習作、B物
突拍子とかではない。強いことを発する独特な匂いは常識を焼き尽くす。
「あら、偶然ね」
「こんなところであんた達と会うとはね。灯、藤砂」
「沙耶と木見潮さん、……”鵜飼組”の仕事か?」
「仕事という狩りに行くところだよ」
東海道・山陽新幹線。車内の指定席で起こった邂逅。女3人、男1人。泥沼感漂う人数であるが、そんな精神的な形でもないし、匂いでもなかった。たまたま、お互いが予約していた席が近かっただけ。
「そーゆうあんた達はデートなわけ?戦闘って言葉の」
顔に残る火傷の痕で薄いコートを羽織っている。女性ではあるがボーイッシュな容姿と恰好の若者。その迫力は傷もあって、男と言われてもおかしくない。有する暴力の域は”超人”の中の”超人”。山寺沙耶。鵜飼組というヤクザ関係の暴力かつ戦力担当。
「そーね。知り合いのいる広島まで、ちょっと移動中」
金髪細目の、狐女(そー言われると怒る)。握った拳は地を揺るがし、空を割る打撃を生み出す。身分は自由気ままな大学生であるが、温泉を素手で掘り起こしたり、山を平地に変えたりする拳の”超人”。山本灯。藤砂とは毎日、デートをしながら強くなるため稽古をつけてもらっている。
「たまには市街地で戦うより、……山一つ借りて戦おうとな」
独特なイントネーションで何事も語る男性。灯とは幼馴染であり、今は大切な彼女。共に歩むため、灯と日夜稽古をする。絶対的な”強者”。どんな場、どんな存在よりも、”強者”でいられる”超人”、藤砂空。市街地で暴れると警察沙汰になりやすいので、たまには山に行こうと灯を誘った今日。
「自然の中で戦うことは素晴らしいな。若い時はそーやって苦労するべきものだ」
この場で唯一、20代じゃ
「私は20代だぞ!!」
失敬。20代(自称)。現在は山寺沙耶の師を務め、”鵜飼組”の最高戦力。技術においては右に出る者は誰もいないとされる、白衣を纏った教員ライセンスを持つ”超人”。多くの裏社会の人間からは”軍神”と畏怖された存在。全盛期を過ぎてなお、その実力は未だに若人に劣っていない。木見潮 朱里咲。現在彼氏募集中。ただし、私より強い人に限る。
プーーーーーーッ
新幹線は走り出す。東京から新大阪までノンストップ。
「沙耶達はどこで降りるの?」
指定席の前後だった。灯は沙耶と木見潮の2人に対面するように椅子を回した。偶然にも、知り合い同士だからしたことなのだが、沙耶はとっても嫌そうだった。彼女は1人が好きであり、木見潮の同行も嫌っていた。
「新大阪まで。調子付いた組があるから、ちょっくら潰してあげるの」
「銃とか持たなくて大丈夫?」
「僕も木見潮も、銃なんか手緩いのは使わない。必要なのはこの身体で十分」
別に藤砂と灯が嫌いというわけではない。何を話せばいいか、困るからだ。
「灯も藤砂も、木見潮も来なくて良いし!僕1人でやるから」
「別にあたし達は何も言っていないわよ。ね、藤砂」
「ああ、……別に沙耶がいれば、組の1つや2つ。簡単に落ちると知っているからな」
話していると新横浜駅を過ぎる。富士山がよく見え始めるのはもう少し先か。
「トランプでもしないか?それとも麻雀にするか?」
「電車内で麻雀するって言った人、初めて見た。っていうか、麻雀は無理じゃない?」
「遊び道具を持っているのか、……木見潮さんはさすがに多芸だな」
「た、退屈だし。別にいいよ!」
