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61 校長室

 う~ん……前の話の場面から、時間軸的に飛びすぎかな?

「え? あれ……君は、白瀬君?」

「どうも、ご無沙汰しております。白石先生」


 小夜子さんに続いて校長室に入ると、奥の机にいた現校長・白石先生は不思議なものを見つけたように目を見開いて、バチバチと瞬きをしながら俺を見た。

 校長室に入ったのは在学中に清掃当番で入った一月程度だが、床のカーペットの色や年代物の机やスタンドライト、無駄に重厚感のある来客用のソファーやパーテーションの間取りも、あの頃から全く変わっていない。唯一変わったのは、部屋の照明が蛍光灯からLEDに変わったくらいだろうか?

 俺のすぐ横では結衣が緊張した様子で俺の手を握っていて、校長室は初めてなのか室内の様子を伺うようにメガネの奥の黒く濡れ光る大きな瞳を不安そうに泳がせている。

 少しだけ彼女が俺の手を握る力が強くなった気がして、俺はそれに応えるように手に力を込めると、見上げてくる彼女と目があった。

 冷たく光るその瞳に吸い込まれそうに錯覚して、どこか危うげなその魅力に触れると、初めて会った時と変わらずつい見入ってしまう。

「うっ」

「ぁっ」

 つい互いにボーっと見つめ合っていたことに気づいた俺は横に、結衣は俯いて、人目もあって互いに恥ずかしくなって目を逸らした。

(いかんな……いつも気が付くとコレだ)

 気を取り直して、俺は目の前の白石校長を見た。

(当然といえばそうだけど、老けたなぁ……先生)

 白石校長の年齢は確か、俺の父親より2つ3つ上だったと思う。頭はすっかり真っ白になっていて、ひと目で度がきついと分かる黒縁の老眼鏡が実年齢よりさらに老いたような印象を醸し出している。「よっこいせ」と小さく口にしながら杖をついて椅子から立ち上がり、杖を持つ反対の手を腰に当てながら来客用のソファーまで腰を曲げて歩く様子がなんだか危なっかしくて、嫌でも腰痛を悪化させていることがわかる。

「えっと……まぁ、どうぞ、かけてください。吉井先生と芝崎先生は、もうすぐ来るでしょう」



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 一年D組、須藤 結衣の母親の、小夜子と申します。

 今日はお忙しい中、先生方にはこうしてお集まりいただきましてありがとうございます。

 こうして皆様にお話、いえ、ご報告させていただきたいのは、娘のことでございます。


 突然のことで驚かれるとは思いますが、この度、娘の結衣はこちらの白瀬 裕一さんと婚約いたしました。

 こちらとしても急な事でして、結納は近日中に執り行うことにいたしまして、年齢の問題で入籍は11月の娘の誕生日すぐで予定しております。


 まず、こちらの事情をご説明いたします。

 担任の吉井先生はご存知かと思いますが、娘が入学式を迎える前に夫が亡くなり、私が力不足なあまりに学業はもちろんのこと、生活面で少し苦しくなっておりました。情けないことに、娘には随分と気を使わせてしまっておりました。

 そんな折に、娘が中学の時からお世話になっていた先輩で、裕一さんの妹さんである唯さんから、2人の結婚を提案されまして……。

 正直なところ、私一人では娘2人をきちんと社会に出るまで育てていくことには不安を感じておりましたので、裕一さんほどの男性に娘を貰っていただけるのはとにかく助かりました。もちろん、この話を娘が拒んだのなら、その意思を尊重して女手一つでも、あらゆる手段を尽くして娘2人を育てていく覚悟は決めておりました。

 ですが……最初は私はもちろんのこと、娘の方もとにかく戸惑ったのですが、唯さんから裕一さんのお人柄についてはよく聞いておりましたし、実際にお会いしてみても申し分なく、裕一さんは娘を大切にしてくれておりますし、ご家族の方々にもそれは良くしていただいて、何よりも娘が裕一さんに随分と懐いたものですから、このお話を進めることにいたしました。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 白瀬 裕一と申します。この学校の○○年度の卒業生で、現在はA製薬・研究開発部傘下の○○研究所に出向し、勤務しております。

 今日は私と結衣さんの婚約についての報告と、いくつかのお願いがあって参りました。

 と言っても、報告はお母様が先になされたので、早速ですが本題に入らせていただきます。


 お母様のおっしゃる通り、私はこの度こちらの結衣さんと婚約いたしました。

 この通り、婚姻届のほうは準備できておりまして、彼女が16歳の誕生日を迎えるのにあわせてすぐに提出できる状態です。

 式の予定も概ね決まりましたので、それはまた改めてご案内いたします。

 すでに結婚生活に向けての準備は進めておりまして、来週には2人で新居として考えている物件を見に行く予定です。


 ですが、私たちの関係は結局のところまだ“交際”の段階です。


 きちんと婚姻関係を結ぶまで、私も結衣さんも健全な交際に務めておりますが、その健全性はあくまで私たちの主観にすぎません。

 えっと、その、何が言いたいのかと申しますと……まず、説明するまでもなく、結衣さんは現段階で未成年です。そして私は、成人した男性です。

 説明するまでもなく、“普通”なら世間一般のイメージする男女交際は認められない間柄です。

 ですが、私と結衣さんの関係は“普通ではありません”。私たちの交際は結婚を前提とした、本来容認されるべきお付き合いです。

 しかし、そんな関係であることを知っているのは、私や結衣さんの家族や、今日こうしてお話しさせていただいた先生方と、ごく僅かです。

 もし、事情の知らない第3者が私たちの交際風景を見たとき、どのような反応をされるでしょうか?

