2 進路相談
時間を空けながら、投稿していこうと思います。
えっと……俺は彼女に何を聞かれたんだ?
収入?
「……そんなこと聞いてどうすんの?」
問いかけの意味がわからず唖然としながら、俺はようやく言葉を搾り出した。
彼女は眼鏡の奥の黒い瞳を冷たく光らせながら、真剣な表情でジッとこちらを見据えていたが、俺の問い返しを聞いて今度は妹の方へ視線を向けた。
何かを問いかけるような須藤女史の視線に、妹は呆れたように深々とため息をついた。
「ユッチ、ストレート過ぎ。もうちょっとゆっくり、さり気なーく、“ソッチの話”に持ってこうよ」
「先輩、私にはあまり時間がないんです。重要な事は早い段階で知って、これが駄目ならまた1から考え直さなきゃいけません」
「いや……事情はわかるんだけど。多分、お兄ちゃんなら問題ないよ」
“ソッチの話”とは何だろうか?
“時間がない”とはどういうことだ?
俺なら“問題ない”とは何のことだ?
妹とその後輩の意味不明なやり取りを、俺は首を傾げながら観察する。
妹は何かをあきらめた様に一つ大きなため息をつくと、俺のほうを見て言った。
「その……お兄ちゃん。何も考えないで、インタビューか何か受けてるとでも思って答えてあげてくれない?」
「よくわからんが……そのインタビューの目的だけでも教えてくれない?」
俺の問いかけに、妹は俺と須藤女史を交互に見た後、一言、呟くように言った。
「進路相談」
収入、出費、貯蓄、生活環境、職場と私生活、さらには俺の趣味や嗜好についてまで、須藤女史はこと細かに質問してきた。
妹から“進路相談”と聞いて、てっきり将来の進路について悩む後輩の問いかけに答え、アドバイスをするもんだと思ったが、どうも違う。
須藤女史の関心は、俺の経済力にあるようだ。そして、俺の仕事の内容には殆ど触れてこない。
たしかに、将来の進路を考えるキーワードとして“収入”は大きなポイントだ。
だが、進路とは自分の適性や嗜好、憧憬や夢、家庭環境、社会情勢、労働条件、使命感等、あらゆる要素や視点から考え、迷い悩みぬいてようやく決定するものだ。
それを経済面だけで考える姿勢には、疑問しかわかない。
そもそも俺個人の経済状況だけ聞いて参考になるのか?
さらに言えば、俺の私生活について知ってどうなるのだ?
一通りの質問が終わると、須藤女史は生徒手帳に書いたメモを暫く睨んでいたが、ふと妹の方に視線を向けた。
妹は不安そうにオズオズと、彼女に問いかけた。
「どうかな?」
須藤女史は生徒手帳をしまうと、真剣な顔で妹を見て答えた。
「はい……希望していた以上に余裕があります。その上で先輩……最後に1つだけ確認させてください」
何の話をしてるんだ?
「本当に、大丈夫なんですか? 変なところとか、隠してないですよね?」
「大丈夫だよー! そこは妹の私が保障するから!! でも、それ以外と後のことはユッチ次第だよ」
俺を無視して、何か彼女にとって重要なことが決められようとしている。
「裕一さん」
突然、下の名前で呼ばれて、何事かと俺は彼女を見た。
須藤女史は俺に向き直ると、居住まいを正し、座ったまま丁寧に頭を下げた。
纏められた柔らかそうなお下げがテーブルの上にこぼれ、サラサラとした綺麗な前髪がテーブルスレスレで揺れている。頭を下げる一瞬だけ見えた、白い首筋の奥に見えた鎖骨の窪みにドキドキした。
「あの……えっと、なんでしょう?」
戸惑う俺に向けて、彼女は清流の流れのように澄んだとても涼しげな声で言った。
「あなたと結婚するので、私を高校卒業させてください」
続きます