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暁闇のヘリオドール  作者: 沙華
46/192

46 ハートの窓



「……分かりました」


 勿論シャルロットは一切の拒否権が奪われている、「提案」や「お願い」の皮を被った狡い「命令」に頷くしかなかった。

 これは用意されていた台詞、酷いシナリオの台本のようなものだ。ヘリオドールは少女の返答が当然の如く期待通りのものである事に喜び、深く頷いた。


「有難う御座います。それでは、きちんとそこに待っていて下さいね。時が来たら“一走り”の指示を出しますので」


 ふわふわと、風魔法を使い空中に浮かんでいたヘリオドールはそう告げるや否や、城を目指して飛んでいく。

 シャルロットは最後まで引き留める事も、拒否する事も出来なかった。遠ざかっていく師の影の色をただじっと見えなくなるまで見つめる他、ない。





 水が溢れ流れる城壁に沿うように風魔法で飛翔し登っていく。念の為ケープマントのフードを深めに被り、長い髪が邪魔にならないようにフードの中に丸めて押し込んでしまう。

 逆風でフードを外されないように、また、水飛沫に視界を遮られる事を嫌い手で目元に被る布地を抑えて身体を上へ、上へと上昇させる。


 下に控えるシャルロットをちらりと見下ろせば、路肩の街頭に凭れて大人しく待機しているのが見えた。こんな夜更けに女性一人で待機させるのは心苦しいものがあるが、彼女ならば何かあったとしても大概の事は対処出来てしまうだろうと信頼を置いていた。

 信頼する事は愛する事と同義である。信頼とは愛がなければ出来ない事だ。ヘリオドールは他人を信頼し愛情を与える事を、自己の幸福だと定義付けていた。その信頼がもし裏切られるような事があれば、仕置きをする事すらまた愛だとも考えている。

 尤も、ヘリオドールにとってシャルロットは従順で実に扱い易い。彼に仕置きをさせる事もなく、“ただ一心に、ひたすらに愛を受け取ってくれる”心優しい少女だと思っていた。

 とはいえ、彼女に対する「一番愛しい」との言葉は嘘ではない。自分の半身であるジェイドを慕い、ジェイドもまた彼女の事を薄らと想い始めているのをヘリオドールはジェイドの心の奥底から密かに感じていた。

 自分には魔力以外に価値がないからと、莫大な魔力のみに価値を見出し執着しプライドを注ぎ込み、頑なに他者と深い関係にならないよう、ドライな関係でい続けられるようにと己を戒めるジェイドの心をそこまで動かした少女、シャルロットと話してみたいと思ったのだ。

 シャルロットはヘリオドールに“意志”を与えてくれた大切な人で、唯一である。それが彼女が「一番」である揺るぎない理由。

 きっと裏切られて罰する時が訪れても甘くしてしまうのだろうな、などと考えるヘリオドールの口元は自然と緩む。


 そうこう考えている内に城壁は登りきり、一番高い塔の窓際へと辿り着いた。

 どこへ向かえば良いかなど、流れ落ちる水が最初から教えてくれていた。城から大量の水を吐き出す排水口からの侵入は難しいし、窓は嵌め殺しで中からも外からも開けられそうにない。


 そんな事は些細だと言わんばかりに、ヘリオドールは空中に浮かんだまま指先に炎の魔力を込める。

 高熱を孕んだその指先で綺麗に磨き上げられた硝子の表面をハート型に大きくなぞれば、窓硝子は指が触れた所から焼き切れてその通りの型に呆気なくくり抜かれてしまう。

 さて、窓の一部だったハートの一枚硝子はどうしようかと思案する。なかなか綺麗に描けた、手に持てる透明の愛の形を棄てて割ってしまうのも勿体ない為、上手い事開けた穴の中、城内へと持ち込み最早窓の用途を成さなくなった通り道の隣に立て掛けておく事にする。

 ハートをくり抜いていた辺りから遥か下の方でシャルロットの悲鳴のような声が聞こえた気がするが、聞かなかった事にしてヘリオドールは城の奥へと進んでいく。



 現在地は王族の居住域から離れている為か、壁に掲げられる燭台も最低限の数であり、視界は余り良くはない。こっそりと、闇に紛れて行動したいヘリオドールからすれば都合が良い事ではあるが。

 先程開けた物と同じ種類の、いくつも並ぶ窓から注がれる月明かりが若干煩わしいと思うくらいである。己の落とす影の揺らめきが、どうか人の目に触れないようにと祈るばかりだ。

 窓から外を見つめれば月と星が垣間見えるが、それは時折上の方から流れ落ちる水のカーテンにより遮られ、外界の輝きをストライプのように引き裂いていく。


 城の中は兵が数人、交代で各所を見回りをしているようだ。噴き出す水に覆われ冷える城内で兵の動きが鈍るのを防ぐ為か、寒々とした様子の石造りの廊下にはBランクの火のオリクトを咥えた竜の彫像が等間隔に置いてある。

 侵入した窓から目的地まで最短距離となるように、開ける窓の位置は考えたのだから大した距離ではないと思うのだが、それでも何度もすれ違うこの見張りの数や配置の仕方を見るに、目的地が近いと感じる。

 柱や像の影に隠れてやり過ごすのはもう何度目になるのか。一応、光魔法と水魔法を使い光の拡散を用いて姿を見え難くはしているものの、近付かれたりよく目を凝らされればバレてしまう。


