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≪1≫変身、グロテスクマンの巻

 溢れ出る僕の脳髄と血液。頭蓋骨から飛び出た僕の眼球は、今だそんな風景を写している。周囲には曇ったようなフィルターのかかった声で、悲鳴のような声が聞こえた。


(ああ、死んだのか?)


 そう言った冷静な分析は、生来僕が得意としているところ。

 この一連の光景は、いわばよくある事であった。

 飛び出した猫を咄嗟に助けようと車道へ。せめて可愛い女子高生ならば、僕の木も晴れると言う物なのに、今回助かったのは一匹の三毛猫。

 その三毛猫を見つけようと、体を捻ろうとした僕は、何やら体があらぬ方向にひん曲がり、恐ろしいことになっている事に気づく。


(グ……グロい……)


 自分の体を見て吐き気を催すとは何事か。そう僕の両親は言うけれど、とにかく気持ち悪かった。

 吐きそうになるが胃腸のない僕は悶々としていると、どうしたことだろうか。こんな、死にかけと言うか残骸同然の僕の目の前に、たくさんの美しい羽根を持ち、金色の輪っかが頭の上に浮いた、フィクションによくいる感じの天使様が現れた。


「あなたは善い行いをしました。貴方の精神を天国へと導いてあげましょう」


(ああありがとう天使様。具体的にそっちの宗教を進行した覚えはないけれど、とにかくありがとう)


 僕の口は足の方でバラバラになっているので話す事は出来ないけれど、僕はその感謝の限りを心で唱えた。


「では導きます。心を落ち着けてくださいね」


 そう僕に語りかえる天使様がその背中に生えたたくさんの翼を広げると、何とも神々しい雰囲気と共に、天から一筋の光が現れて、それが僕に降り注ぐ。


(うわ~ベタベタだ。でもよかった)


 もはや何の心配もない。僕はそう考えて目を閉じるようとする。もはやこれが走馬灯でも何でもいい。家族やクラスの友達は気になるけれど、まあ仕方がないや。そう考えながら僕は、体が軽くなっていくのを感じる。

 周りには温かな風が吹き、周囲が黄金色に染まる。

 すると僕の体の残骸から僕の精神か魂のような物が、ゆらゆらと不安定に飛び出した。この体は元の僕と寸分狂いない、寧ろ少し前の痩せていたころの僕だった。


(ああ僕は多分幸せでした。グッバイ現世。カモン天国の扉)


 そう僕が心の中で唱えると、天使様が此方を見る。それは今までの微笑みではなく、真顔で。


「ん?何だか急に悪しき気配が……?」


 違う。僕を見ているんじゃない。天使様は浮かび上がった僕ではなく、僕の体を遠巻きに眺める怖いもの見たさの野次馬たちに向けていた。


(どうかしましたか天使様?)


「いえ、なんにもありませんよ」


 そう言って天使様は僕の方を振り返り微笑む。

 事件はその一瞬に起こった。


「死ねこのハイエナ野郎!!エナの末裔!!」


 野次馬の一人がそう叫んのだ。しかもそれは僕の死体をあさろうとしている馬鹿者がいるから言ったのではない。体から抜け出した僕と、それを導く天使様に言ったのだ。


「は?」


 天使様は何故かそれに反応して、首だけ180度回転して野次馬の方向をにらむ。さすが天使様、天使ともなれば首を180度回転させることも余裕なんようである。


「てめえに言ってんだよ糞天使モドキ!!」


 今度は僕と天使様の更に上からそんな声が響く。

「なんやとコラ!!」


「ああ天使様。そんあ関西弁みたいな言葉ではないで。イメージが~」


 思わずそう言った僕を無視して、天使様は上空の人影をにらむ。

 僕は上空を見上げると当然ながら驚いた。天使様のさらに上に、ピッタリと体に張り付いた革製のエロいライダースーツを着た、黒髪をなびかせる女性が居たのだ。

 その妙齢の女性は。その体のあらゆる凹凸をきゅちょうするような服を着て、自信ありげに腕を組んで空中に浮かんでいる。


(猫じゃなくてあっちを助けたら、きっともう少し気分が良かったのに)


