≪4≫調書、ハンナさんの報告書製作の巻
「おはようございますハルキさん」
「おはようございます。名前憶えてくれたんですね」
なんとなく発音が違う気がしたが、まあ仕方がない。僕はハンナさんの指示に従って、一応の個室トイレや食事場所、そして寝る場所を作ってもらい、それがすべて終わる頃には昼間になっていた。
僕はハンナさんにメンシアの居場所を聞いたところ、彼女は王女としての職務に勤しんでいるそうである。大変なことだ。
「それでハルキさん。私はメンシアお嬢様から、今日一日は色々と基本的な事についてお話をしておくよう仰せつかりました。それを方向所にまとめておくようにとも言われています。ですので今からの質問にウソ偽りなく答えてほしいのです」
「それぐらいならお安いご用です」
そう言った僕はハンナさんが用意した、テーブルの上に乗ると、彼女の取り出した書物に目を向ける。
「まず始めに、ハルキさんはこの文字が読めますか?」
ハンナさんが指差したのは、見た事も無い文字列。当然ながら、都合よくやってきた異世界の言語が、日本語と同じである筈もない。
「まったく分かりません」
「そうですか。それなのに言葉はずいぶんとお上手ですよ。変な訛りもありませんし、綺麗な物です。最初、私はその為あなたを何処かよい身分の出身だと推測してたくらいですからね」
「それは……説明はつきませんが、この魔女がこの世界に連れて来た時のオマケのような能力だと思います」
僕はそう言いながら、昨夜の夢を思い出した。この変身能力とやらは、彼女達に伝えてしまってよい物か。少し悩んだ僕だが、此処まで来てしまっては後戻りはできないと、打ち明ける決意を固めた。
「あの~。いきなりですが、僕には実は特殊な能力がありまして、なんにでも変身する事が出来ます」
そう言うと、ハンナさんが馬鹿にするなと言った表情で僕を見る。
「ではこの場でやってみてください。そうですね、私にでも化けてもらいましょうか。もし出来たら近代魔法学がひっくり返ります」
「それがまだ変身方法を聞いていません」
「では聞いて来てください。というか誰に聞くんですか?」
「夢の中の魔女の分身に、です。こういうと馬鹿みたいですね」
そう言って、僕は10分の1サイズのマリア―ジュの想像する。
すると、僕の頭から昨夜の夢と同じような雲が出て来て、それが段々とマリア―ジュの形をかたどり始めた。
「あの~これは変身応力ではないようですが……」
呆れた声でハンナがそう言うと同時に、マリア―ジュは本格的に彼女の本来の形になる。
「ふい~。私爆誕!」
そう言うと、マリア―ジュは僕の頭の上に乗る。
「こんにちはハンナ。私は魔女のマリア―ジュの分身その1。訳あってこの餓鬼の世話をするわ」
「はあ、よろしくお願いします。今分身といいましたが、あなたが本体ではないのですね?」
「もちろん私は彼の本体ではないし、これは私の本体でもないわ」
そう言うと、混乱したようにハンナは頭を押さえた。
「えーと、ではマリア―ジュさん、貴方は歴代の大魔法学者達さえたどり着く事がなかった、精神の分断をやってのけたと?」
「マリア―ジュさんはやめてよ。私に敬称なんていらないわ。それにわたしはあなた達とは生きている次元が違うの。いちいち本体の私がする事を気にしない方がいいわ」
そう言うマリア―ジュは、僕の頭の上で寝っころがりながら、ハンナさんを見つめている。
僕はと言うと、一人でこの世界に魔法がある事について、声もなく感動していた。
「――――そうですか。ではマリア―ジュ、色々聞きたいことはありますが、まずはハルキの返信能力について、“簡単”に説明してください」
簡単と言う部分にアクセントを強くしているあたり、ハンナの処理能力も限界に近いと見た僕は、横から口を突っ込むのをやめた。
「いいでしょう。まずハルキ、貴方はなりたいものの姿を想像しなさい」
「了解です!」
僕は目の前のハンナさんの姿を想像する。その姿はなんとなくマリア―ジュに雰囲気が似ている事に加え、彼女が今しがたつけた丸い眼鏡も相まって、とても優しそうな先生と言うイメージが強い。
