54 夫婦?父娘?
なんとか、書けました。
イチャイチャはあんまり書いたことのないのですが、とりあえず形にはなったかなぁ……?
「というわけで、明後日にでも学校に行こうと思うんだけどさ……結衣さん、聞いてる?」
「ひゃっ、あぅぅっ……むぅ、聞いてますから、やめないでください」
「いや、もう十分綺麗になってるからさ……あんまりやると中耳炎になるよ」
「ひゃん」
フッと膝の上に頭を乗せた結衣の耳に息を吹きかけると、ビクリと身体を震わせて嬌声があがったものだから俺は両手を挙げて慌てて仰け反ってしまった。
女の子のこういう反応には慣れてないから、こちらも対応に困る。
気がつけば結衣は上目づかいで俺を見つめていて、冷たく光る大きな瞳が困惑している俺の姿を映している。また吸い込まれそうに錯覚してしまって、一瞬だけ身動きがとれなくなる。
えーと……現状を説明するならば、ついさっき俺は入浴を終えた後で、実家にとりあえず設けられた俺の部屋で机の上でノートパソコンをいじりながら調べ物をしていると、先に入浴を終えてパジャマに着替えた結衣が耳掻きと綿棒のケースを持ってやってきて布団を敷いたかと思えば、膝枕(正座だと高すぎるので長座してます)と耳掻きを要望されてしまったというわけです。
まぁ、調べ物も急ぎではなかったし、最初はモジモジ遠慮がちにお願いしてたのがいつの間にか猫なで声と肩揉みから抱き付き、ついには頬擦りまで発展してきて、色々な意味で危険と判断した俺はお望みの通りにしたわけです。
水色の薄手のパジャマを着た結衣が布団の上に寝転んで、俺の膝に頭を乗せていて、小さな耳の穴を耳掻きで恐る恐る丁寧に引っ掻くたびに彼女の小さな口から擽ったそうな甘い声が漏れてきて、身体もピクピクと小刻みに震えたりして、なんか凄くヤラシイことをしているような気分になった。緊張して片方だけでどんだけの時間がかかったか。
膝枕と耳掻きって、なんつーか……滅茶苦茶恥ずかしいんだな。
(てゆうか、結衣さんってこういうのが好きなんだね……)
世間一般の恋人たちが実際どんな風に過ごしているかは知らないが、結衣との触れ合いはなんというか……変わっている。
ここ数日で結衣に感じた印象は、“甘えたがりの大きな娘”だった。
まず彼女は俺の膝の上がお気に入りだった。
膝枕もそうだけど、俺が居間の座イスに座っていると俺の膝の上に腰かけて身体を預けてくることが多い。
あと、髪に触れると凄く喜ぶ。
俺の身体に背中を預けて、俺の方を振り向いて上目遣いに見つめてくるので、最初はどうしたものかと思っていたら俺の手を取って自分の髪を梳かせたのだ。以来俺は、彼女と接するときには必ず髪に触れるようにしている。特にお風呂上がりはシャンプーの良い匂いと洗い上がりの艶があって、指の中を零れる感触がとにかく気持ちが良かった。
そして、ここからが肝心なのだが……これってどういうプレイなのかな?
たとえば今日は耳掻きなんだけど……これはまぁ、マンガなんかでたまに見るシチュだよね。
驚いたことに昨日の夜は爪切りを頼まれました。
今日みたいに最初は恥ずかしそうに遠慮がちにモジモジとしていたかと思えば、機嫌を取るように肩揉みしてきて、「お願いします」と大きな瞳を潤ませながら抱きついたかと思えば、しっとりした白い頬を俺の頬にくっつけてきて、シャンプーと果物のように甘い結衣の匂いに自分の事どころではなくなってしまった。
畳の上に向かい合って座って、差し出された白い手を取って、その細い指の先に爪切りを近づけて……、
「……ん。ふぅ……はぅ……」
パチンパチンと音を立てる度に身体をピクリピクリ小さく震わせてそんな声をあげるものだから、焦ってしまった。
見れば結衣の白い頬はポォっと薄桃色に染まっていて、大きな瞳が濡れ光っていて……どことなく色っぽい表情に俺はドキドキしっぱなしだった。
たかだか手の爪を切るだけに小一時間を要してしまい、やっと終わったかと思えば今度は足の爪まで切ってやる羽目になって……ええ、勿論やりましたよ。
手はまだ抵抗ないけどさ、足を掴むのって恥ずかしくない? こう、ふと気づいて結衣の表情見た時、なんかこう……瞳を潤ませて恥ずかしそうに顔を真っ赤にしてこちらを見下ろしているわけで、こっちまで恥ずかしくなってきて、顔は熱いし体中がむず痒くて……何、この新手の羞恥プレイ?
