22 結衣の答え
「えっと……とりあえず会ってから判断するってこと?」
ユッチの答えに、私は内心で後悔しながらそう問いかけた。
何故、今までユッチにお兄ちゃんを見せなかったのだろう?
否、仕方がない。
もともと、ユッチをお兄ちゃんのお嫁さんにしようという計画は、時間をかけてやる予定だった。
ユッチ自身を攻略するのは、小夜子さんや麻衣ちゃん、ユッチのお父さんといった外堀を埋めたうえで、ユッチに影からお兄ちゃんを覗かせて私がフォローしつつその魅力を宣伝し、私が卒業式を迎えるくらいで2人を会わせて、なんとかお付き合いさせる方向に持って行き、ユッチの卒業と同時に結婚式……くらいに3年前は考えていた。
だけど、ユッチのお父さんが亡くなったり、お兄ちゃんが予想以上に危険な状態だったりと、アクシデントが頻発して、私は切り札の少ないままに短期決戦に挑んでいた。
私の注意が小夜子さんや麻衣ちゃん、ユッチのお父さんにばかり向いていたので、肝心のユッチへの根回しができていない。
これまでユッチの前で散々お兄ちゃんの素敵なところをアピールしてきたが、ユッチがお兄ちゃんを好きになる時間を設けなかったことと、実際の本人を見せたことがないというのは大きな失態だった。
私にとってカッコいいお兄ちゃんでも、初めて会うユッチの印象がどうなるかはわからない。
第一印象はかなり大事だ。
いきなり会わせて、私はお兄ちゃんをフォローできるだろうか? 自他共に認める、あの残念男子を。
ユッチを見ながら熟考していた私だが、予想に反してユッチは積極的だった。
「いえ、結婚する方向で話を進めてください。私には、唯先輩のお兄さんの力が必要です」
どうやらユッチは、かなり焦っているようだ。
多分、無理をしている小夜子さんの姿と、麻衣ちゃんの後押し、さらに私がこれまで話してきたお兄ちゃんの情報から、すでにユッチの中で結論が出ているのだろう。
非常に好都合な展開だが、後々で焦っていて結論を急ぎすぎたと後悔されては良くない。
だけどユッチのこの焦りを、利用しない手はない。
「うーん……」
しばらく考えていた私だが、焦りすぎているユッチを私が危うくて心配していると思ったのか、ユッチは一度大きく息をついたかと思うと、真剣な目で私を見つめて言った。
「唯先輩は、お兄さんのことについて、私に嘘をついてなんかいませんよね? 今まで私に教えてくれたお兄さんのことは、まさか嘘なんですか?」
「そんなことない!!」
お兄ちゃんを否定されたような気がして、カッとなって私は反射的に叫んでいた。
「お兄ちゃんはカッコよくて優しくて、真面目で努力家で、不器用で危なっかしくて、ちょっと残念なところもあるけど、そこがまた良くて! 私の大好きな自慢のお兄ちゃんだよ! 嘘なんかついてない! ユッチに話してたお兄ちゃんは本当だよ!!」
ユッチの細い肩を力いっぱい掴んで、私は必死だった。
「っ……唯先輩、痛いです」
「……ご、ごめん」
ユッチの顔が痛そうに歪んでいるのに気がついて、私は慌ててユッチの肩から手を引いた。
冷静さを欠いたことに私が自己嫌悪に陥っていると、今度はユッチが私の肩を掴んで、私の目をしっかりと見つめて、ユッチの口から今まで聞いたことがないくらいに落ち着き払った声が聞こえた。
「私は唯先輩の言葉を信用します。……唯先輩のお兄さんを、私にください」
結衣の決心が固まりました。
唯の策謀の矛先は、いよいよ兄へ向かいます。