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暁闇のヘリオドール  作者: 沙華
15/192

15 正義を飲み込む影

 

 サエス王国は水のヘリオドールを所有している。

 その力は国の中と国周辺に及び、国内には所々に噴水やスプリンクラーが設置され、暑い日だとそれが作動する。高く水を噴き上げてくれるそれらのお陰で街中は冷やされ、夏ならば暑さを忘れさせてくれるのだ。

 勿論上下水道はしっかりと整備され、農業用や貨物船用の水路まである。


 それはさておき。

 そう、今は夏──ではあるのだが。

 晩夏の頃である。

 日は少しずつ短くなりそろそろ秋口にも差し掛かる頃ではあるのだが、未だにサエスは水の大国である事を誇示するかのように、頻度は減りつつも国内を冷やさんばかりに時折散水し続けている。

 それは昼なら未だしも、夜間は特に無意味だ。というか寒い。


 シャルロットが入っていったルエリアの街の入口付近、街の外側にまで設置されたスプリンクラーが作動するのを見るのは何度目だろうか。ジェイドは溜息を吐く。

 外側にまで設置する必要は果たしてあるのだろうか。街の中から漏れる街灯の光や月明かりに照らされて美しく街を彩りはするが、それだけである。


 ジェイドがシャルロットと出会ったヴェルディは治安があまり良くはない為か、水が噴き上がる光景は今の季節ではたまにしか見られなかったが──それでも真夏は水の国らしく頻繁ではあった──ここ、ルエリアは着いた時から特に頻度が多く感じた。

 恐らくここがオリクトを輸入する窓口の街ともなっているからなのだろう。他国に対してのアピールなのだ。よく言えば自国の特色を分かり易く示す為。悪く言えば力がある事を誇示して釘を刺している、のかもしれない。


 とはいえそれが昼も夜もだと、町民にはいい迷惑である。

 ジェイドは夏の間、暑い頃には常に自分の周囲を水と風の魔法で冷やしているので夏に困る事はあまりない。

 困るのはそこまで魔法を扱えない国民達だ。力の乏しい民達は、サエス王国の水の設備を夏の間は有難がるだろう。

 然し涼しくなってからも噴水なりスプリンクラーなりを使い続ける必要はない。そもそも最初から国内に沢山の水路や河川、公園には池などがあるサエスは他国よりも夏も終わり頃になるとずっと涼しい。この時期、医者にかかる国民は多いらしいが原因は一目瞭然である。


 一種の夏の風物詩のようなその光景を座って眺めていると、誰かが街の入口からこちらへと近付いて来るのが見えた。

 グリフォンを頭上で浮かべているのだから、何事かと近付いてきた町民かもしれない。説明すれば帰っていくだろうと、ジェイドは声を掛けられるのを待っていた。

 だが、事態はそんなにものんびりとしたものではなさそうだった。


 街中ではない為、頼りになるのは星と月明かりのみの草原。

 暗がりではあったが近付いてくるにつれて相手の輪郭がはっきりとしてくる。緑のリボンで一つに括って風に靡くプラチナブロンドの髪が美しい、利発そうな少女だ。ツリ目気味なその顔は、タレ目のシャルロットを何故か彷彿とさせる。

 その少女がこちらに手を翳したかと思えば強い風が一筋巻き起こる。

 それはジェイドが浮かべていたグリフォンを包む竜巻に混ざり込み、まるで打ち消さんばかりに強く吹き荒ぶ。


「え?」


 話し掛けられるか、もしくはなかなかに可愛らしい見た目の少女だった為にこちらから声でも掛けようかと目論んでいた所に何故か飛んできた攻撃。

 ジェイドにとっては大した邪魔ではないものの、少女の風魔法に対抗すべく更に魔力を注がなければならないこの状況はなかなかに鬱陶しい。

 頭上で荒ぶる風はジェイドの風魔法により、再び均衡を保ち静かにグリフォンを浮かべるまでに戻るのだった。

 少女は自分の魔法が何事もなかったかのように打ち消され、驚いたようだがすぐに噛み付くように声高に叫ぶ。


「あなたあの時の襲撃者ね!? 

