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暁闇のヘリオドール  作者: 沙華
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70 また逢う日まで



 シャルロットにとっては、どちらかと言うと気掛かりになったのはそれからの事だった。


「なぁ、シャルロット。……首に何か付けてるのか?」


 ヘリオドールがシャルロットへプレゼントした石の事を、ジェイドは知らなかったようなのだ。同じ身体を所有していても、情報が共有されない事などザラにある。

 再び交代を果たし、表に出て来たジェイドは少女の首に絡み付くチョコレート色の紐を目敏く見つける。先程はそんな物付けていなかった事を、ジェイドはよく覚えていた。

 彼は自分の首元をチョイチョイと指し示し、彼女の首に見付けた物が何であるのかと興味を持った事をアピールする。


「え、っと……あの、先生の中のもうお一人につい先程頂いた……の、ですけれど」

「ヘリオドールに? ふーん……」


 そう言いながらチョーカーとなっている石を襟元から取り出して見せれば、ぴくりとジェイドの片眉が跳ね上がる。

 その意味を少女はまだ知らない。


 ジェイドは何を思ったのか見せてもらった石をろくに見る事もなく、それっきりだんまりになってしまった。

 突然静かになる師の態度に首を傾げるが、元々彼もそんなに饒舌に喋る方ではない事を思い出し、シャルロットも胸元へと石をしまい大人しく馬車が停まるのを待つのだった。



 一週間程馬車旅をしたところで軍隊は遂にアイスフォーゲル領を、サエス王国を抜けた。

 途中の街ではジェイドも時折外の様子を見る為に馬車から顔を出したりしていたものだが、地震か水害か、はたまた魔物の仕業かは分からないがどこも大して変わり映えなく瓦礫の山と化しているのを見ると、やがて必要以上に外の景色を見る事を止めてしまった。

 野営準備や進むべき道を塞ぐ瓦礫の撤去など、最低限でしか馬車の外に出ない旅だった。


 殊更アンダインに差し掛かる頃などジェイドは脅えたように縮こまり更に最小限の言葉しか発さず、ろくに馬車の外を気にする事もなくなってしまった。

 そんなにもまたイザベラに見つかる事が嫌なのかと、シャルロットもジェイドの考えを何となく汲んで殆ど会話する事もなかった。


 アイスフォーゲル領を抜けてしまい農業地帯を更に進めば戦線を張れる為、隊もアンダイン内で数度の休息を取る事はあったがそれ以外は寄り道をするなんて事もなく、真っ直ぐに広いだけの農道を突き進んでいく。

 勿論、今まで通って来た他の街でも行った事だが、募兵はきっちりとした。アンダインに至っては農村である為兵糧として作物の賦課の話も取り付けて来たらしい。

 災害のせいでろくに調達が出来ないのはどこも同じで、アンダインとて例外ではないのだけれど。


 けれどそれだけだ。

 アンデッド兵は待ってはくれないし、サエス王国には時間がないのだ。一つの街でのんびりと留まる事はなく、ただただ進軍する。



 サエス王国から更に離れた小高い丘の上に軍は拠点を置く事にした。

 まだ日の高い内に来れたのは幸いと言える。日光が出ている時間帯ではどういう訳だかアンデッドは動けなくなってしまうのだ。

 今ではアンデッド兵達はサエス王国に向かう道中の広大な草原に転がり伏せてしまっている為、望遠鏡で見てもその姿は確認し難い。

 同じ理由で、空には腐敗した竜達もいない。見渡す平原の遠くに竜の死体が点在しているのだが、サエス軍から見ればただの死体に戻っている彼らは当たり前だが全く動かない為、小さな岩にしか見えない。

 但し望遠鏡の先を滑らせればその傍らに、豆粒程の人影がいくつか見えるのが分かる。

 彼らが翼竜を駆っていた者達だ。大津波が起こった大陸の南側からやって来る者など、グランヘレネの軍隊しかいない。

 グランヘレネ皇国の国章である逆十字の軍旗も持っている彼らが敵である事は、サエス軍の誰にでも分かる事だった。

 すぐにでも彼らの元へと行き剣の錆にしてしまいたいのは山々だが、拠点も整わないままに迂闊にこの場を離れ陽が沈んでしまう事が一番恐ろしい。

 夜間はグランヘレネ陣営の独壇場だろう。


 生きているヘレネの兵は殺せても、悍ましいアンデッド達の処理の仕方が確立しなければろくに手も足も出ない。

 アンデッドは殺した所で何度も立ち上がる、厄介な魔物だ。

 火や光属性の魔法が有効ではあるが、それらを扱えるサエスの兵は然程多くはない。勿論オリクトも城にあるだけを掻き集めては来たが、足りるとは思えない。

 動かないとはいえ、日中に万をも超えるアンデッドを処理している間に陽は暮れるだろう。

 ジェイドを使う事をマリーナは一瞬思い浮かべるが、彼には土のヘリオドールを破壊するという重要な任務を与えている。ここで無闇矢鱈に魔力を使わせるのは得策ではない。


 こういった事から、本営を整えた所で昼間に叩けるかというとまた微妙なのである。昼に使った兵は夜間に休ませたい所だが、夜になると襲って来るアンデッド達はそんな時間などくれる筈はないのだ。