 そんな馬鹿な考えを巡らせる僕から興味が移ったとばかりに、天使様はその女性を睨み付け、そのままその目が真っ赤に染まったかと思うと、目の色と同じ真っ赤な光線を両の眼球から発射する。


「ああ天使様。そんな技使わないで!イメージが~」

「サッキカラジャカアシイ!黙ってろカス!!」


 天使様は汚く僕を罵りながら、女性にビームを発射したが、女性はそれを片手で弾く。


「な!!我が絶滅必死光線を片手で!?」

「センスねえ技名だなおい」


 そうつっこみながら、女性はいきなり重力を得たかのように一気に急降下すると、いつの間にかその両手に現れた拳銃を、天使様の額に向けた。


「まっまさか!お前は東洋の魔女!!死んだはずではぁ~」


 天使様の声は最後まで続かない。女性の放ったおそらくは9ミリの弾丸は、それの全てが一直線に重なるようにして飛びながら、天使様の額へと吸い込まれたからである。

 当然天使様の頭はスイカを落としたような惨事になり、後の残骸は力なく地面へと落下する。


「あんぎゃ~!!」


 何とも間抜けな断末魔と共に天使様の頭は吹き飛んだのだ。

 ま多最後まで僕のイメージを壊そうとしたのか偶然か。天使様の血液は蛍光色で緑色だった。


「大丈夫だったか?念のために聞くが、おまえ堂ヶ島春貴だよな」

「あ、はい。堂ヶ島春貴です。えーと、仏教の方ですか?」

「違うわアホ。私の何処がパンチパーマなんだ!?」


 どうやら彼女は僕の名前を知っているようであった。しかし少なくとも知り合いではないようである。こんな美人も性格の怖い人も、僕の記憶の中には一人としていない。


「えーとだな。まずはご愁傷さん。運がなかったな」

「いえ。まあ自分でしたことですし……」

「ふーん。まあ納得してんならいいよ。で、まあ約束通り迎えに来たぜ!」

「約束?」

「おうよ。まあ記憶改竄したから覚えてないだろうけどね」


 まあとにかくここは不味いと言いながら、女性は目の前の空間に円を書くと、その空間がパソコンで画像加工したようにどこかへ行って、真っ暗な穴が現れる。


「さっさと入りな」


 僕を後ろから押すようにするので、僕は流されるままに異空間へ入ってしまった。そのことに対して公開する暇もない。

 僕はこの瞬間に、天使様のことなど忘れてしまった。我ながらゲンキンな奴だ。


「うへあ~ここ何処だよ……」


 この異空間の中身は普通のワンルームアパートの様である。この女性は此処で生活などしていないようだ。


「まあとにかく座りなよ」


 そう女性が言うと、いつの間にか僕の後ろに椅子が出現している。

 女性はそう言うと同時に空中に出現した紅茶のカップを持ち、何もない場所から紅茶が注がれるのを確認している。


「えーと、貴方は誰ですか?」

「私か?少なくともどこかの宗教関係のお迎えじゃないよ。名前はマリアージュという。東洋の魔女と呼ばれたその筋の有名人」

「魔女?」


 魔女といえばなんとなく想像はつくが、実際目の前にいるのは若い姉ちゃんである。僕の想像する鉤鼻や皺は面影もない。


「ちなみに鉤鼻や皺だらけな奴はカモフラージュっだから。頂上の力を操り、異世界さえも渡り歩く私が、体だけよぼよぼなわけないだろ?」

「まあそう言われれば」

「だろう。アンチエイジングなんて朝飯前だ」


 僕は本題を切り出せずにいた。本題、此処は何処であなたは何故僕(正確にはその魂)を助けた?のかとか。


