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55 報告

 お久しぶりです。


 今回は新キャラ登場です。

「白瀬先輩、カノジョいないなんてウソですよね?」

「うぐっ……」

 所属する研究室に新しく配属された助手に指摘されて、俺は言葉に詰まった。

 ジト目で俺の顔と机の上の弁当をマジマジと見つめながら、新助手・榊 真菜……榊女史はさらに追及してきた。

「そのお弁当、男の1人暮らしにしては手が込んでいますね。伯父さ……所長からは、いつもお昼は白飯解凍でふりかけご飯だと聞いてましたけど?」

「いや、その……事情があって今、実家から通勤しててね」

「ほぉ……いい年して母親に弁当を作ってもらってるとでも? そのハート型のニンジンはお母様の愛情表現ですか?」

「え!? どっ、どれっ!!?」

 榊女史の言葉に大慌てで弁当の中身を確認するが、弁当箱のどこにもそんなものは入っていない。

 ハッとして顔を上げれば、悪戯に成功した子供のようにニタリと笑む榊女史の姿を見て、俺は初めて嵌められたことに気がついた。


 榊女史は宣伝部から異動(左遷?)してきた後輩で、今年大学を卒業したばかりの新人で、さらに言うと所長の姪にあたる。

 助手が1人しかいない研究室ということで、所長はすぐに彼女を俺の所属する研究室に配置したのだ。

 パソコンの扱いに明るく、前の部署では商品のパッケージデザインの製作に携わっていたのだが、何か向こうで大事件を起こしたらしく数日前にこの研究所に異動してきた。事件の内容は公にはなっていないし不明だが、本社の同僚によれば宣伝部のセクハラ部長が全治2ヶ月の重症を負って現在入院中らしい。所長によると榊女史は合気道の有段者らしいが……まさかね?

 童顔で肩の高さでパッチリと切り揃えたショートカットが可愛いらしくて似合っているが、やる気のない冷めたような目とどことなく事務的な口調が特徴的で、赤のプラスチックフレームの大きなメガネをかけている。線が細く色白で可愛い部類には入ると思うのだが、白衣の下には襟元ダルダルのくたびれたデジタル迷彩柄のシャツにベージュのカーゴパンツとデザートブーツを履いていて、どこの戦場に行くのかと問いたくなるくらい複数の大きなポーチを胸当て(チェスト・リグ?とか言うらしい)とベルトに取り付けて、時にはダンプポーチまで装着してアレコレと小物を持ち歩いていて、化粧気も殆どなく、仕事でパソコンの前に座る姿はパッと見で“クールなミリオタ女子”である。

 否、彼女は間違いなくミリオタだ。研究所に来た当初はリクルートスーツだったのだが、研究職の集まりであるここは来客や本社への用事でもない限り服装は自由だと教えたら、翌日この格好で現れたのだから驚いた。女物の服は収納が少なくて不便だから、と言っていたが……うん、俺も大学時代そういう服装好きだったから分かるんだけどさ、絶対にそれ“趣味”だよね? 白衣の下は私服というよりコスプレの域に達しているのですけど……その腰についてるエアガンとダガーナイフはいらないよね? 机の上にある銃・射撃雑誌が色々なことを物語ってますけど……。

 しかし、まぁ……目つきや口調に似合わず、その仕事は精力的かつ優秀で、まったく別分野に異動させられたというのに指示された仕事は淡々とこなしてくれている。特に俺としては、パソコン仕事やデータ管理を任せることができて助かっていて、彼女が来てから定時に帰宅ができる日が増えてきた。

 正直なところ薬品や実験用機材の扱いには慣れているのだが、デジタル機器の扱いやデータ管理は昨年度まで殆ど後輩任せで、彼が作成した限られたツールか初心者向けのプログラムしか使えない俺は難儀していたところだったので助かっている。