「OK。じゃあ次に変身したいと強く念じなさい」
「ハイ!!」
僕は強く念じようとするが、中々旨くいかない。そこで目を閉じてもう一度深呼吸をする。息を吸って吐く。それを繰り返しているうちに、いつの間にか目の前のマリア―ジュを作り出したものと同じタイプの煙が僕の体を包む。
煙は温かな人肌の感触があり、僕に触れると猫の形の上からクリームのお湯な何かがたされていくような気がする。そしてもう一度瞬きをしたとき、テーブルの上には二人目のハンナさんが座っていた。
「おおおお~!!」
マリア―ジュアは自分の能力に感動している。一方ハンナさんは、出来上がった自分の分身を上から下まで分析していた。
人生初のロングスカートは、言葉では表せないが、とにかくとても変な感じだ。
「これは凄いですね……正直この目でこのような物を見れるとは思ってもみませんでした」
「でしょ~。でも、なんだか少し胸が大きくない?」
変身に僕の想像が使用されているせいか、所々違う点があるようだ。もっともそれは今回の場合では近くで見なければわからないレベルらしい。
胸が大きくなったのは、きっと僕の心の奥にあったほの暗い願望のせいなのだろう。
「ごめんなさい。そんな変なつもりじゃあ」
「言い訳結構です。それより服も完璧ですね。これで全裸で出てきたらどうしようかと思いましたよ」
そう言ってハンナさんは僕の変身した体を不思議そうに撫でまわす。こそばゆい。
そしていきなりハンナさんは、僕の来ているロングスカートを思い切りめくる。僕からはめくられたスカートが邪魔で全然見えなかったが、きっとハンナさんには自分と同じ下着を確認したのだろう。
「中身も同じですね。これは凄い」
「創造と保管。まあ複雑な話だから割愛するけど、要はこの変身能力は最強よ!ドラゴンでも魔王からここの絨毯まで、見た事さえあれば何にでも変身できるわ」
「見たことがればですか……無機物もいけるんですね……」
僕はいつの間にか絨毯からドラゴンまで何でもござれな体に変えられたようである。ふと僕はこの変身能力や、マリア―ジュを形成した能力を含め、僕自身もこんな煙で出来たまがい物ではないかと言う考えが頭によぎった。しかしそれは確かめようがなく、また怖いので考えるのを止めると、僕はそのまま頭の上のマリア―ジュに話しかけた。
「ところで、これってどうやって戻るんですか?」
「簡単よ。元の猫の姿を想像なさい」
「元の元の人間の姿じゃだめですか?」
「人間?ああ、あの姿は無理ね。あれは前の世界の姿だから。元の猫にならない限り、貴方は魔力を消費し続けるわ」
おいおいそんなの聞いてないと、僕は驚いて猫に戻る。いつの間にか僕の中から得体の知れない魔力などという謎エネルギーが取り出され、このような奇跡か幻想か、或は悪ふざけを具現化しているのだと言うのだ。どうかしてる。
まあ、そんなどうかしている世界を選んだのは、他でもない僕なのだけれど。
それにそもそも魔力ってなんだよ……
「いま、じゃあ最初から人間の姿にしてほしかったとか考えたでしょう?」
急いで猫の姿に戻った僕の頭の上で、変わらずマリア―ジュはそんな事を言う。幸い彼女には人の心を読む力は無いようだ。
「思ってません……」
「嘘おっしゃい。あなたをこの時代のこの部屋に送り込むのは大変だったのよ。それでさらに人間の姿をとらせると、色々な制限が許容オーバーだったのよ!異世界の超時限魔女にも、不可能はあるのよね~。あ、あなた今魔力温存しようと考えたでしょう?今回はしっかり感じるわ。だって私、消えそうだもの……」
そう言うと、マリア―ジュは元の霧となって僕たちの前で四散する。消えるまじかにまた念じれば来てあげると言っていたが、常識と日常の範囲から大きく乖離したこの現状に、頭を抱えて呻くハンナさんを見るに、当分は彼女を表に出すべきではないと、僕はそう決意した。
しかし今日の晩、メンシアが返って来たならば、ハンナさんの報告に従って、必ずやもう一度出せと命令されるだろうけど。