その変な髪型、見間違えたりしない! 今度は街も破壊する気なの?」

「変な髪型……」


 いきなり失礼な事を申し立てる娘に対して、ジェイドは困惑していた。

 襲撃者だとか今度は街も、だとか。

 彼女の言っている言葉の意味がいまいちよく分からず、首を傾げるしかない。ので、正直な返答を述べる事にした。


「君が何を言っているのかよく分からない」


 その言葉に少女は苛立ちを隠せないようでいた。


「あれだけの事をしておいて、とぼけるつもり?」


 あれだけの事。

「襲撃者」「破壊」──その単語から導き出される答えは一つだ。

 襲撃者呼ばわりされるような事なんて、直近で一つしかしていない。シャルロットからの話でしか聞いておらず、自分の意識なんか欠片もなかった訳だが。

 もしかして。


「……君は、オリクト輸送に関わっていたりしたか?」

「関わっていたも何も護衛任務に就いていたわ!」

「ふーん……」


 ビンゴだったようだ。

 ならば、答えは一つしかないと思うのが道理だ。憤る少女を前に、ジェイドは立ち上がる。

 そうして事もなげに言葉を放つ。


「……君の任務を台無しにしてしまったのは申し訳ないが、ああならないようにするのも君の仕事だったんだろう? 君、その仕事向いてないんじゃないか?」

「ふざけないで! 奪うならまだしも、いきなり魔法を放って一体何が目的!? あなたも王家派かしら?」


 割と真面目に心の底から本心を言ったつもりだったのだが、「ふざけるな」とは。

 それに、参った。本当に話が通じない。ジェイドとしては目的も何もない。自分が無意識の最中に起こしてしまった事なのだから。

 自分が悪いのも勿論分かってはいるつもりだが、己の意志で起こした事ではないものにこうも感情的に責め立てられると気分も悪い。

 それに王家派とは。

 本当に意味が分からない。

 分からない事だらけだ。

 分からないという事は、不快な事だ。

 だんだんと苛立ちながら、少女の質問は丸々と無視する。


「…………君は何しにここへ来たんだ? 俺を捕らえにでも来たのか?」

「当然でしょう? これ以上オリクトを壊されたらたまらないわ! さぁ、覚悟なさい!」

「だよなぁ……」


 勢いよく腰に携えたレイピアを抜き、流麗な動作で構える少女を見て面倒臭さが心の底から湧き上がる。

 然し黙っていれば一方的に攻撃をされ捕らえられてしまう。それは本意ではない。

 そろそろサエスで暮らすのも潮時かと思いながら、頭上の氷塊を見上げる。


「……上の荷物、降ろすのも面倒だからこのまま相手させてもらうが……良いよな?」


 それは挑発のつもりではなかったのだが、そう捉えられても仕方ないかも知れない。

「片手間で良ければ相手してやる」、そう言っているのだ。

 その言葉が彼女を動かすスイッチとなったのか、少女は大地を蹴ると鋭く針のように煌めくレイピアを突き刺そうと、ジェイドへ距離を詰める。


「魔法で優位を取ったからといっていい気にならないことね……ッ!」


 少女の動きは素早く風のようだ。

 あともう少しで刃が届く、筈だった。


 ぽんっ、と軽い調子でジェイドは手を叩く。その瞬間大地から、まるで獣のあぎとのような形状に並ぶ水晶群が勢い良く飛び出し、真っ直ぐ自分へと伸ばされたレイピアを左右から挟み込むようにして食らいつき、捉える。

