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15 妹の采配(決断2)

 妹・唯 対 お母様・小夜子

 本当はね……、私がお兄ちゃんのお嫁さんになりたいんだよ。


 毎朝、優しく、時々乱暴に起こしてあげて、一緒に私が作った朝ご飯を食べて、私がネクタイを結んであげて、玄関で「いってらっしゃい」って言ってキスするの。

 仕事が終わって帰ってきたお兄ちゃんに、「お風呂にする? ご飯にする? それとも……」なんて、どこかの漫画みたいにエプロン姿で言うの。

 お休みの日は手をつないでお出掛けして、雨が降ったら家の中でめいっぱい甘えて……。

 子供は三人くらい欲しいなぁ。お兄ちゃんそっくりのしっかり者の長男と、私そっくりな甘えん坊の妹が二人……。ああ、ダメダメ! そんなにいたら、お兄ちゃんリミットカットで、お仕事頑張りすぎて倒れちゃう!

 ううん……そんなことさせない。無茶しそうになったら、傍にいて止めてあげるの。

 お兄ちゃんのお嫁さんになれたら、私は…………。


 でもね、そんな夢を見るには、私がお兄ちゃんを好きになるのが遅すぎたんだ。

 私がお兄ちゃんを好きになったのは、私が中学に入ってからだった。

 それまでは、ただ真面目なだけで、要領が悪くて気が利かない、ファッションセンスもなくて、古くなった物をいつまで経っても使っていて貧乏臭くて、頑固で馬鹿正直で、空回りばかりして、気がついたら倒れてたり、いつも損してる残念男子。

 恥ずかしくて、友達にお兄ちゃんの話なんかできなかった。


 だけど私が中学生になると、お兄ちゃんは大学を卒業して就職して、立派になって帰ってきた。

 すぐにその魅力に気づけなかったけど、お母さんやお父さんがご近所さんにお兄ちゃんを自慢していて、こんな残念男子の何がいいんだろう? とか思いながらお兄ちゃんの周囲をよく見ると、私がそれまでカッコいいとか凄いとか感じていたものが、実はとても駄目なものなのだと気づかされた。

 それと同時に、今までカッコ悪くて変だとか、残念な光景でしかなかったものが、実は凄く立派なことなんだと気がついた。

 お兄ちゃんがお父さんとお酒を飲んでいたあの日、偶然聞いたあの会話がきっかけで、お兄ちゃんは私にとって自慢の、尊敬できるカッコいいお兄ちゃんになった。


 もっと早く気づいていれば良かった。

 そうすれば、私はちょっとだけ夢を見ることが出来たと思う。


 兄妹は結婚できない。


 このことを知る前に、何も知らないうちに、お兄ちゃんのお嫁さんになった自分を夢見ていたかった。

 今そんな夢を見ると、夢は夢のままで絶対に現実にはならないことを、思い知らされてしまう。


 だからね……お兄ちゃんのお嫁さんは、私が見つけた最高の女の子にしようと思うの。


 若くて美人で家庭的な……、私と同じように、お兄ちゃんの魅力を理解できる女の子に、お兄ちゃんを託すんだ。



 ◇ ◇ ◇ ◇



「ユッチをお兄ちゃんのお嫁さんにください」


 小夜子さんの目を真っ直ぐに見据えながら、私は言った。

 小夜子さんは何を言われたのか、すぐには理解できなかったようだ。

 しばらく呆然としたまま、焦点の合わない虚ろな目でボーっとして私の方を見ていたが、やがて私の肩から手を引いて

「何を言ってるの、唯ちゃん?」

と、信じられないものを見るような目で私を見つめながら言った。



 私の賭けはもう始まっている。

 だけどこれは決戦ではない。

 決戦はまだずっと先で……これはまだ、その準備段階でしかない。

 本当はまだ余裕を持って工作するつもりが、時間の猶予がなくなった私は、急ぐしかなかった。

 カードは既に配られた。

 私の切り札はあまりにも少ない。


 だけど小夜子さん……私は負けないよ。



 回りくどい真似はしない。直球で勝負する。


「お願いします。ユッチをお兄ちゃんのお嫁さんにください。お兄ちゃんには、ユッチのような女の子が必要です」


 私はベンチから立ち上がり、小夜子さんに頭を下げてお願いした。

 そして、これまで私がしてきたことを、小夜子さんに正直に話した。

 さらに、お兄ちゃんがどれだけ危険な状態か、倒れていたあの日のことを含めて全て話した。


 黙って私の話を聞いていた小夜子さんは、信じられないとばかりに瞬きすら忘れて目を見開き、私から目をそらすことはなかった。

 私は話し終えると、もう一度頭を下げてお願いする。


「お願いします。ユッチをお兄ちゃんのお嫁さんにください。お兄ちゃんを、助けてください! お兄ちゃんが、ユッチのお父さんみたいになってしまう前に……」


 最後の所は、我ながら汚いなと思った。

 自然と涙が出てきたのだが……はっきり言って最後の所は、同情を誘うための、私に持てる唯一の切り札だ。

 小夜子さんは既に、お兄ちゃんとユッチのお父さんを同じものに見ている。

 だからこそ私に、お兄ちゃんが傍にいるうちに止めるように、目を離さないようにと言った。自分の大切な人に起きた悲劇が、自分の身近でも起こることを恐れている。

 そして私は、それを防ぐ唯一の手段が、ユッチであると答えを誘導していく。

 小夜子さんがこれで、私に協力してくれればいい。もし、それが無理でも、何か条件を満たせば良いといった、言質を得る。それだけでも十分な戦果だ。

 それでも小夜子さんが、ユッチをお兄ちゃんと結婚させることを、絶対に駄目だと言ってしまえば、私の負けだ。

 勝つか負けるか、そのどちらかの結末しか私は認めない。


 小夜子さん、あなたのターンですよ?

 逃がしはしません……あなたのカードを切ってください。


 小夜子さんがゆっくりとベンチから立ち上がる。

 しばらく何か迷うように私から視線を逸らしたが、やがてユッチに良く似た綺麗な瞳が、私の姿を捉えた。

 小夜子さんの小さな唇が……震えながら、ゆっくりと動き始める。

 呼吸することすら忘れて、私はその瞬間を待つ。




「娘の……、結衣の好きにさせるわ」

 小夜子さん、陥落!?




 ブラコンの妹・唯ですが、良識はしっかり持っています。

 怪しいのは常識だけ……のはず?

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