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57 帰宅後の埋め合わせ

 お久しぶりです。


 帰りが遅くなった裕一を待ち受けていた事態とは……?

 結衣さん、またしても本領発揮!?

「え? みんなまだ、ご飯食べてなかったの?」


 帰宅するなり出てきたこの言葉に、不自然なところはなかったと思う。

 テーブルの上に並ぶ料理の量は、白瀬家の全員分の夕食に見えたからだ。

 みんな俺が帰ってくるのを待っていたのかな? と最初は考えたのだが、エプロン姿で俺の茶碗にご飯をよそう結衣を見て違和感に気づいた。

(あれ? 俺の茶碗しかねえぞ。……なんか今日の晩飯、妙に一品物が多くないか?)


「なーに言ってんのよ、アニキ。それ、全部アニキの分だよ」


「はい?」



 ◇ ◇ ◇ ◇



 後で唯に聞いた話によれば、俺の予定帰宅時間から10分毎に夕食のメニューが一品ずつ追加されていったらしい。

 遅くまで仕事をしていてお腹が空いているだろうから、と結衣は台所に立ち続けていたそうだ。

 今日の夕食は唐揚げとサラダくらいのはずだったのだが、鶏肉の特売で材料もあったので気がつけば蒸鶏、味噌野菜炒め、照り焼き、酢鶏(酢豚ではなく)、肝煮(また渋いな……)が追加され、さらにそこからキンピラ各種(ゴボウ,ジャガイモ,レンコン,ニンジン……サツマイモ!?)、お浸し、酢の物、玉子焼き、春巻き……と際限無く増え続けたらしい。

 途中で聡子がこれに参戦し、アニキの胃袋が結衣ちゃん愛情で破裂するね、とか言いながらノリノリで追加を手伝っていたようだ。

 最初のうちは唯は、ここまで愛されたらお兄ちゃん幸せ太り確定だね~、とか言いながら微笑ましく見ていたのだが、テーブルの上が次々と皿に埋め尽くされる光景に恐怖を覚えて、結衣に静止を呼びかけたものの聞き入れられず、電話してきたらしい。


 けっこう後になって結衣の母親に聞いた話なのだが、これは家族のために遅くまで仕事を頑張る父親(夫)への労いの気持ちでもあり、約束を破って時間に遅れたことに対する須藤家女子流の報復攻撃という二面性を持った行動なのだそうだ。

 家族のために頑張ってくれての残業は仕方がない、でも約束を違えるのは別問題。だから感謝と罰を籠めて10分遅れる毎に一品追加し、手料理の愛情で胃袋から攻め立てるのが結衣の母親流らしい。


 そして、そんな須藤家流が今、娘に受け継がれて俺に牙を剥いている。


「裕一さんのために頑張ったんですよ。い~っぱい、食べてくださいね♪」


 結衣が直視できないほどの眩しい笑顔をしながら目の前に置いた茶碗には、漫画でしか見たことがないような量のご飯(混ぜご飯らしき手の込んだやつ)が盛られている。

 テーブルを埋め尽くす手料理の迫力がまた怖い。

 箸を伸ばして一口食べれば、さすがに結衣の作ったものだけあって美味い。そこには手抜きの一つもなくて、愛情のある嫁の手料理なんだけど……多い! 重い!!


 こんなに食べきれるわけないだろう、と弱気な視線を結衣に送れば、全部食べてくれないと泣きますよ、と言わんばかりの弱々しく不安そうな顔をして、大きな瞳を潤ませながら……しかも凄いプレッシャーを与えながらこっちを見ている。


(やめて……そんな目で俺を見ないでよ)


 嫁の愛情満載の美味しい手料理による飽和攻撃(喰いシバキ)って……どんな拷問だよ!!?

 飯抜きよりキツいよ!


