≪9≫色欲、老魔法使いはお色気がお好きの巻
「ところでハルキよ。お主の変身で魔力を使うらしいが、おまえの回復にはどれくらいかかるんじゃ?」
「え~と、マリア―ジュ……?」
僕はそういう細かい所を何も知らない。そう言う事は全てマリア―ジュが知っているはずだ。
「さ~。実際やって確かめてみてれば~。あと私だしとくのにも魔力使うからよろしく」
マリア―ジュは少しだけでてくると、また消える。
「そうか。ではハルキよ、お前はこれからそう言ったじぶんお能力を知る所から始めなくてはの。その為にはまずあらゆる状況を考えて変身してみるがよい。自分が大体どれくらいの能力を行使できるのか。それが重要なのは魔法も法力も腕力も変わらん」
「はい、分かりました」
「よろしい。ではこれより時間を測りつつ変身しているがよい」
そう言って早速ボルゾイ先生は本当に僕の先生になった。否、師匠と呼ぶべきか。
僕はもう回復したのかを知るために変身を試してみるけれど、取り敢えず元の体に変身してから10分と待たずに変身が自動解除される。
「師匠。当分無理みたいです」
猫になった僕が何故か準備運動めいた事をしているボルゾイ先生に言うと、彼は首だけ此方に回して僕を叱咤した。
「馬鹿者!儂はお前の師匠ではない!!それ以前に儂は師匠と言う言葉が大嫌いじゃ!師匠と呼ばずに先生、ボルゾイ先生と呼びなさい」
そう言ってボルゾイ先生は、首を再び元の方向へ曲げると、目の前の草木をぼ~っと見つめている。
「……そこの御仁、出てきなさい。タブンその辺におるじゃろ?この付近で儂に奇襲をかけるのは不可能じゃ。正々堂々戦いなされ」
格好よくボルゾイ先生が指を指したのは、階段の反対側にある茂みの中。
「さすが噂に聞く大魔法使い。恐れ入ります」
そう言って出てきたのは、全身甲冑に身を包んだ、長剣を持った人が一人。声からすると恐らくは女性。透き通る声には一本筋が入ったと言うかなんというか。明朗の二文字が当てはまりそうな、まっすぐな声色だった。
「なんと女子じゃったか。これは楽しみじゃ」
「楽しみだと!?そう言って我が国の姫も籠絡したと言うのか!?」
どうやらお客さんではないらしい。先程ハンナさんが言っていたよ
「はて、すまぬがお主の名前は?」
ボルゾイ先生は相当恨みを買っている様で、女戦士の甲冑がわなわなと震えた。
「私の名はエレンデル公国聖黒鶴騎士団のエリザベータだ。お前が15年前に我が国から奪ったローレア姫は、私の父の警護対象だった!」
猫である僕には一切目もくれず、エリザベータと名乗る騎士が剣を構える。
「閑職に追いやられた父の恨み、今私が晴らしてくれる!!デヤァッ!!!」
エリザベータは長剣を肩に担ぐぎ、走りながら加速をつける。僕がそれを見て感じた事は、僕たちが見ていた映画やアニメの中の剣術は嘘くさい者だったという事だ。
彼女の剣術の名前は解らなかったが、それは映画や演劇の為の付け焼刃の動きでは表現できないような、流れる様な所作で、ボルゾイ先生が瞬きするうちに距離を一気に詰めると、彼の体を長剣が横なぎにする。
「やったか!?」
ボルゾイ先生の胴体が空中で二つに割れて、彼の中から真っ赤な血が……。
僕はそれが真っ赤な血液だと思ったけれど、実際の所、それは赤色の土だった。
「ヤラレタ~」
ボルゾイ先生がいつから入れ変わっていたのかは知らないが、それは僕が先程戦っていた者と同じ泥人形だった。
「そんな馬鹿な!?何時の間に!?」
「さ~いつじゃろうか。それが解らん時点で、お嬢ちゃんに勝ち目はない」
上空からボルゾイ先生の声が響き、太陽の光のがボルゾイ先生の形に陰る。
「上か!!」
謎の呪文詠唱。その意味不明な言語の後に、細い大量の木の枝が地面に突き刺さる。
