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隣の席の静くん

隣の席の静くん

作者: 姫野 釉月

◆【静くんについて】◆


 私のクラスには、有名人がいる。

 男子にしてはやや長めの黒髪、鷹のような切れ長の瞳、通った鼻筋に薄い唇。肌も健康的だがどちらかというと白い方に入るだろう。

 最初見たときは綺麗な女の人と思ったが、よくよく見ると喉仏は出ているし、腕捲りした服のそでから現れた腕は筋肉の筋が見えていた。

 まぁ、そんなところを見なくとも制服がズボンの時点で男子と気付いてはいたけども。それほど彼は美人さんなのだ。

 なんで男の子だということを強調しているのか、その理由は彼の名前にある。

 麗しい彼の名前は佐久間(さくま) (しずか)

 名簿を見た時にこれで男の子と思うわけがない。

 まぁ、四月の席順が男と女で二列なのに『私の隣だけ女子だなぁ…。仲良くなれるかな』と思った私がおバカだっただけですが。

 『何故に女子と思った』と親友から言われて始めてとんだ勘違いをしていたことを知り、机に身を沈ませたのも良き思い出。

 今でもその時のことを笑い種にされているが、それは私事なので割愛。

 とにかく、彼は驚くほど見目が良く成績優秀なのだが、それを相殺してしまうほど愛想がないことで有名なのである。『天は二物を与えず』とは上手く言ったもの。

 だが、周りの女子はそう思わない節がある。


「そこがいいのよ! あの硬派な感じ! クールビューティー! きっと心許せる人にしか微笑まないタイプよ、あれは!」


「いや、でも、さすがに笑った顔見たことないのはヤバイと思うよ」


「分かってないなー。まぁ、まちはああいうの興味なさそうだもんね。逆にまちが『よっしゃ、イケメンの隣!』って萌えてたらヒくわー」


「若さがないってこと?」


「ときめきが足りないってこと」


 どうやら、ときめきがあれば彼の無愛想は甘いマスクに変わるらしい。

 いやでも、ときめきがあってもモトがモトなんだからカバーしきれないと思うけれど。

 でも、まぁ、愛想がない意外の問題はこれっぽっちもないので皆からは『素敵な人!』と映るらしい。

 ところで、そんな人が隣にいるって神様、私なんか前世でやらかしましたか?




◆【朝の差し入れ事件】◆


 ルックス、容貌ともにイケメンの類に入る彼が同じクラスとあればお年頃の女子たちはそれはもう盛り上がるしかないわけで。

 彼が朝練から戻り、自分の席に来ると待っていましたとばかりにファンクラブが集い、貢ぎ物…もとい差し入れを手渡しにいらっしゃる。

 その時の様子がこちら。


「静くん! 今日もおつかれさま! これ、作ったから食べて食べて!!」


「必要ない」


 あまりにもざっくばらんに断るものだから、一番の部外者である私が「えっ?!」と面を上げたのも無理はないと思う。

 言われた女子は一瞬何を言われたのか思考が追い付かなくて僅かに口許をひきつらせていた。すかさず、周りの女子が「きゃー! やっぱりクール!!」と黄色い声を出したお陰でその場に険悪な空気は流れることなく事なきを得た。


 これが、毎日続くのだ。


 差し入れる女子こそ変わるものの、彼は一貫としてこの対応なので聞いているこちらの冷や汗が止まらない。

 いつ修羅場にならないかと、そしてそれがこちらに飛び火しないかとビクビクドキドキしている。


 それというのも、過去に一回巻き込まれたことがあるのだ。

 静くんその人の手によって。


「静くん! あたしも作ってみたの! 絶対美味しいから! いつも頑張ってるし、甘いもの食べて元気出して!」


「必要ない。……清水さん、はい」


「はぅえっ?!」


 英語の宿題が終わって伸びをしているところでいきなり自分の机に差し入れを置かれると、誰が予想できますか。

 ちょうど欠伸も出かけていたのに驚愕の度合いが高すぎて中途半端に終わった変な顔を晒していたことはこの際、目を瞑ろう。

 問題は何故、強情な彼女の差し入れをこちらに回したのか。これにつきる。

 いくら勝手に自分の机に差し入れ置かれたからって、隣の席にそのまま譲るってどういうことなの?!

