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二人の猛者と出立前夜

ジルンタールからメイスィルまでへの道のりはそれ程遠くはない。

足の速い王家の馬車なら二日弱という所だろう。駆け通しの早馬なら一日弱だ。

だが滞在期間が中々に長いので、その間まるっと国王が国を空けるのはいろいろと支障もある。



メイスィル出立の前日。


「では緊急のものは随時早馬にて送らせて頂きますので、その際毎にご判断をお願いします。明後日の重役会議が終わり次第、途中から私も参りたいと思いますので宜しくお願いします」


恭しく軽く頭をさげる有能な若い宰相に、フェラルドは分かったと重く頷く。

二人はいつもと同じく豪奢だが落ち着きのある執務室にいた。この部屋の主であるフェラルドは定位置である瀟洒な執務椅子に座り、その斜め前にシルジェスが控え立つという常の姿だ。


「あの者達はもう来ているのか?」


「はい。ただいま………イーゼルト・サーベラード親衛隊長、シエル・ラスパード零隊長お入りなさい」


シルジェスが慇懃にそう告げると、「失礼します」と重厚な執務室の扉が音もなく開いた。

入ってくる足音もしない。良く訓練され洗練された無駄の無い動きで、だがフェラルド達の目の前には確かに二名の精悍な男達がいた。


「イーゼルト明日からの同行頼んだぞ」


「はい。勿論です陛下。ですが私達護衛の出番をあまり取らないで下さいね。何しろ陛下ときたらうちの正規隊の者よりよほどバカ強いんですから」


国王であるフェラルドにもやたら親しみのある返事を返す彼は、ジルンタール国の若き親衛隊長である。


名をイーゼルト・サーベラード25歳。フェラルドの従弟である。


前王の弟である公爵を父に持ち、自身も伯爵の爵位を持つ。

明るい金の髪に湖面を思わせる碧い瞳、良く鍛えられ均整のとれた引き締まった体。フェラルドとは種類の違う美貌を持ち、ふわりと甘い色香が漂う優男である。


その華やかで優美な外見と、人当りの良さから宮廷の貴族令嬢達の人気を欲しいままにしていた。


「お前の部下がへなちょこなだけだろう?国軍一の剣の使い手と言われてるお前がもっとしごいて鍛えてやればいいんじゃないのか?」


無表情でさらりと返すフェラルドにイーゼルトはさも驚いたと言ったように軽く眉を上げた。


「御冗談を。うちの親衛隊がどれほど優秀かあなたも知っているじゃありませんか。それにこれ以上しごいたら貴族出の彼らは死んでしまう」


うんうんと、その横で宰相であるシルジェスと、もう一人の入室者シエル・ラスパード零隊長と呼ばれた人物がさもありなんと頷く。

彼らの頷きは通常貴族の花形である我が国の親衛隊が、実はそれほど優しくない隊だと知っているからだ。


特に彼、イーゼルトが親衛隊の隊長となってからは。



「大体そこまで恐ろしく手練れになったらそもそも零隊はいらないですからね。そうだろうシエル?」


さわやかにイーゼルトに顔を向けられたシエルはこくりと頷いた。


「そう。僕達の出番までなくなってしまうのはご勘弁願いたいですね。飼い主さま」


そう答えたシエルはくすくすと楽しげに笑っている。


一見子供のようにも見えるその姿は、少年以上青年未満。年齢は不詳だ。

親衛隊の白い煌びやかな制服とは違い、無駄の一切が省かれた黒い簡素な隊服を彼は纏っている。

親衛隊の装飾や徽章に代わり、零隊の隊服は内側の装備に数々の物騒な彩りを与えていた。


癖のついたくすんだ金髪をふわりと揺らす。好奇心旺盛なきらきらした濃い緑の瞳は、常に楽しげに笑んでいるが、その実瞳の奥は笑っていないようにも見え、底が知れない不気味さがある。それら全ては闇に素直に溶けるだろう。



「何が飼い主様さま、だ。お前がやっても全く可愛くないぞ。その歳で闇の精鋭部隊である零隊を率いて笑顔でサクサク人を葬るくせに。それにお前らの出番は無い方がいいに決まってるだろう」



零隊。(ぜろたい)

