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41 ハイスペックな嫁希望者と腹黒い小姑 その参

 さらに一話更新。

 裕一視点です。

 湯船に浸かるのなんて、何日ぶりだろうか? いつもシャワーで済ませて、湯を張ることなんか面倒になってたけど、やっぱりお風呂は最高だな。

 汗と共に溜まっていた疲労や悪い毒素が抜けていくようで、心も身体もホッコリと落ち着いていくようだ。


 独り暮らしを始めようと思った時、住む場所なんて職場に通うのに便利ならどうでも良かった。

 2Kでなくても、風呂とトイレが別になってなくても、別に気にしないつもりだった。1Kの小さな薄汚い部屋が俺にはお似合いだ。

 ところが不動産屋に相談したとき、駅から徒歩15分、バス停にも程近い優良物件にも関わらず家賃が随分と安いこの部屋が見つかった。同じアパートの他の部屋はそれなりの値段だったが。

 なんでこんなに安いのかと聞けば、俺が契約する2ヶ月前に心中騒ぎがあったそうだ。さらにその半年前には老夫婦の片方がベランダで足を滑らせて転落死、その1年前には……うん、とりあえず曰く付きの部屋なのだ。

 最初は気味が悪いと思ったものだが、きちんと清掃も御祓いもされているし、条件が整っていたために契約した訳だ。

 キチンと鍵の掛かる仕事部屋があるお陰で会社に申請して仕事の持ち帰りが遠慮なく出来るようになり、良い契約だったと今は思っている。

 お風呂もまぁ、足をのばせるほど広くはないけど、カーテンでトイレと仕切ってた大学時代に比べれば各段の贅沢だ。


(まぁ、そんな贅沢は忙しかったり面倒だったりで、なかなか堪能してこなかったけどね)


 どことなく熱い湯に肩まで浸かったまま、気持ちに落ち着きと余裕を取り戻してきた俺は、この後のことを考えていた。


(さて、どうしたもんかな?)


 おそらく……否、間違いなく、須藤女史は妹と共に盆が終わってしばらくの間、俺の自宅で夕食の準備を中心とした家事をしてくれていたのだろう。

 妹にしては手際が良すぎると違和感を感じていたが、須藤女史だとしたら納得できる。

 そして、俺がその家事に甘んじてしまったところで、急に補給断絶だ。運が悪いことに、所長の件で仕事が多忙だったり、原因不明の体調不良を起こしたりで、急な生活の落差は俺の生活に大ダメージを与えてしまった。

 多分、妹はこの事実をネタに俺が独りで生きられる人間じゃないと断言し、須藤女史との結婚を勧めてくるのだろう。


『俺は独りで大丈夫だから』


 あの時、俺はそう言ってあの図書室をあとにしたが、今の俺じゃ全く説得力がない。

 仕事が忙しかったり、体調を崩すだけで、俺と俺の生活はこうも脆く容易く破綻するものなのか? 俺はこの先の人生で、こんな困難を何度味わう事になるのだろう? そんな中で俺は本当に生きていけるのか?

 次々と不安が募り、自信がなくなり、独りが恐くなる。

 もしかして俺が今日まで生きてこれたのは、ただ運が良かっただけなのではないか?


(……馬鹿な)


 俺はバシャバシャと湯を顔にかけながら、手でこする。

 弱気になったらお終いだ。この程度の困難は、実家を出た時点で想定していたことだ。

 ただ単に準備不足だった、それだけだ。今回の教訓を生かして、明日から何かしらの措置を取ろう。


(それよりもだ。この後、どうする?)


 風呂から出た後のことを考えて、俺は頭を抱えた。

 須藤女史も妹も諦めていなかった、という事実にだ。

 エプロン姿の須藤女史は既に世話女房状態だった。そして、俺にタオルと着替えを手渡しながら、お先にどうぞ……って、彼女は多分泊まる気だ。

 そして、今日を境にそのままズルズルと俺の生活に入り込むつもりだろう。

 押し掛け女房、漫画とかでよくあるパターンだ。仮に彼女が泊まっていかなくても、私物を一つでも残されたら、それを理由に通う口実が出来てしまうだろう。

 どちらに転んでもヤバい。責任問題に発展する展開は、何としても避けたい。

 別に俺は、須藤女史が嫌いなわけじゃない。むしろ魅力的だと思っている。妹から家事万能とは聞いてはいたが、ここまで手際が良いとは予想の斜め上を言っていた。とくに料理の腕は……致命的なことに、俺は完全に胃袋を握られた。物静かで礼儀正しく、清楚で可愛らしくて……あの大きな瞳で見つめられると吸い込まれそうな錯覚を覚えて、思考が止まってしまう。微笑むと眩しすぎて直視できない。

