ゼス第二砦跡のとある一夜
おれ、この小説を読んで欲しい五人がいるんだ・・・
※見聞録(略します)とは直接関係はありませんが、世界観は共有しているつもりです。
ですが、彼らのことは一切出てきませんのでやっぱりほとんど意味なかったり。
数年前にゼス王国の独立という形で一応の結末を見た、ゼス独立戦争。
短くも激しいその戦争中、新興国ゼスと宗主国ボルダー、双方の各地が戦場となったが、中にはついに使われることなく役目を終えた砦の跡もいくつかある。ゼス王国とボルダー帝国のちょうど境にある、ゼス第二砦跡もそうだ。
これは、この寂れた砦跡で起こった、旅人たちと魔物の一晩の攻防の物語である。
平原が大きく広がっている。
時々、がれきの山を見かける以外にはほとんど特別変わったものを見ていない。
それなりの距離を歩いてきたが、ずっと自分の足音しか聞いていない。
でも不安なんて感じないし、ましてや寂しくなんてない。たとえここが街や人里だったとしても、たいして変わりはしない。
自分が持つこの力は、関わった人を怖がらせ、遠ざけてしまうのだから。
(・・・気配?)
歩き続けていると、何かが複数、自分の周りにいることに気付いた。
その時、獣のような唸りと共に、魔物が三体影から飛び出し、旅人を囲む。
しかし、今にも襲い掛かりそうな魔物を見ても旅人は少しも慌てず、かといって構えもとらない。ただ、小声で何かを呟く。
やがて、魔物が遠慮無しに三体まとめて旅人に飛び掛かる。もし端から人が見ていたら、思わず目を背けるような場面だろう。
しかし次の瞬間、魔物たちは、旅人が無造作に手を振っただけで次々と倒されていく。一体は宙を舞い、一体は地に叩きつけられ、最後の一体は何度も体を震わせて崩れ落ちた。
旅人の腕に、黒いオーラが纏っている。それが自在に伸び縮みして、魔物を打ち据えていた。
倒された魔物が消えると、旅人はまた歩き出す。ずれたフードからは、幼さを残す少女の顔がのぞいていた。
その後もしばらく歩いていると、砦がひとつ見えてきた。
瓦礫ではなく、ちゃんと形が残っている。と言うよりはむしろ綺麗なものだ。ぱっと見た感じ、壊れている所が無い。
いつの間にか、空は暗くなってきていた。夜に進むのも危険なので、今夜はここで明かすことにする。門も開けっぱなしで、簡単に入ることができた。
中に入ると、まず広間に出た。ここで戦うことも想定しているのか、広さも高さもかなりのものだ。
広間を抜けて廊下に出る。いくつかの扉と、上階と地下に向かう階段が見える。
一番近くにあった扉を開けると、簡素な机と椅子、ベッドが置いてあった。一晩休むだけならここで十分だろう。
・・・
「うわあああ、来たぁぁぁ!」
こんばんは!私の名前はムゥと言います。これでも私は修行中、僧侶の卵なのです!
・・・が、ちょっと戦うのは苦手です。元々僧侶自体が前に出て戦う職業じゃないし。
こうやって魔物が何体も出てくると逃げるしかないのですが・・・あ、ちょ、魔物足速っ!
「・・・下がってろ」
そんな時はやっぱり戦士の方の出番ですよね。さっきまで私を追い回していた魔物たちが、ハウラーさんの振るう大剣に次々と叩き斬られていきます。
「た、助かりました。すみません、勝手に前に出ちゃって・・・」
「いや、こちらが手間取って遅れたせいだ、すまない」
ハウラーさんは、この辺りを中心に傭兵をしているそうです。大剣と全身鎧のせいで最初会ったときは怖かったのですが、本当は優しい人です。
この平原を越えたい私に、ここには詳しいからと言って協力してくれます。傭兵さんを雇えるほどお金を持っていないと言っても、要らないと言うのです。変なの。
「向こうに砦が見えるだろう。今日はもう暗いからそこで朝を待つぞ」
「あ、はい。分かりました」
少し歩いて砦に入ると、広間の奥に部屋があるとハウラーさんが言っていたので、そこで休ませてもらうことにしました。でも、お世話になりっぱなしなのも悪いので、しばらくしたら見張り番を交代することにしています。
さて、そうとなったら今はゆっくりと休まなくては。
小部屋に入り、ベッドの布団を取ってお休みなさ・・・
・・・何、この子?