緊迫感ある遊び。子供のようにはしゃぎたいが、どーにも4人に流れている血はこの程度の遊びでは猛らない。猛る必要がどこにあるの?っと訊かれると、四人は即座にそれが私達の本能だからと答えるだろう。丁度、富士山が綺麗に映り始める頃だ。
ビリビリと重たい空気が流れ始め、自然とこの車内にいる他の者達は別の車両に移動し始めた。ここは指定席であるというのに人間の奥に眠る危機察知能力が目覚め、とてつもない猛獣達がいると体全体が警告し、逃げたのだ。
「4人で大富豪してもつまらないわね!」
「遊びじゃ僕も物足りない」
「節操な2人だ、……堪え性がない」
「とは言う藤砂くんも、かく言う私もこの空気になるとどーしてもね」
思いっきり誰かをブチノメシたい……。
「バトルロワイヤルは止めろ、……後が悲惨になる」
ギリギリで抑えつけた気持ち。藤砂がこの場にいる3人に戦闘の縛りを提案した。
「こーゆうのはどうだ、……俺と灯。沙耶と木見潮さんの。タッグマッチという形式」
「あ?何そのルール?とりあえず、皆殺しはOKでいいよね?」
「まーまー、沙耶。藤砂の提案が良いかもしれない、チーム戦は経験豊富な私も久しぶりだ。のろう。ついでに沙耶の皆殺しルールも採用」
「ふーん、ま。戦闘には色々あるからそれは楽しいかもね。で?いつやるの?どこでやるの?」
決定するルール。タッグ&デスマッチ。
「もうすぐ、熱海駅(通過)だ。その駅を通過した瞬間から、新大阪までの間で戦うというのは?また、その前に止まった場合はそこで戦闘も終了」
「飽きなくていいわねー。採用!じゃあ、最後にあたしからは……」
決められる制限時間。残るは灯の条件。
「戦う場所はこの新幹線全車両。武器も何でもアリ!OK?」
その言葉を知った瞬間。地獄のように感じたのは新幹線にいる乗客、車掌などの関係者。アナウンスするよりも早く背筋凍る威圧感を、灯達のいる4号車から察知。乗客は知ってしまった。そーいえば、熱海は温泉で有名だ。地獄風呂にまっしぐらってか?
パーーーーーッ
新幹線が熱海駅を通過する。まず、通過という言葉。どのへんのラインで通過というのだろうか?全車両が通り過ぎてからか、それとも灯達が乗る4号車からか。言葉を考えずとも、全員が早く、何かを壊したいのだ。当然後者。
4者。目の前の標的に対し、攻めの突きを繰り出して吹っ飛ばした。並んだ数ある椅子はドミノ倒しのように吹っ飛んでいく。座った箇所から7列後、5号車の手前で止まった灯と藤砂。一方で沙耶と木見潮はさらに飛ばされて3号車まで吹っ飛ばされた。爆弾以上の衝撃。
「あたし相手に拳で勝負するなんて、馬鹿ねー。沙耶ちゃーん」
「しかし、……避けられないとはやはり2人共相当な腕前だぞ。灯。自分だけが、……強くなったと思うな」
”超人”同士の対決は常人の思想では予測できない。対応することもできない。凄まじい攻防を常に生み出してきた。特にこのハイレベルな連中同士がぶつかると、
「ん?」
「なんだ、……車両が浮き始める?」
頭より先に体が動く。野生が猛り始める。走っている新幹線が突然浮き始める異常事態。その浮きは、まるでヨットを転覆させようとする高波と同じ。
「ちょっ!?沙耶ちゃん!?」
誰の仕業かは一発で分かった灯。連結部分を破壊し、代わって車体を掴んで握ったのは沙耶の右手。その右手だけで4号車から後ろを支えている。とてつもない馬鹿力、握力。
「ぎぎぎっ、僕は殴られるのは好きじゃないんだよ!!」
異常な握力と瞬発力。線路から新幹線を引っ張り剥がすという異質な戦略。空へと舞い上がる4号車から最後の13号車まで!
