移動中につき・・・・・・・・その2
移動中。俺たちは寝食を共にする。前回は追われていると言う余裕のなさもあり、道中の俺はちっともその気にならなかったが、今回は別だった。
年頃の若い女性に囲まれた、3人旅。きっと学校の男子連中に言えば、死ぬほどうらやましがられる状況。女子連中には不潔とののしられても仕方がないだろう。
「ねえハルキ、私の下着知らない?白いやつ」
「…………」
人気の無い森を外れた川で体を順に洗っていた俺たちだが、そんな事を言いながら、半裸でオーロラが俺の方へ。ああ、俺の方へ。
「馬鹿者!!」
すかさずエリザがタオルを持って彼女を追う。何とも彼女もタオル一枚。
「……あのさ。お前らそれわざとやってるのか?」
「その通り~。でもね、こうやって女の体にも慣れとかないと。これから大変だよ?戦場では男も女も関係ないし、一々ビクビクしてたらきりがない!」
「しかし、一定の品位は必要だろ?」
タオルで前を隠した二人が、そう言って着替える間、俺はそっぽを向くと、馬の世話に集中する事にする。
「そう言う事なら慣れることにするよ」
「そう言う点は僕って言ってた頃から変わらないんだな~」
エリザは自分の手入れされた髪の毛を入念に拭きながら、俺と一緒に馬の世話をする。
彼女の髪の毛の維持費で、もう一人護衛を雇えるのだが、それは今はどうでも良かった。
「どうも変わる所とかわらないと変わる所があるらしいんだ。例えば体は限界まで動くようになったし、戦闘での恐怖心や痛覚は鈍くなってると思う。逆に細かいことは考えなくなったと言うか、大雑把になった気がするよ」
そう言って、俺は自身の行動を振り返る。どう考えても潜在意識に存在しないような感情も、時には俺の表面に現れる。
「なんだか時々ご先祖様が俺にこうしろああしろって言ってるような気さえするよ」
俺がなんとなくそう言うと、周囲の空気が若干震え、いつもの様に真っ白の煙から、マリア―ジュが顕現する。
小さな彼女は笑っていた。とても不気味だ。
「何々?ご先祖様?貴方いつご先祖様とあったの!?」
「なんだよいきなり。さーあれはいつだったかな。少なくとも、俺になってからだった気がする」
「…………ウフフ。ウフフ、そう……。解った。いきなりだけど、私しばらく留守にするから。くれぐれも下手こいて死なないでね♪」
留守にするとはどういう事か。
俺がそう考えて、いったいそれはと口にする頃には、マリア―ジュはきりになって消える。
それ以降、彼女は呼んでも叫んでも出て来なかった。文字通り留守にしたのだ。
「今のは何だったんだ……?」
「あの魔女についてハルキにわからない事は、きっとこの世界の誰にも分からないだろうさ。さ、準備も終わったし行こう。もう直ぐ国境線だ。特に会何があるわけでもないが、もう半分来た事になる」
「あれあれ?もう行くの~?ハルキの水浴び覗こうと思ってたのに」
火の始末を担当していたオーロラは、そう言って自分の馬にまたがる。
「俺は変身が有るから風呂とかいらないんだよ。汚れたら変身を更新するから」
「えーなんか狡いし不潔」
「洗い残しゼロ。細菌ゼロだぞ?何処から何処え流れるともしれない水で洗ったお前の体より、絶対に清潔だ」
「サイキン?」
そう、この世界では病気は精霊の悪戯か何かであり、元の世界のような近代医学は望むべくもなく、細菌やウイルスなどと言う単語はないらしい。
俺は彼女に菌類がなんであるか説明するために、その後しばらくかかった。
「要は、キノコは菌類なんだ。すっごく細かい粒。その粒には種類があって、キノコになる奴もあれば、風邪の原因になる奴もいるんだ。それが空気の中にいっぱいいる。それを吸い込んだり間接的に食べたりするとだな。いわゆる病気になるわけだ」
「じゃあ精霊は嘘?そんな話はじめて聞いたわ」
「薬とかあるだろ。あれもこの世界じゃ半分くらい偽物なんじゃないか?しっかり効く奴がどれくらいある?あれは細菌と戦う物質が入ってるんだ」
そう言って、俺は嫌な事に気が付いた。この世界には治癒魔法などと言う、現代医学全否定の奇跡が存在ないするではないか。それに彼女はきっと物資とは何か聞くだろう。