「お前を助けた理由だがな。まあ小さいころのお前と、お前の祖先に少しばかり貸しがあるんだよ」

「はあ」


 少なくとも僕はこんな人外チックな人に借りを作った覚えはない。だとしたらご先祖様が、よほどの事をしでかしたに違いない。世界でも救ったのだろうか。


「まあとにかくだ。お前に借りを返すためにだな。お前に第二の人生を与えてやろうという訳さ」


 マリアージュは自分の飲んでいる紅茶を僕にひっかけた。しかし僕の体は今頃元の場所で腐り始めている。要は僕の体は紅茶を貫通するのである。紅茶は僕の体を通り抜けると、地面に当たる前に蒸発した。いったい何度ぐらいだったのだろうか。


「このとおり、お前は今や中途半端な零体だ。だから異世界で第二の人生を送らせてやる。で、どんなのがいい?」

「どんなっていわれても……」

「そんなに正確には再現できないが、まあある程度は何とかなるもんさ。さあ言ってごらんよ」

「うーん、例えば今とおんなじ世界とかって出来るんですか?」

「まあ出来るけどおススメはしないね。あんた国籍も何もなくなってるんだから、苦労するし、きっとつまらないよ」


 そう言うと、マリアージュはその手を少しだけ持ち上げると、手首のスナップを聞かせて空を切る。すると、僕が目を話した丁度その隙に、いつの間にか古そうなテレビが現れた。


「じゃあ実際に見てみなよ。例えば~これか?」


 そういってマリアージュがテレビのダイヤルをいじると、画面が明るく光る。このテレビは白黒テレビの外観だが、中身は最新の様で、とても鮮明なカラー映像と共に、突拍子もないワンシーンが僕の目に映った。


「殿!!お気をお鎮めください~」

「ならぬ!!あやつは打ち首じゃ!!」

「殿~」


 なにやら画面の向こう側ではたくさんの侍が何やら激しい話し合いの真っ最中だ。


「つまらん。次はこっちだ」


 そう言ってマリア―ジュが再びダイアルをいじると、次は画面が青く光り、何やら思わせ振りなBGMが流れ出す。


「タランティーノの私、あの星へ行くわ。あそこで星団一の女優になるの~!!」

「愛しのマージョリ~。僕はきみがいなくては~」

「チッ!」


 軽い舌打ちと共にマリア―ジュは次の番組に切り替える。


「20091年。それは右中間戦争の時代……」


 けいかいなBGMと共に、どこかで見たことのある様な流線型のロボットと、マリア―ジュと同じ様なピチピチのパイロットスーツを着た男女が画面に映る。


「うせろ化け物ども!!」

「人類万歳!!」


 その画面の映像を暫く見ていた僕とマリア―ジュは、きっちりその番組が30分終わるころにテレビを切った。僕の感想としてはこの30分は最高だった。今までに見たどんな映画より良かったと、胸を張って言える。


「っとまあこんな感じだ。なんかいいアイデアは浮かんだか?」


 そう言われてもこの状況下、はっきりって安易に判断を下すのが怖い。

 きっとこの人は、僕がロボットで戦う世界に行きたいと言えばそうしてくれるだろうし、剣と魔法のファンタジーが良いと言えばそこへ連れて行ってくれるだろう。この人はそう言うレベルの人なのだと、僕はもう知っているのだ。

 少なくとも緑色の血を流す天使よりは絶対に超常の存在であるといえる。

 したがって僕が後から嫌だと言っても戻してくれないと言う感じが、彼女の背中からビシビシと感じているのだ。そう、第二の人生をまたやり直すことが許されるはずもないだろう。


