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暁闇のヘリオドール  作者: 沙華
26/192

26 気付かないふりが出来たなら

 

 夕飯の席では全員が集まった為、食事を始めながら改めて軽い自己紹介の時間が始まった。

 ウォールナット製の長テーブルの上座についているイザベラから見て、右手にアイスフォーゲルの上から数えた四兄弟、その向かいにシャルロット。

 他の幼い兄弟達は空いている席に適当に座っている。

 イザベラは、先にシャルロットに促した。


「差し支えなければ、シャルロットちゃんから自己紹介をお願いしてもいいかしら。皆お客様が久し振りで……興味津々みたいなのよ」

「あ、はいっ」


 突然指名され少女は慌てる。

 手にしていたパンを一旦皿に置いてシャルロットは慌てて立ち上が──ろうとして、イザベラに止められた。


「ああ、良いのよ座ったままで。余り堅くならないで?」

「あっ、あっ……す、すいません……」


 立とうとしていた所を止められ、少女は慌てながらも立ち上がりかけたその腰を再び木製の椅子へと落ち着ける。

 一つ呼吸を整えてから改めて口を開いた。


「……私はシャルロット・セラフィスと申します。ケフェイド大陸、公爵家セラフィスの次女にございます。

そちらのジェイド先生の弟子として、行動を共にさせて頂いております……以後お見知り置きを」


 丁寧に、そして簡潔に挨拶を述べ小さく頭を下げる。

 すると聞いていた、ジェイド以外の他の者達は軽く拍手をする。その拍手の奏でる音の中で少女は顔を上げ、照れ臭そうにはにかんだ。

 その笑顔を皮切りにするようにしてイザベラもまた微笑む。


「有難うシャルロットちゃん。素敵なご挨拶だったわ」

「いいえ、そんな……」


 少女の謙遜もまた可愛らしいと言わんばかりに夫人は紅色に化粧を施した唇に弧を描く。

 そうして彼女は、まずは四兄弟からと美しい白魚のような指先で彼らを指し示した。


「それじゃ、次はこちらの家族を紹介するわね。まずは長男のイアン、うちの馬番をしてくれているわ」

「改めて、宜しく」


 食事の席では流石にハンチング帽を外したイアンは、素朴で誠実な青年そのものといった様相だ。

 イザベラは続けて長男を紹介する。


「土の魔法が得意なのよね、……だから農場や牧場も手伝ってくれる優しい子よ」

「得意って程でもないし、子……って言われる年齢でもないけどね」


 イアンは照れ臭そうに頬を掻く。その満更でもなさそうな様子に、横目で見ていたジェイドはうっかり舌打ちをしかけた。

 そんなジェイドの様子に夫人は気付いてか気付かずか。特に触れる事もなく次へと移る。


「その隣が次男ディビッド。私の手伝いの殆どを担ってくれているのは彼よ。弟達の面倒から食事の準備、……あまりないけれど、公務とかもね」

「上はふわっふわし過ぎてるし、下二人はどっか行っちまうんだから仕方ねェだろ」

「お口が悪いのがたまに傷、なのよねぇ」


 母が溜息を吐く傍ら、シャルロットと目が合ったディビッドはウィンクをしてみせる。

 見目整った優男にそんな事をされてしまうと普通の女の子ならば頬を赤らめてしまうだろうが、シャルロットは先程のやり取りを思い出して気まずさから目を背ける。会って初日にいきなり婚約を申し込んで来るなど、一体どういった事なのか理解出来ないでいるのだ。

 当のディビッドは少女へのアプローチを悟られ、右に座るイアンに腕を抓られ左に座るジェイドに足を踏まれ悶える事となった。

 ディビッドが立ち上がり左右二人の兄弟に殴り掛かる前に、イザベラは紹介を進める。


「……ジェイド……は、知っているわね。うちの三男よ。九年前に行方不明になったっきりだったのに、また会えるなんて……嬉しいわ」

「行方不明じゃなくて自立ですよ。書き置きして行ったじゃないですか」


 都合良く解釈されているような気がして、遂にジェイドは耐えていた舌打ちを我慢出来ずにしてしまう。四人並んだ中だと、彼は特に冷たそうでアンニュイな雰囲気を醸し出していた。

