ウソツキ
「泣いてんの?」
頭上から聞こえたヤツの声に、私の体が大げさなくらい反応した。
正確には、心臓がこれでもかってくらいうなっただけなんだけど。
無意識の行動って、なんて素直。
「泣いてないっ」
顔をあげて、キッと強く睨む。
そこにはなぜか目元を細めてにやにや笑うヤツの姿。
内心では、ほっとしていた。
さっき泣いていたときに、こられなくてよかったって。
「なんだ。つまんない」
肩を落として、彼は目の前の席に腰掛けた。
その仕草を見ながら、きゅっ。と唇をひき結ぶ。
いつもどおりに。と意識すると、自然と眉間にしわがよるのがわかった。
「……私はそんなに弱くないから」
「弱い? 俺、なにもいってないよ」
くすくすと、まるでなにもかも知ってるかのように笑う。
「その顔が、腹立つの」
「そりゃどうも」
んー。と背伸びして、軽い口調で彼は、
「俺、告白されたんだ」
あっさりとそういった。
自分でも凍りつくように顔が強張っていくのがわかる。
同時に溢れそうになる涙を必死におさえながら、ふぅん。とだけ返す。
知ってるくせに。
さっき告白されたのなんて、私知ってるのに。
なんでこんなに、動揺するの?
「……付き合おうかな、って思って」
どくんっっっ。
つきあおうかな、ておもって。
反芻して、胸がざわめく。
なんて残酷な言葉。
「どう思う?」
のぞきこむ彼の瞳は、意地悪そのもので。
どうせ私の意見なんて、求めてもいないくせに。
「そんなの、あんたが決めればいいじゃん」
どうして、こんな冷たい口調でしか接することができないのだろう。
「素直になればいいのに」
「素直な意見だから」
「寂しいなら、寂しいっていえば?」
「だれが」
はっ。と鼻で笑ってやる。
素直になれなんて馬鹿げてる。
素直になったら、その告白を断るの?
関係ないでしょ?
「かわいくねー」
「あんたにかわいいっていわれてもね」
けらけら笑いながら、彼はにぃ。と口角をあげる。
「弱い女のがもてるよ」
「うっさい」
かみついて、こらえる。
必死に。
なにもかも。
――ねえ、あんたは。
弱い私なら、愛してくれたの?
「彼氏いらないの?」
「いらない」
「そうやって一人で生きたいの?」
ひとりで、生きたいわけじゃない。
あたしは、あんたと、生きたいの。
そんなこと、口が裂けてもいえないけれど。
「まだ高校生なのに、そんなこと考えるわけ、ないじゃん」
「それもそうか」
自分が問いかけてばかなことだと気づいたのか、彼はけらけら笑った。
「……ほんとに、いいの?」
丸い瞳が、小さな子どものように私に問いかけてくる。
どくんっ。
いいわけ、ない。
ほんとは私もすきだっていいたい。
私をのぞきこむ丸い瞳も、
無造作にはねている栗色の髪も、
角ばった細長い手も、
全部、ぜんぶ私だけのものにしたい。
……なんて欲張り。
そんなこといえるほど、私は素直な女じゃない。
「……なんで私に聞くの?」
「そこにいたから」
あっけらかんという彼の口調に、内心腹が立ってしょうがない。
私の気持ち、なにも知らないで。
「好きにしたら?」
「……そうだな。じゃあ、オッケーする。可愛い子だったし。素直そうで」
最後の“素直”がやけに強調されて。
胸に突き刺さる、矢。
「悪かったわね。素直じゃなくて」
「俺、別になにもいってないけどね」
意地悪く笑いながら、彼は腰をあげた。
「んじゃ、帰るわ。バイバイ、皐月」
「ん。バイバイ」
「まだ帰んないの?」
「もうちょっといる」
「あそ」
理由を聞くほど、興味もないってね。
刺々しい心は、そうやって僻む。
なにもしてない自分を棚に上げて。
強がりで素直じゃない私を、いったいだれが好きになってくれるの?
「んじゃな」
かばんを持って、背中がこっちを向いて。
去ろうとする背中が、無性に切なさを呼んで。
「――――っ」
気づいて
お願い
気づかないで
矛盾する心が、さらに私をかきまわして。
「……なに?」
無意識に、手が服のすそを掴んでいた。
「……――ぃで」
「え?」
吐息にも似た、かすれた声なんて届かない。
「ごめんっっ。なんでも、ない」
一瞬でてしまったホンネは私をただ羞恥心の渦に巻きこんで。
ぱっ。と簡単に、手を放してしまった。
「――なんて?」
気付けば彼は、もう一度こっちを向いていて。
その唇に微笑みをのせていた。
「な、んにも」
「じゃあ、これ、なに?」
瞳から、ひとしずくさらっていって。
私を、といつめる。
強がりなんて、もう無駄。
決壊した心を立て直すなんて、不可能。
「なんでも、ない」
それでも意地はって。
好きとはいえない、私。
ほんとにかわいくない。
「――いい加減、素直になれば?」
意地悪な瞳はそのまま屈んであたしに視線をあわせて、首を傾げた。
「俺が好きだって」
「――――っっ」
「ばればれ、だっての」
覆うは、熱。
思考停止。意識不能。
だれか、助けて。
「……あ、そうだ。いっとくけど俺、告白断ったから」
さっきのことが衝撃的すぎて、頭がまわらなくて。
しばらく、理解できなかった。
「え?」
「だから、安心していいよ」
――――っ!!
そのとき、はめられた、ということに気付いたのだった。
fin.
実はお題小説でした。
「確かに恋だった。」のサイト様から、
「強がってばかりの私5題」ということで、書かせていただきました。
楽しんでいただけたなら幸いです。
ちなみにお題は、
1.私はそんなに弱くないから
2.素直になれなんて馬鹿げてる
3.ひとりで生きたいわけじゃない
4.弱い私なら愛してくれた?
5.気づいてお願い気づかないで
でしたー!