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暁闇のヘリオドール  作者: 沙華
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59 王城での生活



 折角火が灯されている暖炉があるというのだ、その前に置かれたソファに二人並んで座る事にした。

 この暖炉もオリクトが組み込まれているものなのだろう。オリクトが出回ってから、金持ちの住まいには至る所にかの人工魔石が使われるようになった。そうする事で、例えば目の前の暖炉にも火起こし用の使用人は必要なくなり、その分の人員が別の仕事に回せる。仕事や作業の効率がこういった所で違ってくる。

 そのようにしてもっともっと発展していき、更に高みに昇り豊かになる筈だった国は、今では一夜でこのざまだ。


 シャルロットは後ろ手できちんと扉を閉めた。あの扉のドアノブにも魔封具が仕掛けられている。ブレスレット状のものが外側のドアノブに掛けられている。だからジェイドは出られない。至極単純な話だ。

 シャルロットが簡単に開け閉め出来るのは、ブレスレットタイプの魔封具の能力を無効にするブレスレットを女王マリーナから貸し出されたからだ。それを今、右の手首に嵌めている。ビーズのような石が連なった簡素なデザインだが、侮れない。

 シュルクの魔力を抑え込む為の道具の能力を、一時的に無効にさせるものだ。シャルロットの付けているものはそれ一つだとただのブレスレットだが、対があって──ジェイドの押し込められた部屋のドアノブに存在するもう一つがあって、初めてその真価を発揮する。


 シャルロットは扉の開閉が出来るのだから、扉を押さえる事でジェイドをここから逃がすという事も簡単に出来る。けれど、それはしない。

 ジェイドはここから逃げ出す気がそもそもなかったし、シャルロットは彼のそんな気持ちをもうとっくに理解していたからだ。元より、彼らは“ここにいる”為にここに来た。逃げるという選択肢はない。


「お城に住んでいた貴族の方々の大半も、あの日ヘリオドールが壊された直後に大多数が逃げ出してしまったそうです」

「……へぇ」

「ですので人手不足という事もあり先生のお世話は殆ど私がする、という事に……」


 ソファに腰掛けるシャルロットは思い出したように口を開くが、ジェイドはそれをマリーナの嘘だと捉えた。

 どんな生き物でも簡単に殺めてしまう魔力の持ち主、更に言ってしまえばそのような力を持つ犯罪者と顔を突き合わせたいなどと思う者はなかなかいないものだ。扉が閉まっている内は安全だが、食事を運んだりオリクトを運び出したりする時はどうしてもジェイドが自由に魔法を使える室内に入らなければならない。

 女王の命令ならば嫌々ながらもやるかもしれないが、マリーナも怯えながらされる効率の悪い仕事に期待はしない。

 その点シャルロットはジェイドに怯えない。そういった意味では少女はなかなか利便性に長けている。


 ジェイドはぼんやりと掌の上で空のオリクトを転がす。数分もしない内に二つ目の火のオリクトが出来上がった。

 自分はサエス王国の民の為に、贖罪の為にここにいる。いつまでこの生活が続くかは分からないが、当面はこのままで良いとすら思えた。衣食住は保証され、シャルロットは傍にいる。

 オリクトは別人格とやらが破壊していたもので、教会でシャルロットに総てを話された折に“約束”の事も聞いた。

 彼の目論見は果たされたのだから、よもや再びオリクトを破壊し始めるという事もないだろう。何となくジェイドは、根拠はないもののそのように感じていた。


 シャルロットの待遇も上々。

 不安になる事は何もない。

 今後の事はもう少し魔力が回復し、怠さが取れてから考えればいい。

 ジェイドは立ち上がった。


「……顔見れたら安心した。安心したら少し疲れが出てしまって……来てもらって早々悪いけど、一人にしてもらっても良いかな」

「はい。次にお食事お持ちする時に食器も下げさせて頂きますね。こちらのオリクト二つは先に回収します」

「ん、宜しく」


 自分が置かれた現状は何となく理解出来た。分からない事が出てくれば、またシャルロットを呼べばいい。

 オリクトはこの城や国の為に今すぐにでも使いたい。シャルロットは二つのAランクのオリクトを手に持つと、ジェイドへ頭を下げて部屋を後にした。



 少女の姿が見えなくなるまで扉の前で手を振ってから、ジェイドはシャワーを浴びてベッドへと潜り込む。

 Aランクのオリクトを沢山創る為にも、睡眠は必要だ。食事からも魔力は摂取出来るが、国がこのような自体になっている今普段食べているような量の食事はなかなか望めないだろう。


 ゆっくりと眠る事にした。今はもう、睡眠に怯える必要もなくなったのだから。





 淡々とした生活が何日も続いた。

 初日の想像通り、ジェイドは夜中に起きる事はなくなっていた。ゆっくりと眠り、オリクトや硝子製品を手に掛けない穏やかな生活に明け暮れていた。

 少し前まで深夜に徘徊し、オリクトを破壊し、破壊するオリクトがなければ代わりに硝子製品を目に付くもの片っ端から破壊していたのが嘘のようだ。


 けれど淡々とした生活、と思っているのはジェイドだけだ。この部屋の外の者達は日々、サエス王国の復興作業に慌ただしく働いている。

 そのような事はジェイドの耳には届かないから、彼にとっては毎日変わり映えのしない静かで穏やかな日々に感じてしまうのだ。


 あの日から一歩たりとも部屋から出ていない。


 部屋の壁には掛け時計が掛けられている。時間になると雛グリフォンが飛び出し、ぴよぴよと陽気に囀るものだ。だから時間が分からなくなる事もない。

 シャルロットに聞けば、今日が何月何日であるのかも教えてくれた。もうすっかり秋も深まり、本来ならば深い紅や黄色に色付いた木々がサエスの街路樹として整然と並んでいた頃であろう。