 後は目の前にある更に塔の上へと続く扉への入ってしまえば良いだけなのに、そこには必ずと言っていい程最低二人は兵が置かれていて、柱の影から出ていき近付く事すらままならない。

 タイミング良く目を盗んで扉まで近付けたとしても、魔法で自分の姿は隠せても扉の開閉は流石に誤魔化せるものでもない。


 あともう少しなのに。

 扉の向こうから、ずっと自分を呼ぶ声が聞こえるのに。

 逢いに行かなければ、ならないのに。


 そこへ更に報せを届けに、もう一人兵が走ってくる。


「大変だ! 城内に賊が侵入したようだぞ!!」


 最悪である。これにはヘリオドールも頭を抱える。想定済みではあるが、通行の難易度が上がる事はなるべく避けたかった。

 バレるのが早すぎたのも、恐らくこの人数が充分すぎる程の警備状況が原因だろう。


「何だと!?」

「ああ、窓に穴が開けられていて……」

「何か盗まれたのか!? 陛下はご無事か!!」

「まだ何も……賊がまだ城内にいる可能性がある! ここにも増援が来るぞ!」


 侵入の痕跡があるのに城の中で変わった事がないのなら、これから何かが変わる──侵入者はまだ中にいる、と判断するのは正しい。

 流石、“ここ”らの警備を任される者達だ。馬鹿では務まらないのだろう。


 物思いに耽っている場合でもない。

 増援が来るまでに総てを決めてしまわなければ。こんなチャンスはもう二度とないのだから、失敗は許されない。

 ヘリオドールはフードを被ったまま、隠れていた柱を離れ三名の兵士の前へとその身を晒す。


「誰だ!?」

「お前が侵入した賊か……!?」


 身構え剣を抜く兵士達を見て、ヘリオドールは強く胸を痛める。

 彼らの問いに答える必要は無い。そんな時間はないのだ。

 そして、“犠牲者”はなるべく少人数が良い。愛しきシュルクを減らすのはとても申し訳なく、そして悲しい事だ。

 目を伏せれば一筋、涙が頬を伝う。


 けれどその口元は歪んだ笑みを浮かべるのだから、彼は存外タチが悪い。





 バタバタと慌ただしい大人数の足音。

 兵士達が螺旋階段へと続く扉の前へと大人数で押し寄せてきたのだ。その先にある物の為に、ここの警備は万全でなくてはならない。有事の際には陛下の元と、この場所への兵の配置人数などは予め決められていた事だ。

 それなのに間に合わなかった。護るべき扉が開き、階段への道が示されている事に兵達がどよめく。そこから吹き込む風は更に冷たく、兵達の頬を撫でていく。


 開け放たれた扉を茫然とした様子で囲っていた人々の中の内、先頭にいた兵がこの扉を護っていた見張りの者達と伝令の兵、三人に食ってかかる。

 彼ら三人は並んで、剣を握ったまま扉の脇に立っているだけだ。


「おいお前ら! 何でボサッと突っ立ってるんだ!! 賊はこの中へと侵入したんじゃないのか!? 何故追わな────ッ!?」


 彼は一番近くにいた見張りの兵の肩を掴み、その肩の異常な冷たさに驚いて手を離した。鎧の肩甲の上に手を置いたのだから、金属的な冷たさは予想していたがそれにしても冷たすぎる。まるで氷のようだ。

 離した拍子に、肩を掴まれていた兵はバランスを崩しゆっくりとその場に倒れる。剣を持ち、何かに対峙していた時の体勢のまま。

 よくよく見れば、兜を被っている為目元は伺い知れないがその口元は驚愕とも取れる、今にも悲鳴を上げそうな形のまま閉まる事もなく固定されていた。


 苦悶の表情で造られた人形か彫像のようだ、とその場にいる誰もが思った。これは本当に同僚なのか、と疑ってしまうような非現実さがそこにはあった。

 肩を掴んだ兵は恐る恐るその場にしゃがみ込み、倒れた兵の兜を外す。その目で確かめてみなければ、とてもではないが納得出来なかった。


「……ッ!!」


 兜を外した兵は驚きに目を見開く。

 鎧の下の顔は紛れもなく、時折城内すれ違う同僚の顔だった。

 恐怖を顔中に刻んだかのような表情のまま、目を見開いて微動だにしない。兜を外した時触れた頬の冷たさから嫌な気はしていたが、確認の為に口元に手を当てれば一切の呼気が指先には当たらず、彼がとうに命潰えている事は明白であった。


 まるで、そう。例えるならば氷漬けにされたかのような死に様なのに、彼の身体は氷に包まれている様子もない。どう殺されたのか、全く分からない。

 他二人も同じように立ち尽くして微動だにしない事から、彼らも死亡しているのだろう。三人ものシュルクを人が集まるまでのこの短時間で殺めてしまう程の者が、眼前の螺旋階段を登っていったのだろうと思うと背筋が凍る。


「お、臆する事はない! この先は行き止まり、相手は袋の鼠だ!! 追うぞ!」


 それでも国に忠義を誓う彼らに退く事は許されない。死亡確認を済ませた兵が立ち上がり叫ぶと周囲の兵達も得物を抜き構え、続々と階段へ殺到するのだった。


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