4 仲人
こんな妹も、まず有り得ない!
お兄ちゃん、よ~く聞いてね!
ユッチを救えるのは、ユッチの近くで探したら、お兄ちゃんしかいないの!
お兄ちゃんがユッチと結婚すれば、高校生活も続けられるし、ユッチのお母さんの負担も軽くなるし、お兄ちゃんが幸せにしてあげれば全部解決するの!
立派な人間じゃあない?
何を根拠にそんなこと言うの!?
駄目な男はそこまで女の子の将来のこと考えないよ!
私、知ってるよ。
地味で目立たないお兄ちゃんは昔から頑張りやで、馬鹿正直で残念なくらい真面目で、全速力で空回り、それでも一生懸命、毎日コツコツ努力して……だから周りより一番成功してるって!
何が言いたいかっていうと、そういうしっかり者で立派なお兄ちゃんだからこそ、ユッチを幸せに出来ると思うの!
じゃなくて、絶対に出来るの!!
お兄ちゃんだってまんざらじゃないんでしょ?
ユッチ見て何か不満ある?
こんなに若くて綺麗なお嫁さん貰うチャンス、普通ないよ。
ユッチはこう見えて、家事も万能で、節約上手で料理上手。百円あればおかず三品作れるレベルだよ。
こんな超ハイスペック美少女がお嫁にくるって言ってるのに、何が不満なの!?
はっ! まさか、お兄ちゃん……熟女が好きなの? それとも幼女が……!
◇ ◇ ◇ ◇
「ちげーよ!」
「はぺしっ!」
妹の額に手刀を落とし、ひとまず黙らせた。
妹は両手で額をさすりながら、「うー」と涙目で唸りながらこちらを睨む。少し加減を間違えたらしく、本気で痛そうだった。
そんな妹を横目に、俺は目の前の美少女・須藤 結衣に向き直った。
(ああ……確かに魅力的な話だ。こんなに若くて綺麗な女の子と結婚できるなんて、夢のような話だよ)
ジッとこちらの様子をうかがっていた彼女と目が合い、冷たく光る大きな瞳に吸い込まれそうな錯覚を覚えて、俺は一瞬だけ思考が停止した。
頭を振って我に返り、額を手で押さえて考え直す。
とりあえず、状況を整理しよう。
彼女は中学を卒業してすぐに父親を亡くし、家庭は大黒柱を失って生活が苦しく、おまけに借金もあり、彼女の学費も負担となっている。
彼女が退学するという選択肢は、彼女の母親が認めない。
まあ、そこは俺もお勧めできない。今の時代、大学はともかく高校は卒業しておいたほうがいい。
彼女の母親は体が弱く、彼女としてはあまり無理をさせたくない。父親に続いて母親が倒れると小学生の妹が耐えられそうにない。
高収入とは言い難いが、十分な貯蓄と安定収入のある俺と結婚すれば、彼女は学費と家庭の生活費一人分を浮かせることができる。
結婚するにあたっての彼女の要求は、高校を卒業させること、卒業まで子供は作れない、この2点。
それでも、さすがに結婚するという選択肢はどうなのだろうか?
『祐一さんの人柄とお力を見込んでこそお願いします』
『ユッチを救えるのは、お兄ちゃんしかいないの!』
先ほどの彼女と妹の言葉が蘇る。
彼女には今のところ他に頼る当てがないのだ。
そして、決断は早いほうがいい。
たまたま俺が、彼女を救う力を持っていて、すぐにでも彼女を救える位置にいた。彼女がこうして交渉を持ちかけたのは、親しい先輩の兄という信頼もあったからなのだろう。
できることなら助けたい。しかし、その手段は……はっきりいって身請け、少女買春と同然ではないのか?
