≪17≫相談、新しい道と大嘘大会の巻
俺はマリア―ジュを体内に戻すと、研究所から表へと出る。
扉の前ではエリザの服を無断で改造した、亜流のメイド服を来たメルラが、まだ防具を脱いでいないエリザと楽しくお茶をしていた。
エリザは俺が地下でした事に一切気がついていないようで、新しく生まれ変わった俺を見ても何とも思っていないようだった。
「お?ハルキか。久しぶりだな。っといっても数週間だが。いつの間にこんな可愛いメイドを雇ったんだ?」
彼女はそういうと、メルラの作った痺れ毒入りクッキをおいしそうに食べている。この毒の効果は微弱だが、何事もないよりはいいというものだ。今後の交渉次第では……
「それで、ボルゾイさんの姿が見えないが?」
「落ち着いて聞いてください……ボルゾイ先生は……死にました!」
俺が何の前触れもなくそういうと、エリザは手に持っていたカップを落とす。
「何!?いつだ!何故だ!!」
「仕方がなかったんです。俺は止めたんですど……理由は説明します。それでも理解できないのなら、責任は取ります」
俺はそういって、あらかじめ彼の筆跡をまねて書き出したとある偽文書を差し出す。この国の文字などまったくだったが、剣の修行に明け暮れていた彼女が、一度見てわかるほど下手な文章ではない。
「これは……本当か……?」
彼女に見せた文書には、俺とメルラで考えた偽の実験の予定と、その許可をメンシアに取るといった内容で、内容は以下の通りだった。
「僕中心に大規模な生贄を使用した、大型魔法実験の許可に関する文書です。これによると、僕の体を中心として、ふもとの村の村長を除くすべての人を生贄にささげるといった内容です」
「こんなものが!許可までとってある……第三王女のメンシアのサインまであるのか……」
メンシアのサインなど彼女が見たことがあるはずもなく、しかしそれらしく書かれたこのサインも小道具としては優秀だ。
もちろんすべて嘘でも、そんな事は関係ない。大事なのは彼女を殺したくはないという事だ。
「にわかには信じられん……」
エリザはそう言って書類を俺に返すと黙り込む。
ひとまずは合格。この時点でウソがばれるか、愚直にボルゾイの仇を討とうと攻撃してきた場合は、その時点でプランBだった。しかし、エリザはこの文章を完全に信用していた。
「実は、私の父もその計画の一端を担ってました。村人を時々ボルゾイ様に生贄としてささげていたのです。あの人はお金に目がくらんだのか、魔法で操られていたのかは知りませんけど」
「そうか、お前の父は……」
「それも、彼女が遠方に売られる場面で殺してしまいました」
俺がそう言うとエリザはとても悲しそうな表情をする。
そして再び沈黙が続き、ここでメルラの父のことを言ったのは失敗だったかと、二人で目配せしながら次の策に移ろうかとした時、エリザが動いた。
「いや、お前達の言う事はよくわかった。ハルキ、私はお前にそんなふうに剣の伎を使ってほしくはなかったが、事実はこのように容赦がないのだな」
そう言ってエリザは俺の頭を乱暴に撫で、無理にでも元気を出しながら笑う。このような無垢な善意を向けられると、メルラも俺も心が痛むが、計画は最高の状態で完遂したのだった。
「それでこれからの話なんだけど、俺たちはこれから隣国へ逃げようと思うんだ。メンシアはきっと僕たちを殺そうとしに来るだろうし」
「私も同意見です。でも私達は周辺国に対する知識がまるでありません。ですからエリザさんにこれからどこ国へ逃げればよいのかを教えてほしいのです」
「何!?この国を捨てるのか!」
エリザはこの国の騎士になろうとしていたのだ。それを急にこういう事になったからと言って、簡単に目標変換はできないだろう。