いやぁしかし、一時はどうなるかと思いました。
私の驚いた声で女の子が目覚めて暴れるし、その暴れる音を聞いてハウラーさんが大剣構えて駆けつけてくるし、お互いをなだめるのが大変でした・・・
今は女の子ーーレプリちゃんはパンにかぶりついているし、ハウラーさんは見張りに戻りました。何とか和解できたんです。
それにしてもレプリちゃん、良い食べっぷりです。よっぽどお腹が空いていたんでしょうか。
「・・・・・・。」
「足りなかった?いいよ、まだあるから」
「・・・ありがと」
元気みたいだけど、ずいぶん口数が少ないです。仲間もいないみたいだし、お節介だけどこの子、ちょっと心配です。
「こんなとこまで一人で来たの?仲間の人とかは・・・」
私がそこまで言いかけた時、レプリちゃんは立ち上がって私を睨み付けていました。
「・・・アレを見たくせに、それを聞くの?」
そして、レプリちゃんの言う「アレ」・・・闇魔導のオーラが、私に怒りを向けています。
私はその時、やっとレプリちゃんの抱えている苦しみのようなものが、少し分かりました。確かにレプリちゃんが暴れた時、無意識に闇を振り回していました。
・・・それなら私でも、少しは力になれるかもしれません。
私は彼女の威圧も気にせずに、優しく手を取って言葉を紡ぎました。
「塵の中に住まう者よ、目を覚ませ、喜び歌え。
大丈夫、私もハウラーさんも、あなたを怖いなんて思わないわ」
傷つき悩む人を助けるのも修行の内です。私だって僧侶なんです。
「えっ・・・?え・・・」
レプリちゃん、ちょっと混乱してますね。仕方ないか・・・
「レプリ!ムゥ!魔物の群れがこちらに来ている!ここに攻めてきたら押し返さなくてはならないぞ!」
ハウラーさんの声です。気をつけろ、ということでしょうか?
それじゃあハウラーさんには悪いですが祈るとしましょうか。魔物の群れが砦に興味を持ちませんように・・・
「邪魔するぜ!魔物どもに追われちまって面倒なんだ!」
「ごめんなさい、ちょっと匿ってくださーい!」
・・・新たに砦に入ってきた二人は、どうやら魔物に追われているようです。
「やるしかない、か・・・」
ハウラーさんも戦闘体制です。・・・あーもう!やります、やりますよ!
こうして、私たち五人と魔物の大群数十体との攻防が始まるのでした。
・・・まだまだ続きますよ?まあ、私の視点は多分ここで終わりますが。
・・・
「クッソ、何がいけねえんだ、何故爆発しねえんだ!?」
「それは分からないけど、まだ他のやつがあるんでしょ?それ使いなって」
細身の体格に、つるんとした丸い頭の男が、いらいらとした様子で呟き、茶髪の女盗賊が軽く励ます。
この二人は先程初めて会ったばかりなのだが、打ち解けて見えるのは、女盗賊が面倒見の良い性格だかららしい。
「それで、お前たちは何者なんだ?名乗ってくれ」
「え?あ、そうか。あたしはユーザ、一応盗賊だよ」
「俺か?俺は爆弾にとりつかれた錬金術師・・・人呼んでミスター・ボムエッグだ!」
「そうか・・・悪いが二人とも、あの魔物どもを追い返すのに力を貸してくれ。いいな?