 案の定、彼女からやけに鋭い眼差しを向けられた。


「ちょっと! あんたのじゃないわよ!」


 知ってるよ! と言い返せる筈もなく。

 ただただその時の状況把握と彼女の剣幕にたじたじするしかなかった私です。

 当の本人(静くん)は席に座り、もはや我関せずの姿勢に。

 え、この空気どうするの?! と思ったところで担任が来てホームルームが始まったのでこれも事なきを得た。(差し入れはちゃんと回収していってくれました。)

 それ以来、ちょっと周りの女子の視線が痛いのは気のせいだと思いたい…です。

 そんなふうに親友に私の心境を伝えると驚きの言葉が返ってきた。


「あぁ、それは…。佐久間の口から女子の名前が出たの、あんたが初めてだからよ」


「はい?」


「佐久間って女子の名前覚えないので有名だから。そこであんたの名前が出たらそりゃあ、女子からも睨まれるでしょうよ」


「え、それゼッタイ嘘。名前覚えてないとか。だって、あの人成績トップでしょう?!」


 この高校は、入って一週間もしない内に実力テストがある。結果は誰にも見られないように担任から各教科の彩点数と順位があり、一番右端に総合順位が書かれている細長い紙をもらう。いわゆる成績表(簡易バージョン)だが、皆は“いかそうめん”と呼んでいる。

 静くんと同じ中学だった山本くんが静くんのいかそうめんを覗き見たようで「静、一位だってよ!」と言ったことで全ては明るみに出されて、皆の知ることになったわけだが。


 ようするに何が言いたいかというと、学年一位である彼の記憶力があればクラスの女子の名前ぐらい既に頭に入っているに決まってる。

 それで呼ばれた、呼ばれていないの問題で睨まれるなんて理不尽ではないだろうか。

 私の言わんとすることを正確に掴んだ親友は訳知り顔で頷いた。


「女子ってね、そんな単純じゃないのよ」


 それって私は女子になれてないってことですか。ねぇ。




◆【How are you 変事】◆


 朝の“突撃!差し入れ隊”はホームルームには解散となる。そこから普通の学校生活が送れると思った人は挙手願います。


 ……あれ? 私だけですか?


 察しがよろしいようで、皆さん。

 そうなんです。一見すると普通の学校生活なんですが若干違うんです。

 そうと言いますもの、英語の時間。


「Good morning,everyone! Let's talking! さぁ、隣の人と挨拶をしましょう!」


 伊藤先生はコレをよくする。

 これは、簡単な会話文を隣の人と向かい合わせになって実践するといったもの。英語の授業の始まりには必ずしなければならないルールとなっている。

 女子同士だったら気兼ねしないのに、あえて男子と会話させるあたりがちょっと憎い。

 だって、ほら。私の隣の席って噂の彼じゃん?

 この授業中、相手の名前呼ばなきゃダメじゃん?


「あー、Hello. Mr.シズカ. How are you?」


「I'm fine.Thank you.And you?」


 普段喋らないのに、なんでそんなに流暢(りゅうちょう)な発音が出せるのか。

 表情こそ微動だにせず、真っ直ぐこちらを見ているので気を弛めることはできないが、周りの女子がさりげなく彼の声を聞こうと耳を澄ましているのが嫌でも目に入って大変気まずい。

 ほら、この瞬間だけクラスで喋ってんの私たちだけなんだよ?

 私と静くんの挨拶が終わったらようやく周りが挨拶を交わしあうという徹底ぶり。

 初めの頃は彼の人気を甘く見ていて、授業だし普通に振る舞おうと挨拶を私からしたのが運の尽きだった。

 私が話しかけ始めると一切の音がなくなり、彼の応えを待つ静寂が辺りを支配するのだ。

 異様な静けさに『え、喋っちゃダメだった?』と失敗してしまった感覚に陥ったほどだ。

 あまり間を置かずに彼が応えを返すと「ほぅ…」とそこら中からため息が聞こえて酷く肩の力が抜けたのを覚えている。

 私のドキドキ返せ。

 そんなことがあってから、一度だけ私は無謀な挑戦をしてみたことがある。

 いつも私から話しかけるのが癪なので、彼から言わせてみようと黙ってみたのである。


「………」


「………」


「……………」


「……………」


「(マジか)How are you?」


「I'm fine.Thank you. And you?」


 折れるしかなかったよね。

 周囲の女子の「早く喋りなさいよ」の威圧に勝てるわけがなかった。

 すみません、伊藤先生。自分の我が儘で大切な授業時間削ってしまって。

 こんな皆して黙るなんて思ってなかったんだ。

 というか、静くんまで徹底して私の問い掛けを待つなんて思わなかったのが正直な感想だ。

 無表情で眼光も鋭いものだから、無駄に私の神経が削られただけだった。

 沈黙が長引くほどに訝しげに眉をしかめられるのを間近で見てしまったから冷や汗が出てきた、と後に親友に語って聞かせた。『あんた、チキンなのに変な度胸試しするわよね』と一蹴されただけだった。いやいや、同情してよ。

