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≪14≫瀕死、僕の最後と俺の始まりの巻

 それから1週間は、僕の日常は再び鍛錬と学習の日々を送るよう命令された。

 今回違う所は、先生となる人物が全員いない所だ。僕を残して二人はこの地の領主の所へ行き、僕一人だけがボルゾイ先生の研究室に、急遽もうけられたスペースを使って練習している。

 そしてその三日目。遂に僕はこの日を迎えてしまった。


「変身!!ドラゴンヒューマン!!」


 僕は古代にこの場所に生息していたと言う、ドラゴンヒューマンなる幻想生物に変身しようとする。

 結果は言うまでもなく失敗。本当ならば火炎を吐き出し、鱗は鎧の様だと言うが、僕の体は、蛇人間が良い所の失敗作である。何故なら僕の体にはもともと火炎を生成する機能もなく、鎧のように硬い鱗も触ったり見たりしたことがないからだ。その為どうしてもイメージがうまくできないのだ。


「難しいし奥が深いよね。この変身って」


 猫に戻った僕がそう言うと、マリア―ジュが読んでもないのに現れる。


「……一応答えてあげるけど、それは危険だから止めといた方がいいわよ。お腹の中に可燃物と発火機構を一緒に突っ込むなんて誘爆したら即死よ?」


 言われてみればそうだろう。僕は人間だ。最近は猫だけど。

 僕が急いで猫に戻ると、僕の事をマリア―ジュがそのままずっと見つめてくきた。

 そして彼女は、僕にとんでもない提案をする。それは恐らくは僕の人生を変えうる言葉。


「ところであのさ~、あなたここ最近楽しそうだけど、本当にそれでいいの~?ここへ来てからずっと受け身受け身の生活で、指示されればお腹に爆弾つくろうとしてるのよ。おっかしいとは思わないの?」

「え?でも、それは僕の事を思って言ってくれてるんだし……」


 そう言うと、マリア―ジュの目が赤く爛々と光る。


「そうかしら?貴方は所詮道具扱いよ。王女様が国を継ぐための道具、魔法研究用の道具、出世のための道具。みんな貴方に善意でこの状況を与えてるわけじゃないわ。やがて来る決戦の時に備えて、剣を研いでいるにすぎないの。いずれ時が来れば貴方は道具として酷使され、道具として捨てられるわ。あなたは第二の人生を、いずれ来る動乱期に備えた、御国御用達の暗殺人形にされるために使いたいのかしら?」


 そう言って、マリア―ジュは自分御体よりも大きなボルゾイ先生のパイプで煙草を吹かす。

 僕の心はその言葉と、タバコの嗅いだことのない香りでクラクラと揺れる。

 嫌だ。確かに今までの人生は、日本と言う社会で組織の歯車にされるための、退屈で不毛な教育を受けてきた。それならばこの世界でも、誰かの道具とされ、利用されながら受け身で生きる事は悪い事だろうか。

 そう思った僕は反論しようとしたが、反論するための言葉が出ない。


「反論したいけど言葉が出ない?あなたの今の状態は、成長し、巣立つ寸前の小鳥よ。飛ぶすべを覚え、足を動かす事を覚え、そして他の鳥とのかかわり方も学べた。重要なのは飛び立つことよ。そのまま育ての親の食料になる事じゃないの」

