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暁闇のヘリオドール  作者: 沙華
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65 青天の霹靂



 魔法陣は自動で放射を続ける為に、ジェイドは魔法陣の真下、魔力を送るのに不自由をしない場所であるなら多少動ける。

 シャルロットやサエス城のシェフ、兵、従者が運び込み始めた料理に手を付け始めた。


 さっと火を通して味付けをするステーキはそんなに手間がかからず用意出来たのか、並ぶ料理はステーキばかりだ。

 あとはジェイドの注文通りに、野菜や果物のスムージーも用意される。緑色の濃い液体が注がれたグラスが、テーブルの上に三つも四つも並べられた。

 彼は窓枠に座り寄りかかるようにして半身を外気に晒し、窓にテーブルを寄せてそこから皿を手に持って食事をするという、テーブルマナーも何もあったものではないようなだらしのない食べ方をするが、津波の動向も気になるのだから致し方ない。


 未だ崩壊してから整備されていない道も多いサエスでは、物流も滞っている。住み難くなってしまった国から離れてしまった者も多く、魔物退治をする冒険者や街の警備兵の数も減ってしまった。

 その分魔物が街中に出るという危険も増えたのだが、急遽結成された自警団達の手によりその魔物を屠れたとしても、物資の少ない今のサエスでは獲れた肉類や革などは市場に出回る事は少なく、近隣の住民で消費してしまう事もあるという。

 ルエリアやヴェルディなど、王都から離れた場所であればある程魔物は出没もし易いが、そこで殺した魔物を食肉などに加工し王都へと運んで売るには余りにも悪路が多く大回りになり、そもそもその為の馬車や馬を調達する事も、冷やして新鮮なままにしておける水のオリクトも今では手に入れる事が難しくなっている。

 故に近隣で消費してしまう。そこを咎める者は誰もいない。女王とてその理由は理解しているし、無理に持ってこさせて傷んだ肉を城に運び込まれても困ってしまう。

 青果も同様だ。特に畑の広がるアンダインを中心とした、サエス王国外周に点在する農村の類は軒並み水に浸かってしまい、大不作に陥っていた。


 こういった理由が重なり、今は王都であっても肉も野菜も滅多に口に出来ない高級品になってしまっている。

 大災害を知ったアルガス共和国やマディナムント帝国から、決して少なくはない物資を供給されてはいるがそれだけで国民全員の腹を満腹に満たせてやれるかと言われれば、かなり難しい。

 それでも城の者達はジェイドの指示に従い、狭い物見の塔へと次々料理を運び込む。

言われた通りに、貴重な肉類や野菜類をふんだんに使ったメニューが多い。これでこの国が助かるのなら釣りが出る程安いというもの。住む土地を、故郷を奪われるという事が彼らにとって何よりも辛い事だった。


 ジェイドは辛くも、彼らの希望を一身に背負っているのだ。けれどジェイド自身はこんな状況慣れたものだから、特に大きく騒ぎ立てるような事もない。直近で身に覚えがあるのはヴェルディの街に迫ってきたヘルハウンドの群れだ。

 生死を賭けている者にとって、迫る死の危険に大も小もない。生きるか死ぬか、二択しかないのだ。間近に迫る危険に抗う術がない者は己の命を、事象に抗う術を持つ者に預けるしかなくなる。

 ジェイドの魔力量は傍から見ても有り余る程なので、皆必然的にジェイドへと預けてしまう。彼らの命も国の命運も、今はジェイドが握っているという事。


 つまり、実に話はシンプルなもので。

 ジェイドが失敗すれば皆死ぬのだ。

 それは相手がヘルハウンドの群れであろうが大津波であろうが同じ事。死にたくないから、自分以外にも生きていて欲しい家族が、仲間が、親しい者達がいるから、皆大人しくジェイドに従う。


 過大な期待が渦巻く中でも、ジェイドはフォークを動かして肉の切れ端を口に運ぶ。食べるスピードは決して早い方ではないけれど、その口の動きが休まる事はない。

 頭上の魔法陣に延々と魔力を吸われている為、食べても食べても満腹感が得られない。腹の中に入った食べ物が端から殆ど魔力へと分解されていくのだ。

 周囲の者の目には彼が落ち着き払っているように見えるだろう。けれど当のジェイドは、料理の味や食感が分からなくなる程に緊張していた。こういった状況には慣れている。慣れたつもりでいる。

 けれどこの規模だ。彼だって緊張の一つや二つはする。流石に早くこの時間が終わって欲しいと、心の底から願っていた。

 確かにジェイドは国の安寧を願う一人のシュルクではあるけれど、魔力が豊富である事以外はその辺のシュルクと大差ない。彼には余りにも荷が重すぎる話だった。


 魔力切れで倒れるなどという真似だけはしてはならない。ジェイドは窓の外の遠く遠く、蒼白色の氷の壁を余り瞬きせずに見つめていた。ここから見ると小さな山のようである。

 そろそろ津波の勢いも衰えて、次は魔法陣の挙動も防波堤になるべき氷の壁の耐久度を増させる為のものに変わるかと見つめていた。


 然し。


「ッ……!」


 再び下から突き上げるような揺れが襲う。城内は新たな地震に好き放題に振り回されテーブルの上の折角の料理は落ちてしまい、皿が割れる音と人々の悲鳴が室内に響く。

 蔦を巻き付かせて強度を高めている城の壁は再びミシミシと不穏そのもののような音を立てている。


 ジェイドはこの揺れで、手に持つ皿を窓の外へと取り落としてしまう。

 高い塔の上だ。一瞬で、もうどこへ落ちたのかなんて分からなくなってしまった。

 ジェイド自身も窓から外へと放り出されそうになるが、そこは流石に風魔法を使って危機を切り抜ける。雪降る空の中で、くるくると錐揉まれつつも踊るかのように体制を立て直してから、自分が元いた窓辺へと戻って来る。まだ揺れが酷くて、とてもではないが室内には戻れそうにない。

