を取られていたらしい。

 追撃するかのように氷の矢が間髪入れずに飛んでくるのを、更に炎の範囲を広げて焼き払ってから空気の塊を蹴るように飛んでその場を離脱する。


「まだ躱しますか。どうやってシャルを口説いたかは知りませんが、しつこい男はここで排除です」

「なあ、気付いているか? しつこいのは君の方だっていう事に。俺達はここを通して欲しいだけなんだからな。それに────」


 どうせ挑発に乗らないように我慢しているのならば、煽るだけ煽ってやろう。生憎と口だけは達者である自信はある。


「知りたいのか? 姉である君が知らない、シャルロットの微細な仕草の総てを。君の妹がどうやって毎晩俺と過ごしているのか、とか。どんな表情をするのかとか。……教えてなんかやらないよ」


 ざまあみろ、と目で語る。

 勿論シャルロットとは共にベッドで寝る以上の事は未だに何一つとしてした事はないが、地上にいるシャルロットには聞こえていない話だ。

 この言葉がどういう意味なのかは、リーンフェルトが自力で考えるしか他ない。


 どうにも彼女は妹に執着し過ぎている。

 そんなにもシャルロットを自分の目の届く管理下に置いておきたいのか。

 自分の都合で士官学校に入り、家にシャルロットを置き去りにしたのはリーンフェルトの方であるというのに。


 これは彼女に隙を作らせる為の言葉だ。

 動揺でも何でもしてくれて構わない。


「……シャルロットの姉を名乗るならば、君はもっと彼女の悩みに寄り添ってあげるべきだったんだ」


 ぽつりと。

 小さく呟いた言葉はリーンフェルトへと聞こえただろうか。

 何故彼女の内に流れる光属性の魔力を、ほんの数ヶ月連れ添っただけの自分が察知出来て、家族であるリーンフェルトは気付きもしなかったのだ。

 あんなにも魔女に憧れ姉に憧れたシャルロットを、魔力が発現しなかったというだけで腫れ物のように扱い、家に一人ぼっちにさせたリーンフェルトにこんなにも兎や角言われたくはない。そんな筋合いはない。


 そう考えると怒りが込み上げてきた。

 手加減出来ないかもしれない。

 これは余計な思考だった。まさかこちらが感情的になってしまうなんて。

 感情の赴くままに、彼の背後に金色と黄緑色に輝く魔法陣が出現する。

 ジェイドが右腕を突き出せば式が生き物のようにうねり躍り、回転する魔法陣から吹き荒れる風は目に見えぬ刃となり、更には硝子にも似た水晶の刃も追い討ちと言わんばかりに風の上を滑り真っ直ぐにリーンフェルトへと襲い掛かる。

 凶刃は彼女の首を刎ねようと、その胸を貫かんと迫る。


「その程度! 掻き消して見せます!」


 それなのに何かがおかしい。

 彼女は自分と同じように、腕をこちらへと突き出しているだけだ。

 ただそれだけで自分の魔力が、魔法が。“無かった事”にされている。

 生み出した風も水晶も、まるで彼女の腕に貪り喰われているかのようだ。見た事もない現象に、ジェイドは怯み背負う魔法陣は掻き消えた。

 暫くすると、周囲には最初から何もなかったかのように静けさだけが舞い戻る。


「貴方に家の何が分かるというのですか! それよりも世間知らずな娘を捕まえて囲うなど下衆の所業です! どうせそうやってふしだらに生きてきたのでしょう? シャルには不釣り合いです。これ以上彼女の経歴に傷を残さないように立ち去るべきではないですか?」


 リーンフェルトが何かを喚いている。

 けれど、ジェイドには届いていなかった。聞こえてはいるけれど、反応出来る余裕はまるでない。彼は完全に焦燥していた。


 自分には魔力しかない。

 魔力しか価値がないのだ。

 その魔力が通用しなくなったのならば、────一体自分の価値は、存在はどこにあると証明すればいい。

 価値はゼロだけれど、存在はしているのだ。それすらも奪わないで欲しい。

 そのゼロの価値にだって、先日シャルロットが一をくれた。

 “無かった事”になんてされたくない。

 自分という存在が、“無かった事”になんて。


「魔法が得意でも今の私には効きません! 接近戦は得意ではないのでしょ? これが躱せますか?」


 気付いた時には間合いに入られていた。

 すぐ間近に、目と鼻の先にリーンフェルトがいた。慌てて突き出したままの右腕から新たに何かしらの魔法を展開しようとした刹那、その腕に何かが巻き付き食い込む。

 黒い刃だ、それが何かに濡れている。自分の血だ。

 リーンフェルトの握る蛇腹剣の刃が腕を絡め取り離さないでいる事に気付いた、その瞬間。


「……う、あ……ああああッ!!」


 僅かな時間の事だった。

 刃同士の間に肉を挟まれ、引かれた力によって骨をも断たれ右腕を二の腕から切断された。

 経験した事のないような激痛と喪失感に自身の身体を支える風の魔力がコントロール出来ずに、暴れる。

 暴風が巻き起こりリーンフェルトをこれ以上近付けさせない盾となっているが、これは意図的に起こせている魔法ではない。


「どうやら今回は私の勝ちのようですね!」


 風の壁の向こうで彼女は誇らしげに何か言っているが、もうその意味は良く分からない。

 遠くでシャルロットが何かを叫んでいるような声が聞こえるが、それは遠過ぎて更に不明瞭だ。

 切断された腕は弟子の傍に、血の雨と共に落ちたのが視界の隅に見えた。

 シャルロットの姿を視界に捉えた安心感から、ジェイドは目を閉じその場で気を失う。


 術者の意識下に存在出来なくなった風の魔力は霧散し、ジェイドの身体を空中へと放り出した。

 逆さまに堕ちていくのは、惨めな敗者ただ一人。


 そんな彼を受け止めた者がいた。

 シャルロットだ。砂浜の上で服が汚れるのも構わずに、自分の身体をクッション代わりに彼を抱き留めた。

 彼女はジェイドを背負い、彼の腕をも臆す事なく拾い上げると空へと浮かぶ姉を僅か程の時間睨み付け、そのまま海岸沿いに広がる密林の中へと駆け出し一目散に逃げていくのだった。


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