 そこからさすがの私も学んで必ずAパートは私、Bパートは静くんと役割分担し、二人の見本会話が繰り広げられてから、周りの皆が始めるといった異様な授業風景が見られるようになったのだった。


「あんた、発音は完璧なのに、なんでスペル間違えるのよ」


「スペルなんてノリでしか見てないからだよ」


 英語は耳コピーで限界です。もう、すぐに本番なんだから。


「Let's talking! さぁ、隣の人と喋りましょう!」


 きた。




◆【宿題不正事件】◆


 授業が終わった後の隙間時間も、彼は人気ぶりを見せつけてくれる。

 第二段差し入れタイムだと思った人ー! 挙手!


 ……え、やっぱり私だけですか?

 すみません。


 差し入れる暇はありません。十分という短い時間は皆さん、有効活用なさいます。

 トイレだったり、お茶飲みだったり、着替えだったり。


 宿題の見せ合いだったり。


「静ー、次の数学見せてくれー」


「無理」


「頼む! オレの昼食やるから!」


「間に合ってる」


「そんな…!」


 山本くんを始め、数学苦手男子が静くんに集うのだ。

 他にもちらほらと宿題が出来ている男子は見えるのだが、何故か静くんの周りが毎回華やかだ。

 成績優秀というのも大変だな、と他人事で見ていたらバッチリ山本くんと目が合った。

 あ、ヤバイ。


「この際、恥はかき捨て…! 清水さん!」


「ふぇっ?!」


 なんで皆、私が欠伸してる時に話しかけてくるかな。私が恥ずかしい思いするんだけど。

 片手だったのを慌てて両手にして、欠伸を隠すも時既に遅し感が出ている。

 しかし山本くんは構わず続けた。


「数学の宿題見せて!」


「えっ」


「頼む! この通り!」


 ものすごく拝まれているけれど、これに関しては素直に頷けない。


「あ~…っと、私も宿題やってない」


「へっ!?」


「ごめんね」 


 そう告げてそそくさと席を立つ。

 トイレぐらいは行けるだろう。

 実は数学の宿題はやっているものの、解答にはほとほと自信がない。今回の宿題なんて最後の方が応用だからかなり適当なことを書いているのだ。見せられるわけがない。

 嘘をつくのは大変心苦しいが、静くんの代わりの解答なんて務まるわけがない。

 これ以上絡まれる前に消えるのが得策だ。

 ───と、思ったのに。

 あろうことか、山本くんは私の腕を掴み、勢いよく静くんに振り返った。


「聞いた? 静、聞いたよな?! 清水さんもやってないって!」


「え、ちょ…!」


「───はぁ…」


 ねぇ、ため息ついてそっぽ向くのやめてくれませんか。

 この不名誉極まりない友達、君のでしょう。早くなんとかしてあげて。

 私のメンタルがもう悲鳴を上げてるんで。


「頼む! 今日だけだから!」


 それこの前も聞いた、と私が心の中で突っ込むくらいだから彼もその周りの友達もきっと思ってる。

 でも、助けてほしい気持ちは違う意味だけど一緒なので賢く沈黙を守った。


「まちー! 数学の教科書ありがと、う?」


梨花(りか)…!」


 よし来た救世主! 親友こと室井(むろい) 梨花さんがログインしてくれたお陰で難を逃れた。と思った瞬間。


「ごめん、邪魔したね」


 いやいやいや待って待って帰らないで。せめて教科書は置いていって。次の授業で使うから…!

