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暁闇のヘリオドール  作者: 沙華
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5 家出娘の大冒険

 

「へ?……ええ、はい」


 一般民とは違うのか。

 その質問にシャルロットはゆっくりと頷き、躊躇いながらポツリと呟いた。


「……公爵家セラフィスの次女でございます」

「ふーん」


 そんなシャルロットの言葉とは対象的に、ジェイドは余り興味なさげだった。彼の瞳にはどちらかというと、遠い東に存在する国アシュタリア風に作られた抹茶パフェの方がまだ魅力的に映るようで、子供のように輝く双眼は濃い緑色のアイスクリームに包まれるフルーツを捉えている。


「ふーんって……先生から聞いた癖にー……」

「金を持っている事や食事の仕方で疑問を持っただけだ。その疑問が解消されたなら、この質問を続ける事は無意味だと思わないか?」


 たかだか「ふーん」で終わらせたジェイドに対して、シャルロットは唇を尖らせて不満げに抗議する。


「もっと、“公爵家の娘がどうして家出なんか?”とかないんですか?」

「…………“公爵家の娘がどうして家出なんか?”」

「よくぞ聞いて下さいました!」

「……」


 シャルロットは嬉しそうに語り出す。

 ジェイドはほぼ言わされただけに過ぎないのだが、それをわざわざ口に出す事はなく大人しくパフェをつつき続ける。

 別にシャルロットの話に大人しく耳を傾けている訳ではない。





 シャルロット・セラフィスは北の大陸ケフェイドにあった、今は亡きアルガス王国より南に領土を与えられた公爵家の次女として生を受けた。

 歳が三つ上の姉はいるのだが、この家には跡取りとしての男子が産まれる事はなかった。

 姉は──趣味なのだろうか?シャルロットは余り詳しく聞いた事がなかったが──男装を好んでしていたが、だからといって男子として生きていける訳ではない。


 ある日、姉が15歳の時に縁談話が舞い込んだ。公爵家の名を堕とさない為に、相応しい見合いをと父が用意した席にはなんと王族が現れた。

 第18王子マルチェロ・ブランガスト・アルガスである。当時12歳のシャルロットも同席していたのでよく覚えている。


 当時の国王アルガスは国民達から嫌われていた。

 ケフェイド全土は極寒の地で作物は育ち難かったが、実は王都周辺のみ穏やかな気候で他の地域よりも多少作物が育ち易かった。

 その理由は「ヘリオドール」という魔石にあった。ヘリオドールは簡単にいうと魔力の塊だ。火の女神クラスティアが人々に齎した、まさに“神の贈り物”。その魔力量はAランクのオリクトも霞む程の物だという。

 アルガス王国が所持するのは火のヘリオドール。それの能力の一つである“熱”を発生させ、気候操作を行っていたのだ。

 初代アルガス王は当時手に入れたヘリオドールを大陸の中心に据え、そこに城を作り、家が寄り集まり、国が出来たという。

 但し、王宮内に安置されているというヘリオドールの能力は城から円形状にしか広がらない。そこから外れた、つまり王都周辺に住めない者達はその恩恵を受けられないのだ。


 然し代々続くアルガスの血脈は、ヘリオドール有効範囲内からあぶれた国民達を無視した。採れた作物を配るという事をするでもなく、飢えて死ぬ民衆を見捨てたのだ。

 それを恥ずかしげもなく主張するかのように、王族は全員丸々と肥え太った家畜のような姿をしていた。


 そんな王族を見合いの当事者である姉リーンフェルトは勿論、幼きシャルロットも胸中では唾棄すべき存在として見ていた。

 然も相手の男、マルチェロは見合い相手の姉よりもシャルロットの胸を見ていた。当時からシャルロットは12歳の同年代と比べると、出る所はしっかりと出る体型をしていた。

 食糧は少ないし贅沢は出来ない暮らしではあるが、それでも一貴族として体制を保てるだけの食生活をしていただけで派手な暮らしなどは何一つしていなかった。なのにどうして、こうも姉と体型が違うのか。


 マルチェロも姉と同い年だから15歳とは聞いていたが、だからといって12歳の小娘をあのような性的な目で見るものだろうか。粘着くようなあの視線。思い出すだけでも吐き気がする。


 父はどうして王族なんかと姉を結婚させようとしたのだろう。

 自分達よりも家名の方が大切な証拠なのだろう。最終的には見合いを滅茶苦茶にして父から打たれた姉を影から見ていて、シャルロットは静かに父に失望していた。

 姉は家を出て行ってしまった。元より男装の一環として剣術にも勤しんでいた姉だ。士官学校でその剣の腕を更に磨き、兵になるという。


 それから暫くして、アルガス王国に素晴らしい物が広まった。

 それがオリクト。小型で持ち運びもし易く、安価に手に入る石の名前だ。中の魔力を使い切ってしまえば割れてしまうものの、魔力の乏しい者にとってはまるでそれこそ“神の贈り物”に等しかった。