それはジルンタール王家が密かに抱える闇の部隊。

王家と一部の者しか知りえない極秘の存在で、彼らの任務は大っぴらに出来ない面倒事やその抹消、そして王家の護衛。と、フェラルドのお遣いだ。今はこれが一番多い。


まあ、いわゆる忍びだ。


少数精鋭隊で正規隊とは鍛え方から何から全て次元が違う。彼らは子供の頃から特殊教育を施された逸材ばかりである。


普段は親衛隊に席を置きイーゼルトにこき使われているが、彼らの本当の主はもちろんフェラルドである。


一見平和で豊かなジルンタールだがその陰には当然闇は存在する。光と陰は一対だ。その闇を闇でもって成敗しフェラルドが築く治世の光を守る。それが彼ら零隊の使命だ。


嫌そうに眉を寄せて言うフェラルドに対し、シエルは大げさに腕を組みプンプンと怒ってみせる。


「ひっどぉ~い!僕意外と可愛いってみんなに言われるんですけど!」


「そいつらの目が単に腐っているだけだろう。全く!俺の部下どもは有能だが癖のある奴ばかりだな」

はぁ、やれやれと、息をつく主に三人の部下達の視線は一様に冷たい。



「一番の癖持ちがよく言うよね」とシエル。


「ああ、そうだね。あの方は昔からご自分が周りとどれほど違うか分かっていない」とイーゼルト。


「天才は奇人変人が多いといいますからね。致しかたありません」とシルジェス。


「バカと天才なんとかだね」と又シエル。



「おまえら全部聞こえてるぞ!シエル!お前おやつ抜きな」


「ええぇ~~~っっ!!ひどぉ~~い!僕だけ可哀想すぎ~~!」


「うるさい黙れ。あばれるな。埃がたつだろう」

シエルの訴えは癖のある飼い主様に一刀両断された。






その夜、夕食を終えたころ。

年若い王妃の部屋では二人の美少女達が額をつき合せていた。


「ねぇ、ライラ。これはこうかしら?」


リーナは小首を傾げ王妃付き侍女の中でも、もっとも歳近い侍女ライラに声をかけた。


「いえ、全くもって全然違います。リーナ様は恐ろしいほどに不器用でございますね」


遠慮、という言葉をどこぞの井戸にでもポイっと投げ落としてきたかの様なライラは、慇懃無礼度がシルジェスとそっくりである。


「え?そうなの?ではここをこうするのかしら?」


「致命的ですね。いえ、何でもありません。こうしたらこうなるのでこうして下さい」


「なるほど…………こうね」


「いえ、全くちがいます。私の教授が良くないのでしょうか………」


強敵を前に思い悩みだしたライラに、リーナが気づく事はない。

と、その時コンコンと軽くノックがされそのあとに低く艶のある声が続く。


「リーナ、起きているか?」


「はっはい!少々お待ちくださいませ」



****



バタバタと何やら中がせわしい。と思ったら、侍女が恭しく扉を開けた。

最近リーナと仲がいい侍女だ。名は確かライラだったか。俺より多くリーナと過ごせる羨ましい存在だ。


すぐにリーナもとことこと迎えにくるがそれを制し、部屋の中央のソファーに二人で並んで腰掛ける。



「何をしていたんだ?何やら中が騒がしかったが」


最近こんな事ばかり聞いている。そして…………


「えっと………その、何でもありません」


こう続く。

あまり狭量の男と思われたくも無いのでこれ以上は掘り下げて聞かないが、リーナの様子がここ最近ずっとこうなのはやはり気になる。

何か困った事でもあるなら助けたいし、危険な事にでも巻き込まれていたなら大変だからだ。


どうにもすっきりしないもやもやを抱えて地団駄を踏みたくなるが、何でも無いと言われればどうしようもない。


「そうか…だがリーナ、何か困ったことがあれば何でも俺に言えよ」


顔を覗き込むようにしてフェラルドが心配そうに優しく尋ねると、頬を少し染めたリーナが「はい、ありがとうございます」と答えたので、フェラルドは又もこの話を終わらせるより他無かった。




「明日はメイスィルへ出立するが、準備は出来ているか?忘れ物は無いか?まあ、お前の実家に行くわけだからある程度のものは向こうに揃っているだろうが」


どこぞの心配性な親よろしく語りかけるフェラルドに妖精姫は楽しげに笑んだ。


「はい。準備はライラが全てしてくれましたから、大丈夫だと思いますわ」


「そうか。…………リーナ、メイスィルに帰れて嬉しいか?」


端整な黒い瞳が優しげに細められた。慈愛に満ちた面差しで聞いてくるフェラルドに、リーナはこくんと頷くと可憐に笑んだ。


「はい。フェラルドさまと初めての遠出が出来るんですもの、とっても嬉しいですわ」


それを聞いたフェラルドは思わずリーナのふわふわ髪に手を伸ばしていた。柔らかい金髪をそっと梳く。

愛しい。と素直に感じる自分がいた。そしてその事が嬉しくてならない。


「お義父上殿はお前を本当に愛していたんだろうな。お前を見ているとそれが良く分かる」


あの野心家の強欲メイスィル王も人の親だったのだ。この純粋な姫があの親の子とは思い難いが、彼女を大切に思って守ってきたのはきっと事実だろう。そこだけは強く感謝してもいい。そこだけ、だが。


しかし向こうにしたら長年大切に慈しんできた愛娘を、和解の為とはいえ人質同然で敵国にひょいと取られたのだ。メイスィル王の心中は暴風雨の如く穏やかならぬものがあるだろう。

彼の王はきっと…………まだ素直に和解する気などないのだろうからな。


「リーナ…………お前はこの国に嫁いで幸せか?」


優しく髪を梳く手をそのままに、フェラルドはつい不安気に問うていた。その瞳には懇願に似た色がうかがえる。


「?もちろんですわ。綺麗な国でみなさん優しいですし、旦那さまもかっこよくて素晴らしい王様ですもの。どうしたのですか?急に?」


可憐に微笑みながらもきょとんと答えた愛妻に、フェラルドはほっと安堵すると同時に柔らかく優美な笑みを浮かべていた。


「いや、何でもない。俺も幸せだぞ可愛い妻を迎えられてな」


途端、ぽっとリーナは頬を染めた。恥ずかしそうに俯く彼女を、思わずぎゅっと軽く自身の胸に抱きこんだ。

おろおろと焦るリーナを見つめ至福のひと時を味わうと、フェラルドはそっと彼女を解放してやる。


名残惜しいが今日は何もしない。そうそう理性に負けて狼になっていられない。

それに彼女には多分まだ早い気がする。

この純真さが消えてしまうかもと思うと、もう少しこのままでいてもいいと思う。


(すべてを食べてしまいたいと思うのに、このままでいて欲しいとは…………なかなかに我がままな男だな俺は。)




自嘲の苦笑を漏らしながら、最後に軽く頭を撫でてやる。明日から旅だ、小さく華奢な彼女が疲れない筈がない。フェラルドは「おやすみ。今日はもう寝ろよ。また明日な」と微笑むと、隣の自身の部屋に戻って行った。
















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