 言葉を失って何も言えない俺を前にして、榊女史はビタミンゼリー飲料と乾パンという質素を絵に描いたような昼食をとっている。

 反応待ち、といった表情でゼリーを啜りながらこちらに視線を向けてくる榊女史から視線を手元の“愛妻弁当”に移し、俺はモソモソと箸を動かし始めた。

 弁当の中身は昨夜の夕食の残りをアレンジした結衣お手製のコロッケを中心にして、弁当用に作り置きされた惣菜が詰まっている。コロッケの衣の中身は昨夜の残り物の肉じゃがを潰して作られたもので、非常に手の込んだ一品だ。豚バラ肉の薄切りを重ね成形した一口カツに、カニカマ入りの卵焼きやベーコンとホウレン草のソテーに、ブロコッリーやニンジン等の温野菜によって彩が豊かになり、飾り切りされたウインナーと林檎のウサギには遊び心を感じる。


 最近、結衣は弁当作りにハマッてしまったらしく、台所に母親が立たない日の夕食作りは弁当への転用まで考えてやっていて、品数を豊富にするために作られた作り置きが白瀬家の冷凍庫の一角を占めてしまっているほどだ。唯によれば、彼女は毎朝新聞から織り込みチラシを抜き取ってから通学しているそうで、休み時間には料理本を片手にメニューを考えているそうだ。買い物では特売品や見切り品を買ったりするのは当たり前で、折り込みチラシの情報や各店舗の特売日のサイクルから一週間先まで見越した献立が出来ているようで、ヤリクリ上手な面を見せている。100円あればオカズが3品作れるレベル、という唯の話は本当らしい。それでいて、美味い。

 料理だけでなく、結衣は学校が終われば買い物だけしてすぐに帰宅し、俺の母親が帰る前に白瀬家の家事を殆ど終わらせてしまう。そのため最近になって母親は家事に関して自信を失い始めている。新居を決めて実家を出た後、家どうなるのかな? 須藤家も結衣が嫁に出てしまって大変なのではないだろうか?

“超ハイスペック美少女”という唯の評価通り、結衣は今時の女子高生としては規格外の家事能力を持っている。完全に家庭的というレベルを超えている。それはもう、カリスマ主婦ブロガー並みであると言ってもいいだろう。

 須藤家では小さなころから主体的に家事をしていたらしいけど、いったいどんな家庭環境だったのだろう?


 婚約者の“存在の大きさ”を改めて感じていた俺だが、未だジットリとこちらの様子を窺っている榊女史の視線に、今考えていたことが現実逃避だと気づかされる。

「あー……えっと、ごめん。この件は、今はまだ話せない。頼むから、詮索しないでもらえないか?」

 なんとかそう声を絞り出した俺だったが、榊女史の次の言葉に俺は言葉を失った。


「そうはいきません。所長から、先輩の身近に女の気配があれば報告して欲しいと言いつけられてますので」



 …………はぁ??



 ▼ ▼ ▼ ▼



「所長! 榊に何をさせてんですか!? 俺の事で気になることがあるなら、直接聞いて下さい!」


 急いで弁当をかきこんだ俺は、昼休みが終わる直前で所長室に押し掛け、机で新聞に目を通していた所長に詰め寄った。

 机をバンッと叩いて睨み付けると、所長は額を押さえて「あの馬鹿……」と呟いたかと思えば、何かをあきらめたかのように大きなため息をついた。

「すまない。ここ最近、君がプライベートで煮詰まってるみたいで……気になってだな」

「なんで“プライベート=女”なんですか? ああ、いや、まぁ……たしかにそうなんですけどね」

「!!?」

 俺の言葉に、所長は明らかに動揺したとばかりに目を剥き、俺の顔をマジマジ見ている。よほど俺に女絡みが似合わないようだ。

 まぁ、結衣と婚約するまで、俺は結婚はおろか恋愛にすら卑屈になってたくらいだしな。後輩の件もあって、色恋には警戒もしていた。

 良い機会なので所長には結衣のことを話しておくことにした。結婚したら扶養家族だとかなんだとかで会社にアレコレと申請する書類が出てくるし、今のうちに相談しておいたほうが良い。


「実は数日前から、妹の紹介で知り合った娘と結婚を前提に付き合っておりまして…………」


 正直、人に話すには慎重にしなければいけない内容ではあるのだが、とにかく話さないことには始まらない。

 結衣の学校の理解ももちろんだが、俺の職場の理解も得る必要がある。

 俺は結衣との出会いから婚約にいたるまでの経緯を説明し、現在彼女が俺の実家で暮らしていること、まだ15歳だから公になるような迂闊な行動が取れないこと、成り行きはともかく交際は真剣であること、そしていくつかある当面の悩みについてまで全てを所長に話した。

