5 妹の野望
妹・唯視点です。
私の計画は完璧だ。
お兄ちゃんがどういう行動に出るかなんて、妹の私にはすべてお見通し。
どんな逃げ道も与えない。逃げ道だと思っても、その先に私は網を張っている。
さすがはお兄ちゃん……簡単に美味しい話には食いつかないね。じれったいけど、それがお兄ちゃんの魅力だよ。
何が何でも、お兄ちゃんにはユッチと結婚してもらう。
それがお兄ちゃんのためだから。
私はお兄ちゃんが好きだ。
馬鹿みたいに真面目な所が好き。
高校生の時からしかよく覚えてないけど、部活が終わって家に帰ると、遊びにも行かずに勉強していた。休みの日も、友達と遊びに行く前には、やるべき事はきちんとやって外出していた。
我慢強くて堅実な所が好き。
どんなに美味しそうな誘惑があっても、お兄ちゃんはなびかない。目先のことに囚われず、時間の許す限り考えて調べて、計画的に確実なことだけを実行する。大きな成功は絶対にしないけど、大きな失敗も絶対にしない人だ。
飾り気のない質素な所が好き。
流行やお洒落には疎いけど、贅沢や無駄を嫌うストイックな所が私は好きだ。物が少ないから部屋はいつも片付いていて、持ち物はほとんど年季の入った骨董品ばかりだけど大事に使われている。
律儀な所が好き。
倹約家な所が好き。
頑固な所が好き。
お人好しな所が好き。
とってもツマラナイ、カッコ悪くて、堅物すぎて融通のきかない、地味な残念男子。
だから人付き合いが苦手で、友達も少なくて、彼女なんてまずできなかったし、助けが欲しい時に誰も助けてくれない損な人だった。
でもね、お兄ちゃんが就職してから印象が変わってしまった。
お母さんから聞いた話によれば、お兄ちゃんの同級生の殆どが就職できずに、できたとしても長続きせずにすぐに仕事を辞めてしまったそうだ。
今まで面白いとか、カッコイイとか、要領よく何でもこなして、好きなことばかりやっていた人達が、ことごとく躓き始めたことを知った。
同時に、楽しくなくても、カッコ悪くても、毎日コツコツ積み重ねて、我慢強く嫌なことでも断らずに四苦八苦してきたお兄ちゃんが、周囲の誰よりも成功していることを知った。
ある日、お酒を飲んでいるお父さんとお兄ちゃんの会話を偶然聞いた。
「お父さんはもう若くないし、唯が大学を卒業するまで頑張れるだろうか……」
私が高校を卒業する頃には、お父さんは定年間近だ。その時はまだ、白髪が所々に目立つ程度だったけど、今ではお父さんの頭は真っ白だ。
「じゃあ、唯の学費は俺が出すよ。だから父さんは無理しないでいいよ」
まだ就職したばかりで、仕事を覚えたり大変な時期なのに、お兄ちゃんはあっさりと言ってしまった。
お兄ちゃんは偉い。カッコイイ。立派な大人だ。
「なに言ってんの? 俺は言われた通りの事を、誰にでも出来る方法で、時間をかけてやっているだけだよ」
それができるから凄いの!
普通なら誰だって、面倒なことなら断りたいし、要領よく、時間なんかかけずにさっさと終わらせたい。
世間ではそんな普通を平然とやってる人が、楽してズルしても要領良くバレない人が、カッコイイなんて。
こんなの間違っている。
ああ、不憫なお兄ちゃん。
きっとこのままじゃ、一生結婚できないわ。
私はそれが不安だった。
一人暮らしを始めたお兄ちゃんは、さすがというかなんと言うか、仕事と家事を両立している。
家事は荒削りだが、私が見る限りでは奥さんなんかいなくても、生きていける自信をつけ始めている。本まで買って衣食住の研究までしているところを見ると……きっと一生独身を覚悟したのだ。
お兄ちゃん、ダメ!
真面目すぎるお兄ちゃんは、頑張りすぎて欝になりつつある。堅物で遊ぶことにも慎重だから、ストレスのはけ口なんて殆どないでしょう。
誰かが傍にいて止めてあげないと、お兄ちゃんが壊れちゃう!!
だから私は決めたんだ。
お兄ちゃんに、誰もが羨む“お嫁さん”をプレゼントしよう。
若くて美人で家庭的な、お兄ちゃんの魅力を理解できる女の子と結婚させるんだ。
そんな時に出会ったのが、須藤 結衣……ユッチだった。
妹視点でまだまだ続きます。