「あ~もう。じれったいな。もう適当い決めてしまうぞ~」


 あまりに煮え切らない態度が気に障ったのか、マリア―ジュは捨て鉢になる。やめてほしい。スライム王国や蛸足宇宙人の世界で余生を過ごしたくはない。


「止めてください!!え~と、えと、え~じゃあファンタジーがいいです!」


 ああ、言ってしまった。

 僕がそう言うと、マリア―ジュは悪魔のような快晴の笑みを浮かべる。


「OK。ファンタジーね。具体的には?」

「え、え~う~ん、剣と魔法のファンタジーでお願いします!」

「トイレがあるタイプ?それともリアルな感じ?」


 なぜそんな事を聞くのだろうと少し考えたが、そんな事はどうでもいい。トイレはある方がいいに決まっている。


「当然有る方向で!」

「じゃあ次はそうだな、何か欲しい物はないか?」

「欲しい物?」

「ようは土産だ冥途の土産ならぬ冥途からの土産」


 これはギャグなのだろうか。そう言うと、マリア―ジュはくすくすと口の端で笑い始める。


「じゃあ……特殊能力をください」

「OKOK。特殊能力ね。どんな?」

「えー、どんなって言われても……それで生きていける様な奴をお願いします」

「わかった。鼻から出る火がライターの代わりになる能力とか、くしゃみをすると世界が滅ぶとか、そう言うのはナシという事ね」

「はい。あたりまえです」


 具体的な話など土壇場で思いつくはずがない。この時はただ、スーパーヒーローみたいな感じだと、人生楽だろうと思っただけである。

 更にもう一つ、今この瞬間にやっと僕は気が付いたが、いつの間にか周囲の風景が変わってきている。

 具体的には僕の理解の及ばないタイプの大量の機械やらが、いつの間にか部屋の四隅を埋めていた。そしてそれは確実に増えつつある。


「この機械は何ですか?」

「あ?まあ気にするな」


 気にするなと言う方が無理である。あ、また増えた……


「よし。大体行きたい第二の世界は決まったな。どうだ?お前も実感がわいてきたか?」

「ぜんぜんです」

「そうか。まあさえないゲームの主人公のような顔をするなよ若者。お前の人生はまだまだ長いはずなんだから。で、これが最後の質問だ」


 長い「はず」ってどういう事ですかと僕が利く前に、一瞬で僕との距離を零まで詰めたマリア―ジュが、僕の唇に優しく触れる。いったいなぜ幽霊状態の僕を彼女が触れるのか解らなかったが、彼女の指はとても柔らかく、そして炎のように熱かった。


「さあ心してお聞き。君は、君は向こうの世界で生を終えた時、もう一度この世界に戻ってくる。勿論今と変わらない状態で」


 そう言うマリア―ジュは、僕の目に悪魔のように見えた。同時に僕の唇に触れた指がさらに熱くなる。僕の唇は生身ならば火傷をしていたところだが、生憎火傷をする唇も今はない。


「それはどういう事ですか?」

「君が望むならば、君が次を望むのならば、私は君に次をやろうじゃないかと言う話だ」


 僕はその意味が解らない。次と言う意味すら理解できない。

 マリア―ジュの体は僕の体に絡みつくように張り付いて、彼女の息遣いが僕のないはずの心臓を高鳴らせた。そしてライダースーツ越しの、指先と同じく燃える様なその体の熱に触れ、僕の意識はおぼろげになってゆく。


「まあいいさ。次会う時ぐらいまでに考えときゃいいよ。じゃあ言ってらっっしゃい。愛しい我が君の片割れちゃん」


 後半の意味不明な彼女の言動を聞くころには、僕の体はスライム状に溶けだしたような感覚と共に、意識が三百次元の彼方に吸い込まれる。ああ、僕の意識が世界とまじって、ああ、僕は世界で世界はきっと僕なんだろう……

 たちの悪い麻薬のような幻想に浸りながら、こうして僕は異世界へと旅立ったわけである。この後いったい何回後悔したかはわからないが、今この瞬間は次の人生こそ長生きしたいと、僕はただ願うのみであった。

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