言い方は悪いが、目の前の少女は俺の生涯収入と同額の値段を自分につけ、妹を通じて売り込みに来ている。
もしこれに応じた場合、俺は少女を金で買ったようなものだ。
ここに俺の中の理性と倫理観が警鐘を鳴らしていた。
いっそのこと寄付しようか? 否、一個人の一個人への寄付としては高額すぎる。彼女や彼女の家族の精神的な負担になりかねん。よく考えてみれば、俺の生活と将来にまで関わるレベルだ。
じゃあ、形だけでも融資という形式をとろうか? それだったら……。
「私は何の対価も払わず、援助してもらいたくありません」
「!!」
まるでこちらの思考を読み取ったかのような言葉に、俺は耳のなかに冷水を注がれたような気がして、思考の淵から一気に現実に引き戻された。
目の前では須藤女史が立ち上がり、テーブルの上に身を乗り出して真剣な表情で俺を見つめている。
「そんなことしたら裕一さんの生活はどうなるんですか? 私の負担だけを肩代わりしてもらうだけなんて、間違っています」
ごもっともな意見だ。俺が逆の立場でも、初対面の相手に一方的な援助など求めようとは思わない。助ける側も助けられる側も、双方が納得いく契約をするべきだと考える。
「裕一さんが私を助けてくださるなら、当然私も裕一さんのために何かをするべきです……そうでないと、納得いきません。」
テーブルはそこまで幅があるものではない。身を乗り出すと、顔が近くなった。
スンと一瞬だけ果物のような甘い香りが俺の鼻孔をくすぐり、それに混じってほんの少しだけ彼女の汗の匂いがした気がして、心臓が早鐘を打つ。
上目遣いで冷たく光る大きな瞳に俺の視界が釘付けとなり、また吸い込まれそうな気がした。
あ……睫、長いな、とそこまで考えて彼女との距離が相当近いことに気づき、俺は我にかえって仰け反り、椅子ごと転倒した。
やべ、頭打ったぞ。
大丈夫!? と妹が大慌てで手を差し出し、俺はその手を取って立ち上がる。
あれ? 待てよ。それ以前にもっと重要な問題があるじゃないか。
頭を打ったショックだろうか? 俺は見落としていたことに気づいた。
「お母さんは、なんて言ってるの? 結婚を考えていることについてとか、今日の俺とのこととか。君の意志は固まってても、こればっかりはどうしようもないでしょ?」
未成年者である彼女が、自分の意志だけで実行できる計画ではない。さすがに彼女の母親が容認するわけがない。
よし、この方向性でこの話はひとまず落ち着けよう。
目の前の少女を助けたいのは山々だが、このままのペースで畳み掛けられたら色々な意味で危険だ。
須藤女史の申し出は魅力的な提案だ。事情はどうあれ、こんな女子高生の美少女に求婚されて浮かれない男はいないだろう。
実際に俺の心はぐらつき始めている。一瞬だが、彼女のエプロン姿を想像するくらいに。
だが、その提案には俺の理性と倫理観にかけて応じられない。応じるわけにはいかない。
はっきり言って、俺には彼女を助ける義務は一欠片もない。彼女の実情を知りすぎたところはあるが、それでも妹の親しい後輩である以外は、初対面の女子高生でしかない。彼女の申し出をつっぱねることは、なんら問題がないはずである。
それでも、俺は無意識のうちに出来る限りのことをして彼女を助けようと考えている。
俺もお人好しがすぎるよな、と心の中で自嘲してしまう。
(落とし所としては、なんとか理由や大義名分を付けて融資をしよう。彼女の人生は長いんだ。俺みたいなオッサン手前なの相手に、人生を棒に振っていいわけがない)
「ニヒヒ」
椅子に座り直し、なんとか打開策を思案していた俺の横で、妹が不敵な笑みを浮かべた。
「それなら大丈夫。ユッチのお母さんは、もう私が説得済みだよ」
嘘だろ?
静かに頷く須藤女史と、自信に満ちた妹の笑みは、それが嘘ではないことを物語っていた。
この妹は言うまでもなく、この物語における重要人物となります。
続きます。