 窓から見下ろすサエスの町並みは酷い状態だった。いつ止むかも分からない雨のせいで街路樹の葉など軒並み落とされ、無残な事になっている。紅葉も何もあったものではない。

 雨は最初の勢いこそ衰えたが止む事はなく、水路の水位も下がりはしたが道はまだ歩くのにも長靴が必須な状態にまでびしょ濡れであった。

 それでも何とか馬車などが通れるまでには交通の便も回復しつつある。城の兵士達がエストリアルを休む間もなく整備などしている賜物だろう。

 城にはどこからか物資が届く。国中から掻き集めては再分配をしているのだろうか、サエスの危機を知った他国が送ってくれているのだろうか。それらのお陰でこの国はギリギリ回っている状態だ。

 城の前の跳ね橋を渡り、城から街へと飛び出して行く馬車の数もまた多かった。その中にはきっと、ジェイドの創るオリクトも混ざっている事だろう。


 ジェイドはひっきりなしにずっと、オリクトを使える状態にまで精製し続けていた。

 猫足バスタブの風呂に浸かる時も、暇潰しに本を読む時も、食事を摂る時でさえ膝の上に空のオリクトを置いては魔力で色付けをしていく。

 女王からの注文が余りにも多く、そうでもしないと追い付かないのだ。

 もうここ数日はオリクト用の魔力を創る為に殆どベッドの上で眠っている。

 水のヘリオドールを破壊し魔力が激減してから、休憩を挟む間もなく連日オリクトに魔力を注ぎ込んでいれば身体は動く事もままならなかった。


 最近ほぼ寝て過ごすようになったジェイドが、起きている貴重な時間に密かに始めた事がある。日記を付け始めたのだ。

 シャルロットに言えばノートと筆記用具など数分で用意してくれた。

 特に自戒の念を込めたり世の中への恨み辛みを書いている訳ではない。

 今日はいくつオリクトを創っただとか、食事がそこそこ美味しかっただとか、シャルロットと話した内容だとか他愛のない事ばかりを書き留めた。



 そうでもしないと可笑しくなりそうだった。



 もう何日も、シャルロット以外のシュルクと会話していない。

 窓の外は変わり映えのしない、延々と降りしきる雨。

 毎刻変わらぬ囀りを響かせる掛け時計。

 自分は寝るか、オリクトを創るかのどちらかしかしない日々。その二つしかしないなら邪魔ですらない髪は、もう自分で結うのを止めて何日になるだろう。

 自分で何もしなくても、髪も爪もシャルロットが整えてくれるようになった。いつ彼女は自分の複雑な髪型の作り方を覚えたのか、ジェイドには心当たりがなかった。


 先も言ったがジェイドは自分を責めている事も、世の中に八つ当たりしたい気持ちがある訳でもない。

 寧ろ、いつ処刑されても可笑しくない所まで堕ちた男の魔力が世の為人の為に使われている現状は、「自分には魔力しか価値がない」と思い続けているジェイドにとっては極端な話、特に問題のない姿ではある。

 堕ちる所まで堕ちて、それでも尚自分には贖罪するだけの力がある。プラスにもマイナスにもならない。彼の望む己の姿は、未だ保てている筈だ。

 それでも、彼が彼自身の人格を棄てた訳ではないのだ。彼は、他でもない自分自身の為に、己の人格の整合性を図る為に日記を書く。可笑しくなりそうな日常にて可笑しくならない為に、正常である事を日記に書き記していく。それだけの話。


 今日も机に向かって日記帳と化したノートを開いた。

 流石王室御用達文房具店で揃えたノートと筆記用具である。紙の手触りは滑らかで何でも書けそうな気分になるし、羽根ペンは握っていても全く手首が疲れない。

 さて、何を書こうか。昨日創ったオリクトの個数を、実は水と土の属性の物をそれぞれ一つずつ間違えてしまった事などでも書こうか。あれは寝惚けていた事も記載しておいても良いかもしれない。

 インクに浸けたペン先を紙の上で迷わせながら思考する。そこでふと、真っ白な筈の頁の隅に一言文字が走っている事に気が付いた。まだこの頁には何も書いていないというのに、一体何故。


『大丈夫ですか?』


 たった一言、それだけ。


 シャルロットが書いたのだろうかと思ったのだが、彼女にはこのノートの場所は教えていない。

 ベッドサイドの机の引き出しの中という分かり易い場所にしまっているから、掃除してくれている時に見つけられてしまっても可笑しくはないのだが、そもそもこの部屋から出る事のないジェイドが掃除中もじっと見つめているのだから、彼女が日記帳に悪戯する隙などある筈もない。

 自分が書いた覚えも勿論ない。筆跡が違う。


 ジェイドは首を傾げながらも特に深く考える事もなく、ただシャルロット以外で自分に話し掛けてくれる存在がいる事に少しばかり嬉しくなって、日記帳に返答を書いた。


『俺は大丈夫』


 たった一言、それだけ。それだけだ。


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