 所長は俺の話の一つ一つに随分と驚いていたが、

「……そうか。うん……えっと、とりあえず、おめでとう。良かったじゃないか」

未だに信じられないというような引きつり気味の表情のまま、搾り出すような声で祝福してくれたのだった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「とりあえず、近日中に結婚式の招待状という形で、職場の皆には公表したいと思います。それまでは、できる限り内密に願います」


 そう言って部屋を出て行った彼の背中を見送って、俺はまだ少し混乱していた。

「……マジかよ」

 数日前から彼の様子がおかしいとは思っていた。

 真菜が本社で事件を起こしたのを切っ掛けに本社の人事部に問い合わせて彼女を俺の研究所に呼んだのだが、彼女に探りを入れさせれば彼に女の気配があると聞いて震えが走った。


 変化に気がついたのは随分前だった。

 ちょうど、この前の会議の日くらいからコンタクトをやめてメガネをかけてくるようになり、よく見ると着ているスーツの下のシャツやネクタイのセンスが変わってきていた。

 冷凍庫に白飯を保管しなくなって手の込んだ弁当を持ってくるようになったし、仕事量や疲労の有無に関わらず残業を避ける傾向が見えてきた。有給の申請も増えている。

 一時的に実家暮らしを始めて時々不動産屋の広告を見ているのも気になったし、何を考えているのかボーッとしていることも多い。深刻な顔で頭を抱えていたときもある。


 女の気配、という姪の言葉を聴いた瞬間、俺は心配でたまらなかった。

 彼の後輩の件もあるのだが、夏に俺を脅迫していた電話の主の言葉が気になっていたからだ。

 電話の向こうの彼女の目的は結局不明のままだが、彼が「幸せになる」という言葉がずっと気がかりだった俺には、“彼に交際している女性がいる”というのがそれではないかと不安になった。何かに巻き込まれているのではないかと。

 だが、彼によれば妹の紹介だという。しかも、お相手は女子高生だ。

 複雑な家庭環境にあるようだが、相手が未成年では少なくとも産業スパイによるハニートラップの気配はない。お相手がすぐには結婚できない未成年である以外は身内による信頼の置ける紹介なので、研究所という機密を扱う部署の上司としては非常に安心できる交際相手である。


「なんかの悪ふざけだったのかな……?」


 あれ以来まったく音信不通の脅迫者を思い出し、俺は首を傾げつつ午後の仕事に取り掛かるのだった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「ご婚約、おめでとうございます」

「!!?」


 研究室の机に戻った瞬間、榊女史から周囲の研究員たちに聞こえるか聞こえないかくらいの静かな声でそう言われて、俺は自分の肩が跳ねるのを感じた。

 パソコンの画面から目を離すことなく、榊女史は黙々とキーボードを叩いている。

「何故、それを?」

 誰かに聞こえていないかと一度周囲を見回してから、俺は恐る恐る彼女に尋ねた。

 所長が彼女に吹き込む時間はなかったはずだ。

「所長室前で聞こえました。先輩がすっごい顔して所長室に入っていったので、気になったので。そしたら、婚約したとか……もしかして違いました?」

 どうやら、俺と所長の話を全部聞いてるわけではなさそうだ。所長室は防音完備されてるわけではないが、中の話が外に丸聞こえになるほどドアも壁も薄くない。……ドアに張り付いてたのか?

 まぁ、彼女は所長の身内だし、話しておこうかな?

 否、彼女は口が堅そうに見えて、どこか抜けている。現に所長が俺に探りを入れてたことをポロリと漏らしてしまったし。

(とはいえ……婚約者がいる事実を隠しているのも不自然か)

「色々事情があるから、皆にはまだ内緒な。そのうち発表するから」

 少なくとも、結衣の通う学校側の認知を得るまで公にはできない。

「了解しました」

 静かにそう答えた榊女史を見て、俺は午後の仕事を開始したのだった。

 とりあえず結衣の通う学校の前に職場に報告です。


 裕一の職場の新しい後輩助手は、所長の姪っ子でクールだけどどこか抜けてるミリオタ女子・榊さんです。

 今後の展開で大いに活躍していただきたいと思います。

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