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33 功城の狼煙

 裕一が当直に就いたその日、彼のアパートでは……?

 いよいよ、裕一の城(生活)は落とされる?

「サト姉ちゃんの臭いがする……、あの女狐!」


 ほんの僅かだけど、お兄ちゃんのベッドから姉の臭いがした気がして、それがお兄ちゃんの匂いと混ざっているのが許せなくて、私はすぐにシーツやタオルケット、布団のカバーを剥ぎ取って洗濯機に放り込んだ。洗剤は多めに入れておこう。

 お兄ちゃんが今日から職場に泊まり込みで仕事だってことは、ずっと前から知っている。お兄ちゃんの手帳のスケジュール表は確認済みだ。


 スケジュール表だけじゃない。

 お兄ちゃんの携帯電話の暗証番号は知っているから、お兄ちゃんの通話記録もメールの履歴もアドレス帳もアラーム設定も、隙さえあれば覗きこんで、必要な情報は私の携帯電話にも移している。

 こまめに書かれた家計簿もコッソリ読んでるから、生活習慣も食べてるものもよくわかる。

 カレンダーに書かれた仕事や行事や約束に関わる暗号が、私に読めないと思う? ローマ字筆記体の鏡文字だなんて、古臭いけど洒落てて、推理小説の主人公になったみたいで解けたときにはドキドキしたよ。楽しい謎解きと生活の秘密を、ごちそうさま♪

 許可なく誰も入れない仕事部屋の鍵の在処も把握済みだから、いざというときの引き籠もり対策もバッチリだ。

 あはは……、とっくに丸裸だね。いつもガードが甘過ぎて心配になっちゃうよ。


 とりあえず、この期間を利用しない手はない。

 だけど今はまず、部屋のこの汚らわしい臭いを、あの不潔な女狐の痕跡を消すのが先だ。

 お兄ちゃんの部屋に私やユッチ以外の女の子の臭いがするなんて……許せない。

 あの図々しい女狐は、結局昨日のお昼までここに泊まっていたようだ。男を頻繁に替えて遊び歩いて、お兄ちゃんのお城を滅茶苦茶にして……あんな姉がお兄ちゃんの傍に寄ると、お兄ちゃんが汚れちゃう! 私とユッチで早く綺麗にしてあげないと……。

 とりあえず、あの女狐の鞄から私もお母さんも知らなかった合い鍵は既に奪っておいた。

 不幸中の幸いというか、これは非常に便利な物が手に入った。これでいつでも好きなように、お兄ちゃんのお城の門を開けられる。

 この鍵を使っていいのは、私とユッチだけだよ。


 あはは……。私、何勘違いしてるんだろ。

 私はお兄ちゃんの妹で、お兄ちゃんのお嫁さんはユッチなんだよ。

 このお部屋の匂いはお兄ちゃんとユッチだけの匂いに満たされなきゃいけない。

 だからこの鍵は、ユッチだけのものだ。


「でも、しばらくは私が預かっておくね」


 持ってきた消臭スプレーを振りまきながら、お部屋を掃除していく。

 姉の痕跡が残っているゴミ箱の中身を集積所に運んでおく。

 とりあえず今日、私がやっておくのはここまでだ。

 ふと気になって、冷蔵庫を開けて見ると、そこには調味料とビールくらいしか入っていなかった。冷凍庫には、半額のシールが貼られた食パンが一斤と氷があるだけだ。

 一人暮らしの冷蔵庫って、こんなものなの? ちゃんと食事をとっているのか心配になってしまう。

 だけどあれは、完食したということだ。


 ねえ、お兄ちゃん……独り暮らしは、楽しい? 本当は寂しいんでしょ? 夜に泣いたりしてない? 忙しい日に、ちゃんと眠れてる? ちゃんとご飯食べてる? 無理してない? 疲れてない? 体は大丈夫?

 私は心配で、仕方ないよ。

 まだ壊れたりしないでね。

 もうすぐだから。


 ふと私が携帯電話を取り出して見ると、お兄ちゃんからの着信と留守電があった。ここのところ1日1件は来るんだけど、留守電に録音された声には日に日にどこか焦りを感じる。ユッチのこと、心配してるんだね。

 ……うぅ、なんか妬けちゃうなぁ。メールアドレスまで変えて、電話も無視して、嫌いなふりしてるのも、ちょっと複雑。

 ああ、でも、焦ってるお兄ちゃんの顔って、どんなだろう? ニヒヒ……、そう考えると、困らせちゃうのも悪くないかな?

 とりあえず、今やるべきことをしよう。

 まず電話だ。

 涼しげで落ち着いた、だけどどこか不安の入り混じった、聞き慣れたとても綺麗な声が聞こえる。

「うん……こっちの準備は出来たよ、ユッチ」

 続いて私はもう一件、電話をかけた。

「はい、よろしくお願いします。時間はこちらで……。ニヒヒヒヒ……大丈夫ですよ。私の言うとおりにして頂けるなら、誰にも悪いようにはしませんから、“お父さん”」

 麻衣ちゃんが思いのほか良い仕事をしてくれたお陰で、こっちは楽に攻略できた。


 ねえ、お兄ちゃん、覚悟(たのしみに)しててね。

 独りぼっちになんて、私がさせないから。

 フラフラになって帰ってきたお兄ちゃんを受け止めてくれるお嫁さんが、お兄ちゃんには必要なんだよ。

 ちょっと乱暴かもしれないけど、その身体でわからせてあげるね。

 苦しむお兄ちゃんを見るのは嫌なんだけど、私がお兄ちゃんを苦しめるなんて……楽しそうでゾクゾクしちゃう。

 ニヒヒ……、私みたいな女の子を、小悪魔っていうのかな?


 待っててね、私の大好きなお兄ちゃん。

 待っててね、私の大切なユッチ。


 もうすぐお兄ちゃんは…………






 独りじゃ生きていけなくなるよ。

 妹・唯の計略やいかに?

 落城の日は近い……?

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