レプリ、ムゥ、君たちも戦ってくれ!」
すでに魔物の群れは、砦のすぐそこに来ている。今から逃げ出すのは極めて難しいだろう。
「了解!」「仕方ねぇ、リベンジだ!」「は、はい!」「・・・うん」
合図と共に、五人は正門の前に立ち、それぞれ構える。
魔物の数は多いが、張り出した壁で門の前が狭くなっているので、一度に来る数は少ない。
「遠投は好きじゃねえが、おらっ!」
「あれ、こんなものかな?もうちょっと厳しいと思ったけど」
「・・・そうだな」
ボムエッグが爆弾で削り、ユーザが短剣で翻弄し、ハウラーが大剣で薙ぎ払う。三人の技がうまく噛み合って、正門を守りきっていた。
「そうだ!私、裏の方見てきます!」
「わたしも行く」
ムゥが走り出す。すると、レプリもついて行く。ムゥ一人の戦闘能力は高くないが、レプリがいればその点は大丈夫だろう。
やがて、正門から攻める魔物が退き下がっていった。とはいえ、これで終わりではないだろうと全員が思っていた。
・・・
見張りを買って出たムゥを抜いた四人は、ばらばらに砦の中を見回って、何か使えそうなものが無いか探した。
(地下室とかあるんだ。広いけど物が全然無い。使わなかったのかな?)
ユーザが地下への階段を降り、暗く湿った扉を開けると地下室があった。
(・・・何か恐いな、このボロ柱が壊れたら崩れちゃいそう)
下手に手を出したら危険な気がしたので、ユーザはその場を去った。
「あれ、レプリちゃんだよね。どうしたの?」
「あ・・・地下を、見ようと思って・・・」
戸惑いながらも話すレプリに、ユーザは親しみのような気持ちを抱いていた。
「そっか。・・・突然で悪いけど、君には何か人に見せたくないものがあるのかな?」
「ッ!何で・・・」
「分かるよ。あたしも昔、そんなとこあったから。でも、そんなときに初めてあの人を見たんだ」
「あの人・・・?」
「そう。ちょっと名前は出せないんだけど、その人は、どんな困難があってもひたすらに真っ直ぐ進んでいた。あたしはそれを見て、自分も真っ直ぐ進まなきゃって思ったの!」
「真っ直ぐ・・・」
「おっ、こんなもんがあったのか。よし、俺の火薬があればまだ使えそうだな」
その頃、ボムエッグも何かを見つけていた。
「チッ、切らしてた。ちょっと調合しねえと・・・」
そこまで言った所で、外で魔物の大きな咆哮が聞こえてきた。
「ここでか・・・いいや、こっち優先だ、アレは他に任せる!」
正門で四人が対峙したのは、図体が人間の三、四倍はあろうかという巨体の魔物だった。片手に持った大槍が、いびつに冷たく光る。ただの魔物ではない、おそらく悪魔の一種だろう。
他の魔物は、砦から遠く離れた所で固まっている。この悪魔が、あれらの頭なのだろうか。
「・・・気をつけろよ」
ハウラーが重々しく呟く。その言葉から少し間を置いて、悪魔が動き出す。
大槍を巧みに操って突き込み、振り上げ、叩きつける。かなり熟達した扱い手だ。
「わっ・・・と。中々すごいけど、盗賊は侮れないんだよ?」
そう言うとユーザは、降り下ろされた穂先をかわし、器用に腕から肩、と飛び移り、悪魔の眼前で思いきり短剣を突き出す。鋭い切っ先が、悪魔の右目を貫いた。
「ーーーーーーーーーーーッ!!!!」
悪魔の絶叫が挙がる。全員が、手応えを感じていた。
しかし、次の瞬間、ユーザの体は悪魔の手に掴まれ、空中で止まっていた。悪魔が潰れていない左目で、ユーザを殺気を込めて睨みつけていた。
悪魔の手に力が加わり、掴まれたユーザを容赦なく痛めつける。そして、仲間たちの元へと乱暴に放り投げられた。
「か・・・はっ・・・」
「ユーザさん!?ユーザさん!!今回復しますから!!」
ムゥがユーザを受け止め、奥に運んで回復魔導の詠唱を始める。ダメージは相当なものらしく、ムゥが二度、三度と詠唱を繰り返す。
「ユーザ!くっ、支えきれん・・・」
ハウラーも、一人で激昂した悪魔の連撃を受けきれずに、跳ね上げられた槍に剣を取られてしまった。がちりと音を立てて、大剣が落とされる。
「しまっ・・・!」
