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暁闇のヘリオドール  作者: 沙華
25/192

25 扉の裏

 

 屋敷から外に出た途端にシャルロットはチラチラと、動物達の鳴き声がする方を頻りに気にして視線を向ける。

 そんなあからさまな興味の持ち方に、ジェイドという男は気付かない程間抜けではない。小さくクスリと口元に弧を描く。


「……牧場の方を見て回ろうか」


 そう言って先導する。

 九年も前とは言えど住んでいただけあって、舗装されていない道をスイスイ歩いていくのをシャルロットは一生懸命追い掛ける。ジェイドの履くブーツは踵がかなり高い物だ。よくそんなヒールで歩いて行けるものだと感心し、よくよく師の足元を凝視して見ればどうやら歩いている振りをしているようだった。

 風の魔法の応用だろうか、地面から僅かに浮いているように見えるのだ。

 そう言えば今までも、例えばグリフォンを倒しに行った時などが顕著であったが長距離を二人で歩いていても彼は特に文句の一つも言わなかった。身体強化魔法なども使えるようだし疲れ知らずなのかと思ったがそれよりももっと分かり易い、疲れないようにする絡繰があっただけだ。


 二人で小石転がるあぜ道を歩き、やがて木製の柵に囲まれた敷地が見えてくる。

 広く土地を取られているそこは風が吹けば緑色の牧草がそよぎ、 放し飼いにされている何頭かの牛達がそれを食む。牧場と呼ぶに相応しい光景が広がっていた。

 柵の傍にいた牛が近付いてくる二人のシュルクの気配に顔を上げ、柵の隙間から顔を出す。

 その可愛らしい行動を見てシャルロットもまた嬉しそうに近付いていき、牛の頭にそっと手を伸ばす。


「牛さん!」

「牛だな」

「美味しそうですね…………あっ」

「…………」


 少女の不穏過ぎる台詞の意味を理解したのか、牛は尻を向けさっさとこの場を離れて行ってしまった。

 シャルロットは残念そうにしているが、ジェイドはそりゃそうだろうという感想しか持てないでいた。

 去っていく牛を遠目から眺めていると、その光景を見ていた兄に声を掛けられる。


「おっ、ジェイド! シャルロットちゃんもさっき振り。見学かい?」


 イアンだ。そう言えば彼はアイスフォーゲル家の馬番をしているのだったか。ここは牧場。牛もいるなら馬を飼う為の厩舎もあるのは当然か。

 イアンは先程馬車で屋敷に帰った後、荷解きを簡単に済ませてから馬をここまで連れてきたのだ。

 シャルロットは姿勢を正して彼へ頭を下げるが、ジェイドは一切彼へと視線を向ける事はない。兄より牛の方が価値があると言わんばかりに暢気な鳴き声を上げる牛達を凝視している。そんな弟に気を遣う兄は、屋敷へと一足先に戻ろうとしていた。


「……はは……まあ、何にもない所だけどゆっくりしていってよ」


 そう言って擦れ違い去って行こうとするイアンの気配を感じ、ジェイドは思い出したように兄へと振り返る。


「そうだ、イアン」

「……ん?」


 イアンは自分がジェイドに嫌われている事は分かっていた。呼び止められるなんて夢にも思っていなかったものだから、唐突に声を掛けられ面食らったようだ。


「ここ、使ってないオリクトありませんか。空のでも良いんですけれど」





 どうやら目的は達成出来そうである。

 ジェイドとシャルロットはイアンに連れられ屋敷に戻って来る事となった。


「えーと……」


 牧場周りの鍵や、備品の中でも少し値の張る物は凡そイアンの部屋に保管されている。因みに旅行の間、イアンの部屋はディビッドが管理してくれていたようで特に本人不在でも牧場の運営に支障はなかったようだ。

 イアンは部屋のベッドの下から小型の金庫を引っ張り出し、鍵を差し込んで開ける。金庫には鎖がついていて、その先端はベッドの足と繋がっている為金庫単品でも盗むのには苦労しそうなものである。

 オリクト専用になっている金庫だ。中に入っているのも当然オリクト。イアンはベッドに腰掛けて中を探っていた。


「ほい。このくらいなら持ってっても母様怒らないだろ」

「どうも」


 ベッドの傍にある机の上に広げられるオリクト達。

 冬場に動物達の小屋を温める為に使う火のオリクトに、動物の餌となる植物などを育てる為に土壌補助などに使う土のオリクト。どれもCランクとEランクの物ばかりだが、いくつかは譲ってくれるようだ。

 後はAランクとBランクの空のオリクトである。

 空のオリクトは安価な為、これもいくつか貰い受ける約束を取り付ける事が出来た。


 イアンはポケットをまさぐり、魔力が半分程貯められたBランクのオリクトを出して見せる。土属性の魔力を多少持っているイアンは、牧場や農場経営をしているとよく使う事も相まって土のオリクトを作ろうとしている途中らしく、手の中のそれは薄く金色に輝いていた。


