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暁闇のヘリオドール  作者: 沙華
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11 夢の中の住人

 

 飛び散ったステーキを責任を持って拾い上げ、それを食べようとしていたシャルロットを何とか説得し席に座らせる事に成功したジェイドは、もう一皿シャルロットに奢ってあげた。

 怒りで頭に血が昇ったとはいえ、 彼女は食べ物を粗末にするという大罪に相当凹んでしまっていた。


「俺が買ってやったのだから、謝るなら俺に」


 そう言ってシャルロットに謝らせ、「許す」の一言でジェイドは彼女を許した。更に言うならその一言で、彼女がこれ以上食事に対してメソメソする事は許さなかった。

 だってシャルロットは肉を粉砕したくてした訳ではないのだ。普通のシュルクがフォークを肉に突き立てたなら、本来粉砕なんかする筈はない。例え怒りで力任せに肉を突いたところで、だ。

 彼女の肉体は「普通」ではない。彼女は普通の事が出来ないのだから、これ以上責める事も悔いる事も無意味だとジェイドは感じたのだ。


 そうしてジェイドのお陰で落ち着きを取り戻したシャルロットは、ステーキを切り分けながら顔を上げる。


「そう言えば、先生を誘拐した二人組の顔は覚えてらっしゃいますか?」

「え、あー……まぁ」


 覚えてはいるが覚えていたって意味はない。もう二人はこの世にはいないのだから。

 そんなジェイドの内心とは裏腹に、シャルロットは真面目な顔をして言葉を続ける。


「なら! 先生に酷い事した二人を捕まえて国に引き渡さなきゃ! 被害者が増える恐れもありますよね!?」

「…………いや、……」


 何でそんな話になるんだ。理屈は分かるが、深追いして何になる。

 そう尋ねようとしたジェイドの言葉は遮られる。


「先生は強いからご自身の力で逃げて来られたそうですが、もし他の女の子なら逃げられる筈ありません! 捕まえて法の下で裁いてもらった方が良いに決まってます!!」

「…………決まってます、か」


 決まっているのだったら。

 その二人を殺めたと口にしたら。自分は人を簡単に殺めるだけの闇の魔力を、使用が規制されている力を体内に持っているとでも言ったら。

 ──総て話してしまったら。

 彼女は何と言うのだろう。

 同じ調子で自分を牢に押し込む事を、嬉々として声高に叫ぶのだろうか。


「……先生?」

「…………ああ、すまない。考え事をしていた」


 兎に角シャルロットにはこの話は諦めてもらわないとジェイドは困ってしまう。彼はふと、不敵に笑った。


「……心配は要らないぞシャルロット」

「? どういうことでしょうか……」

「彼らはこの俺が更生させたからな」


 ハッタリだ。

 口からの出任せ。

 然しシャルロットはその言葉を信じ切ってしまった。


「す、素晴らしいです先生……!」


 ちょろい。

 ジェイドはそう思ったが顔には出さずに言葉を続ける。


「この俺の圧倒的魔力とカリスマ性により二人は俺に暴行した事を悔い、泣いて謝っていた……」

「さ、流石です……っ!」

「これからは更生し、真面目に生きるとも言っていた。

二人はこれから新たな人生のスタートを切るだろう。そんな二人に更に追い打ちをかけるのは酷だとは思わないか?」

「思います……!!」


 めっちゃちょろい。

 さっき「何とか逃げ出してきた」と説明した事はもう忘れてしまったようだ。

 大丈夫かこの子、とジェイドは思ってしまう。が、すぐに大丈夫であろう事に気付く。

 シャルロットだから大丈夫。それしか言えないが、それが根拠となるには十分すぎる気がしてならなかった。


 シャルロットは拳を握り締め目を伏せる。


「私っ、自分が恥ずかしいです……! 先生が二人のシュルクを更生させたというのに、私ったら罰する事ばかり考えて……!」

「ああ、うん……」

「先生の高尚なお考えに気付かずに、自分の意見を押し付けるような真似ばかりして…………!!」

「ええ……? う、うん……」


 自分の意見を押し付ける事を恥じるなら、ついでに勝手に弟子入りしてくる辺りとかも改めて欲しい、とは口が裂けても言えなかった。

 そうこうしているうちに、テーブル越しにギュッと両手を握られた。黄緑色の目が真っ直ぐにジェイドを捉える。


「私! 先生に一生ついていきます……!!」

「いや、一生は無理だ」


 ジェイドはハッキリNOと言える男だった。

 沈黙が二人の間を過ぎていく。

 シャルロットはそっとジェイドの手を離し、ストンと席に座り直した。


 それから暫く無言でお互い食事を続けていた、のだが。


「「あの」」


 妙なタイミングで二人の声がハモる。


「あ、先生お先にどうぞ……」

「いやシャルロットから先に……」

「えっ、あっ……じ、じゃあ……」


 謎の譲り合い精神の赴くままにどうぞどうぞと交錯した後に、先に喋る権利を得たのはシャルロットだった。


「何で、オリクトを壊していたんですか……?」


 ジェイドは何れその質問は来るだろうなと思っていたから、特に動揺を見せる事もなかった。動揺を見せる事もなかったが、代わりに妥当な答えを提示することも──


「……何でだろうな?」


 ────出来なかった。