 そうなると夜に迎撃する為に、昼間は休んでおくのが正しいのか。

 向こうの方が兵力は多い。ただでさえ数の差でサエスの兵は負けているというのに、更に疲労状態ともなってしまえば制圧されるのが目に見えている。

 何故か分からないが、ヘレネの兵隊はアンデッドをその場に残してこちらに向かって来るという素振りも見せない。あくまで戦闘面はアンデッド頼りという事か。

 それともアレはアンデッドの死体を攻撃されないように、見張っているという事なのだろうか。ならば益々迂闊には近付けない。


「ジェイド・アイスフォーゲル。シャルロット・セラフィス」

「はい……っ!」

「お呼びでしょうか」


 冬の時期の為余り緑が目立たない寒々しい平原を見つめたまま、マリーナは傍らへと呼び付けていた二人に声を掛ける。

 グランヘレネ皇国までギリギリ保つだろう食料を僅かに別けてもらい、それを入れた皮袋はリュックとしてシャルロットが外套の下に背負っていた。

 ギリギリ保つ、というのもカルトス大陸南側に未だいくつか村などがあり、食料の調達が容易だった場合の量だ。

 何度も言うが、今はこの大陸の南側に村などある訳ない。津波に飲み込まれたか、そうでなければアンデッド達が押し寄せた筈だ。

 ジェイドはそれでも構わないと判断した。現状のサエス王国の大変さは理解しているし、道中食べられそうな魔物でもいれば狩る事も出来る。

 寧ろ土のヘリオドールを破壊する為とはいえ、罪人相手にこれだけ手厚くしてくれる女王には敬意を払うべきだとも思った。


「行って参れ。使命を果たすまでサエスの国土をその足で踏む事は許さぬ」


 その使命を全うした時に、サエス王国は未だ存続出来ているのであろうか。それを考えるのはジェイド達の仕事ではない。

 彼らの仕事はグランヘレネ皇国に乗り込み、土のヘリオドールを破壊し二度と人為的な地震を起こせないようにするだけだ。


「それでは陛下、……お世話になりました」

「行って参ります! 陛下、お元気で……!」


 ジェイドはシャルロットを抱き抱える。シャルロットももう慣れたようで、大人しく抱えられ風の魔法で彼が浮かび上がるのを待つ。

 黒いブーツの爪先が地面を離れたかと思えば、辺りに強風が巻き上がりマリーナや周囲の兵士は思わず目を閉じる。

 次に目を開けた時には、ジェイドとシャルロットは南の空を切り裂くようにして飛び去っていた。


 賽は投げられた。

 まさか自分達の国を崩壊せしめた者に国の命運を託す事になるなど、誰が思っただろうか。きっと女神リーヴェですらも考え至らなかった事であろう。

 後は祈るしかない。





 余りにも猛スピードで飛ぶ為に、シャルロットは目を開けていられなかった。瞼が風圧に抑えつけられている。風音が煩い。息すら苦しくなってきた。

 今はどの辺なのだろうか。出発前にも、馬車の中でも話していたルートとしては、アンデッドのいる辺りを少しズレる形で迂回し、氷山を目指す予定だったと思うのだが。


「せ、せんせ……もう少し……ゆっくり…………」


 周囲を火の魔法で暖めてくれているので身体に当たる真冬の風も冷たくはないが、息苦しさは軽減出来ない。

 ゆっくり、と言ったが聞いているのだろうか。何とかチラリと片目を開ければ、平然と前を見ているジェイドが見えた。

 どうやら自分の顔の前に降りかかる風の流れを魔法で調整しているようで、彼は平然と飛行していた。明らかに強風を受けている者の顔ではない。


「魔法で何かやってるんですか……? ず、狡いです……私にもご慈悲を…………」


 彼の魔力なので狡いも何もないのだが、そんな事が出来るならば自分にだって付与してくれたって良いだろう。

 思わず恨み言を呟いた少女の声は、漸くジェイドに届いた。


「あ、すまない。忘れていた」


 前にアンダインから脱出する時は必要なかったが、あの時以上のスピードであの時以上の高度を飛ぶならば必要な魔法だ。

 自分の魔法は、自分にとって無意識に都合の良いように働いてくれるけれど、第三者へ付与するとなるとどうしても忘れてしまうのはジェイドの悪い癖である。


 気遣いで魔法を掛けられたシャルロットは、漸く落ち着いて息が出来る喜びを噛み締めている。

 そうすれば周囲を見渡す余裕も出てくるというもの。こんなに、飛ぶ鳥よりも高い場所など来た事がないのだ。

 今は戦争中であり、それが原因で飛んでいると言っても過言ではない為不謹慎である事は分かっていても、沸き立つ胸の高鳴りは抑えられるものでもない。

 雲の切れ間から射し込む光はこんなにも手が届きそうな程に近く、既に遥か後方に広がるサエス王国はヘリオドールを失ったとは思えない程に美しく煌めいて見えた。

 願わくば、平和な時に見たい光景であった。




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