エリザベータはそれを前転して回避して、そのまま左手に長剣を持つと、おそらくは慣性によって剣を大降りに回転させ、太陽を背にしたボルゾイに投げつける。
「ではもう1撃回避じゃな」
ボルゾイの嬉しそうな声が、今度は僕の近くから響く。
すると、太陽に向かって飛んで行った長剣は、ボルゾイの上着だけを貫いた。
「またしても!?」
「お主はもう少し勉強すべきじゃな。魔法使いは貧弱紙切れ。一撃あてれば老いぼれ一人ぐらいどうとでもなる。そう思ってはおらんかの?」
僕の隣に居たボルゾイ先生は、上半身裸。その体は直接見ても、やはり長年の重労働に耐えたかのような、老獪ながらも美しい筋肉美。ボディービルダー協会の人がこれを見れば、きっと絶賛するだろう。
「儂の動きを甘く見てもらっては困るの」
「そんな馬鹿な!?その体はどう見ても老人ではないではないか!!」
「身体強化は儂の壮年の研究成果じゃ。ざまあみさらせ~」
そう言うと、僕の方向へ向かってエリザベータは短剣を投げた。
僕はとばっちりを食らうまいと、急いでその場を逃げようとしたが、ボルゾイ先生は僕をがっちりと持ち上げる。
「ちょっとやめてくださいよ~巻き添えはごめんです」
「まあそういうな。勝負はついた」
そう言ってボルゾイはエリザベータを指差す。
「何時の間に……」
エリザベータはその場所を動かない。
よく見ると、それは動けないのだ。彼女の丁度真後ろから、先端が剣のように鋭く尖ったの木の根っこが、彼女の鎧を貫通し、彼女の柔肌にそっと触れているのだ。
「お主の敗因その一。老人相手で油断しすぎじゃ。儂が有名人でお尋ね者で、その上賞金首なのに、な~ぜ儂を誰も狙わんと思う?儂は強いからじゃ。それこそその何とか騎士団全員に奇襲されたとて、儂の反応は今と変わらん」
「……それは……それは百も承知だ。」
苦しそうにエリザベータが呻く。
「いやわかっとらんな。次にお前さんはどの段階をトドメに持ってくるつもりじゃったんじゃ?武器投げちゃいかんだろう。その時に短剣使えばよいのに」
「それも百も承知だ……」
「ほう、ではお前は馬鹿か」
呆れたようにボルゾイ老人が言うと、エリザベータはにやりと笑う。
「私の最終兵器。それは……それはこれだ!!」
そう言ってエリザベータが肩の部分にある何かを引き抜くと、鎧が、ああ鎧の上半身部分の繋ぎ目が……。ポロリ。
「ヌハ!!そう来たかぁ!!」
ボルゾイ先生がエリザベータのヌードに感嘆すると、それを待っていたかのように、エリザベータ跳躍し、右手を掲げる。すると自分の鎧の残骸をすべて一直線につながり、複雑な形を成しながらハンマーのような形に収まる。
そしてそれだけではなく、放り投げた短剣がボルゾイに再び迫り来ていた。僕はその短剣を、ネコ科の視覚のお蔭でとらえる事が出来たけれど、ボルゾイ先生は気づいていない。
「先生!!」
僕がそう叫ぶと、古き良き少年漫画のように、鼻血を垂らしたボルゾイ先生が笑う。
「心配ご無用」
そう言って短剣を、あろうことか僕を抱えている手とは逆の手で受け止めた。すると、今まで彼の手だったはずの右腕は、短剣が刺さると彼の腕そっくりの木の枝となって地面に落ちた。
「の?」
したり顔でそう言うボルゾイ先生。しかし脅威は今だ迫っている。エリザベータの振り上げた鎧半着分のハンマーは、彼女の元へと帰りつつある長剣を、ジャストミートで弾き飛ばした。剣は一直線ではなく、回転しながら僕の方へと飛んでくるのだ。
「爆ぜろ!!!」
そしてエリザベータの掛け声とともに、回転する長剣がいくつもに分散した。
これを僕は知っている。ゲームで出てきた指向性爆弾。クレイモア地雷のそれだ。
「しかし残念。お色気は効かんのじゃ」
ボルゾイが先程エリザベータに王手をかけた気の根っこは、そのまま伸びて彼女に巻き付き、今度は逃げられないように捕獲する。