「やっぱBは難しいよなぁ。空のなら安いけど、これを実質運用出来るまでに魔力貯めるのに後どれだけかかるんだか……」

「貸してもらえますか」


 通常、貴族が一瞬で魔力を貯められるのはせいぜいD、良くてCが限界だ。Bランクのオリクトを満タンに貯めるにはイアンでは役不足なのである。

 困ったように笑う兄の手から、ジェイドは返事も待たずに中途半端なオリクトを引ったくる。

 そうして一瞬にしてその中を魔力で満たし、美しい黄金色に輝くBランクの土のオリクトを精製してみせた。

 それを見てイアンもシャルロットも感激したように手を叩く。


「相変わらず流石だなぁ、ジェイドは」

「先生素晴らしいです……!」


 二人の──どちらかと言うとイアンからの賞賛を受け入れたくないのだろう、ジェイドはその言葉を無視してしまうと、更にAランクの空オリクトを掴む。


「こちらは火で宜しいでしょうか」

「!? ……確かに火のオリクトはいくらあっても困らないが……まさかAまで満たしてくれるのか?」

「世話になりますし、オリクトも頂きますしね。貴方がたに借りを作りたくありませんから……これで貸し借り無しで如何でしょう」


 ジェイドの申し出は願ってもない事だ。イアンは深く頷く。

 それを同意と見なし、直ぐ様ジェイドは魔力を展開させ手の中の無色透明のオリクトに色を付けていく。王族くらいにしか行き渡らないような高級品と化した、鮮やかな薔薇色に輝くそれをイアンの膝の上へと放った。

 未だにシャルロットが着ている己のケープマントをジェイドはまさぐる。中から一枚革製の袋を取り出すと、机の上のオリクトを回収して詰めていった。


「助かりました。……それでは」


 シャルロットの手を引いて去ろうとする弟を、兄は呼び止める。


「ジェイド! 夕食くらいは──」

「分かってますよ。顔は出しますのでご心配なく」


 そう言い放ったジェイドは、あっさりと扉を閉めてしまう。

 随分変わってしまった弟の態度に、イアンは深く溜息を吐くのだった。





 日も落ち切った時間。

 再び食堂に一同は集まっていた。

 旅から帰って来たばかりだというのにイアンは働くのが好きなのか、厨房に立って子供達と一緒に料理を準備するディビッドの手伝いをしていた。

 シャルロットはその姿を見兼ねて厨房へと顔を出す。師の上の兄二人が働いているというのに、お客様気分ではいられない。


「あの、……何かお手伝い出来る事があれば……」

「ああ、いいのいいの。シャルロットちゃんは座ってて。あ、これ味見する? うちの野菜なんだけど」


 サラダ用にと切られたトマトをイアンがずいと差し出すのを、ディビッドが咎める。


「もうすぐ食えるんだから今更味見とか良いだろ兄貴。

それに、今手伝ってくれなくっても……いつか嫌でも手伝う日が来るかも知れないし?」


 イアンの手の中のトマトを取り上げて口の中に放り込むディビッドの言葉に、少女は首を傾げる。


「えっと、それはどういう……」

「お嬢ちゃん、ジェイドのコレだろ?」


 ピッ、と突然立つ小指。

 その小指の先を見つめるとシャルロットはうっかり寄り目になってしまう。イアンはディビッドの小指をそっと握って手を降ろさせた。


「……下品。母様に怒られるぞ」

「だって母様、家名はジェイドに継がせるって言ってるし? なら嫁さんになる子はいつか、遅かれ早かれ家事も手伝ってくれるんじゃねーの?」

「わ、私は……先生とはそういうのではないので……っ」


 漸く立った小指の意味を理解したシャルロットは全力で首を左右に振る。その様子に声を上げるのは足元を彷徨く子供達だった。


「ええーっ!? 何でえ?」

「姉様になってくれるんじゃないのー?」


 いつの間にそんな話になっているのか。

 一気に子供達に囲まれた事により物理的にも、気恥しさから来る精神的にも身動きが取れなくなっているシャルロットを助けてくれるのはイアンだった。


「ほら、シャルロットちゃん困ってるだろ……お前達もあっち行って座ってなさい。自分の分は自分で運ぶんだぞ」

「……はぁい」


 長男の言葉に少年達は大人しく従う。

 それぞれがサラダボウルやスープの器を銀のトレイに乗せて、厨房から列を成して出て行った。

 子供達が捌けると、更に突っ込んだ話をしてくるのはディビッドだ。彼はシャルロットの分の食事をトレイに乗せながら疑問を口にする。


「先生って、何……アイツ今教師やってんの?」

「いえ、そういう訳では……」

「ふーん? アイツ、自分の事何にも話さねェからなー……はいこれアンタの分」


 出来上がった夕食を差し出して来るのを、シャルロットは礼を述べながら笑顔で受け取る。けれど、そのトレイはシャルロットの手には渡らない。

 ディビッドが手を離さないのだ。

 受け取って良いのか、それともまだ何か乗せ忘れでもあるのかと不思議に思いながら少女は彼の紫眼を見上げる。


「……? あの……」

「なぁ、ジェイドと付き合ってないなら俺と婚約しない?」

「!?」


 少女に対して真剣な表情で囁かれた突然の申し出を横から聞いていたイアンは、慌てて弟の後頭部を引っ叩く。


「いって!」

「な、なな何言ってんだお前はっ! ご、ごめんよシャルロットちゃん、先もう戻って! 食べてて良いからって皆に言っておいてよ!!」

「は、はいっ」


 驚き過ぎてディビッドに返答する事もままならなかったシャルロットは、急いでトレイだけちゃっかり受け取り厨房から出、食堂へと向かう。



「…………」



 急ぎすぎて、厨房の扉の影にジェイドが立っていた事など気付きもしなかった。

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