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暁闇のヘリオドール  作者: 沙華
55/192

55 大海の女王



 サエスの王城は瓦解から一夜明け酷い有様であるのがありありと、日光の下へ晒されていた。

 壊れた魔石から吹き上がる水柱は何故か城へとは落ちず、周辺の街々を襲うものだから、城は昨夜水を放出する際に破壊された時と同じ状態を保っている。そこから更なる亀裂などは見受けられない。

 白亜の壁で建てられた塔たちは竜でも突っ込んできたかのように半壊している。否、竜が突っ込んできたってこんな壊れ方はしないだろう。内部から爆発したかのように崩落した城の下、瓦礫の沈む堀の周辺では懸命に兵達が跳ね橋の上から仲間の救助活動に当たっていた。

 塔が崩壊する際、ジェイド──ヘリオドールを追っていた兵達は水に叩き出されるような形で塔から堀へと落ちたが、他の場所の見回りをしていたり非番だった兵は無事なのだ。

 ある程度の人員は女王の元へと警邏の為に残し、残りは堀の中で仲間同士支え合っていた兵達を引き上げる作業に当たっていた。とは言っても城の中にあった光属性のオリクトで照らし、深夜帯でも作業に当たれた為手間取るような事はなかったのだけれど。

 それでも、作業が間に合わなかったのか行方不明の兵も出ている。堀から水路へと流されていってしまえば、現在のエストリアルの水路の具合から察するに捜索は困難を極めるだろう。


 サエス兵の誰もが行方不明者の心配をしてはいたものの、助かった目の前の仲間達の延命が先である。

 一晩中冷たい水の中にいた兵達を休ませる為に支えながら一人、また一人と、城のの崩れていない方の塔を目指して肩を貸し歩いていく。


 そうやって列を為し歩いていく兵達の傍に、ジェイドとシャルロットが降り立った。

 降り立った、という表現は全く以て正しくない。この酷い豪雨の中投げ出され、転がり落ちてきたという方が正しい。


「ッ、……ぅ……!」

「先生!」


 魔力がそんなに回復していない状態で、強力に魔法を行使して一気に移動してきたのだ。こうならない方が可笑しかった。

 ここに落ちる直前、ジェイドはシャルロットの手を離した。彼女一人なら空中に放り出されても受け身を取れると思ったからだ。読み通りに、彼女は高い所から落ちる猫のようにくるくると空中で体制を整え着地してくれた。

 それを視界の端で確認出来たから、己の生み出した風魔法を止められるだけの魔力がなく惰性で泥水の中落ちるジェイドも打ち身の痛みに呻きはするが、内心安心出来ていた。痛みにより二人を雨から護っていた魔法が解けてしまったのはシャルロットに申し訳なく思うのだが。

 駆け寄ってくる少女達の助けを借りて起き上がるジェイドの姿を、兵達は一体何事かと眺めていた。


 沢山の、目だ。今からこの目の総てが憎悪に変わる。

 魔力の足りなさからフラつく脚を叱責し、震える喉を引き絞って声を張り上げた。


「俺はジェイド・アイスフォーゲル! 昨夜この国のヘリオドールを……、破壊した者だ。女王陛下にお目通り願いたい……!!」





 サエス王国現女王マリーナ・ヴァスィリサ・サエスは執務室にて、焦燥し慌てる兵達を纏めて指示を出している真っ最中であった。


「オリクトを持って来い! 城の中にある物総てだ、掻き集めよ!!」

「ハッ!」

「昨夜から水に浸かり弱っている者へ優先的に火のオリクトを渡せ! あと水路図を持って来い! 急げ!!」

「畏まりました!」


 まだ三十超えた程度の若き女王は、真珠の飾られたパウダーブルーのマーメイドドレスの裾を翻しながら、落ち着きなく室内を歩きつつも声を張り上げていた。

 ミルクティー色の髪は僅かに乱れ、深い海色の瞳には疲労が浮かぶ。夜中からずっとこの調子だが、彼女の統治する王国の危機というのに寝てもいられない。

 水のヘリオドールを安置していた塔は未だに水を排出し続けている為に、どうしてこのような状況になってしまったのか、未だに魔石の確認が取れずにいるのだ。


「陛下……そろそろお休みになられては……あとは我々にお任せを……」

「煩い! 妾の国の事に妾が当たらずしてどうする! 口を慎め!!」

「これはとんだ無礼を……」


 傍らに控えていた、老いた侍従長からの身を案ずる言葉を女王は一瞥する。彼女はかなり気が立っていた。こんな事、長いサエス王国の歴史で始めての事だったのだから。


 人を集め、堀に落ちた兵士の救助を指示し、料理長には身体の温まる料理の配給指示も出した。

 水が引かない現状では市井の様子を見に行く事も出来ないが、引いた時すぐに出られるように水路を再確認しておくのも悪くない。そう思って指示を出した矢先に、一人の兵が女王の元へと転がり込んで来た。


