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17 妹の采配(決断4)

 お待たせしました。


 唯 VS 結衣


 唯の正念場です。

 期末試験が近づいたころ、思いもよらない形でチャンスは巡ってきた。


 私はその日まで、どうやってユッチをお兄ちゃんに会わせるか、どうやって結婚する流れに持ち込むか、肝心の策がまったく思いつかなかった。

 まずどうやって、ユッチにお兄ちゃんを好きになってもらおう? 否、お兄ちゃんを必要だと思ってもらおう? お兄ちゃんにユッチが必要な理由は既にあるが、ユッチにお兄ちゃんが必要な理由がない。

 ただ会わせるだけでは、私の一方的な自慢で終わってしまうだろう。

 お兄ちゃんの持つ病気・リミットカットの話をすれば、同情は引けるかもしれない。でも、それだけでは足りない。

 好意でなくても良い。とにかくユッチが、お兄ちゃんを必要だと思うポイントが欲しい。そのためには、結婚するのがいいという流れを作れれば、尚良い。


 そして、その日の放課後、部活を終えて図書当番のユッチを迎えに図書室に行く途中、図書室の手前にある進路指導室から、ユッチとユッチの担任の先生が出てきた。

「まあ、須藤。先生も出来る限りのことは相談にのるから、また何かあったら言ってくれ」

「はい。ありがとうございました」

 ユッチは先生に頭を下げて、図書室に入っていった。

「何かあったの、ユッチ?」

 図書室の貸し出しカウンターに着いたユッチに、私は心配になって声をかけた。

 ユッチのお父さんが亡くなってからもう3ヶ月は経ち、ユッチもだいぶ元気になってきたようだが、時々お父さんのメガネを手にしてはため息をつくようになっていた。

 私の問いかけに、ユッチは大きなため息をついて言った。

「もうすぐ終了時間です。帰りに聞いてくれますか?」

「もちろん♪」

 私はユッチが私にこうして何でも話してくれるのが嬉しかった。

 担任の先生にしか相談しなかったことを、私に相談してくれる。

 私を頼りにしてくれているのだと思うと、私はちゃんとユッチの頼れる先輩なんだなと思えて、とても嬉しかった。


「高校を、辞めようと思ってるんです」


「なんで!?」

 ユッチの言葉に、私は驚いて声をあげた。

 ユッチの家の近くの公園で並んでベンチに腰掛け、ユッチは事情を詳しく説明してくれた。


 ユッチのお父さんの生命保険のお陰で学費と生活費は何とかなっていたものの、後でお父さんに借金があったとわかったこと。

 借金は返済できない額ではなく、詳しい額は聞いてないが10年の計画で返済するそうだ。

 そして、小夜子さんがユッチや麻衣ちゃんのために、お仕事を増やしすぎて無理をしていることを、辛そうに語ってくれた。


「でもお母さんは、私が高校をやめるって言うと大反対したんです。きちんと高校を卒業させて、お嫁に出すまでは頑張るからって言って……。でも、そうすると、今度はお母さんまで倒れてしまいそうで心配で……もしそんなことになったら、私も麻衣も耐えられません。」

 最近になって小夜子さんは、体調を崩しがちになったそうだ。この日初めて聞いことだが、もともと小夜子さんは体の弱い人で、最近は貧血気味で急にしゃがみこむことが多いらしい。

 俯いてそう語るユッチは、今にも消えてしまいそうなくらいに儚く見えて、このまま小さくなって消えてしまいそうで、私は怖くなってユッチを抱きしめた。

 ユッチは一瞬だけ驚いたように肩を震わせて、気づくと私の胸の中で泣いていた。

「唯先輩。私は、どうしたらいいですか? お父さんが死んじゃって、今度はお母さんが無理して……なのに私、まだ子供だから、何もできないんです」

「ユッチ……」

 私も子供だから、何もできないよ。

 お兄ちゃん……どうすればいいかな?


 あれ?

 ちょっと待って?


 私の中で、パズルのピースが組み合わさるように、何かが構築されていく。

 何が出来上がろうとしているのかわからない……だけどそれは、とてもいい物に違いないと、直感した。


 ああ……そうか。何で気がつかなかったのかな?


