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30 残念男子の城

 残念男子が残念ライフを送る、残念男子の城(生活)を覗いてみよう。

 白瀬家次女が初登場です。

 趣味は何?


 そう聞かれた時、俺は何と答えるだろう?

 とっさに答えるなら読書だろうが、それは違うと思う。


 多分、俺の趣味は“生活”だ。


 大学時代、一人暮らしをしていた俺は“生活”するという当たり前の行為に随分とハマってしまっていたものだ。

 五人兄弟を養う両親の傍らで倹約を学んで育ってしまい、よく面倒を見てくれた祖父母から教わった生活の知恵を駆使して、それを自分の思い通りに実現できる一人暮らしは俺にとって最高だった。

 就職して暫くは実家暮らしだったものの、両親にウンザリしてからまた一人暮らしを始めたが、仕送りの中で遣り繰りしてた時代と違い、自分の収入で遣り繰りしていくのは、やっと自分の城が持てたようで嬉しかった。

 自立した喜びを感じるのが、楽しくてたまらない。

 自律した生活を送るのが、誇らしい。

 ちょっとした発見と閃きが面白い。


 結婚しなくたって、俺は独りでちゃんとやっていけるんだから、もうほっといてくれ。



 ◇ ◇ ◇ ◇



「あのね……アニキのはね、“生活”じゃなくて“生存”って感じだよ」


「は?」

 白瀬家次女・聡子の言葉に、俺はまな板の上での作業を止めることなくそのまま振り向き、


“サクッ……トクトクトク……”


指先から出血した。

「ごめん、聡子。やっちまったので絆創膏だしてくんない」

「なにやってんのよ!」

 聡子が慌てて救急箱から絆創膏を取り出している間に、俺は流しの水道で傷口を洗い、彼女に絆創膏を巻いてもらう。

 まな板の上には背中を途中まで開かれた小鯵と俺の血痕がポタポタと落ちていた。



 あのあと、翌朝になっても唯が機嫌を直してくれる様子はなく、部活があると言って早朝から学校に言ってしまい、須藤女史のことをそれ以上聞くことはできなかった。

 家にいても何もすることがなくて、このまま家にいれば母親から「結婚しろ」と言われるのがわかっててウンザリして、俺は母親の車を借りて両祖父母の家を訪れて墓参りなどを済ませ、休暇はまだ数日あるものの自宅へとさっさと退散したのだった。

 ちなみに、父親の実家は祖母しかおらず、祖父は数年前に亡くなった。以来祖母は独居老人だが、もう80歳にもなるのに未だに畑仕事をしているパワフルな婆ちゃんだ。母親の実家は祖父しかおらず、すでに90歳に近づいて寝たきりの日も多く、母親の兄夫婦が同居して面倒を見ている。

 そんな祖父母の家に顔を出して、お墓も参って、とりあえず今年の夏にやるべきことは全て済ませた俺は途中で買い物だけして夕方には自宅に戻ったのだが、アパートの自分の部屋の扉の鍵が開いていて、奥のベッドに聡子が半裸で腰掛けてテレビでお笑い番組を見ながらケラケラ笑っていたのだから驚いた。

 そういえば彼女は昨夜、バイトで遅くなると言っておきながら結局家には帰らなかった。

 聡子によれば、ドラッグストアのバイトが終わったところで急に友達から電話がかかったらしい。合コンの助っ人か何かで俺の住んでいるアパートの最寄駅前の居酒屋で深夜まで飲んで、電車もないので友達の家に泊まるつもりが友達は男を家に呼んでしまいそういうわけにもいかず、悩んだ挙句、近所のコンビニで下着などの必要な着替えを買って、俺の部屋に泊まったらしい。

 鍵はどうしたのかと聞けば、母親も知らない間に合鍵を作っていたのだから驚いた。もしかして計画的犯行か?

 今の時間まで部屋にいたのは、二日酔いから回復したのがお昼を過ぎてからで、そのままテレビで再放送のドラマを見ていたら遅くなって、帰るのも面倒くさくて……という理由らしい。

 俺の部屋はホテルじゃねえぞ! と、当然俺は怒ったわけだが、妹はケロッとした様子で両手を合わせて、

「ごめん、アニキ。なんでもするから許して」

と言って、今度は涙目で、非常に悩ましい上目遣いで言うものだから…………って、そんなんで俺が許すと思うなよ!!