「じゃあ治療魔法はどうなる?」
「エリザもか。あれは……魔法だ。俺は知らん。でもキノコは野菜じゃないし、病気は空気で伝染するか、粘膜を通して感染するだよ!!」
「物質?粘膜?」
俺はかんしゃくを起こしそうになり、ため息をつく。そう言えば、ここに来てから教わる事は有っても教えることなどなかった。これが心境の変化か。
「ん?おい二人とも止れ。あそこだ!」
俺が物質の概念と粘膜がどういう物かを教えようと苦難していると、エリザが一馬身前へ出て、俺たちを遮る。
前方に問題ありだ。
「あそこで何か揉めているようだ。迂回するか?」
彼女が指差す先には、何人かの人間が馬車を取り囲んで何やら物騒な言葉と共に騒いでいる。
見た所、山賊か追剥。いずれにしても悪人だ。
「どうしよっかな~?助けたらお小遣いくれそうではあるけど。あの人数はな~」
「雑魚が何人いても一緒だ。それよりもあの馬車のサイズから見るに、相手さんは最低でも貴族か商家の人間だ。それにこの道はもう国境は越えただろ?もうここはビブードだ」
「ハルキは助けて恩を売れと言っているが、オーロラの意見は?」
エリザがそう言うと、オーロラは考るまでもなく頷いた。彼女は雇われ。そして今からは仕事モードという訳だ。彼女の瞳はいつもより冷たく、周囲の空気を飲み込むような殺気が放たれる。
以前の俺は疲労からか気付かなかったが、彼女は結構恐ろしい使い手らしい。
(魔法防具でバリバリ戦う女戦士である、元正規騎士のエリザと互角である。当然だ)
「では、私が先行しますので。エリザは横方向より遅れて突撃してください。ハルキは私のすぐ後ろについて、撃ち漏らしを殺してください。一人も生きては残しません」
先程の天真爛漫さは消え失せ、冷たい戦人の声が聞こえる。これがきっと初めて会った時のオーロラだ。
「了解。二人とも武運を祈る!!」
エリザはそう言うと馬を巧みに操り、奇襲の準備をする。
俺はオーロラの馬に、自分の馬を追いつかせることで精いっぱいだった。なのでその代りに、自分の体内筋組織を肥大させ、鬼をイメージした仮面を被る。
これは決してこうした方がカッコいいからではなく、顔の変身のレパートリーを減らしたくないのだ。誰かに恨まれた顔、お尋ね者の顔は以降使えないのだから。
「助太刀いたします!!」
そう叫びながら、ならず者は自分達に突っ込んでくるオーロラを見ると、急いで馬に乗った荒くれが戦闘準備をする。しかし、遠方から投擲されたエリザの投げナイフが、山なりに飛んで、ならず者を傷つけた。
「二手に分かれてるぞ!お前らはあっちだ!!」
「きっきた!お前らこいつらがどうなってもいいのか!?」
「遅い!!」
そう言って二手に分かれようとした頃には、オーロラの馬は彼らの戦闘範囲に入る。先頭で剣を構えていた戦士風の男は、彼女の顔を見る余裕もなくその首をはねられた。何のためらいも無く、血しぶきが飛び散る。
「無残」
続く俺は彼女が切り付ける反対に剣を向け、今の俺の体格に驚いた男達に、剣の乱舞をお見舞いする。これはもう、力任せの無茶苦茶切りだが、このドーピングされた肉体がそれを放つと、ミンチ肉製造機になるのだった。
「化け物が出やがった!!退却―!!」
「エリザは敵を逃がさないで!!後が面倒です」
何人かが俺の姿と目の前のミンチ肉に恐れをなし、仲間を見捨てて逃げようとするが、オーロラは追い打ちに慣れたものと、難なく後ろから袈裟切りを連発する。
エリザもそれに習い、馬の操作に慣れない俺は、それを見ている事しかできなかった。
(俺の判断一つで、人がこんなにも死んだ。そして俺はそれに慣れてきている……)
俺は誰に言うでもなくそう思うのだった。
二人は残党狩りを数分で済ませ、俺の後ろに侍る。
「大丈夫ですか?」
俺は馬を下りて馬車へと近づく。そして自分に派手な返り血が付いていないことを確認すると、馬車の扉の前へ。御者を探したがいないので、俺は少し不安になる。トロイの木馬だったらと考える。
そして、思わずその足は止まってしまった。嫌な予感がしたのだ。
「ご親切にどうも。命拾いしました!」