 シャルロットは無事だろうかと部屋を覗き込むと、皆が倒れ込んだりして己の身体を支えられないような状況の室内の中心で一人、仁王立ちをしていた。


「……」

「……」


 目が合ってしまったが、何も見ていない事にしてジェイドは目を逸らした。

 先程の地震では咄嗟にシャルロットを抱えて浮遊してしまったが、どうやら彼女には必要ない事らしい。



「陛下、ご無事ですか」

「何だ今の揺れは! またか!!」


 やがて地震が収まると、マリーナは騎士達に支えられるようにして起き上がる。どうやら床に尻餅をついてしまったようだ。

 狭い部屋に人が殺到している状況だ、背の高い家具がなかったのが幸いと言えるだろう。割れた皿の破片で切ったという者は数人いるようだが、この部屋にいる者の中に大きな怪我人は出ていないようだ。

 揺れの洗礼を受けたシャルロット以外の者達は、未だに足元が揺れているような錯覚に気持ちの悪い思いをしていた。


 ジェイドは室内に戻ると、自分が今通り抜けてきた窓へと振り返り地平線を飾る氷壁を確認する。

 状況をその目で確認して、嘆息する。



 駄目かもしれない。



 魔法で作った壁は今の揺れで殆ど崩れてしまっていた。

 津波もやがて第二波が来るだろう。なのに、それを押し止める為の壁は失われてしまっているのだ。高い所にいるからかもしれないが、体感的に今の揺れは先程の揺れよりも凄まじいものに感じられた。

 ならば次に向かって来る津波は、もしきちんと防波堤を築き上げていたとしても先程よりも大きく、易々と壁を超えてしまう高さなのではないだろうか。


 嫌な音と揺れが、遠くから少しずつ近付いてくる。

 硝子片に塗れた料理を拾って貪るか。それで一からまたあの規模の──否、それ以上の津波を押し止めるだけの魔力の補給が間に合うのか。

 ジェイドの心に諦めが芽生えたのを察してしまったのか、氷壁を作る為に起動していた魔法陣から発される閃光は少しずつ弱まっていってしまう。


 背後から何か声がする。

 それがマリーナやシャルロットの声だと認識は出来ても、ジェイドからそれに対しての返答が発される事はない。

 彼は茫然自失でその場に立ち尽くしていた。

 どうしよう。その一言が彼の心を蝕み尽くして埋めてしまい、他の事が考えられない。

 所詮自分のような者が国を救おうなどと、甘かったのかもしれない。罪を償おうなどと馬鹿げた話だったのだ。

 あの時、逃げるという選択をしてシャルロットを無理矢理ケフェイドへ返してしまえば、彼女だけは助かったかもしれないのに。


 そうだ、シャルロットを抱き抱えて津波も届かない上空へと逃げてしまおうか。飛ぶだけの魔力ならばまだ僅かに残っている。

 自分の足元で城も、国も、アンダインも水底へと飲み込まれていくだろう。眺めるだけしか出来ない自分には相応しい罰だ。


 でも、本当にそれで良いのか。


 自問自答はこんなにも苦しい。

 良いわけなんて、ある筈ない。


 答えなんて出せる筈もなく窓の縁に両手をついて俯き、ただ固く目を瞑る。

 数分そうしていると、不意に何かの気配を感じた。


 誰かが傍にいる。ぴったりと、背中か隣辺りに寄り添っているような気がする。

 不思議な感覚に、ジェイドは恐る恐る目を開けて周囲を伺うが、特に変わった様子はない。

 シャルロットもマリーナも、サエスの兵や従者達も、もう今では何かを喚く事もなく固唾を飲んでジェイドの動向を見守っていた。

 先程見た位置から全員場所は大して変わっていない。誰かが近付いてきた痕跡もない。


 疲労と混乱が招いた気の所為かと、ジェイドは首を傾げた。


 それと同時に、空が爆発したかのような蒼白い光を発し始めた。


「な、……っ!?」


 目も眩むような光の中、誰もが何が起こっているのかなんて確認出来なかった。

 真っ暗な洞窟の奥から数日振りに太陽の下に出たって、こんなにも光を燦爛と感じる事はないだろう。

 一番窓際に立っていたジェイドなど目を潰されたかと思ったくらいだ。

 然し、恐ろしい程の光量を誰よりも浴びた為か目が慣れて薄らとでも開くのも早かった。暫く両手で目を隠していたが、恐る恐る指を開き目を慣れさせていく。

 兎に角光源を探さなくてはと思い、ジェイドは窓から身を乗り出して空を見上げ薄目を開けた。


 光源は思いの外すぐに見つかった。

 上空に描き上げたまま放置していた氷壁を築く為の魔法陣がジェイドの魔力を無視して異様な程に輝き、更に太く眩い光線を真っ直ぐに南へと撃ち込んでいるのだ。

 まるで冬の夜空を夏の快晴に塗り替えようとするかのような光景だった。

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