「あの馬鹿!これじゃあ、新幹線が止まって戦闘が終わるじゃない!!」
「問題はそこか、……灯よ」
車両ごと宙に飛ばされる灯と藤砂。さらには乗客の悲鳴と悲痛。異物が近くに忍び込んだとしても気付くのは難しい。灯の頭上、その天井の向こう側にもう敵は潜んでいた。
「君は死んで戦闘が止まるがね、灯」
綺麗に自分の体が通る程度の綺麗な穴を作り出す、拳の技。灯の死角から突如急襲を掛ける木見潮。藤砂が吹っ飛ばしたはずだというのにこのスピードと、このテクニック。経験値が誰よりも違っている。灯の首を狩る木見潮の左手、
「うっっ」
「ほぉっ。頑丈な首だ」
凡人なら秒殺できる奇襲。しかし、灯は”拳”こそが驚異的な力を持っていたはずだが、どーやらこの大学生活の中で生命力も蓄えたようだ。瞬殺はできない。
「折れないが、締め落とすのにあと3秒も要らない」
タイマンやバトルロワイヤルならば灯が死んでいた。ルールに助けられ、助ける男がまだ傍にいてくれる。藤砂は宙に浮きながらも体をコントロールし、床を蹴り飛ばして木見潮を狙った。すると木見潮は灯を盾にして藤砂の攻撃を防ごうとした。なんという嫌な守り方をする。
「温いな、……木見潮さん」
全力で藤砂が殴り飛ばしたのは灯!え?彼女じゃないの?っと、藤砂がやった瞬間に驚いてしまった木見潮。しかし、この一打が木見潮の締めを解いたのは事実。殴って延命!灯ごと木見潮を二度吹っ飛ばす。
「げほぉっ」
しかし、藤砂に顔を殴られ血を吐く灯!まったく手加減してくれない攻撃。
「それでこそ、藤砂じゃん!」
目が覚める。灯のダメージは深刻だが、すこぶる気分がノッて来た。これが!戦闘!戦場!まだ自分の体に纏わり付いている木見潮にソッと掌をくっつけた。体勢も距離もその手の形も、拳を扱う状況ではない。にも関わらず、彼女の領域。
ただ、押したい物を押す。たったそれだけの動作なのに生まれている馬力は走る新幹線以上。木見潮さらに突き放し、体の中を痛めつける掌打へと変わる。
「ああ、藤砂くんのせいで完全に外されたか」
灯の掌打で木見潮は宙に一人飛ばされた。しかし、体のバランスをちょくちょく変えながら線路から外れた体を花びらのように舞いながら、新幹線の2号車の天井につく。一方で、灯は3号車の壊れかけた連結部分に着地した。
「藤砂ーー!あんた、早く来なさい!!4号車は繫がってないのよーー!」
線路から外された4号車にまだ乗っている藤砂。このままでは完全に灯が孤立し、さらには広島まで徒歩で行かなければならない。
「あれ?沙耶ちゃんはどこに行ったのかしら?」
車内に完全に入る灯は木見潮よりも、沙耶を捜していた。着地した時に狙ってくるかと思った。この3号車内にいる気配はない。また、車両を持ち上げて孤立させるとしたら芸がないし、性格的にもしないだろう。
「となると、あそこかな?」
ボロボロな状態だというのに加速し始める新幹線。秘密はもちろん沙耶にある。運転席に押しかけ、車掌を脅す。卵みたいに頭を握り潰される脅しをふっかければちょろいもの。
「線路の上を走るのがあんた等の仕事。やりな」
涙と汗、ションベンの、トリプル液体放出。運転手が一番可哀想であった。この戦闘を維持するには何がなんでも新幹線を動かすことだ。さらに加速させ、藤砂と灯の距離を離してやればあとはチョロイものだ。
灯のいる3号車に今度は奇襲をかけることなく、普通に降りて灯の前に姿を見せた木見潮。
「勉強になるだろう?いくら力が強くても、生き残れないのが戦場だ」
「ふんっ!雑魚っぽい理論だけど。確かにピンチね」
藤砂、来れるかしら?この狭いところで1VS2はマズイわね。相手も相手だし。