「で、っでも、でもそれじゃあ……」

「それじゃあなに?飛び立つためにどうするかまで、あなたに教えてあげないといけないの?それじゃあ貴方は王女の奴隷から私の奴隷に変わるだけじゃない」


 そう言ってマリア―ジュが消える。僕の心の中では彼女の言葉が薄らと残った。その毒は、いつか僕の心を蝕む。

 そんな事を考えながら、僕は一通りの練習をすませ、元の猫になって昼食をとろうとする。当然ながら食事は喉を通らない。


「いつものベーコンに玉子焼きか……」


 文句を言いながらも食事を食べ終えて、僕はいつもの水飲み場にある水を飲もうと、水入れを探す。

 しかし周囲に何故か水入れがない。水入れを置いてあったはずの場所に水がないとなると、僕はこの屋敷の中の水を探す事になるわけだ。


「ここに水なんてあるのかな……?」


 僕は先程の過激な話の手前、マリア―ジュに聞くわけにもいかず、水を求めて研究所の中を探し回る。

 そして探し回ること、探し回って、探し回って20時間……

 各部屋をくまなく探したが、水はない。出入り口はボルゾイ先生の魔法により施錠されており、僕は自力で出ることができなかった。


「なんで……水……ないの……?」


 僕は一通り研究所内を探し回ったが、この研究所内に水飲み場がない。あるのは沢山のフラスコやビーカーに収められた、得体の知れない薬品だけだ。

 マリア―ジュにも聞いたが、彼女がそんな事を知るはずもない。


「マリア―ジュ……お願い、出て来て……」


 水の存在がない事を知ってからどれほど時間がたっただろうか。僕が遺言を託すとでもなくそう言うと、マリア―ジュは出てきた。もう体力の限界だ。僕の体は今までにない乾きで一杯だった。


「久しぶり、ハルキ」


 マリア―ジュは何時もの形ではなく、等身大の、僕が初めて会った時と同じ姿だった。


「へ~、なんでこんなところで、脱水症状になってるの?良い飼い主に飼われたね」


 マリア―ジュの皮肉が、僕の心に靄のようにかかる。意識はもうなくなる寸前だった。猫の体は人間よりも保水成分が少ないらしい。


「マリア―ジュ、本物の?」

「そうよ、あんたがアホすぎるって分身からSOSが来てね。やっぱり変身応力だけじゃ、猫で世渡りするのはきついか~」


 そう言って彼女は僕を抱きかかえると、女神のように優しく僕を包み込む。


「ごめんね。大変そうで。ファンタジー世界っていっても、此処はずいぶんとマシなはずだったんだけど、引き合わせた人物に運がなかったね」

「いえ……メンシアもハンナさんも、ボルゾイ先生もエリザも、みんないい人です……」


 僕がそう言うと、マリア―ジュは微笑しながら、僕の体を撫でた。


「もう、お人よしなのね。まったくそう言う所ばかり遺伝するんだから。人間って厄介ね」


 そう言って彼女はブツブツと呪文をとなえる。すると、僕の体は元の人間の、ハルキ本人の物に戻った。


「あれ?僕の体だ」

「そう、あなたの元の体。人間の体。今までの猫の体から変身したのではない、本物の体」


 久々の学生服に身を包んだ、元の僕の体に抱き着いたままのマリア―ジュは、僕の顎を強引に持ち上げて、唇を近づける。


「ハルキ、あんたはもう我慢しなくていいのよ。この世界はあんたを容赦なく攻撃する。あなただけが偽善的な優しさだけを基準に生きる事は無いの」


 そう言うと、彼女は突然僕の顔に自分の唇を近づけて、そのまま僕が驚く暇もなく、唇が重なり合う。

 ファーストキスは……薬の味だ。

 彼女の口から、甘い液体が僕の口へと流れ込む。流れ込んだその液体は絶対に彼女の唾液だけではない。何故ならば、その液体は僕の口を焦がすよう刺激し、喉を焼き、そして体内に一瞬で駆け廻ると、この僕の体を別の何かへと作り変えるようにして、心を作り変えるようにして、強引に、淫靡に。

 そして、僕の心は精神の深淵とも言うべき場所へと落ちる。

 そして僕の内面。この状況にいきなり死に、第二の人生と言われ、そしてこの世界でも与えられるがまま。そしてこの楽しいかもしれないが、不安に満ち溢れたこの世界に対しての、生きようのない怒り、恐怖、そして狂気が、僕の心に渦巻いている事を確認したのを最後に、僕の心の中に火がともった。


「フフ、フフフフ。これか。これが僕の中にあった感情か。僕は今までこんな感情を抑えて生きていたんだね」


 僕の心の変化を見たマリア―ジュが、聖母の微笑みと共に僕の頭をなでる。

 普段ならその行為に顔を赤くするところだが、今の僕にはどうでもいい事だった。


「そうよ、あんたの精神の中核にあったのは、決して流されるままに生活を享受するような、軟弱な男の物ではない。あんたの心はそう、激情とも言うべき熱い感情によって突き動かされるものなの。そうでなければ私はあなたを助けはしなかったし、あなたの此処へ運びはしなかった」


