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暁闇のヘリオドール  作者: 沙華
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71 次男の死因



 眼下には雄大な草原が広がっている。その中にぽつりぽつりと、何かの影が点在するようになってきて、更に進めばその影の数は無視出来ない程に多くなってきた。

 日中なので動けないアンデッド兵達だ。女王には魔力温存の為に手を出すなと言われていたが、少しなら良いのではないかという悪戯心がジェイドには芽生えてきた。

 多少敵の数を減らした所で、マリーナには感謝はされようとも詰られる事はないだろう。

 大体ほんの少し悪戯した程度で空っぽになるような魔力総数ではない事は、マリーナだって知っている筈だ。


「ちょっと悪戯してやろう。シャルロット、ちゃんと掴まってろよ」

「えっ!? あ、はいっ」


 空を凄まじい勢いで突き進んでいた二人は、その勢いを殺さぬままに大きく旋回し始める。

 ジェイドはちら、と自分よりも更に上空をゆっくりと流れる雲を見た。シュルクが戦争中であろうとも大自然には一切関係ない。ただ風の流れにその身を任せて動くだけだ。


 それらに雷属性の魔力を流す。

 魔力を流された雲は途端に膨れ上がり黒雲となりて、その腹の中をゴロゴロと鳴らす。

 アンデッドの傍らにいたグランヘレネ兵達は、休憩の為にキャンプなどを設置していたが、途端に目に見えて悪くなってきた天候を不思議に思ったのか空を見上げた。


 今更気付いてももう遅い。

 空高くを高速で飛んでいたジェイド達を、ただの魔物だとでも思ったか。

 確かに、敵兵だらけのカルトス大陸南へたったの二人で来ようなどという酔狂な者がいるだなんて誰も思わなかったのだろう。


 ポイントはこの辺で良いだろう。

 大気中に充満させた雷の魔力に、魔法を起動する為の更なる魔力を渡す。


 ジェイドとシャルロットが飛ぶ軌跡に着いていくかのように落雷が矢継ぎ早に落ち合計十五発分の威力が、ほんの数秒の内にアンデッド達が密集している地点を焼いた。

 死体の魔物は余りの高熱と光量に耐え切れず、そのまま灰になってしまう者もあった。ジェイドはその様子を見て嫌悪感を顕にし顔を顰めた後に、視線を別の地点へと逸らした。


 どうやら数人のグランヘレネ兵も巻き込んでしまったようだ。高圧の電流に逃げる間もなく頭から撃ち抜かれたヘレネのシュルクは、その場に崩れ落ちる。余りにも一瞬の事で自分の身に何が起こったのかすら分からなかっただろう。

 その時、面白い事が起きた。倒れたシュルクから離れた場所にいた、雷撃から免れたアンデッド達も何故か灰になって溶けてしまったのだ。その数、十かそこらでは収まらず百体程が一気に消え失せたように思う。


 グランヘレネはアンデッドを操る技術を手に入れたが、それは闇の魔法に近しいものなのではないだろうかとジェイドは考えた。

 術者がいてアンデッドという魔物へ魔力を流し、意のままに動かす。術者が死ねばアンデッドへの魔力の流れは途切れ、彼らは完全に消失する。

 術者がいなくなってしまったアンデッド兵が野良のアンデッドに戻らずそのまま消失してしまうのは、術者の魔力をその身に流された事により普通のアンデッドとは違い、更にワンランク上へと押し上げられているからではないだろうか。進化した生き物は余程の事では退化しない。

 これは上手く使えば、ヘレネのアンデッドの数を大きく減らせる。

 アンデッド兵を無理に倒そうとはせず抑えるのみに留めて、狙いを翼竜に跨るヘレネ兵に絞れば良いのだ。


 今の光景をサエスの軍隊はその目に焼き付ける事が出来ただろうか。物見の塔にあった物とは数段型落ちするが、それでも遠くまで見る事の出来る望遠鏡もいくつか持って来てはいた筈。

 索敵部隊が間抜けでなければ、今の情報はサエス側にとって有益だ。主に砲兵や弓兵が戦力になるだろう。


 ジェイドが出来るのはここまでだ。

 流石に平原中に広がるアンデッド達の中からヘレネのシュルクだけを探し出し、虱潰しに雷撃を落としていけば向こうだって何かしらの対策を講じてくるだろうし、そもそも日が暮れてしまう。

 長々とこの場に留まり、ヘレネ側からの増兵や地震での追撃を許してしまえば元も子もない。

 下にいるシュルク達は仲間の突然の死に慌てふためき、こちらを見上げて指をさして何か喚いているのでここらが潮時だ。

 ジェイドは再び纏う風の魔法の出力を上げ、シャルロットと共にその場を後にした。

 目指すはカルトス大陸最南。魔力を温存しつつ日中のみ飛行し続ければ二日程で辿り着く距離だろう。





 ディビッド・アイスフォーゲルは死んでいた。

 否、この場で死という単語を使うのは些か安直であり、更には語弊も生む。

 彼は自室の机に突っ伏し、書類の山に埋もれていた。母代わりである女、イザベラ男爵夫人の手伝いでしている仕事に終わりが見えないのだ。

 この屋敷で事務仕事は彼の役割だから、仕方がない事でもある。


「駄目だ……死ぬ……もう何にも分からねえ…………」


 三ヶ月程前にサエス王国中心、王都エストリアルにて起こった水害はそこから遠く離れたここ、アイスフォーゲル領のアンダインにまで及んだ。

 秋も真っ盛りで農耕地であるアンダインは収穫の時期だったというのに、畑を飲み込む量の水と止まない雨で作物は大打撃を受けた。

 畜産も主ではあるが、何匹かの家畜は急激に高まる湿度により病気になってしまい処分を余儀なくされたり、治る見込みのある家畜に関しては光のオリクトなどを使い治療を施した為大変な出費があった。というよりも最早赤字である。