 私の中で組み合わさり、構築され、出来上がったものは……。


 私の大好きな人たちのために、私が目指すべき“未来”だ。


 私は抱きしめていたユッチを解放すると、その涙を指で拭ってあげて、笑顔で言ったのだ。


「ユッチ……うちのお兄ちゃんと結婚したら? なんかね、お父さんが退職したら私の学費は俺がもつって言ってたから、お金は結構持ってるはずだよ。学費出してもらって、そのまま一生養ってもらったらいいんじゃない? ユッチのお母さんだって、ユッチをお嫁に出せて一石二鳥じゃん」


 さあ、勝負はこれからだ。

 ……ユッチ、私は本気だよ。


「なに言ってるんですか、唯先輩? 冗談はやめて下さい」

 私の言葉に、ユッチは驚いたように目を丸くした。

 こんなときに、この人はなに馬鹿なことを言っているのだろう? そんな感じの目で、私をみている。

「冗談を言ったつもりはないよ」

 私はユッチを真っ直ぐに見つめて、畳み掛けた。

「私のお兄ちゃんは素敵な人だよ。高校生活も続けられるし、お母さんも少しは楽になるし、ユッチも十分幸せになれる。妹の私が保証する。ユッチ……私のお義姉ちゃんになってよ」

 ベンチの上でユッチの黒くて大きくて綺麗な瞳を見つめながら、私は額が引っ付きそうなくらいユッチに詰め寄る。

「お兄ちゃんは大人だから、子供の私やユッチに出来ないことができる。優しい人だから、きっとユッチを助けてくれるよ」

 ユッチは混乱した様子で、だけど私の真剣な思いが伝わっているのか、私から目が離せないでいる。

「ユッチにはお兄ちゃんが必要だよ。ユッチを助けられるのは、私はお兄ちゃん以外に考えられない。だからね……私の大切なお兄ちゃんを、大好きなユッチにあげる。だからユッチは……」


 あと、一押しだ。


 私はユッチの両手を自分の両手で包み、祈るようにして必死に、ユッチにお願いした。

「お願い! お兄ちゃんを助けて! 私には……妹の私には、それができないから!!」


 これが最後の切り札だ。


 小夜子さんの時と同じように、私はお兄ちゃんの病気・リミットカットについて語る。

 その病気はユッチのお父さんも持っていて、ユッチのお父さんはそれが原因で亡くなったのだと説明する。

 小夜子さんと約束したとおり、私は一切ユッチに嘘はついていない。

 あとはただ、私の正直な気持ちでお願いするだけだ。


「お願い、ユッチ! お兄ちゃんを助けて! お兄ちゃんの傍にいて、お兄ちゃんを止めて! お兄ちゃんもいつか……ユッチのお父さんみたいに、死んじゃう。だから……」


 ああ……本当に、私は悪い子だね。

 優しい先輩のふりをして、自分の目的のために苦しんでいるユッチの弱みにつけ込んでいる。

 こんな風にして、お兄ちゃんとユッチのお父さんを重ねて、ユッチの同情を引いて、助けられるのは妹の私じゃなくてユッチなんだと誘導して……。


「お願い、ユッチ……お兄ちゃんと結婚して」


 でもね、気持ちは本気なんだよ。

 私の目を見てよ。どこにも嘘なんてないよ。

 この3年間、頑張って出した答えがこれなんだ。


 いいよ、ユッチ。

 ユッチは、ゆっくり考えて。

 小夜子さんとの約束通り、無理強いはしない。ユッチの意思で、考えて欲しい。

 小夜子さんのときみたいに、答えるまで逃げられないようにはしないから安心して。


「私はもう帰るね。ユッチ……今日、答えが出なくても、明日でも、明後日でも、夏休みが終わってからでもいいから、返事を聞かせてよ。待ってるから」


 これが決戦に向けた、最後の賭けだ。

 答えが出るころには、お兄ちゃんはまた倒れているかもしれない。

 ユッチの答えは、ノーかもしれない。


 やるだけのことはやった。

 人事を尽くして……あとは天命を待つだけだ。


 私はユッチから離れて立ち上がると、公園にユッチを残したまま家に帰った。

 はたして、結衣の答えは?

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