 ケフェイド内にある組織、アル・マナクの第一人者アウグスト・クラトールが中心となって開発したというオリクトは、一気に国内に広まった。

 アルガス王国で人気が出たのはやはり火のオリクトだった。人々は気軽に暖を取れる事に喜び、安堵し、涙した。


 然しまだまだ大陸中には行き渡らない。王がそれを妨げていた。

 オリクトの存在をよく思っていなかったアルガス王はアル・マナク相手に攻撃を仕掛けた。

 彼の主張はこうだ。


「神々より与えられた恩恵を穢す行為だ。彼らは神をも恐れぬ不届き者である」


 ヘリオドールの存在のみで国王の地位を確立していたに過ぎない、人徳も人望もないはりぼての王はオリクトの存在で民衆を扇動される事を恐れ、焦ったのだろう。

 ヘリオドールの齎す神の力は唯一でなくてはならない。当時の王にとって、いずれ割れて使えなくなってしまうと言えどもオリクトの存在はヘリオドールという物の価値自体を揺るがすものに見えたのだ。


 かくして起こった内乱は、あっさりとアルガス王の首を落とす事で終結した。国民達はオリクトが普及率が更に上がる事には喜んだものの、王の死自体は喜ぶでもなく悲しむ事すらなく、最早どうとすら思ってもいなかった。

 確かに食糧をほぼ独占していた王族を嫌悪はしていたが、もう国民達にはオリクトがあるのだからどうでもいい事だったのだ。

 こうしてつい二年前に、アルガス王国は滅んだ。シャルロットが14歳の頃だった。


 然し、だからと言って王族全員が処刑された訳ではない。寧ろ王を殺しヘリオドールをアル・マナクが押さえてしまう事で、比較的穏やかな終わり方を見せた内乱だった。

 ヘリオドールの存在が王を王たらしめていたのだから、それを奪ってしまえば残った王族はどうする事も出来なかった。

 内乱で兵を凡そ失った彼らはアル・マナクに反旗を翻す事もなく王族という肩書きは剥奪され、あとはひっそりと生きていく事を余儀なくされた。


 内乱の余波で暫く国内はバタバタしていた。そうこうしているうちにあっという間に一年が経ち、シャルロットが15歳になったある日。

 とんでもない話を耳にする事になる。

 シャルロットを娶りたいという話が出てきたのだ。相手の男は18歳になったマルチェロ・ブランガスト・アルガス。シャルロットの、12歳の頃から比べて更に育った胸を未だ諦め切れてなかったらしい。マルチェロの方から申し込んできたという。

 リーンフェルトとの見合いで“あんな目”にあったのにまだセラフィス家に関わろうとする根性だけは、称賛に値する。


 シャルロットは家出を決意した。

 姉はいない。父はもう嫌いだ。

 優しい母と離れる事だけはとても悲しい事だが、シャルロットはもう決めたのだ。

 コツコツと、何かあった時の為にと貴族らしかぬ庶民のような理由で貯めていた小遣い全部を握り締め、真夜中家を飛び出した。


 そこからはもう大冒険。

 港へ行き、サエス王国のあるカルトス大陸行きの輸送船に忍び込み、大陸を渡って一人放浪。

 小遣いと、たまに魔物退治などの仕事をこなして何とか食い繋ぎ早一年経った。





「へー」


 パフェを食べ終わったジェイドはシチューを口にしながら適当に相槌を打っていた。

 甘い物のあとにシチューという食べ合わせは如何なものなのだろうか。普通ならそう思うところだがシャルロットは特に疑問に思う事もなく、テーブルを叩く。


「“大変だったね”とかないんですか!?」

「大変だったね」

「そう、本当に大変だったんですよ……!」


 ジェイドは何となくシャルロットの扱い方が分かってきた気がしていた。取り敢えず、表面上の扱いだけだが。

 明るく振舞っていたシャルロットだが、不意にその表情が陰る。


「昨日も……その、魔物退治に誘われたんですけど、…………ええと」

「失敗したと」


 ジェイドがシャルロットの言葉を繋いでやる事により、少女は小さく頷く事が出来た。


「他の魔物の退治の仕事が終わった後に声を掛けられて…簡単な魔物退治だから手伝って欲しいって言われたんですけ、ど……」

「…………」


 恐らくあの二人組の男達はシャルロットの仕事ぶりをどこかで見ていたのだろう。

 そうしてあの怪力を「使える」と判断し、結果として自分達の身の丈に合わないような軽率な行動を取ったのだ。


「子供が、……高く売れるんだ」


 ジェイドの口から零れる言葉がきっと、正解だった。


「ヘルハウンドの退治なんて冗談だろう。この時期あいつらは家畜を襲ったりしない、大人しいものだ。

 ただ、あいつら魔物とはいっても所詮犬だからな。子供の頃から躾ればそれなりに言う事は聞くし……魔術師でもない者が魔物を使役なんて、話題にもなる。貴族のステータスになるらしいぞ?」

「……?」


 シャルロットは話を聞いていてもいまいちピンとはこない。不思議そうな目でジェイドを見つめるだけだ。

 まだ分からないのかとでも言いたげに、ジェイドは大仰に溜息を吐く。


「君は余計な事の片棒を担がされたんだ。彼らは魔物退治よりももっと手っ取り早く大金を稼ごうとしてヘルハウンドの子供を手に入れようとした。

 結果、ヘルハウンド達を怒らせて……俺に余計な命を奪わせた。奪わなくてもいい命を狩らせたんだ。自分の罪を少しは理解したか?」

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