 助けを求めて家族に視線を送れば、聡子はニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべていて、唯はハラハラとした様子でこちらを見ているだけで助けに入ってくる様子はない。

「裕一さん、あ~ん♪」

 結衣が自信作だという唐揚げを箸でつまみ俺の口元に運んでくるのを、母親は微笑ましいとばかりにニコニコしながら見ている。

 父親は入浴中。文香は明日は仕事が早いからと既に就寝している。


(マジかよ……)


 男にとって手料理の愛情で胃袋を掴まれるのは、心を掴まれるのと同義らしい。

 だが、同じようにして胃袋を潰されるのは、きっと心を折られるのと同じなのかもしれない。



 ▼ ▼ ▼ ▼



(ああ……これはマジで身体に悪いな)

 許容量ギリギリまで胃袋に夕食を詰め込んだ状態で風呂に入った俺は、胸焼けを感じながらそう思った。


 結果として、俺は結衣の気持ち(料理)を全て平らげた。

 不幸中の幸いというか、結衣の配慮かはわからないが、結衣の作った夕食はテーブルを埋め尽くす品数の割に一品一品がボリュームの抑えられたもので、さらに言えば俺自身が昼食以降何も食べていなかったために処理能力ギリギリで納まった。

 胃袋は重いけど、空になった食器を下げる結衣が満足そうな笑顔をしていたので、気持ちは少し軽かった。

 ああ……だけど、突発的な残業のたびにコレじゃ確実に太るな。否、それ以前に身体がもつだろうか……?


 しかし、結衣の労い(報復)は夕食だけに留まらなかった。


 しばらく湯船に浸かって体全体が温まったところで、まずは頭を洗おうと浴槽から上がった俺がシャンプーを泡立てていた時だった。

「ぉっ!!!!??」

 背中の方にある浴室の出入り口の方が少し涼しいと感じたかと思えば、自分の両手の他に髪を洗う手が増えた気がして、俺は某ホラー映画のワンシーンを思い出して声にもならない悲鳴をあげた。

 いったい何が起きているのかわからず後ろを振り向けば、シャンプーの泡が目に入り、目がしみて視界を失った俺はパニックを起こして正体不明の手を掴んだ。

「ひゃっ」

 それと同時に聞き覚えのある小さな悲鳴が浴室内に響き、まさかと思って俺がどうにか薄目を開けると、背後で身体にバスタオルを巻いただけの姿の結衣を確認して、俺は慌てて正面に向き直った。

「ゆ、ゆゆゆ、結衣さん!? なにやってんの!? それはまだ駄目! 否、まだというか、その……とにかく駄目! 俺が駄目! 今は駄目! まだ婚姻関係にない未成年者と風呂なんて駄目だからああああぁぁ!!」


「ふぅ……ふふふ♪ 痒いところはないですか?」


 完全にパニックになって叫んでいた俺を無視して、結衣は楽しそうに笑いながら、その細くて柔らかな指先で俺の頭を泡立てている。

 必死に両手で股間を隠し、後ろを見ないように顔を正面に向けて目を閉じている俺だが、一瞬だけ見てしまったバスタオルに覆われていない結衣の白く細い肩や首筋、ほんのりと赤らんだ頬や柔らかく細められた目、アップにされた長い髪が脳内にフラッシュバックし、時々背中にタオル越しで彼女の体温と肌の感触を感じて、顔から全身にかけてが焼けるように熱くなっていく。

「結衣さん、マジ勘弁して……っ」

「ダーメーでーす……くすすっ♪」

 結衣は尚もお構いなしで楽しそうに笑いながら、しばらく俺の頭を弄り続けた。

 そして、しばらくしてようやくシャワーによって泡が流されたのだが、それだけではまだ結衣が浴室を去る様子もなく、俺も解放されなかった。

 ボディータオルで首から肩、背中、両腕、胸や腹部まで洗われ(下半身については断固として、ほぼ命懸けで拒否)、シャワーで泡を流されたところで、

「くすす……今日は“遅くまで”お疲れ様でした」

やっとのことで結衣は浴室を去ったのだった。


 もしかして、帰りが遅くなる度にこんな恥ずかしい“介護プレイ”が催されるのか!?

“今”はマズいでしょ?

 夫婦でも一緒に風呂って……あれ? これは普通なのか?

 でも実家はヤバいでしょ!?