チーム戦という枠を活かした木見潮の策略。沙耶が運転席から戻ってくれば2VS1。木見潮は灯を十数秒足止めすれば断然優位となる。これが経験の差。
「授業をしようか、灯」
それに加え、木見潮はこの絶対好機の十数秒で灯を殺しに来た。一番美味しいところを貰いに来た、鬼の面。精神的に来る状況を作り出し、相手に迫る攻撃。
純粋な打ち合いでは分が悪い木見潮であるが、急所を的確に狙った貫手を中心に灯を襲った。一方で灯は木見潮を拳で吹っ飛ばそうと意識するも、フルスイングは避ける。ショートパンチ、オンリー。的確に突いて来る木見潮の攻撃と、後ろ足がいつでも回避をとれる体勢であると、理解できるからの攻撃の選択。
攻めながら、避ける。クリーンヒットが0のまま、2秒は過ぎる。
「ちっ」
当たらないことに苛立つ灯。すでにかなりの手数を打ち込んだのに、紙のように避けられる。木見潮の柔軟性、攻撃の予測、回避の仕方。上手すぎる。
少し大振りになれば打ち終わった瞬間、必殺の貫手が放たれている。
「いかんなぁ~~」
クリーンヒットが0。上半身のみでの攻撃ではいかんせんパターンに限りがある。特に灯の場合は9割以上が自慢の拳。木見潮はこの弱点を見抜いており、変則な攻撃を連続で繰り出し、灯のリズムを崩しに掛かった。貫手を弾いて防いだかに見えた灯だが、弾いたときに使った左手を握られた。瞬間、螺子り上げられて足から地を奪われた。
「君にはレパートリーがたらんなぁ」
握ったその力は灯を絶対に逃さないため。動き回る敵にとても有効なのは掴み。さらに投げ、無防備なところをいくつも曝け出させる。ガードも間に合わせず、新幹線の天井を軽々打ち破る衝撃を持った蹴りで、灯を天へ蹴り飛ばす。意識を一瞬で狩られる神速の技。
「技を磨きたまえ」
木見潮がポケットから取り出したのは麻雀牌。拳銃などなくても、これを弾丸として扱える指の力。木見潮のデコピンで撃ち抜く麻雀牌は意識を奪われた灯の体に埋まる強烈なもの。生身の人間が受ければ貫通する。
「まだまだ」
一発が強力。だが、木見潮はこの威力をマシンガンのように連発できる。それも麻雀牌のみならず、そこらへんの物でも代用できる。拳の領域と状況下からかけ離れていても、戦闘を行える万能者。木見潮を援護するように2号車から天井を突き破って、灯を狙ったのは沙耶。
「一番美味しいところは僕が殺る!」
新幹線を持ち上げる最悪の握力。握られれば消滅、ブラックホール級の攻撃。
灯の頭に右手が届きそうな時、沙耶は灯の動きをよく見る事ができた。自らの手を灯に向けたということは、灯の領域に自ら踏み入れたことと同義。ダメージを負い、宙に投げ出されても、突き続けた型を再現する。
人を撲殺するための拳は積み重ねによって現れ、その究極系に位置する打撃。相手が灯の突きを繰り出すその流れを見た時、絶対に避けられない。否、すでに直撃していることを示す。走馬灯や灯の残像に近いものを沙耶は見ている。それを見終えた時、沙耶は殴り飛ばされていて、体の激痛を理解する。
灯の”終わった拳”。
「空中じゃまだまだねっ……」
沙耶に喰らわしたカウンター。しかし、今の一撃はとにかく速いだけの一打。沙耶の攻撃を防いだに過ぎない。流星の如く、地面に叩きつけられる沙耶だが起き上がってくるのは当然だった。
「小賢しい攻撃!……っ!」
沙耶の耐久力は異常であり、一撃で粉砕するのは奇襲でも難しい。技術が足りてないと木見潮に告げられ、灯が沙耶を殴り飛ばした場所。その正確な位置は、”線路の間”。
「おいいいぃぃっっ!!」