 マリア―ジュはそう言うと、僕の頭を優しく撫でる。

 そう、その通りだ。向こうの世界で女の子を助けて以来、否、もっと前、今は遠い日本での生活は、僕に温厚と言う仮面を被せていたのだ。


「僕はもう今までの僕じゃない……!!」


 そう、俺だ。俺こそが本当の堂ヶ島春貴その人だ。もう我慢ならない。

 そうだ、今すぐこの場所を出てやる。やる事はまだ決めてないが、こんな所で政治の道具として一生を過ごす事だけは御免だ!!野垂れ死ぬのも御免だ!!

 普段なら躊躇う様な事であっても、今や俺の心は春のそよ風が常に吹き、一つのためらいも無い。


「そうだな。マリア―ジュ、俺は今からこの糞みたいな場所から出ようと思うんだが、何かしておいた方がいい事はあるか?」

「そうねえ、あなたが逃げるとなると、御国の事情を知っている人達はあなたを逃がすまいとするでしょうね」

「……じゃあ、やる事は一つだな」


 俺はエリザが護身用と訓練用にと託していった、いつぞやの細い短剣を手に取ると、ボルゾイに渡された防具を装備してゆく。


「外は施錠されるし、強引に突き破るしかないな。俺の今の状態を教えてくれ」

「そうね、あんたの今の体は潜在能力が全て引き出され、超人になってるはず。そう言う薬をあなたに呑ませたの」

「へ~、副作用は精神高揚か?」


 俺のこの今の人格は今までの僕とは違う。彼女に口移しで流し込まれたあの薬が生み出した、言わば新しい人格なのだろうか。


「じゃあとりあえず正面の扉は固そうだから、薬品でも使おうか」


 俺は手に持てるだけの薬品を周囲から集めると、それを片っ端から入口の扉へ投擲する。沢山のフラスコやビーカーの液体の一つ二つでは何も起こらないが、10本目を投擲した際、入り口周りの石材が融解し始める。


「キャアアアアアアアアアアアアアアア!!!」


 少女の悲鳴のような音と共に、周囲の壁が崩れ、扉が溶けてなくなってゆく。


「トドメはこれだぁ!!!」


 俺は周囲に会った中でも一番重そうな訓練用の鎧を持ち上げると、それを扉に向かって投げ、その上から扉を蹴りつけた。扉はその衝撃と融解で魔法の防御を貫通し、重い金属音を発して鍵が壊れ、外の新鮮な空気がゆっくりと流れ込む。


「ふう、外の空気ってのはやっぱ言美味いな。マリア―ジュもそう思わないか?」


 そう言って俺が振り返ると、マリア―ジュはそこにはいなかった。きっともう彼女はこの世界の何処にも存在しないだろう。今この場所にいるマリア―ジュは、再び彼女の分身だけになったのだ。


「マリア―ジュ!!」


 俺がもう一度呼ぶと、元のミニサイズのマリア―ジュが現れる。


「ハルキ……あなた変わったわね」

「ああ、ありがとう。この姿に成れたことを、本当に感謝する。それでこの状態はいつまで続くんだ?永遠にこのままでない事は俺もわかってるぞ。薬が切れたら人格語と切り替わるのか?」

「大体10時間ほどはその状態が持続するわ」

「俺はまた“僕”に戻るのか?」

「戻るってことはないはず。でも今の状態は完全に記憶している。貴方はけっして多重人格者ではないのよ」


 それは好都合。手間が省ける事を喜びながら、俺は研究所を出て村へと行く。理由はそう、特になかったが、あの場所ならば食料は絶対にあるはずだ。なにせ今物凄く喉が渇いている。今の状態がいかに心地よいかと言っても渇きは存在するのだ。

 そして次の目標は決まっている。追っ手になりそうな奴を殺す。俺の自由を制限する奴は、姫であろうと魔法使いであろうと、剣の師であろうと容赦はしない。

ざ・きゅうてんかい。それでもお話は続きます。ナヨナヨっとした主人公好きな人はごめんなさい。

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