23 妹の勝算
「唯先輩のお兄さんを、私にください」
ユッチの言葉を受けて、私はすぐに行動を起こすことにした。
まずはユッチにお兄ちゃんの状態について説明した。
お兄ちゃんはまだユッチの存在を知らないこと、結婚を迫ったところでユッチに魅力を感じても堅物だから簡単には応じないだろうこと、自立しすぎて結婚願望を既に放棄していること等を説明した。
私の計画は、ユッチを攻略して終わるものではない。
ユッチを使ってお兄ちゃんを攻略して、初めて決着がつく。
今はまだ、最後の決戦に向けた準備がようやく整い始めたばかりだ。
だけど私はお兄ちゃんが相手なら、どう転んでも攻略する自信があった。
お兄ちゃんのことで、私にわからないことなんてない。
お兄ちゃんの手の内は、全て知っている。
しかし念入りに、手を打っておく必要はある。勝算はあっても、お兄ちゃんを尊敬している私には、お兄ちゃんを侮ることなんかできない。
あはは
あははははは
いーこと思いついちゃった。
お兄ちゃん、待っててね。
確実に罠にはめて、逃げ道を塞いで、網で捕らえて……最後は骨抜きにしてあげる。
幸せにしてあげるから、覚悟してね?
自分のお腹の中が真っ黒に染まっていくような気がして……だけどそれはお兄ちゃんのためだから、とても気持ちのいい感じがして、嬉しくて嬉しくて身体が震えそうになる……笑いがこみ上げてくる。
だけど、変だなぁ……私は良いことをしようとしているのに、どうして悪いことしてる気分がするんだろう?
これが悪巧み? ううん、そうじゃないよね? 良い企みだよね。
ああ、だけど、今この気持ちのまま笑った姿は、なんだかユッチには見せられない気がする。お兄ちゃんのせいだよ。
こみ上げてくる感情と笑いを必死に噛み殺しながら、私は頼れる先輩の顔をして、ユッチに言った。
「ユッチ……私に任せて。」
◇ ◇ ◇ ◇
お兄ちゃんをユッチと結婚させるための準備を着々と進めながら、私はその運命の日を待っていた。
あの後、ユッチは小夜子さんをどう説得したものか迷っていたが、そこは私に任せてもらった。
すでに小夜子さんは攻略済みだ。ユッチの答えが出た旨を伝えると、小夜子さんは何も言わなかった。
電話越しに私が「いいんですね?」と聞くと、小夜子さんはため息の後に「結衣の好きにさせると言ったでしょう」と言ってくれた。
土壇場で反対されたらそれこそどうしようかと不安だったが、これでもう大丈夫だ。
麻衣ちゃんは素直に私の言うことを聞いてくれて、すでにあちこちに私の手が回っている。
「お兄ちゃん。大事な話があるから、私が夏休みのうちにぜーったいに帰ってきてね」
電話越しに聞くお兄ちゃんの声に、私の決戦の日が決まる。
◇ ◇ ◇ ◇
運命の日の当日、お兄ちゃんを電話で誘い出し、運命の瞬間が始まる少し前の図書室で、私は貸し出しカウンターの椅子に座っているユッチの髪を梳きながら、ウキウキしながらそのときを待つ。
「お兄ちゃん、もうすぐしたら来るからね」
いつもは後ろで一つ括りにしているユッチの髪を下ろして、果物のような良い匂いがするユッチの髪を、柔らかくてサラサラとして触り心地の良いその髪を弄びながら、私は緊張した様子のユッチに笑いかける。
「あの……唯先輩?」
「大丈夫。ぜーんぶ、うまくいくから。だからね、ユッチ……私に任せて」
心配そうに光るユッチの綺麗な瞳を見つめて、私は安心させるようにそう言うと、持ってきた2本の髪ゴムでお下げを作ってあげた。
「たまには違う髪形もいいでしょ?」
「えっと……はい」
キョトンとした顔のユッチが不思議そうに、とても可愛らしく小首をかしげている。
(うん……やっぱりユッチは可愛い)
図書室の終了時間が近づき、勉強や読書をしていたみんなが帰っていく。
それからしばらくして、私とユッチしかいない図書室に……私が用意したこの場所に、お兄ちゃんがやってくる。
「あ。お兄ちゃん、いらっしゃい」
ねえ、お兄ちゃん。
私の用意したチェス盤の上で、お兄ちゃんはどこまで戦えるの?
……勝ち目はないよ♪
過去編、ようやく終結です。
長らくお待たせしてしまいました。