1 妹からの呼び出し
こんなことはまず有り得ない。男の夢を書いていきます。
テーマは「合法的な援助交際」……ですが、特にエロはありません。
真面目にコツコツなモテない男性に送る、夢物語です。
早く結婚しなさい。
誰か良い人いないの?
実家にいれば両親からそう言われ続け、ウンザリして一人暮らしを始めたのはもう3年前か。
せっかく実家近くに就職できたのに、実家が居心地悪いなんて、どんな悪い冗談だ。
帰るたびに一日10回は言われるんだよなぁ……。
もう今年の盆は帰らんとこう……と、考えていた矢先に、実家から「大事な話があるので私が夏休みの間に絶対に帰ってきてね」と、妹から電話がかかってきた。
紹介がおくれた。
俺の名前は白瀬 裕一。5人兄弟の長男で、28歳独身。仕事は製薬会社の研究室で助手をしている。
電話してきたのは末っ子の三女、18歳、女子高生。
ちなみに、この間には妹(26)、妹(24)、弟(20)と入るが、そのうち紹介しよう。
案の定、帰省(電車で3駅)した途端、両親の第一声は「良い人は見つかった?」だ。
いい加減俺もキレるぞ!
俺の勤める製薬会社の研究室は、本社から離れた山奥にあり、男性研究者ばかりで職場恋愛など有り得ない。
新薬の研究で特許に関わる企業機密を多く扱うため、近寄ってくる女性には気をつけろ……が合い言葉になっている。
つい最近だが、ハニートラップで情報漏洩が起きたので、なおさら女性との接触は自粛せざる得なくなった。
そもそもモテないので、自粛する必要などないがな。
帰省した翌日の午後、妹は俺を高校に呼び寄せた。
妹の通う高校は俺の母校でもある。
受付事務には部活動OBの訪問ということで入校許可を得た。
夏休みに入った校内では、部活動や二学期の文化祭の準備に向けて、多くの生徒たちが登校していた。
妹との待ち合わせは、そんな学校の図書室だった。
「あ。お兄ちゃん、いらっしゃい」
扉を開けると、ベリーショートの髪で真っ黒に日焼けした、図書室のような文化系空間にはかなり不似合いなジャージ姿のザ運動部女子が、俺を見つけるや否や貸し出しカウンターの前から入り口に立つ俺の前に駆け寄ってきた。俺の妹で、名前を唯という。
彼女はたぶん兄弟の中では一番テンションが高い。常に落ち着きがなく、コロコロと変わる表情とオーバーアクションが子供っぽい。
陸上部に所属する俺の妹に読書の趣味などない。格好からして、絶対に図書委員でもない。
「なんなんだよ、こんなところに呼びつけて? 部活動OBの訪問って名目で入れたけど、俺は化学部で図書室とは正反対の位置だからな」
例の大事な話をするので来てくれと電話をうけて来たのだが、いったいこんな所でなんの話があるんだ。
「まあまあ、すっごく真剣な話なの! とにかくこっちに来て」
面倒臭いと意思表示をこめてため息をついてみせるが、妹は俺の腕を力一杯引いて奥のテーブルの椅子に座らせる。
図書室には俺たち兄妹のほかには、貸し出しカウンターに座っている図書委員らしき女生徒の姿しかなく、広い空間がやけに寂しく感じた。
いすに座ったその瞬間、カウンターに座っていた女生徒が「本日終了」と書かれたプレートを持って出入り口の扉に向かっているのが見えた。
室内に設置された時計を見ると、15時ジャスト。
「おい、終了時間みたいだぞ」
「いいから、いいから」
妹は俺のすぐ左隣に座ると、ニコニコしながら視線を出入り口に立つ女生徒に向けた。
女生徒は俺たち二人をジッと見据えながら、ツカツカとこちらに歩み寄ってくる。
肩にかかった二つ結びの黒髪のおさげに、縁なしのメガネの奥で冷たく光る黒くて大きな瞳が印象的な、見るからに真面目そうな少女だ。
特に化粧をしている様子もなく、アクセサリーの類は一切していない。セーラー服のスカートの丈は膝が隠れるほどに長い。
校則厳守のお堅くて地味な出で立ちだが、色白で線が細く、整った顔立ちにはどこか大人びた雰囲気があり、俺はしばらく目を奪われた。
(は~……こういうのを清楚な美少女っていうんだろうな)