 そんな彼女が、俺に結婚してくれなんて……夢みたいな話だ。

 でも、だから何だってんだ!? 彼女は子供じゃないか。事情は理解できるけど、もっと自分の人生を大事にしてくれよ。

 なんとか彼女を納得させて、かつ元の生活に戻す方法はないものだろうか?


「う~ん………………。ヤベェ、熱い」


 考えに沈んでいると、気がつけば頭がボーっとしてきていることに気がついた。お湯が熱くてのぼせてきているようだ。

 入ったときには熱いと感じたものの、水を足すにも湯船の量は蛇口を捻るのを躊躇うものがあった。入れない温度でもないし良いや、と思ったのが失敗だった。

 立ち上がると、少し立ちくらみがした。喉も渇いてきた。

 結局、何の名案も浮かばぬまま、俺は浴室を出ることになった。


(とりあえず、何が何でも泊まりはさせない! 私物は全部持ち帰らせる! 遅くなっても、タクシー使ってでも送り届けよう)


 湯上りの鈍い頭で、とりあえず最低限の絶対防衛ラインとプランを定めて、俺は浴室を出たのだった。


「ごめんね、お兄ちゃん。お風呂、熱かった? はい、これ飲んで」


 唯からスポーツドリンクの入ったコップを受け取って飲み干すと、渇いた喉が潤いを取り戻した。

 氷の入った冷たいコップを額や首筋に当てて体の熱を冷ますと、頭もすっきりと冴えてくる。

 これでなんとかマトモに話ができそうだ。この前みたいに妹のペースに乗せられないように気をつけないとな。

 とりあえず、テーブルで落ち着いて話そうかと思ったのだが、

「じゃあ、私たちもお風呂入ってくるから」

妹はそう言うと、俺が風呂に入っている間に用意していたらしい着替えを持って、須藤女史の手を引いて脱衣所の扉の向こうに消えてしまった。

(まぁ、今日も暑いし、二人とも汗かいてるだろうし、何かと世話になっちゃったし……後でゆっくり話すとするか。……どう説得したもんかなぁ?)

 2人であの浴室は狭いと思うが、大丈夫だろうか?

 ふと気がつくと、テーブルの上にはリンゴが綺麗に切られて用意されていた。スポーツドリンクも良いが、お風呂上がりはこういう果物の方が嬉しいものだ。

(気が利き過ぎて怖ぇよ……ホント、ハイスペックだな)

 一つ手にして齧れば、シャリシャリと歯切れの良い音とともに、絶妙な甘さと酸味が口の中に広がっていく。


 およそ30分後、2人は湿った髪をタオルで拭きながら脱衣所から出てきた。

 妹が短い髪をまとめてガシガシと少し乱暴に拭いている横で、須藤女史は長く艶のある髪を丁寧な所作で拭いている。彼女の薄桃色に上気した肌がなかなか色っぽくて……じゃなくて!!

(ヤバい。……どうしよう?)

 困ったことになった。

 2人は今、俺のジャージズボンとお気に入りのTシャツを着ている。

 てっきり、着替えは自前だと思っていたのに……完全なお泊まり態勢だ。他に着替えを持ってきた様子もない。

(否、制服はあったけどさ。また着替えろなんて……言い辛いよなぁ)

 とりあえず、その件についても、ゆっくり説教(?)しよう。






「2人とも、ちょっとそこに座りなさ……い?」

 感想、評価、お気に入り登録等、ありがとうございます。

 続けてこんだけ更新しましたが、次の更新はいつになるかわかりません。

 仕事に振り回されている私ですが、御理解いただきたく存じます。

 これからも本作をよろしくお願いいたします。

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