自分達が乗る新幹線が通る道。ブレーキすら掛からないこの状況、沙耶の体はものの見事に新幹線に踏み潰されていく。筆舌に尽くし難い、不気味な音と血の飛び出し方。運転席に残った沙耶の痕。
「あー!やっぱり、あたしの拳でスッキリさせたかった!」
それでも沙耶の戦闘不能を確認し、灯もそれなりに欲求に満たされた。自分自身も戦場から降ろされようとした時だ。別にロマンチックに思っていたわけじゃないが、とりあえず言いたい事と言われたい事はそれじゃない。
「待たせたな、……灯」
「遅い!1人は殺したわ!」
藤砂が驚異的な脚力でこの新幹線に乗り込んで、戦場から出ようとする灯の体を抱きしめて戻した。新幹線の座席に灯を座らせ、藤砂は残る最後の1人と相対した。木見潮は藤砂の救出の仕方に少し、顔をイラつかせていた。
「いかんなぁ~~。イラつくぞ、このリア充共。お姫様抱っこなんてしている時ではないだろう」
一方、灯はさっきので体力切れ。戦力にはなれないと理解し、檄を飛ばした。
「藤砂ー!良いわね!あんた、一発あたしを殴ったんだから、木見潮を殺してやりなさいよ!」
「そうだな、……1VS2になる前にしとくべきだな」
4人の中で何があったとしても、強い者は藤砂しかいない。灯、木見潮、沙耶といった”超人”とは、別ベクトルに立つ”超人”。
藤砂の持つ能力、”強者”。一定の範囲内にいる生命体よりも、強くいられる”超人”。どんなに優れた者よりも優れることができる力。藤砂の動きは木見潮を目ではなく、経験によって動かせるほどのインパクト。
「並じゃ殺されてしまうな。いかんなぁ~~、楽しい強者だ」
「お互い、……高みにいる者だろう?」
藤砂の攻撃パターンは灯と違って数ある。しかも、基本を無視しているかのような手打ちと思われる攻撃でも、この状況ではミサイルを超える破壊力を持っている。触れればか弱い木見潮が絶命するのは必死、にもかかわらず。血が高ぶっているのは戦闘にいられる喜び。自分より強い者を見るとどうしても、求愛気分。
「今の君が少し好きだな。いかんなぁ~~」
「俺は年上はごめんだ、……というより山寺光一さんがアメリカにいるだろ?」
「ま、不倫も悪くないだろ?」
いくら理不尽に等しい藤砂の強さに経験は増さない。その隙を木見潮は狙った。身体能力に頼りすぎる藤砂の打ち終わりのリズムを見切った。木見潮は藤砂の突きを滑り込んで、下から中へ入り込んだ。足を獲り、転倒させて関節技へと持っていく。関節技はまさにテクニック、技のみで決まる戦場。
「これは苦手かな?」
藤砂の反撃を潰すように容赦なく彼の左足を回るはずがない方向へ、捻る。自分より強い奴に勝つにはまず、機動力から殺す。立っていられるのがやっとな手負いの獣と化せば、戦い方は色々増えてくる。ただ、誤算だったのは藤砂の想定外の強さ。自分が怪我を負っても、誰よりも強くなってしまう異質な”超人”であったこと。
木見潮を真似るように骨が入っているとは感じさせずリラックスし、軟体となった両腕が木見潮を取り押さえた。そして、すぐに木見潮の関節技から抜け出して逆に、藤砂がいつでも木見潮を殺せる形にしてみせた。
「木見潮さん、……ここまででどうです?あなたを殺すのは俺達にも、鵜飼組にとっても痛手です」
「……ふむ、そうしょうか。私は降りようか」
もし、この提案がなければ木見潮の体の一部は握り潰されていただろう。規格外の強さを直に触れてその位置を知れて、決して遠くはないと知った。
「しかし、沙耶の処理は君に任せるぞ」
そう木見潮が告げた瞬間。新幹線の車体、その残った全てが突如浮上する。豹変したトーン、目のラリッた具合。血だらけ、ボロボロ具合。重体者と間違わない。なぜ、こいつは死なない?