と、そこまで考えて、俺は彼女が硬い表情でこちらにジッと冷たい視線を向けていることに気付いて、我に帰る。
「ごめん。俺たちすぐ帰るから」
「いえ、どうかそのままで」
彼女は慌てて席を立とうとした俺を言葉で制す。風鈴の音のような清涼感のある声に、一瞬だけ俺の頭の中が清流で洗い流されたように真っ白になった。
彼女はテーブルを挟んで俺の向かい側に立ち、値踏みするようにしばらく俺を観察した。
そのどこか冷たい視線が、何か得体の知れない光線となって体中をなぞっているような錯覚を覚えて、若干の居心地の悪さを感じていると、不意にその視線が妹の方へ移る。
妹は全く動じることなく、ニコニコと少女に微笑み返す。
しばらくして少女は短く一息ついて俺に視線を戻すと、礼儀正しく一礼して、
「今日はお忙しいなか、こんな所まで来ていただきありがとうございます。1年生の須藤 結衣と申します」
実に簡潔な自己紹介をして俺の向いに座った。
(……1年生かよ)
落ち着いた雰囲気に、俺はてっきり妹と同じ3年生かと思っていた。
いや、妹と比較すると誰でも大人びて見えるものなのだが、この子は別格だ。
「ああ、これはどうもご丁寧に。俺は……!?」
これでも社会人の端くれだ。丁寧な自己紹介をされると、こちらも応じるつもりだったが……いきなり横から妹が割り込んできて遮られた。
「これが私のお兄ちゃん! 上場企業の製薬会社で働いてて、28歳、独身! 見た目どうかな? 背高いし、イケメンじゃないけど、ブサイクでもないでしょ? でねでね、ここからが重要で、収入安定の正社員! タバコもギャンブルもしないし、倹約家だから貯蓄は潤沢! 保険も抜かり無し! 優しいし、真面目だし、暴力とか絶対しないから、これは妹の私が保証します! ユッチの条件ぴったり……てへぷっ!」
「何の話だ」
妙に高いテンションで勝手に兄を紹介する妹の額を、手刀で軽く小突いて黙らせる。
「ひどーい! 暴力だ……ううん。今のはノーカウント! ユッチ、今のは兄妹のスキンシップのようなもので……ひはい、ひふぁい!」
「だ・か・ら、何の話だ?」
今度は妹の両の頬を摘んで伸ばし、黙らせる。ふよふよとして意外にも柔らかい。
学校に呼びつけて、終了後の図書室で美少女と対面させ、勝手に俺を紹介する……妹よ、お前はいったい何がしたいのだ?
「てか、大事な話があったんじゃないのか?」
「ほーほー、ほれふぉれ(そうそう、それそれ)!」
俺が妹の頬から手を離すと、妹は頬をさすりながら一瞬ちらりと向いに座る須藤 結衣を見た。
つられて俺も須藤女史(そう呼んで差し支えないほどの落ち着きぶりだった)の方を一瞬だけ見た。
俺たち兄妹のやり取りを、興味深そうにジーッと観察している。
そういえば、須藤女史の最初の挨拶から察するに、俺に直接的に用事があるのは彼女のようだ。
「ごめんね、須藤さん。うちの妹うるさいでしょ」
「いえ、お構いなく。唯先輩のテンションの高さには、もう慣れてますから。仲がよろしいのですね」
まあ、3人の妹たちの中では、一番懐いてる方だろう。どういう訳だか、俺には他の姉や兄よりもベタベタに甘えてくる。ただ、ここまで懐いてくるようになったのはつい最近のことで……こいつが中学に入学してからだったと思う。
「こいつに一方的に振り回されてるだけだがな」
俺の返しに、須藤女史は目を細め、クスリと小さく微笑んだ。
その変化に、俺は心臓と脳天を打ち抜かれたような衝撃を受けた。
(やべぇ……可愛い。笑顔、ハンパねえ)
俺は顔が赤くなっていないか焦りながら、この動揺を何とか誤魔化そうと話を進めた。
「ええっと、まあ、俺については妹の紹介のとおりだ。で、ええっと、須藤さん。俺に何か用かな?」
俺が話を促すと、彼女は胸ポケットから生徒手帳とボールペンを取り出し、一度メガネのずれを直し、口を開いた。
「いくつか質問があります。とても重要なことです」
「なにかな?」
「収入はどのくらいありますか?」
「……は?」
続きます