その夜は満足そうに隣で眠る結衣に反して、こっちはもう興奮で目が冴えて眠れませんでした。
そういえば実家に移ってすぐに部屋の掃除をしたときなんて、高い所を拭くからと言われて結衣を肩車したんだけど……彼女が背筋伸ばすと頭当たるから掃除し辛そうだったね。普通に椅子でも足場にした方が良かったと思うんだけど、結衣が強く要望するのでやったわけです。
女の子に首や両の頬を太腿で挟まれるって……これ、今になって思うとアウトだよね。結衣は動きやすいようにハーフパンツ(中学の時の体操服らしい)を穿いていたから生足ってわけじゃないんだけど、布越しでもあの柔らかい感触と体温は伝わってくるわけで、あまりよろしくない想像をかき消すのが大変だった。
たまたま様子を見に来た母親と唯に目撃されて、ちょっと気まずかったなぁ。
さすがに肩車なんて、恋人同士でもやらないよね? 夫婦でもやんないよね? せいぜい、親子でやるもんじゃないかな。妹にもしたことないな。
結衣は肩に乗ってる間、ずっと上機嫌で楽しそうに笑っていたから……まぁ、あの笑顔見れたんだから、良しとしようかな。
ああ、そういえば……結衣の母親に挨拶しに行ったときだったけど、常に俺の上着の袖を握ってたなぁ。
彼女の母親と話が盛り上がっていたかと思えば、気がつくと腕が痛いくらいの強さで握られていて、不満そうに頬を膨らませてたっけ?
(え? 何? ……母親相手にヤキモチ!?)
後に彼女の母親が言うには、「家に来た時からずっと、これは私のモノだから取らないで、って目をしてたわよ」だそうだ。
『まるで、長期休暇で主人が帰ってきた時みたいだったわ』
結衣の母親のその言葉に、なんとなく俺は確信した。
文香も聡子も俺が『お父さん』なら良いと言っていた。唯によれば、結衣は単身赴任でなかなか会えない父親のことが大好きで、俺と出会う以前にその父親を失った。
俺があの日感じたとおり、結衣は期せずして俺の持つ“父性”のようなものに惹かれたのではないだろうか?
否、正直、俺にそんなものが備わっているとは思い難い。どちらかといえば“古臭さ”だと思うのだけど…………まぁ、いいか。
お陰で俺は、結衣との接し方がなんとなくだが掴めた気がする。
ずっと残念男子だった俺には、女心というものがよくわからない。
元カノには付き合って数日で愛想を尽かされ、それでもどういうわけかズルズルと交際が続いて、俺は彼女の機嫌をどうやっても取ることができなかった。
どうすれば彼女が喜んでくれるのか? 彼女が何を求めているのか? どうすれば俺は彼女にとって魅力ある男でいられるのか? 堅物で残念男子の俺には難しすぎて全くその答えが掴めなかった。
電話はいつ、どのくらいの頻度ですればいいのだろう? デートはいつ誘えばいいのだろう? なんて言葉をかければいいのだろう? 彼女の言うセンスのある格好とは何か? どういう時に触れたらいいのだろう? 引っ張ればいいのか、後に続いてフォローすればいいのか? 怒っている彼女が間違っているとき謝ればいいのか、指摘するのがいいのか? 甘えるのか、甘やかすのか?
彼女の求める“恋人”とはどういう男性像なのか分からなかった。彼女は俺が疑問を口にする度に説明してくれたが、その内容は日に日に二転三転し、ついには俺に不可能な領域を垣間見てしまい、どう足掻いても答えが見つからず、恋愛という迷宮の中で迷走し、いつしか俺はこのパズルが嫌になってきていた。
だけど結衣は違う。
俺は結衣にとって“理想の父親”であれば良いのだ。
これは言うほど楽なことではないだろう。だけど、何も答えがわからないよりは格段に簡単な課題だと俺は思っている。
道が常に平坦(楽)だけど地図のない難解な迷宮と、道が険しく(辛い)ても地図のある迷宮……もしこの二者択一を迫られたなら、俺はよほどの事情のない限り後者を選ぶ。道が険しいなら、杖をつけば良い、ロープを張ればいい、準備をする時間と攻略する時間が十分あるのなら……誰にでも出来る方法で時間をかけてやるだけだ。
俺と結衣の間には、厄介な“恋愛という名の迷宮”の地図がある。
地図はところどころ霞んでいてわからないところもあるし、図面に記された道には険しいところも多々あるだろう。回り道だらけで、面倒くさいと感じることもあるかもしれない。
だけど道は明確で、俺はいつも通りコツコツと進んでいけば良いだけだ。
「髪……触ってください」
結衣の瞳の呪縛から逃れたのは、彼女の白い手が俺の手を掴んだ時だった。
ハッと気がついたときには、俺の指先は俺の膝の上に零れている彼女の黒く艶のある柔らかな波に飲み込まれていて、気持ち良く流されていく。
「明後日ですね……わかりました」
結衣はそう言うと気持ちよさそうに目を細めてしまっていて……気がついたときには寝息を立てていた。
愛らしい寝顔を見ていると起こすわけにもいかなくて、俺はどうして良いのか全く分からず結衣の髪や背中を撫でながら、しばらく布団の上でそうしていた。
あ……ヤバい。掛け布団一枚しかないから、このまま動けないと間違いなく寝冷えする。
◆ ◆ ◆ ◆
膝の上は暖かくて、背中を預けるとしっかりと支えられて安心する。
大きな手はいつも優しく触れてくれる。裕一さんは私の髪をとっても気に入ってくれているみたいで、何も言わなくてもお父さんのように撫でてくれる。
子供の時のように恥ずかしくてもちゃんとお願いすれば、肩車も膝枕も耳掃除もしてくれる。
この前は爪を切ってもらいましたけど、そっと壊れ物を扱うような手つきは見ていて懐かしい。
今日は耳掻きをお願いしましたけど、時々くすぐったくて震えていると髪や背中を撫でてくれるのが心地よかった。
明日は何をお願いしようかな? 昔みたいに、お風呂でシャンプーとかして……さすがに、それは無理かしら?
