3分百合~ケンカップル編~
「んー、どうしようかなぁ……」
何事かお悩みな様子の悠は、長い黒髪を垂らし、整った眉をハの字に寄せながら、シャーペンの切っ先でトントンと机を小突いていた。
その後ろから。
「とぉー!」
「おわっ、ちょっと! 背中にのしかかってこないでよ、モーちゃんっ。危ないでしょ」
「なーに辛気臭い顔してんの、悠ぁ。らしくないね」
「モーちゃんはいつも通りお気楽でいいわねぇ」
「馬鹿にしてんの?」
モーちゃんと呼ばれる茶髪の快活な少女は、昔馴染みである悠に対してだけ、沸点が低い。
このモーちゃんという渾名、某有名な児童書に登場する三人組の内の太ましい一人から取って付けられたのだが、現在その面影はなく、すらりとしている。陸上部期待のエースとしてふさわしい体型だ。
「あら、そう聞こえなかった? 能天気な牛さんは耳鼻科に行ったほうがいいと思うわ」
「こんなかわいい美少女が牛に見える悠は眼科行くといいよ」
一頻り睨み合った後、黒髪を揺らして溜め息を吐く。
「あなたのせいで私はこんなに悩んでいるのに」
「悩み? なにそれ」
「朝相談したのにもう忘れたの? 夕食の献立!」
「ぶはっ。悩みって、夕食の献立って、ぷふっ」
「モーちゃんが『なんでもいい』とか言うから頭抱えてるんでしょ! 作る人のことも考えなさいよねっ」
まるで新婚夫婦のような会話だ。
両親共々共働きな二人は、家が近いこともあり、夕飯を一緒にとっているのである。専ら料理するのは悠だけだが。
「だからなんでもいいって言ってるじゃん! 毎日カレーでもいいし!」
「はぁ!? そんなのダメに決まってるじゃない! 馬鹿なの!?」
「悠が作る料理は全部美味しいから問題ないもん!」
「なっ、だ、だってモーちゃん、大会近いでしょ? 美味しいだけじゃなくて、精がついて栄養豊富なメニューにしなくちゃ」
「あたしのため……」
少女は照れくさそうに茶髪をかき混ぜて。
「いや、その、あ、ありがとう……」
粉砂糖をぶち撒けたかのような空気が漂う。
「じ、じゃあ、スーパー行ってからメニュー決めましょうか。荷物持ちお願いね」
「りょーかーい」
二人の少女は自然に手を繋いで帰っていった。
お互いの指を絡ませながら。
※※※※
……とまぁ、以上のやり取りを私は終始傍観、実況していたわけですが。
とりあえず一言、ぽつりと。
「お前ら、はよ結婚しろ」
呟きを聞いていた麻美が同意の首肯を送ってくる。
まったく……公共の教室で喧嘩にかこつけたイチャイチャを見せつけられる側にもなってほしい。
もはやテロだよ。甘い空気という名の毒ガスを撒き散らすテロリストだよ、あやつらは。
糖分過多で私まで甘くなってしまって。
「帰ろっか」
「麻美、私たちも手、繋ぐ?」
「バーカ、ここじゃやだよ」
差し出した手は、乱暴な言葉とは逆に優しく払われた。一瞬だけ触れ合う手と手。
彼女の頬にリンゴ色が差して見えるのは、きっと夕日のせい。
甘い。甘い。そんな放課後。