 動く数字の種類の多さ、額の莫大さに何度合わない計算をさせられたか。


 そこに今回、謎の大地震である。


「もう勘弁してくれ…………」


 泣き言を言うのはこれで何回目か。

 一週間と少し前に起きた地震は南側から起こっていたもので、サエス王国南部のアイスフォーゲル領が王国内の地域の中でも一二を争う程に損害にあったと言っても過言ではない。

 町内の中でも脆い家屋は潰れ怪我人が続出し、医療機関はパンクしている。光のオリクトを備えた医院や教会は人がごった返しベッドが埋まり、役場にまで人が担ぎ込まれる始末だ。

 家畜小屋のいくつかも倒壊し、逃げ出した動物も多い。牛や羊などの草食動物ばかりでシュルクに直接的な危害を加える事もなく、逃げ出しただけならまだ捕まえて回収出来るかもしれないので希望はあるが、水害で命を落とした家畜も多かったというのに、更に圧死で死骸の数が増えた。


 この状況下での救いはイザベラの屋敷が余りダメージを受けていなかった所か。何代も前のアイスフォーゲル男爵が建てたこの屋敷は、質素ながらも頑丈に建てられたもので基礎がしっかりしていた。この屋敷の古い持ち主は土の魔力に長けていたらしく、詳細は分からないがそれが要因としては大きいのかもしれない。

 脆くなっていた壁や窓硝子の損壊などは散見されたが、扉が大きく歪む事もなく力任せに開けられる程度の破損しかなかった為に、部屋に閉じ込められるような幼い弟達がいる事もなかった。

 彼らは現在リビングルームや食堂などでなるべく集団行動をし、寄り集まって暮らすようにしていた。


 イザベラは自身の領地の被害をその目で見て周り、今現在では殆どの時間を町役場で過ごしていた。その方が状況に即時対応出来る為である。

 町内の怪我人の救出や手当て、畑や家畜の管理見回りなどは兄のイアンが担ってくれている。

 彼がいつものように外の仕事で走り回るのならば、ディビッドもいつものようにイザベラの補佐に周り家の手伝いをする事は何ら不思議ではない、のだが。


 如何せんただでさえ少ない今年の農作物を災害時の緊急事態に町内へ振り分けつつも、戦争へと出るサエス兵への兵糧へと回す事に頭を悩ませるのだ。

 聞いた話によると南側からヘレネの軍隊が押し寄せて来ているらしい。

 国を護ってくれる兵隊へ食物や物資を差し出すのが嫌なのではない。イアンもディビッドも健康な成人男性であるから、近い内に徴兵が掛かっても何ら不思議ではない。


 問題はそこではない。本当に、本当に何も渡せる物がないのが問題なのだ。

 僅かな作物だって、なるべくなら怪我で弱った近所の老人や幼い弟達へと与えてやりたい。けれど国の為に闘う男達へも渡さなければならない。

 どう振り分けたら良いものか。国に課せられた量を賄えるだけの作物があるかどうかだって正直怪しいくらいなのに。

 考え続けている内にディビッドのキャパシティは決壊し、彼は考える事を放棄した。


 彼もここ連日、ろくに休んでない。

 誰も見てないほんの僅かな時間に数字から多少目を逸らして休むくらい大目に見て欲しいものだ。

 ここでふと思い出すのは二人の弟と、弟の内の一人が連れて来た少女の事である。

 勝手にまた出て行ったジェイドと、裏切り者のルーネ。弟二人に至ってはどうなろうと知った事ではないが、流石に死亡の知らせが届いたら母がまた悲しむだろうなと思いつつ、あの少女に関して言えば怪我がなければいいな、程度の事は思う。

 勢いとはいえ、弟を出し抜こうと思ったからとはいえ結婚の申し込みをしたのだ。そこに感情が全く無い程、ディビッド・アイスフォーゲルは冷たい男でもない。


 結局自分も大概お人好しなのかもしれないなと思えて来た。

 アンダインにまだまだ沢山いる死傷者達、餌もろくに食えなくなった家畜達、弟達の事、あの少女に母イザベラ、国の先頭に立つ兵隊達。ここ数ヶ月、他人の事を考えない日がない。

 それでも一人のシュルクには体力と思考の限界というものがある。目を閉じてしまった彼が、夕飯の時間だと弟達に揺さぶり起こされるまでが僅かな平穏なる休息の時となった。

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