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26 追撃の狼煙

 破談となったそのあとで、唯と結衣は……?

「私のチェス盤、ひっくり返されちゃった。……お兄ちゃんのバカ」


 そう呟いた唯先輩は、お兄さんの去った図書室の入り口の方をしばらく見ていたかと思うと、クルリと私の方に向き直った。

 その顔はまるで、悪戯に成功した子供のような笑顔だった。

「唯先輩……、あれで良かったんですか? お兄さん、怒ってしまいましたよ?」

 私はここまで、唯先輩の指示通りに裕一さんに迫った。

 勿論、私の言葉に嘘はない。唯先輩はその順序とタイミングを示してくれて、私にお兄さんを名前で呼び、最後まで目を離さないようにだけ言った。

 唯先輩の目論見通り、お兄さん・裕一さんは唯先輩の作戦に完全に翻弄されていた。

 あくまでも理性的な対応をとりながらなかなか反論できないお兄さんを見て、唯先輩は楽しんでいるように見えた。

 そして、とうとう裕一さんは怒ってしまった。

 話に聞いていた通り、真面目な人だった。怒るのも当然と言えば、当然かもしれない。

 だけど唯先輩は、それすら計算の内だ。


「ニヒヒ……、お兄ちゃんに逃げられちゃった。」


 唯先輩は、お兄さんは頭が硬いから何が何でも応じることはないと、今日のところはとりあえず一度お兄さんに会ってみて求婚の意思表示をするだけで良いのだと、ここに来る前にそう言っていた。

 そして、わざと逃がして、逃げた負い目を負わせる計画を立てていた。


 楽しそうに笑っている唯先輩は、もしかしたら悪魔かもしれない。

 いくら兄妹だからと言って、あそこまでお兄さんを理解し、翻弄出来るものだろうか?

 私は子供らしく笑っていた麻衣が、お母さんや私を見ながら一人で悩んでいたことさえ、ずっと気がつかなかったのに。

 お兄さんの、裕一さんのことに関しては、なにか得体の知れない物が唯先輩にはある。


「ところでユッチ……お兄ちゃんはああ言ってたけど、どうする?」


 ふと唯先輩は、急に不安そうな顔をしてそう言った。私が結婚することを考えなおすと思ったのだろうか?

 唯先輩の言葉に、私は裕一さんが言った言葉を思い出す。

 裕一さんは、気にせず頼れと言った。結婚はしなくて良いと……。

 私を子供扱いしていたけど、私はもう子供のままでいて良いとは思っていない。私が頼りにできる大人は殆どいないのだから、私が大人にならなくてはいけない。

 だから私は、すでに自分の中で決断している。


「お兄さんの提案は承諾できません。唯先輩、私は裕一さんと結婚します」


 それに私は自分や家族の為だけに、そう決めたわけではない。

 唯先輩の為に、お父さんと同じ運命を辿っていくお兄さんを止める事も決めている。

 大好きだったお父さんが死んだあの日の辛さを、お兄さんが大好きな唯先輩には感じて欲しくない。

 唯先輩はこれまで、私のために出来ることは全てしてくれた。

 お兄さんの為だと言いながら、手放したくないほど大切なお兄さんを差し出してくれた。

 私はまだ、唯先輩の為に何もしていない。

 今度は私が……唯先輩を助ける番だ。


 それに裕一さんは、悪い人ではなさそうだ。

 真面目で理性的で、初対面の私の話を聞いて、精一杯助けてくれようと考えてくれていた。

 きっと良い人に違いない。

 私は唯先輩を信用します。


「ありがとう、ユッチ」


 唯先輩は泣きそうな顔で、安心したように微笑みながら、私を抱きしめた。


「ユッチの誕生日……あと3ヶ月だね。約束するよ。16歳の誕生日に私の大切なお兄ちゃんを……素敵な旦那様をユッチにプレゼントするね」


 そう言った唯先輩のジャージのポケットから、黒電話の着信音が鳴り始めた。

 唯先輩は私を解放すると、相手がわかっているのか目をキラキラと輝かせながら通話ボタンを押す。

「……、うん。そっかぁ……ありがとね。じゃあ帰りに……、うん、よろしく」

 しばらく話し込んで電話を切った唯先輩は、悪戯そうな笑顔でまた私に向き直った。


「それじゃあユッチ……これから、お兄ちゃんのお城を落とすよ」



 ◆ ◆ ◆ ◆



 さすがはお兄ちゃんだ。

 追いつめたと思ったけど、私のチェス盤をひっくり返して、お城ごと逃げちゃった。


 でもそれは予想していた事態だ。

 私にとって予想外だったのは、お兄ちゃんが私の行動を逆手にとってしまったことだ。


「妹がとんでもないことを吹き込んですまなかった。お詫びに君に協力したい」


 まったく……してやられた気分だよ。

 私がこの三年間、どれだけ苦労したか知らないでしょ?

 面倒臭い残念男子め……こんなに可愛い女の子のプロポーズを断るなんて、本当にバカ! 堅物! ロリコンでも良いじゃない!


 ……でも、カッコよかったよ。

 ここで転ぶような軽い男なら、私はお兄ちゃんの事を、ここまで好きにならないよ。


 お兄ちゃんに援助の理由を与えてしまって、ユッチの気が変わったりしないか心配だったけど、その心配はなさそうだ。


 予定通り、次の手を打つとしよう。

 チェス盤の外に、お(ルーク)ごと逃げたお兄ちゃんを捕まえる。

 ううん……違うね。

 お兄ちゃんはもう、私が用意した次のチェス盤に乗っていて、すでに包囲されている。

 私(軍師)の騎兵(ナイト)は既に動いていて、お兄ちゃんが自分のだと思っているもう一つの(ルーク)は実は既に私の手駒で、私の歩兵(ポーン)は徐々に最奥に到達していき、お城の中のお兄ちゃんは四面楚歌。あとは骨抜きになるまで、全力で叩き潰せばいい。

 さっそく騎兵が最初の梯子をかけてくれた。攻城のために必要な衝車も梯子も投石機もすべて手配済みだ。

 ねえ……どこまで頑張れる、お兄ちゃん?



「それじゃあユッチ……これから、お兄ちゃんのお城を落とすよ」

 病愛の軍師・唯の攻城戦が始まる。


 更新ペースが遅くなっていきますが、これからも本作品をよろしくお願いいたします。

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