「じょ、女王陛下! 失礼します、緊急のご報告が御座います!!」

「何だ騒々しい!」


 気の立っている女王に怒鳴られると、兵は一瞬怯む。然しこれは絶対に報告せねばならない事だ。

 姿勢を正し、報告内容を口にする。


「女王陛下に謁見したいと……ヘリオドールを破壊したと言う怪しい男と少女が城を尋ねて来ておりますッ!!」

「何だと! 破壊した……!?」


 周囲で女王の為にとヘリオドールに関する書類や書物を纏めていた従者達が一斉にざわめく。然しこの中で一番感情を大きく燃え上がらせたのは、勿論他でもないマリーナだ。

 今、この兵は何と言ったか。破壊した、と。確かにそう言ったのだ。

 王族の魔力で水の排出量を調整などしていたあれが、何かの弾みで排水量が狂ってしまってこうなったのだとばかり思っていたのだが、どうにも違うようだ。

 破壊した。もうこの世界に水のヘリオドールは存在しない。その言葉を受け取り、脳で直に飲み込んで気をやらなかったのは女王としてのプライド故か。事実確認をするまでは信じる事が出来ない、ただの現実逃避か。

 指示だの資料だのと、それらに時間を割いている場合でもなくなってしまった女王は、執務室に侍従達を残して謁見の間へと急ぐのだった。



 謁見の間は壁に硝子が嵌め込まれ、中に水が満たされ中に美しい色鮮やかな魚達が泳いでいた。

 ここの水は水のヘリオドールの力で循環させていたのだが、それが壊された今では中の魚が死んでしまうのも時間の問題だろう。いつもは水槽内に泡が踊るのに、それが殆ど見えない。

 集めた南の海の珍しい魚達も、透明度の高い宝石珊瑚も皆死んでしまう。

 魔石からの排水が城より外へと、街へと目掛けて迸っている為か、城の中の水道管などは──している所はしているが──殆ど破損はしていない。この謁見の間に水が逆流し、硝子が破損しなかっただけでも幸運だと思える。

 魚は死ぬ前に回収させ、毒のないものは調理でもさせるかと考えながら天鵞絨の玉座に座る女王は、目の前で両腕を後ろ手に縛られ跪く男女へと視線を落とす。


「面を上げよ」


 女王が声を掛ければ二人は同時に顔を上げる。娘は知らない顔だが、男の方は見覚えがあった。


「……貴様……ジェイドか?」

「俺の名をご存知でしたか、女王陛下」

「存じているも何も、このサエス王国屈指の冒険者ではないか。貴様にこなせぬ仕事は悪党の“生け捕り”のみ……どんな魔物や悪党も必ず殺して帰ってくる。

その腕を見込んで宮廷魔導師に迎え入れてやろうとして送り込んだ使者も、尽く逃げ躱して、返しおって。どうした? 殺しは飽きて遂に国ごと滅ぼしてやろうとでも考えたか?」


 サエスの冒険者ギルドで仕事をし過ぎたのだ。個人で竜を何匹でも殺してくる男。そんな者の情報が女王の元へいかない訳がない。

 国内でも有数の、難易度の高い仕事ばかりをこなしているというのにべリオスの石を持たず魔術師を名乗らないという変わり者。加えて冒険者ギルドに登録している個人情報を記載したプレートの顔写真は、変わった目の色に妙な髪型。この国の女王をしている以上、そのような者を知らないの一言で済ませられる訳がなかった。

 そんなにも素晴らしい能力の持ち主ならば是非とも手の内に置いておきたい。そう思って彼を欲して数年だ。

 今まで彼は使者に迎えに行かせてもほぼ、逢ってすらくれなかった。国内で定住地を持たずあっちへフラフラこっちへフラフラとして、なかなか捕まえられなかったのだ。運良く顔を合わせられたとしても、上手い事言いくるめられ気付いたら撒かれる使者もいた程だ。

 そんな男が、こんな形で目の前にいるなんて。

 女王の言葉に口を閉ざす目の前の男が、こんなにも忌々しく思えるなんて。


「……貴様のような魔力の持ち主ならば、さっさと逃げ出してしまう事も容易だったろう。何故にノコノコと城まで来た。馬鹿な男よ」

「そのお話で、ここへ戻ってきたのです」

「ほう……?」


 漸く口を開いたジェイドを見下ろす女王の眉がぴくりと動く。

 彼は自称、ヘリオドールを破壊した者だ。未だに信じられない事ではあるが、現状を鑑みればそれは事実なのかもと思えてくる。それに、途方もない話でどのようにやればあれが破壊されてしまうのか想像すら出来ない事だが、彼程の魔力量があるならばそれも或いは可能なのかもしれないとも思えた。

 けれど今彼らの腕は魔封具の手錠での拘束をしている。一切の魔法を使用出来ない筈だ。少女の方はまだ冒険者ギルドの情報を照らし合わせてはいない為、何者なのか分からないし魔力量も知りはしないが念には念を入れた。


 こんな状況であるというのに、ジェイドの声は落ち着き払っていた。

 やる事をやって満足したから、その高揚感で自暴自棄なのか。それとも処刑される覚悟が出来て自首してきたのか。または、それ以外に何か策があるとでも言うのか。


 女王は知らないのだ。彼の落ち着きの原因が隣の少女である事に。ジェイドは、シャルロットが傍にいればこのような窮地であったとしても心に安寧を迎えられるという事に。

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