「…………?」


 シャルロットは首を傾げる他ない。

 聞いているのはこっちなのだ。なのにジェイドはフルーツゼリーをつつきながら眉間に皺を寄せて考えるだけだった。

 少女はふと、ある事を思い出した。


「もしかして、先生……あの時の記憶がないんですか?」

「………………」


 長い沈黙の後、ジェイドは小さく頷いた。それから沈痛な面持ちをフッと緩めて、椅子に深く身体を預けた。


「……良く気付いたな?」


 シャルロットには覚えがあった。

 つい、今朝方にジェイドが言っていた言葉。


「寝てなかっただろうから、って言ってお眠りになられたじゃないですか。まるで他人事みたいに」


 そう言えばそんな事を漏らしてしまった気もする。かなり疲れていたから無意識だった。

 ジェイドは溜息混じりに説明する事にした。


「実は俺、…………夢遊病のようなもので」





 ジェイドという男は幼い頃、と言っても十歳過ぎた頃からだったろうか。

 夜眠った筈なのにいつの間にか全然別の場所で目覚めたり、気付いたら花畑の真ん中で白んだ空に浮かぶ薄い月を見上げていたりしているような子供だった。


 幼い頃はそれが二月に一度くらいしか起こらなかったのが歳を重ねる毎に一ヶ月に一度、一週間に一度と期間が狭まっていった。

 二年程前──彼が二十二歳にもなる頃にはほぼ毎晩のように目が覚めるようになってしまった。

 “それ”が始まる時間は大体毎日深夜の二時過ぎ。何度も時計を確認しながら意識の途切れる間際の時間を確認しているから間違いはない筈。

 自分が意識を取り戻すのは、大体早朝五時くらい。その三時間の間に、手持ちのオリクトを破壊してしまうのだ。


 毎日そのような行動を取るようになったのは二年前から。奇しくも、オリクトが生まれ世に出回り始めた頃と同じ時期からだ。

 それまではただ起きてフラフラと徘徊するだけだったのが、オリクト登場と共に一気に攻撃的な行動を伴うようになってしまった。


 原因は分からない。ジェイドだって困り果てている案件だ。

 彼だって魔力を豊富に持っていると言えど、オリクトを使う事もある。疲れた時ややる気のない時はオリクトに頼りたいし、そもそも彼はそれを金の代わりにする事だってあるのだ。

 けれど、オリクトに触れていると疼くのだ。意識が途切れている時だけではない。起きている時もだ。

 本人は己の欲求に気付かない振りをしているが、かの煌めきを見ていると破壊衝動に駆られる。触れているだけで壁に叩きつけたくなるのだ。

 勿論起きている間はそう思っていても自我があるから、破壊するような真似はしない。


 ただ、ジェイドは気付いていた。

 誰かが傍にいる夜に限り、そのような奇行は起こらないのだ。

 子供の頃もそうだったし、一人立ちをした後は女性と遊ぶ夜も特に問題なく眠る事が出来た。独りで寝ようとする時だけ、そうなる。

 複数人との雑魚寝も駄目だった。自分の意思とは関係なく、勝手に布団を抜け出してしまう。誰かと、二人きり。

 それが何を意味しているのか、彼は深く考える事を暫くしていない。考えてもこの悪癖が治まる事はなかったからだ。

 然もオリクトを破壊している時は意識は眠っていても身体は休まらない為に、意識が戻った後は朝なのに疲れてしまう事が多々あった。ジェイドは魔力量が豊富な為に魔力使用量も多い。眠れない、休まらないというのは致命的だ。

 だから彼はオリクトを配り歩いて女性と眠る。自分を狂わせる石を一つ手放す事が出来る上に眠る事が出来るなんて、非常に効率が良かった。

 彼にとって買った女とは遊び相手ではあるが、自分が奇行に走らない為の監視員でもあるのだ。


 因みに、そんな行動に出たくなくて手持ちのオリクトを総て手放した事すらあった。

 けれど、オリクトを周りに置かずに一人で寝ようとすると、今度は周囲の割れ物を壊してしまうようになってしまった。

 窓硝子、花瓶、宝石類、硝子細工。昔はそんな事なかったのに、オリクトを壊すようになってからのここ二年。まるでオリクトがなければその代わりにとでも言うように、夜毎何でも叩き割る。その度に多額の賠償金を支払っては、逃げるように宿を後にした。


 このままでは何れどこの宿屋にも泊まれなくなる。

 だから、きちんと解決させる為に昨夜シャルロットに自分の様子を見せたのだ。一夜限りではない、今後も暫くは一緒にいるであろうシャルロットにならそのうち黙っていてもバレてしまう。だったら早めに見せてしまう方が良いと感じたのだ。





「……でも、昨日の俺を抑える事が出来なかったんだろう?あの部屋の様子を見る限り」

「はい……」


 アイスティーの水面に浮かぶ氷をストローで沈めながらジェイドは問う。

 シャルロットの怪力でも夜のジェイドを止められないとなると、もうどうしようもない気がしていた。

 彼女を部屋に呼びつけたのは勿論何れバレるであろう事を先立って示したかったのもあるが、それ以上に彼女の力に期待していたからだ。

 彼女なら自分の奇行を抑えられるだけの力があると、そう踏んだ。けれどそれも駄目だという。


 合わせてジェイドは、一つ思い当たる節があった。恐らくだが、彼の仮説が正しければそれは良くない傾向なのだろうと思った。

 それでも彼は、意を決して口を開くしかないのだ。

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