それと同時に僕の直ぐ目と鼻の先に、大きな巨木が伸びてくる。
「まだだ!!」
エリザベータの放ったこのクレイモア攻撃は、それだけではとどまらず、赤熱化して巨木を貫通する。
しかし、あと少し、僕が気が焦げる臭いを感じるぐらいの距離で、細かくなった剣先はすべて止まってしまった。
こうして彼女は本当に攻撃すべを失った。
「ハイ御終い。っとどうじゃハルキよ?これが戦いというものじゃ」
「はっはぁ……」
僕は感想らしい感想が出てこない。まだ先程の瞬間と瞬間ごとの複雑な戦闘行動の意味を理解出来ないでいる。頭がこんがらがって処理できないのだ。
「まあ今日は今の戦闘を思い出しながら寝ると言い。寝れなくなるからの」
ボルゾイ先生は先程の色仕掛けが聞いたようで、非常に機嫌が良かった。
「お主ようやったの。まさか色仕掛けでくるとはの~」
ボルゾイは裸の上に木の根を這わせるエリザベータの元へと駆け寄る。
「慈悲などいらん。ここまでやって無理なら思い残す事は無い。殺せ」
「殺すの~。もったいないの。それよりもここで奴隷として飼うのはどうじゃ?ハルキもその方が良いじゃろうて」
そう言って僕に話を振られると、とても困る。
「え~と。奴隷は不味いんじゃ~?」
「いやいや。この辺りには誰もおらんし、くる奴は大抵身の程知らずの賞金稼ぎ。犯罪者。名誉を求めてくるバカ。そして自殺志願者」
そう言ってボルゾイは魔法の拘束を解く。
「前者は大抵半殺しかそのまま個々の土に帰り、後者は気分次第じゃ。それで、お前は見たところ……自殺志願者だな?」
そう言われると、再び鎧を着こんだエリザベータが苦い顔をする。
「私の父が死に、私も騎士団の陰謀で追放された。今まで磨いた腕を一度お使わずにだ。どうにも辻斬りや賞金稼ぎなどと言う下賤な仕事はする気にならなくてな」
「で、無謀にも儂に挑んだと」
「そうだ。悪いか!?」
「いや、まあよい」
そう言ってボルゾイ先生が手を伸ばす。するとペンと紙がその辺りから飛んでくる。
しばらく無言で考え事をしていたボルゾイ先生は、何を思ったか杖を掲げた。
「これにお前はサインせえ。それで許したるわい」
「騎士の名誉を汚すようなことは断じて断る」
そう言ったエリザベータだが、その文面を読むと、息をのんだ。
「これは本当か!?」
そう言って目を見張る姿からして、書面は凄い事が書いてあるのだろう。
僕が気になったのがわかったのか、ボルゾイ先生はその書面を読む。
「ここにおるハルキと言う人物を鍛える事が出来たら、聖エルデルタールの王族に口をきいてやろう。すると、お主の人生は薔薇色じゃ。たぶん」
「そんな事が本当にできるのか!?」
「あたりまえじゃ。お前が突っかかったこの儂は、ここにおるだけで戦争が回避できると言われるくらいの有名人の人気者じゃぞ?」
そう言って機嫌よさそうに鼻を鳴らすボルゾイ先生は、まるで少年のようだ。
「…………わかった。この条件にサインしよう」
「言っておくが、これは魔法の用紙じゃ。約束をたがえればお主は死ぬ」
「問題ない!」
エリザベータはそう言うと、紙に自分の名前を殴り書いた。
「これでいいだろう。で、そのハルキというのは何処の誰だ?鍛えると言っても私は父から教わった剣術と騎士道以外に教える物はないぞ!?」
そう言ってエリザベータは辺りを見回す。
僕はこの後彼女がどう反応するのかが予想できた。
「ああ、ハルキか。ハルキ、お前自己紹介せい」
「わかりました。僕の名前は堂ヶ島春貴。よろしくお願いします」
エリザベータは唖然。そして絶叫。
「猫がしゃべッたああああ!!!?」
「そうです。しゃべる猫ですがよろしく」
僕を見て、ボルゾイ先生を見て、そしてまた僕を見る。それを幾度か繰り返したエリザベータは、大きな声で叫んだ。
「ふーざーけーるーなーぁ!!!!!」