 そんなにも家族と仲が悪いのだろうか。そう思っても今この場で聞けるはずもないシャルロットは、口を閉ざす。

 ジェイドの冷え切った態度など物ともしない母親により、まだまだ紹介は続く。


「その隣が四男ルーネ。サエスではちょっと有名になってきた詩人よ。

今は休暇でこちらへ帰って来ているけれど、普段は王都エストリアルで詩集を出してるんですって」

「初めまして。宜しくね」


 紹介されたルーネという男は、ふわふわとした癖っ毛でどことなく女性的な雰囲気だ。少なくともこの四人の中では一番の小柄で、穏やかそうな雰囲気がある。

 人懐っこそうなその笑顔は何となく、慣れない場所で寝泊まりする事になったシャルロットを安心させようとしてくれているようにも思えた。


「あと、下に十九歳と十六歳、十四歳がいるんだけれどもう就職しちゃったり、寄宿学校に行っちゃったりしたのよねぇ」


 物憂げに溜息を吐いて今ここにはいない子供達を想い寂しそうな表情を浮かべるイザベラを見て、シャルロットは率直な疑問をぽろりと口にしてしまう。


「一体……何人兄弟なんですか?」


 今見渡してみてもここにはシャルロットとイザベラを除いて男子が12人いる。そこにプラス三人、更に子供がいるというのだ。

 一体どういう事なのか全く理解出来ない。

 不安そうに揺れる黄緑色の視線は師へと。

 目が合ってもジェイドは総てを知っているとでも言いたげな曖昧な笑みを浮かべて、その視線を更にイザベラへと流すだけ。


「さぁ……?」


 夫人は二人の会話など耳に入らなかったと言わんばかりの態度で、更に下の十三歳の少年から紹介を続けるのだった。





 夕食の最中、ジェイドの食が細いのをシャルロットは心配していた。

 ディビッド特製の、採れたての新鮮な野菜や濃厚な乳製品で作られたスープなど絶品であるというのに、普段よりも格段に食べる量が少ない。

 ジェイドのはアルコールが入っているのかどうかは分からないが、シャルロットへと出されたノンアルコールワインもとても美味であった。葡萄の風味と香りが舌の上で踊るような味わいだ。

 いつもならば、三倍は食べていたというのにお代わりもしない。

 静かに食べ終わり、静かにシャルロットが食べ終わるのを待つ。

 そうして彼女が食べ終われば、当然のように少女の細い手首を掴んで席を立つ。

 そんな事務的かつ他者へ配慮しない刺々しい雰囲気を持った態度、そして食事風景と口数の少なさに流石の小さな弟達も何かを察したか、「ジェイド兄様には話し掛けてはいけない」という暗黙のルールが彼らの中で出来上がっているようであった。



「せ、先生……っ」

「風呂場はここだから。もう入るか? 俺は入口で待ってるよ」

「先生、……手首ッ! 痛いです!」


 まるで引き摺られるようにして食堂から連れられるシャルロットは、ジェイドの手首を掴む手の強さに恐怖心すら抱いていた。

 自分には身体強化の為の魔力がある、らしい。咄嗟の事で発動するそれは、きっと今も発動しているだろうに──ジェイドの手を振り解けないでいた。

 それはシャルロット自身のジェイドへと対する恐怖心が、魔力を堰き止めてしまっている状態だと知るのはもっと先の事となる。更にはジェイド自身も身体強化の魔法を使用しているのも大きな要因だろう。


「……ああ、すまない」


 痛がるシャルロットを見て、漸くジェイドは悪びれる事もなく適当な謝罪を口にしながら手を離す。強く握られすぎて紅くなる少女の手首を見て、男は目を細める。


「回復魔法かけてやろうか」

「……ッ、結構です!」


 相当痛かったのだろう、シャルロットは怒りを顕にした瞳でジェイドを睨みつけ伸ばされた手を叩いて振り払う。

 そのまま浴室へバタバタと、逃げるように駆け込んで行ってしまった。


「……」


 勢い良く閉められた扉にジェイドは凭れ掛かる。そして、そのまま脚の力を抜いて床へとへたり込んだ。


「…………何をしてるんだ……俺は」


 両手で頭を抱え込む。叩かれた左手がじんわりと熱い。

 家族の、特にディビッドに対しての苛立ちをシャルロットへぶつけてしまったようなものだ。今更罪悪感と後悔を抱いたって遅い。

 そもそも何でディビッドなんぞ意識するのか。九年間会ってはいなかった、一個上の男。

 いけ好かないチャラチャラとした空気は相変わらず……否、悪化こそしていたが所詮はディビッド。

 魔力量においても品性においても全く取るにも足らないあの男が、現在無性に気に食わない。

 イザベラの小間使いの分際で、何公爵家の令嬢にプロポーズなんかしているんだ。然も会った初日にだ。

 そもそもイアンもいる前で告白するなんて、ムードもへったくれもあったものではない。

 昼間、寝てしまったシャルロットを運ぶのがディビッドと言うのも気に入らなかったのだ。だったら自分を呼べば良いものを。


 そこまで己の中で思い出しては自分なりに考えて、怒りのおおもとの理由を噛み砕いて咀嚼して。



 はた、と。



 ジェイドは、気付いてしまった、ような、気がした。



「いやいやいやいや……、……ははは……有り得ない有り得ない…………」


 ほぼ無意識に立ち上がり、歪み強ばった笑みを浮かべながら浴室の扉へゴンゴンと額を打ち付ける。

 中から「な、何ですか! 何の音!? 怖い……!!」とシャルロットの怯えるような声が反響して耳に聞こえたので、我に返って頭を打つのを止めた。


 ずっと独りだったから、急に一緒にいてくれるような女子が傍に現れて脳が勘違いしてしまっているだけだ。

 そうだこれは錯覚なのだ。

 ジェイドは自分自身を、必死にそう誤魔化す。

 それはそれで、まるで思春期の少年のような脳の働きっぷりに顔から火が出そうになる程恥ずかしくもあるのだが。


 シャルロットがディビッドの食事を食べて幸せそうな顔をしたり、その腕に抱かれたり、あまつさえプロポーズを受けて婚約した所でジェイドには無関係である。

 婚約が成立すれば親戚にはなるだろうから、完全に無関係という訳でもないが。

 兎に角、その程度の事で腹を立てたり胸を痛めたりする事自体が馬鹿馬鹿しく、愚かしく、程度の低い事なのである。

 意識するだけ無駄な事。

 だから、今夜一緒に寝る約束をしている現状も取り止める必要はないのだ。それに、取り止めてしまえば折角譲り受けたオリクトを駄目にしてしまうだろう。

 だから今夜ベッドを共にするのは不可抗力なのだ。

 ジェイドは自分にそう言い聞かせる。浴室の扉へ向かって、ブツブツと呟きながら延々と自分自身へ言い聞かせていた。


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