丸腰になったハウラーに、槍が突き出される。
その時、突然現れた黒い蔦のようなものが悪魔の槍に巻きつき、不思議な力で槍をひん曲げてしまった。
見ると、レプリが唇を噛み締めながら、闇魔導で蔦を操っていた。
「・・・ッ!」
言葉には出さないが、うっすらと涙を浮かべながら悪魔を睨んでいる。
「何だ!?・・・だが丁度良いか。
ハウラー、門を落とせ!俺に考えがある、時間を稼ぐぞ!」
いつの間にか来ていたボムエッグが、何かに点火しながら大声で告げると、火の点いた物を悪魔に投げつけた。悪魔の足下で、それは白い煙をもくもくと上げる。煙幕だ。
ハウラーは隙を逃さず、言われた通りに仕掛けを使い、門を落とし、悪魔との間に壁を造った。そして、ユーザの様子を見に駆け寄る。
「ユーザ!」
「あたしは大丈夫・・・ムゥちゃんが肩貸してくれるし。
こっちにも、考え、あるんだ。ハウラーは、ボムエッグんとこ行ってあげてよ、呼んでるよ」
「はい!私がユーザさんを助けます!そうだ、レプリちゃんも来て!」
悪魔が門を殴りつける音が響く。さすがに簡単には砕けなさそうだが、のんびりは出来ないだろう。
「ハウラー、気持ちは分かるがこっちに来い!力仕事だ、手ぇ貸せ!」
「分かった・・・死ぬなよ」
ユーザとムゥ、レプリは地下へ、ハウラーとボムエッグが廊下の奥へと進んで行く。それぞれの思惑は、どんな結果を生み出すのだろうか。
門を砕き、悪魔が砦の中へと踏み込む。多少無理して入ったが、両手両足は十分に使える様子だ。
入ってすぐ、悪魔は人間たちが見当たらないことに気づく。左目を回して、前後左右を見回す。
その時、足下で大きな崩落音が響いたと思うと、悪魔は足の感覚が失くなり、体が「落ちる」のを感じた。突然、床が崩れたのだ。
首から下が埋もれてしまった。這い出すには少し時間がかかるだろう。瓦礫が意外に重い。体力が奪われそうだ。
もがいても中々動けない。そうしている内に、いなかった人間たちが戻ってきた。
「ガッチャ・・・へ、へへ、上手くいった・・・」
「あらら、なんともシュールですねぇ。カワイソーだとは全く思いませんが」
「・・・放っといたら出るかも。その前に、この闇で殺る」
廊下の奥からも、何か重い音と共に二人が姿を現す。
「大砲・・・こんなものがあったのか」
「ハハッ、しかも俺様特製の火薬を詰めてる上物だぜ?コレ一発で終わるだろ」
そこまで来て、悪魔は自分がこれからどうなるか想像はついた。
「発射準備完了だぜ」「乗った」「・・・魔導でやる」「あ、私も」「あんま動けないし、大砲にするよ」
悪魔は目を閉じ、考えることをやめた。
「サモサモキャットベルンベルンボンバー・・・」
「セプタースローネスローネルーラーモンスター・・・」
「別れのInstead greeting(挨拶代わり)だ、ヒャッハー!」
「楽しい勝負、だったぜ・・・いたた」
「ぶっ倒しても、ぶっ倒しても、とは言わんが・・・消えろ」
・・・
「やはり、ここで別れるのか・・・」
「おう、俺は新しい爆弾の研究があるからな。元々ここは通り道でしかなかったんだ」
「私はまだ修行が・・・でも、これも修行の内ですよね!」
「・・・とりあえず街に行く」
「あたしは仲間のとこに戻らないとなー」
翌朝、砦の前では五人が互いに別れを惜しんでいた。しかし、それぞれが、それぞれの目的に向かってまた歩き出すのだ。
「・・・また会ったら、その時はきっと面白え爆弾、見せてやるから」
「あたしも、ただの盗賊じゃなくて、もっと″ヒーロー”みたいになるよ」
「ステキな僧侶さんになって、堂々とここに来ます!」
「ならば、ここを危険の少ない場所にしなくてはな」
「堂々と来るのは・・・わたしも・・・」
これは、偶然の物語。
しかし時々、人と人との出会いは何かを生み出す。
人は、二度とは無いかもしれない出会いを、もっと大切にするべきなのかもしれない。
もしできたら、またこういうことしたいな・・・
誰かに「こういうの書いてよ」って言われたのを書いてみるのも良いかもしれない。