 聡子に絆創膏を巻いてもらい、全ての小鯵の頭を落として開き終えて、俺は言った。

「じゃあ約束通り、これ全部揚げてくれ」

「うへー、マジかぁ……妹使い荒いなぁ」

「文句言わない、この不良娘め」

 聡子は俺と台所を交代して、戸棚からボールや必要な材料を取り出して俺が捌いた鯵に衣を着けていく。

 そして、フライパンを油で満たして加熱し、衣のついた鯵を揚げていった。独り身ライフのフライパンは小さく、数にして20尾もある鯵を全て揚げるのは時間がかかりそうだ。

 弁当屋や居酒屋でもバイトしていただけあって、聡子が揚げ物は得意だと知っていた俺は、自分の調理スキルではできないそれを聡子にやらせることにしたのだった。

 文香と違って髪は染めておらず、唯とは違って肩付近でさっぱりと切りそろえられたショートカットをしていて、普段はTシャツとジーンズ姿がなかなかボーイッシュに決まっていて、友人たちからは頼りになる姉御肌だと言われているようだが、その私生活はかなり怠惰だ。

 どんなバイトをしてもそつなくこなしてしまうが、家の事は全て面倒くさがり、部屋は散らかっているし、実家では夏になると下着姿でうろついているので目のやり場に困る。苦労して入った大学は中退して、遊び好きで少しだが浪費癖もあり、モテるにはモテているようだが今まで何回彼氏を紹介されたものか……兄としては何かと将来が心配な妹だ。


「あのさ、アニキ……私がいなかったらこの鯵どうなってたの?」


 俺が冷蔵庫からビールを取り出して飲んでいると、聡子はふいにそう聞いてきた。

 白瀬家で魚を捌ける人間は、俺と母親くらいのものだ。

 もっとも、母親の場合は頭を落として腸を出すだけで、三枚におろしたり開いたりなんて技術はない。

 釣りが好きな叔父と父親が釣るだけ釣って帰り、妹たちは魚に触れることすら嫌がり、母親は雑な捌き方しかできず、俺が小学生の頃は開いてないから骨まで食えないフライやエラをとってなくて微妙に臭みのある煮つけにウンザリしてしまい、気づけば家の台所で魚を捌くのは俺の仕事になっていた。

 ただし、それを味付け調理する技術は俺にはない。魚に限らず基本的な包丁捌きはできるが、調理に関してはただ単に加熱することしか俺にはできない。なのでそこは結局、白瀬家の女性陣の仕事だ。

 しかし、そんな俺が今日、何故鯵なんて買ってきたかというと……、


「そりゃ、干物にするに決まってんじゃん」

「まだそんなことやってんの!!」


俺の答えに、聡子はあきれた表情で叫ぶように声を上げた。

 干物はけっこう簡単に作れる。開いて塩で水分抜いて干すだけ、一夜干しも良し、長期保存は容易でそのまま干しておいても良いし冷蔵庫にしまってもいい。食べるときは焼くだけでも美味いが、塩気の利いたそれを刻み生姜や顆粒出汁と一緒に炊飯器に突っ込んで米と一緒に炊いて混ぜれば、簡単な炊き込みご飯の出来上がりだ。大学時代はよく食べていたメニューで、ラップに包んでお握りにして昼休みに食っていたものだが……学友たちにはドン引きされた。いつだったかオープンキャンパスか何かで当時の俺のアパートの部屋に泊まりに来た聡子が、部屋に干された魚を見て悲鳴を上げていたのもいい思い出だ。

「そんなに食べたきゃ買えよ! みっともないから部屋で干すとかやめてよ!」

「えー。だって開くだけなのに3~4割り増しの値段になるんだよ。居酒屋で注文すると倍以上の値段するし、買うより作ったほうが良いじゃん。それに最近は専用の乾燥ネット使ってベランダで……!」

「馬鹿! 節約も良いけど、ちゃんと収入に見合った人間らしい生活しろ! どこの漁村の爺さんなのよ!」

「良いじゃん、別に。俺一人なんだから……ちゃんと生活できてんだから良いだろ?」

「良くない! アニキがやってんのは生活じゃなくて生存! ホームレスみたいに、なりふり構わずにただ生きてるだけでしょ! 楽しいのかもしんないけど、見ててみっともないよ!!」

「俺の勝手だろ! 勝手に上がりこんできて、文句言うな! あと、持ってる鍵よこせ! ここはホテルじゃねんだから、男招いたりしてねえだろうな!」

「するわけないじゃん! ベランダに干物とか、玄関から入ってブレーカー上げるなんて、私の部屋じゃなくても彼氏ドン引きだよ! あと、この足元にあるバケツ! 婆ちゃんじゃあるまいし、米の研ぎ汁で洗い物とか止めてよ! 蛍光灯の周りのアルミホイルとか、どこの貧乏学生よ! いい加減にエアコン修理しなよ! そんなんだから彼女の一人もできないのよ!」

「できなくて良いんだよ! 独りで十分楽しんでんだから!」

 などとギャーギャー騒ぎながらいるうちに、アジフライは完成していった。


「つーか、いつまでいるの? 今日のバイトは?」


 食卓について妹お手製のアジフライを食べながら問うと、聡子は勝手に冷蔵庫を開けてビールを取り出し飲み始めた。

「サボる! アニキ、今日泊めて! あいつの顔、もう見たくない!」

「えーと……なんかあったの? ああ、いや、聞きたくない。じゃなくて、サボるな! 社会人としての義務を果たせ!」

 グビグビと350mlの缶をあけていく聡子を見て、彼氏となんかあったのかなぁ? くらいに考える。たしか、いくつかあるバイト先の一つで彼氏ができたと言っていたような……愚痴は聞きたくない。