「落ち着いて。エリザはまだ正式にメンシアの騎士じゃない。この計画を教えられていなかったのがその証拠さ。それにこんな危険な実験をするような人物が王宮に一杯いる?そんな国に仕えたいというのか?」
「う、確かに。君主の為には心を鬼にして手を汚す覚悟だが、弱きものを犠牲にする外道の道を歩みたくはない」
「それ以前に、たとえこのまま私たちを捕まえてもハルキ以外は生かしておいてもらえるとは限りませんよ?」
俺たちに大嘘に彼女は考え込む。彼女自身でもこの状況では俺たちの側に着く以外に自分の助かる道はないと分かっているはずだ。しかし、騎士の忠誠は重いらしい。
「……わかったわかった。地図を持ってこよう」
それ以降は俺たちも何も言わず、彼女の思うがままに思案させた。そして十分ほどたったのち、エリザは重い腰を上げて地図を取る。
「大きな地図……あんな大きな物なんて、きっとものすごく高いでしょうに」
メルラはそう言って一人驚いている。印刷技術の発展していないこの世界では、地図や本は手書きであり、高級品の部類らしい。ではボルゾイの研究室は、さながら宝の山だ
「ではこの地図を見てくれ」
エリザが取り出した地図は、いつの日か彼女が「僕」を教えた際、見せてもらったものを更に詳しくしたような地図だ。
「私達が行ける国は、聖エルデルタール王国と敵対状態か国交がない状態にあり、また簡単には滅びないであろう国だ。できればそれでいて近い方がいい」
「そんな都合のいい国があるのか?」
「いくつか候補はある。これとこれを見てくれ」
そう言ってエリザはこの国の紋章が入った土地のすぐ隣、桃色の紋章の国を指差す。
「ビビアン通商連合国。この国は宗教色の強いこの国とは仲が悪く、名誉や誇りを蔑ろにして、金や利益を優先する、有力商人からなる、成り上がりの商人達で構成される。と言うのが私の評価だ。もう一つはこのエキナ軍律国。軍が政治の全実権を握る戦闘民族国家だ」
どちらにしても俺にはなじみのない言葉。しかし聞いた限りでは通商連合の方が生きやすそうだ。
「私は軍事国家は嫌い。年中戦争してたらきっと徴兵とか臨時徴税とかがありそうだし」
「そうだよな。俺の力もどちらかと言えば戦闘向きじゃないし。もしエリザが嫌でなければ、ビビアン通商連合国に逃げよう」
「わかった。ビビアン通商連合だな」
エリザはそう言うと、善は急げとばかりに荷作りを始めようとする。
「そっそれでは、三人のこれからに乾杯しませんか?」
メルラは半ば強引に俺たちにワインの入った木製のゴブレットを渡すと、乾杯の音頭をとれと俺に合図を送る。
「……じゃあ、俺たちのこれからに乾杯!!」
「「乾杯!」」
そういって俺とメルラは葡萄酒を、エリザは痺れ薬の解読薬を一気に飲み干し、準備へと取り掛かる。幸いこの土地にボルゾイを訪ねてくる変わり者もいなかったので、準備は着々と進む。
具体的には俺とメルラが事前に準備してあった荷物を各地から持ってきて、貴重品や高級品を馬車の中に詰める作業がそれから半日。それからボルゾイの研究所に火を放ち、その場を離れるのは夜になった。
「これから俺たちは、この本や高級品の一部を売りながら国境を目指す。隣国につくころには一財産って訳だ。いいな?」
「問題ない。メルラもそれで構わないわね?」
エリザは構わないと言おうとしたあが、騎士のプライドが邪魔をしたようで、表情が曇った。
「仮にも主人とな、守るべき対象を殺し、その家財を奪って国外に逃走するなんて。死んだ父上が聞いたら頭の血管が切れてもう一回死ぬだろうな」
「気にするな。相手は俺たちをだましていたんだ。それにまだ正式に騎士になった訳じゃない。今のエリザはただの猫の教育係だよ」
「う、猫か。そうだな、今の私は騎士ですらなく、か」
そういって何となく納得したエリザは、出発を待ちわびる馬に軽く鞭打ち、こうして僕の物語は終焉を迎え、俺の冒険が始まろうとするのだった。