 ああ、いえ、もちろん、自粛すべきだろうところは自粛しております。

 ですがそれでも、周囲の人間がどう捉えるか、どう感じるかは、わかりませんよね?

 その第3者が早まった行動をとる前に、私たち2人の関係を誤解なく簡潔に説明するのは困難です。もちろん、最悪の事態を回避することはできますが、こうしたトラブルは私たちが婚姻に至るまでに悪影響を及ぼすでしょう。

 となれば、予防策としては予め私たち2人の関係が広く認知され、容認されている必要があります。


 お願いというのは、私たちが婚姻関係を結ぶまでの間の交際を学校側に容認していただきたいのです。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 結衣の担任である吉井先生、副担任の芝崎先生が校長室に入ってから、挨拶もそこそこに俺たちは本題に入った。

 俺と結衣の婚約に至る経緯について、まず結衣の保護者である小夜子さんが主導で説明し、俺はそれに続いて現在の交際がいかに真剣であるかについて記入済みの婚姻届を提示しつつ話した。最後に学校側に婚姻が成立するまでの間の“交際”を容認してくれるように求めて話を締めた。

 白石校長も2人の教員もとにかく驚いていたが、こちらの説明に割り込むことなく静かに話を聞いてくれていた。

「う~ん……とりあえず、事情は理解いたしました。ですが、結衣さん……本当にいいのですか?」

 一通り話した後、まず先に口を開いたのは白石校長だった。小夜子さんと俺が説明している間、結衣は緊張した面持ちで一言も話していないため、本人の意思確認をしたいのだろう? 結衣の目を見て尋ねてきた。

 ソファーに俺と小夜子さんの間に座っていた結衣は、緊張を隠すように右手で特にズレてもいないメガネのズレを直しながら、左手は俺の手をキュッと握って、

「はい。私は裕一さんと結婚します」

と、少し震えた声ではあったが、ハッキリと答えた。

「ちょっと待て、須藤。本当にそれで良いのか?」

 結衣の言葉に、今まで黙って話を聞いていた担任の吉井先生がテーブルに身を乗り出しながら声を上げた。教え子の重大かつ極端な人生の決断をこうも間近に見てしまっては、これは当然の反応だろう。俺だって最初は否定的だったのだから。

 一方で副担任の芝崎先生は担任教諭の反応を見つつも、人差し指で顎先を掻くような仕草で思案顔をしている。

「お前がいろいろと大変なのはわかっていたし、この件についてはお前なりに考えて出した結論なのだろう。でも、本当に良いのか? 無理をすることはないんだぞ。なんだかんだ言っても、須藤はまだ子供なんだ。自分を第一に考えたって良いんだぞ」

(ああ……この先生(ひと)は“あの時”の俺だ)

 やむを得ず、自分の感情を二の次にして、経済力のある男性との結婚という選択肢を選んだのではないか? そういう疑念を持ったのかもしれない。あの時ならともかく、今は状況がだいぶ変わっているが……。

 それほど凄い剣幕でもなかったのだが、吉井先生は何かスポーツでもやっているのかスーツの上からでもわかるくらいに体付きがよく、目つきが鋭い。そんな担任教諭の真剣な表情に結衣は少し驚いたのか僅かだが身を引いて、オロオロとした様子で吉井先生や俺に視線を彷徨わせている。小さな唇が半開きで言葉に詰まっている。

(結衣さん、すっかり変わ……否、普通はそうなるよね)

 多分、最初に俺と出会った頃の、色々なものを一人で抱え込み、『自分がしっかりしなければならない』のだと最も気を張っていた頃の大人びた結衣なら、どうにか踏ん張って毅然とした態度で応じることが出来ただろう。だが、俺が結衣を受け入れてからというものの、彼女は緊張が解けたのかすっかり齢相応に可愛らしくなってしまっていた。


「いけない理由がありますか?」


 風鈴の鳴るような涼しげな声で担任の言葉にそう返したのは、小夜子さんだった。

 小首を傾げて結衣に良く似た大きな瞳と目が合った吉井先生は、一瞬だけ時間が止まったかのように動きが止まってしまった。そのまま小夜子さんは一瞬だけ目を細めて微笑んで見せると、吉井先生はハッとしたように乗り出していた身を引き、気まずそうに少しだけ目をそらした。

 なんとなくだが、俺は初めて結衣と出会ったときの自分の姿を見たような気がした。ただし母親(このひと)の場合は、(ゆい)と違ってわかってやっているのだと思う。

 吉井先生が何かを言う前に、小夜子さんは表情を引き締めて目の前の3人の教員たちを見据えて、力強く言った。

「娘が色々な面で未熟であることは親として否定はしません。ですが、最初の戸惑っていた頃ならともかく、今の娘は自分のことも大事にしながら、そして望んでこの結論に至っております。いえ……これは私が答えることではありませんね」

 そして今度は結衣のほうを見て、少しばかり厳しい口調で言った。



「結衣。吉井先生の質問にきちんとお答えしなさい。あなたはこれから大人になるのよ。一人の大人の女性として、あなたの意思をきちんと言葉にしなさい」

 次回更新は来月になると思います。


 ちなみに……作中に書けって言われそうですが、物語の時間軸は“衣替え”もあって10月に入っております。高校の中間テストって、このくらいの時期だったよね?

 2人の結婚(婚姻届の提出時期)まで、あと一月半ってところです。挙式の日程は……もうちょい後にしようかな?

 最近知ったのですが、『結納』って挙式の3~6ヶ月前にするらしいですね。形式も地域によって違うとか……。な~んも知らずに書いてたので、今、すっごく「やらかしたぁ…」って思いをしております。

 他にも色々イベントを入れるべきだろうけど、作中の限られた時間軸の中でどう圧縮すればいいのだろうか?

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