 世間一般の感覚はよくわからんが、俺は他人がする恋人との惚気を聞くのは楽しいし、何か夢というか別世界を覗くようで楽しいと感じている。だが反対に、恋人の悪口を内緒で打ち明けられたりするのは、陰湿な陰口や苛めに参加しているような気分になり、嫌になる。

 俺の周りでは大概、後者の場合が多いもので、それを聞くと独り身で良かったと常々思う。

 恋人だの結婚だのには夢がない……気がつくと俺はそういう結論に至ってしまい、婚活なんかせず独りを楽しむことを真剣にやっているのが現在の俺だ。

「聞いてよアニキ! サトシってさぁ……」

(だから、聞きたくねえって言っただろ!)

 俺はそのままウンザリしながら、聡子の愚痴を小一時間聞いていくハメになった。


「ねー、アニキ、聞いてる?」


「はいはい、聞いてますよ」

 俺は台所で食器を片付けながら、ウンザリしながら相槌を打つ。

 聡子は赤ら顔ですっかり出来上がってしまい、こりゃ家に帰すのは無理だと判断して実家に連絡を入れたのはついさっきだ。電話には唯が応じてくれて、なんか昨日の夜より不機嫌そうな声をしていた。

(もうやだ。なんで俺の妹って、こんな厄介なのばかりなんだろ?)

 テーブルの上や周囲には缶ビールの空き缶が散乱し、「あつーい」とか言って脱ぎ癖が始まりTシャツを脱ごうとしたので慌てて止める。はしたないから止めなさい!

 彼女がもう1本冷蔵庫からビールを取り出したのを見て、俺はそれを取り上げて言った。

「飲みすぎだ、馬鹿。シャワー浴びてさっさと寝とけ! 着替えはそこの使っていいから、タオルはその上の棚な。ベッドは好きに使え。俺は仕事部屋で寝る」

「えー……まら、のりたりらーい」

(呂律回ってねぇ……大丈夫か?)

 それでも意識はちゃんとあるらしい。俺の指示したとおりに着替えとタオルを手に入れて、浴室に入ってしまった。

 俺はさっさとテーブルの周りを片付けて、仕事部屋にこんなこともあろうかと(唯が遊びに来て泊まったりとかするので)持っていた寝袋を広げて……ちょっと泣きそうになった。

(俺の城が……あーあ、もう最悪の休暇だよ)

 須藤女史に求婚されて、断ったら唯が不機嫌になって、母親はいつもの調子で、文香にはクソミソに貶されて、父親は静観して見てるだけ。そして今日は聡子に部屋に乗り込まれて好き放題にされて……。

 大きなため息が自然と漏れたとき、浴室の扉が開いて聡子が出てきた。

「バカか! ちゃんと下履け! わーっ! 待て、待て!!」

 振り向くとそこには、酔っ払って頭が回らないTシャツしか身に着けていない妹がいて、見てはいけないものを見てしまったと顔を背けようとした瞬間、彼女の顔が急に青ざめて……ゲロロロロ!


(何この、女難!? もう嫌だ!!)


 俺の休暇は誰かといると……疲れるだけで終わっていく気がした。


 嫁も恋人も妹も、俺の城(生活)にはいないほうが良い。必要がない。

 やっぱり独りでいるのが最高なんだと、俺はつくづく思う。




 とりあえず一言…………、独身万歳。

 独身万歳! 彼の気持ちは結局、この答えに行き着くのであった。


 鯵の干物の炊き込みご飯、簡単なので一度作ってみよう。もちろん、干物はそのまま焼いても美味しいです。

1 鯵を開いて塩をまぶし、15分くらいかけて水分を抜く(鰓は確実に取り外そう。)

2 乾燥させる(外で干すときはカラスに注意、室内では同居人や客人にドン引きされないように)

3 出来上がった干物(小鰺)1尾に対し、3合の米を用意し、炊飯器に投入

4 お好みで刻み生姜(臭み対策)をいれ、調味料や顆粒出汁を少々、何か入れたい具があれば入れる

 ※ 私の場合はシンプルに鯵のみでした

5 炊飯

6 炊き上がったら骨と頭を取り除いて、混ぜて出来上がり。薬味に葱などをふりかけても良いでしょう。

 ※ 私の場合、頭と骨ごと混ぜて食べました。小鰺程度なら意外に食えるもんです。薬味はなしでした。



 次回の更新は、また次の週末になると思います。

 仕事の研修期間も終了が近づき、最後のまとめに取り掛かっているため、もしかしたら厳しいかなぁ……とも思っておりますが、がんばってみます。

 連載開始から、もう1ヶ月になるわけですが、感想、評価、お気に入り登録等、ありがとうございます。

 これからも本作をよろしくお願いいたします。

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