「あひゃひゃあひゃ」
新幹線に轢かれたとしても、まだ人間の形が整っていた。血を纏ったその体は線路の間に立つ山寺沙耶。車体と線路の間に挟まって、精神のタガを外して反撃開始。否、殲滅開始。
「アタシがぶっコロス!」
自分が車体を持ち上げて再び空へ上がった。地上にいる自分がどうやってそこへ行くか、沙耶の戦闘本能は線路を握り締めることを選んだ。彼女にとって何かを引っこ抜くなんて容易い。とにかく、線路を引っこ抜いて空に浮かぶ新幹線に突き刺せるだけの長さを瞬時に調達。
「死ね!!クソ共ぉぉっ!!」
車体に風穴が空くほどの威力で、長い線路を突き刺した!そして、一時だけ宙に車体は止まった。メチャクチャな戦い方。しかし、それで終わらないのが、山寺沙耶、自由落下がマシなほどの速度で新幹線を地上に振り落とす。クギを全力で打つハンマーのように、地上へ落とされる。
「運転手達は安全なところに殴り飛ばしたよ」
「ご苦労、灯(それでも殴り飛ばしたのか)」
この会話は沙耶が覚醒してから数秒後の会話だった。灯と木見潮は仲良く戦線離脱、すでに脱出と乗客の安全対策をとった(そもそも、すんなよ)。残った戦士は沙耶と藤砂のみ。
「ちなみに私達がいくところはここなんだが、沙耶を殴り飛ばせるか?」
「えーっと……うん!行けそうよ!というわけで!藤砂!あんたが責任持って、沙耶の動きを止めてきて!」
「なんという、……貧乏くじだよな」
その貧乏くじといった言葉。藤砂だけではなく、全員に当てはまる。見境がなくなった沙耶の暴走は圧倒的な強さを有するが、敵味方関係なしの皆殺しに発展する。
新幹線は完全に墜落。しかし、この程度の攻撃は余裕で回避して着地する灯と木見潮。そして、化け物となった沙耶と相対する藤砂。
「また随分と、……強くなったが」
言葉を交わす前に沙耶がすでに藤砂に襲い掛かった。掌を広げ、藤砂との握力勝負を展開。両手で押し合い、潰し合い。
「あひゃひゃひゃひゃ」
「ぐっ、……強いな」
藤砂の”強者”の効果がカンストするほど、強さというラインの最上の値にいる沙耶の握力。しかも、若干押されると理解してしまう。二人共、手を握りながら膠着。
「あらら!よく考えれば、藤砂ー!あんたがあたし以外と仲良く手を握っているのね!イラつくわねー」
「そんな冗談より、……さっさとやれ。早々に潰れる」
「あとで何か奢ると、約束したらするわよ」
灯が。”拳女王”の灯が、右腕をぶん回し始めた。人を吹っ飛ばすためのパンチの準備だ。溜めに時間が掛かり、こーして誰かが抑えてくれないと上手く行かない。それも新大阪まで。藤砂は溜め息をついてから
「分かったよ、……焼肉でも奢ってやる」
「はい!よくできました!」
自分の両手を沙耶にプレゼントしてあげた。粉々に砕け散った藤砂の両手。その瞬間、灯は見逃さずに沙耶を強くぶん殴り、沙耶だけを新大阪まで殴り飛ばした。
「ちくしょぉぉぉっ!!覚えてろぉぉっ!!」
断末魔。まるで悪役が去る言葉のようだ。戦闘は終わった。
「ところでこの後始末はどうするの?死者は出てないと思うけど」
「逃げようか!」
「おい待て、……俺は左足をやられて上手く走れないんだが。両手もなくなった」
「逃げよー!!」
「はっはっはっ!私も逃げるとしよう」
「いや置いていくな、……灯!おぶってくれ!焼肉を二日ほど奢ってやるから」
立ち去る戦犯3人。後日、謎のテロ事件としてニュースに取り上げられた。死者が出なかったのが奇跡であるが、JRを一日止めた罪は終身刑クラスの大罪。
一方で、新大阪のとあるビルの一室に届けられる者。
ドガアアァァッ
「な、何事だ!?」
「親分!!空から女の子が!!激突してきました!!」
「何!?どこぞの○○ュタか!?」
とある、ヤクザの組。そこに落ちてきた一人の女の子。
「あーーっ……皆殺死だぁ」
「えっ?」
血だらけで満身創痍。しかし、その火傷の痕を見れば震え上がる者共。この姿で女ということは1人しかいない。
「や、や、山寺沙耶ぁぁっ!!?」
「ちょっとは僕を楽しませろよぉぉぉっ!クソ共!!」
突然の山寺沙耶の急襲に組みは5分も持たずに壊滅した。その後、木見潮に届いた沙耶と藤砂からの電話。『治療費を出せ』だそうだ。