 慌てて追いかけようとして、机にぶつかり(誰も座ってなくてよかった!)、驚いて手を離した山本くんにこれ幸いと廊下に出る。


「待って梨花!」


「え、早っ」


「教科書!」


「はい。ありがとう」


 教科書を手渡され、ちょっと落ち着いたところで声量を小さくして親友に問い掛ける。


「なんで助けてくれなかったの!」


「いや、あんなパァッ、と喜ばれるなんて思わなかったからつい…」


「ついって何…!」


「いじらなきゃ、と使命感がね」


 あぁ、確かにこんな友人だったな、と頭の片隅で納得してしまった私。実に不甲斐ない。

 泣き怒りをしたかったのにあっさり毒気を抜かれて、そのままとぼとぼと教室に戻った。

 扉をくぐるとクラスの男子たちが静くんから数学の宿題を貸してもらえたようで歓喜していた。

 後3分だけど果たして彼らは間に合うのだろうか。

 ちなみに、あの現場を見ていた保健委員の山中さんからぶつけた箇所に、と休憩時間残り一分のところで氷のうを渡された。

 ありがたかったです。

 静くんは相変わらず愛想の欠片もない表情で、歓喜している男子からはそっぽを向いて窓の外を見ていた。窓際、私の方だからあっち向けばいいのに。

 氷のうの冷たさが身に染みた。




◆【疑問があります】◆


 午前の授業が終わり、お楽しみの昼食タイム。

 私は隣のクラスに行き、梨花を誘って中庭へ。

 自分で作ったお弁当だから中身はわかっているが、やはり友達と食べるのとはまた違った味わいになる。

 至福の時を噛みしめていると梨花がアンニュイな顔でこちらに箸を向けた。こら。


「そういえば。まちってさ、なんで佐久間のこと“静くん”って下の名前で呼んでんの?」


「ぶっふ」


 いきなりの静くんチョイスにお茶を吹き出すところだった。


「あー、それは…私もよくわかんないんだけど」


 それは五月中旬あたりのことだった。

 朝のまだ誰も来ていない時間帯に教室の扉を開く音がして、そこに目を向けると静くん───その時は“佐久間くん”と呼んでいた───が僅かに目を見開いて立っていた。

 誰もいないと言ってもクラスメイトに挨拶をしないわけにはいかない。


「おはよう、佐久間くん」


「……おはよう」


 それだけで終わるはずだった。でも、彼は私の隣の席に荷物を置いただけでそこから動こうとしない。

 不思議に思って視線を彼に移したらバッチリ目が合った。

 なんか、凄く怪訝そうにこっち見てるんですけど。


「佐久間くん、朝練?」


「……あぁ」


「そう、頑張るね」


「……英語?」


「うん、辞書学校に忘れてたから昨日出来なかったの。ぎりぎり間に合うかな」


「……名前」


「え?」


「静でいい。英語の時の、そっちの方がしっくりくる」


 何を言われたのかすぐにはわからなくて固まった私を余所に、彼は表情ひとつ変えずに朝の空気広がる廊下に颯爽と戻っていったのだった。

 え、返事とかしてないけど。

 それって“Mr.”もつけた方がいいんですか、とかいろいろ考えて結局英語の宿題が終わったのはホームルーム直前だった。

 本当にあれは危なかった。もはやその記憶しかない、と言いたいが本人を目の前にすると嫌でも思い出すもので。

 今のところ、英語の時ぐらいしか彼の名前を言う機会はないのでまだクラスの皆にはバレてはいないけれども。

 そもそも、名前呼びは許可制なのだろうか。もしや、差し入れ隊の女子たち一人ひとりに名前で呼ぶように言ってる? まさか。そんな感じ、しないけど。


「へぇ~、そんなことがあったんだー。てか、まちってホント、ありのままを受け入れるね。来るもの拒まずっていうかなんていうか…」


「拒む隙もなく、皆上がっていくから私、見守るしかないのよ」


 まさに自分の家に上がり込まれた、という表現がしっくり来る。

 『困ります!』と静止の声を掛けてもずんずん入っていくの。挙げ句の果てには、置き土産もちゃっかりしていくんだから…。返そうとしても後の祭り。放置するのも憚られて結局は頂くことになったのだ。

 ───この場合は“名前呼び”だから消化不良を起こしているが。それはさておき。


「ねぇ、聞いて梨花」


「うん、なぁに?」


「今日のホームルームでさ、席替えしたのよ」


「うんうん」


「それでね…、また静くんの隣になりました」


 この日一番、大きな笑い声が中庭に響いたのはゼッタイに私のせいじゃないと思います。

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