金髪のセミロングが美しい、みるからに良家の若い女が、家臣に手を取られながら馬車から出てきた。彼女の柑橘系の香水が周囲の血の臭いを覆う。
その後ろには夫か婚約者、もしくは兄弟であろう男が、手を軽く持ち上げて挨拶する。彼はどうも気分が優れないようだ。
いや、人生の修羅場を生き残ったのだ。目の前の娘のように凛としているのが異常だ。
「御者は……逃げました?」
「御者はいません。私の魔法で動いてましたから、勇者さん」
彼女達の身なりから、相当な金持ちだという事は確実である。そして魔法使いらしい。
それにしても御者の変わりを魔法使いが出来るとは意外だった。大抵の場合、魔法で出来る事は、他の人間がやった方が効率が良い物であるらしいというのに。特に馬車の操作のような作業的な物は……。
「いっいえ。この国の貴族として当然の事をしたまでです」
俺は急いで我に返り、即興の貴族式のお辞儀をする。
「まあ、あなた爵位をお持ちですのね。自己紹介が遅れました。私は聖エルデルタール王国の子爵家に当たります、マクスウェル家の長女で、エレオノーラと申します。奥に居ますのは兄で次期当主のエリオット。この者は家臣のベルリンです。兄は具合が良くないので、代わりに私がご挨拶させていただきます」
残念ながら最悪の国名が出た。俺の後ろに控えた二人は辛うじて動揺を表に出していない。
そして俺もその場で硬直されるわけにもいかず、取り敢えず挨拶しようとするが、臨戦態勢を解く事は無い。先の騒乱からも、一瞬の油断がとんでもない事になるというのを学んだからだ。
「子爵様でしたか。私はジャックと申します。この国の成り上がり貴族です。……オホン。失礼ですが外国の子爵様ともあろう方が、国道とは言え護衛も付けずにいては危険ではないですか?」
「ジャック様の言う通りでございます。しかし、我々にも思う所がありましてな。詮索しないでいただきたい」
俺の言葉に、筋肉質な家臣割って入る。
エレオノーラはごまかすわけでもなく、天使のような微笑みを浮かべる。しとやかさはこの世界で感じることは稀だ。ガツガツとした女に囲まれているからか、その笑顔はとても新鮮に感じるのだった。
「それは無礼でした。ですがこの周りにまだ賊が潜んでいるとも限りません」
(平原。アンブッシュの可能性……ナシ)
俺はわざとらしく周囲を警戒すると、そう言って彼女の表情を窺う。
「そうですね。ですがもう大丈夫です。援軍はありませんが、知り合いのお家が近いので大丈夫です」
「そうですか。では護衛の名誉を授かる事は出来ないのですね」
「ええ、残念ながら」
彼女が護衛を頼みたいと言ったのならば、どう断るか至難だったが、その心配はなかった。俺は化けの皮がはがれる前に、一刻も早くこの場を離れたいのだ。もしもメンシアに関係した人物であるのならば、俺の存在は一瞬たりとも意識させるわけにはいかない。
「ジャック様、これからもしビブードの街に行かれるのですか?」
「ええ、その予定です」
「ならば、ぜひマクスウェル家の別宅にぜひ来てください。今日のお礼を改めてさせていただきますわ」
俺は優雅に?一礼すると、エリザとオーロラにアイコンタクトの、インスタントな貴族らしさを見破られないように、必死で逃げるようにその場を離れる。
周囲の名まあ高い風が、俺の背中で流れた冷や汗を舐めるように撫でる。
(ヤバかった……。あそこでハンナさんが出てきたら心臓が止まる所だ)
エレオノーラの馬車が見えなくなってから、俺の緊張の糸共に、エリザとオーロラがため息をつきながら俺に並走する。
「あれが今回の敵の人達?なんでそんなにビビるの?」
「馬鹿!聖エルデルタールの、特に貴族は要注意だって言っただろ!放蕩貴族のお使いじゃないんだ。俺の正体をメンシアを通して知ってるとしたら色々ヤバイんだよ」
俺とエリザの緊張は、どうやらオーロラには伝わらないらしい。
俺はこれ以上彼女にどこまでの事情を話そうかと、頭を悩ませる。菌類云々を説明する程、その作業は面倒な物となる。特に嘘の濃度に関しては、死活問題だから……。
久しぶりで長め。