 そしてそのまま少女の武器をへし折ってしまった。


 あと少し少女の動きが速ければ彼女の腕も共に挟み込まれ、無事では済まなかっただろう。

 少女は驚いて立ち止まる。


「……ッ!?」


 危険視してくれれば良かった。

 諦めて、街に逃げ帰って欲しかった。

 ジェイドの願いは容易く打ち破られる事となる。


「…………馬鹿なのか君は」


 静かに、毒づくように吐き捨てた台詞が聞こえたかどうかは分からない。

 彼女は武器が折られても未だ心は折られずに、新たに剣を握っていた。氷の魔法で精製した剣なのだろう。

 美しく透き通るその切っ先を構えて、再びこちらへと駆け出してくる。

 風属性の魔法に加えて水属性の氷結魔法。彼女も魔法の才がある事は明らかであるが、ジェイドはそれでも恐れる事はなかった。

 彼がこの状況で恐れるのは、いつだって自分自身だ。


 ジェイドは対人戦が苦手だ。


 何故か。


 手加減が出来ないからだ。


 殺してもいい魔物より、殺めてはならないシュルクを相手取る事の何と神経を使う事か。

 手加減しなくても良い魔物の討伐の仕事ばかり受けるのはこの為だ。もしくは、生死問わずの罪人を狩る仕事もたまに受けるが、粗方獲物は無残な死体となる。

 慎重に相手をしても、誤って殺してしまう事も一度や二度ではない。日常生活の為に穏やかな時間の中でまったりと魔力を操るのとは訳が違う。咄嗟だと、対人だと──歯止めが効くかは自分でも分からない。


 魔法に当たって怪我をしたり、死んでしまうのは相手の責任である。

 いつしか次第にジェイドは、そのように考えるようになった。


 少女は何を思って剣を取ったのだろうか。魔法ではこちらに分があるというのは理解しているのだろう。

 然し、だからといって自分は得意なのだろうが白兵戦に持ち込もうなどというのは愚か者のする事だ。

 その剣は、届かなければ意味がないのだから。


 少し仕置きをしてやろう。

 仕置きに耐えられずに死ぬのなら、それは彼女の責任だ。

 ジェイドはまるで指揮でも執るかのように指先を踊らせる。


 大地を駆ける少女は、その足元総てが目の前に立つ敵の武器である事が分からないでいるのだ。

 細い蔦が地面から槍のように真っ直ぐに伸び、少女の右の太股を貫くのは容易い事だった。血が、彼女の身体が大地に落ちる前に更に何本もの茨でその華奢な身体を絡め取る。

 柔肌に茨の棘がいくつも無惨に食い込んで、さぞ服の下は痛ましい傷を増やしている事だろう。直ぐに楽にしてやらなければ。

 彼女が何かを言う前に蔦は両の腕に蛇のように絡みつく。

 そうして、腕を引き抜いてしまわないように気をつけながら、



 ──ゴキンッ



 両の肩の骨を外してやった。


「くっ……!? ぅ、あああッ!!」


 哀れな少女の悲鳴が草原に響く。

 もう良いだろう。ジェイドは合図をするように腕を薙ぐ。

 すると、少女を捕らえる蔦はその細身を解放し地面に落ちるのを勿論気遣う事もなく、少女を無視するようにずるずると大地を這い回りジェイドの後ろへと下がる。

 まるで主人の言いつけに従う犬のようだ。彼女がまだ抵抗するのなら、すぐにでも飛び掛るのだろう。


 然し、少女は地に伏せたまま。

 ジェイドはツカツカと少女へ近付き、見下ろして笑う。


 彼女には勝者の余裕にでも見えるのだろうか。

 違う。

 安堵だ。

 彼女が生きている事を心の底から祝福している。


 そうして願わくば、少女がこんな危険な仕事を辞めてしまうようにと祈りを込めて、呪いのような言葉を吐き捨てるのだ。


「魔法で勝てず、剣を握っても駄目……随分と中途半端だな、君は」




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