ああ、私ばっかりしてもらってばかりだ。
もうすぐ結婚するのに、大人である裕一さんばかりが私の知らないところで走り回っている。
婚約指輪、母への挨拶、結婚式の準備、一時的だけど実家にまで移り……裕一さんは仕事が忙しい中でも、私のために毎日頑張っている。
子供の私にできることは少なくて、申し訳なくなってくる。
本当は疲れてるはずなのに、裕一さんは「大丈夫だから」っと言ってばかりだ。
唯先輩の言うとおりだ。本当に危なっかしい……“お父さん”そのものだ。
明後日は学校に挨拶ですけれど、裕一さん本当に大丈夫でしょうか? きちんと準備はできてますし、自信があるようで頼りにはしているのですけれど……体調を崩されたりしたら困ります。
だから、明日の夕食は元気の出るものをいっぱい作りましょう。明日の特売品はたしか鶏肉でしたから……となると明後日の朝食とお弁当は……。
「明後日ですね……わかりました」
裕一さんの暖かくて大きな手が、スッと私の髪を梳いていく。背中をそっと撫でていく。
そういえばお父さんも、私が寝る前にはよく撫でてくれてたなぁ。
でもこのまま寝ちゃったら、裕一さんは動けなくて……でも、やっぱりもう少しだけ…………。
……
…………
………………ごめんなさい。
結局、私が目を覚ました時にはすでに朝方で、裕一さんはずっと私に膝枕をしたまま横になっていました。
私にだけ一枚しかない薄い夏布団をかけてくれて、裕一さんは網戸を抜けて入る朝の涼しい風を浴び続けて寝ながら少し震えていました。起きてからも体調が悪いみたいでボーッとしていて……、起こしてくれても良かったんですよ。一緒の布団でくっ付いて寝る方が私は良いんですから。
真面目というか、人が好過ぎるというか……もうちょっと自分を大切にして欲しいです。
「いや、うん。まだまだ暖かいし、心配しなくてもこのくらいなら“大丈夫だから”」
また、それですか?
疲れなんかとれてないはずなのに……大丈夫なわけないですよ。そんな風だから倒れちゃうんですよ。
「明日には学校に行くんですから、今日は絶対に無理はしないでくださいね」
「わかった。じゃあ、今日はなるだけ早く仕事を終わらせて帰ってくるよ」
「約束ですよ」
玄関で私がそう言って小指を差し出すと、裕一さんも自分の小指を絡めてくれた。空いた手は私の頭を撫でてくれていた。
少しずつ、少しずつ……裕一さんがお父さんに変わっていく。
この大きな手も、暖かい膝も、広い胸も、頼もしい背中も、恥ずかしそうに照れた顔も、眼鏡の奥で穏やかに細まる目も、気遣うような優しい声も、全部私の物だ。
「じゃ、行ってきます」
いってらっしゃい、裕一さん♪
父娘のやりとりをイメージして、ベタなところで膝枕と耳掻き、マニアック(?)に爪切りと肩車をさせてみました。
肩車は小さな子供にするぶんには抵抗ないのですけど、年頃の女の子相手では色々恥ずかしいですよね。
裕一は薄々にですが、結衣が自分に求めているものに感づいています。ただ、その程度まではわかっていません。
ここで美緒さんの裕一への人物評価を思い出して欲しいのですが、“空虚な器”である彼は自分を認め、明確な役割(家族からは“長男”、職場からは“凡庸で機械的な助手”、結衣からは“父親”)を与える存在に弱く、染まり(満たされ)やすい性質を持っています。ただし、大きな利益を見ても波乱を嫌い、慎ましくとも平穏こそ幸せとしています。
元カノに染まらなかったのは、自身の生き方を認められず、与えられた役割が明確でなく、理解困難(二転三転する理想)、そして自身の手に余る(実現不可能)要望(夢)で、さらに言えばそこに平穏な生活が見えなかったからです。元カノとの過去については、そのうち載せたいものです。
さて、裕一の視点では結衣に認められ、彼女の言動や振る舞いから『理想的な父親像』を示されています。そして、“多くを要望しない”彼女との生活に平穏があると感じています。
彼は無意識のうちに、結衣の父親になっていくでしょう。
そして結衣は…………。
さてさて、出張が終わり、戻った職場は年度明けに向けてまだまだ大忙しになってました。
次回更新時期は未定です。
追伸
父娘デートっぽいイチャイチャって、何かネタないですかね?