 風呂上がりの家族の視線が……痛かった。



 ▼ ▼ ▼ ▼



「ねえ、これ寝苦しくないの?」


 いつもの就寝では仰向けに寝てる俺の腕か上体にしがみ付いて添い寝している結衣だけど、今夜はいつもと全く違っていた。

 布団の中では、背中を向けた結衣を後ろから抱きしめて寝る俺、といういつもと違う就寝風景があった。もちろん、これは結衣の要望によるものだ。

 俺の身体にすっぽりと納まるくらい細く華奢な結衣の身体は、腕に少し力をこめるだけで折れてしまいそうで、ちょっと怖い。柔らかく温かい肌の感触がパジャマ越しでも伝わってきて、おまけに果物のように甘く良い匂いもしてくるし、さっきから心臓がバクバクとしっぱなしだ。

 そして、熱い。


「そうですね……もうちょっと強くしてください」

「えっと……本当に大丈夫?」


  ギュウウウゥゥ……


「……くぅっ」

「!!?」

 恐る恐る腕に力を入れていくと、少し苦しそうな声が小さな唇から漏れた気がして、俺は焦って腕の力を抜いてしまった。

「痛っ」

 すると、太ももあたりに小さな痛みを感じて、それが結衣に抓られている痛みだと気づくのに数秒ほど要した。

「もっとギュッてしてください。急に帰りが遅くなるなんて言われて、寂しかったんですよ」

 不満そうに言いながら結衣は俺の腕の中で身体を返して、今度は正面から俺に抱きついていた。

 見上げてくる冷たく濡れ光る大きな瞳が、早く早くと俺を急かしている。

 言われるままに俺が背中に回した腕に力を込めると、クスクスと小さく笑いながら結衣は満足そうに目を閉じていく。

 俺の胸に顔を埋めながら寝息を立て始めた結衣を見ながら、ようやく彼女が満足したのだと感じてホッと息をついた。


 俺が仕事優先になることは結衣にはずっと前から伝えている。残業や休日の仕事が急に入ることもあるのだと説明もしてあるし、今日だって連絡はちゃんとした。

 それは仕方がないことだと、結衣は理解している。だけど……不満は感じているのだ。

 だから何かしら埋め合わせをする必要があるとは、思っていた。

 だけど、喰いシバキはもう勘弁して欲しい。たぶんあれは料理をすることで色々発散してるんだろうけどさ……。それに間違いなく美味しいわけで、ちゃんと労いの気持ちは伝わってきたし、嫌がらせとか悪気はそんなにないのだと思いたい。

 介護プレイも今はまだ婚前なので止めて欲しい。今日あったことは絶対に世間に知られてはならない。

 今やってる抱擁だって、結衣からじゃなく俺から抱きしめているわけで……青少年保護条例とか大丈夫かな? これも知られたくないな。

 だけど、このくらいで機嫌良くしてくれるんだから、結衣はよく出来た嫁なんだと思う。

 元カノだったら、高い食事かプレゼント、旅行でも強請られてたかもしれないな。



 だけど……やっぱ次から、なるだけ遅くならないようにしよう。

 自分のためにも、結衣のためにも。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 裕一さんはすごい。

 こんな風に急に帰りが遅くなるなんて初めてだったから、今日の夕食は手加減しましたけど……それでもまさか全部食べてくれるなんて。

 くすすっ……次は手加減しませんからね。早く帰ってこないと知りませんからね♪

 昔はお母さんと競いながら、帰りが遅いお父さんにいっぱいご飯を作って待ってたなぁ。

 お腹いっぱいになってちょっと苦しそうにお腹を擦ってるお父さんに、フォークで唐揚げを食べさせてたなぁ。

 その後一緒にお風呂に入って背中を流して、夜はギュッてしてくれて…………あの時と一緒だ。

 恥ずかしそうに顔を真っ赤にして困ったような顔で「待って」とか「許して」とか……。ギュッと抱きしめてくれて、私がちょっと声をあげると慌てて力を弱めたりとか……。


 やっぱり裕一さんは、お父さんと同じだ。



 ずっと一緒にいようね、私の素敵な裕一(おとう)さん♪

 怒らせたら飯抜き、手抜き、マズ飯なんてベタなので、結衣さんには反対に飽和攻撃をさせてみました。そしてこれは小夜子さんの常套手段であり、さらに結衣パパは母娘の二正面攻撃を経験しています。

 一緒にお風呂は仲直り、布団の中でギュウウゥゥが埋め合わせです。

 古典的ですが、またしてもイチャイチャさせてみました。ヤンデレ嫁のヒステリーや猟奇的シーンを期待してた方には、期待外れで申し訳ありません。



 ちなみに、体育会系でたまにある“喰いシバキ”はマジでキツいです。私も何度か経験してますが、大好物でも嫌になります。



 次回更新はまたしても未定です。

 これからも本作をよろしくお願いいたします。

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