男の衝動と完璧な人間。
賢王と名高いジルンタールの若き王、フェラルド・アーラン・ジルンタールは、この日もぐずぐずに落ち込んでいた。
「………はぁ~…………」
「………………。」
「はぁ~…………………」
「………………………。」
「はぁ〜………………………」
「えぇ~いっ!!鬱陶しいっ!一体何なんですか?昨日からっ!」
執務室でその胸の内の曇りぐわいとは別に、フェラルドのゴッドハンドは今日も今日とて、何とも快調にさくさくと政務をこなしていた。
書類の小難しい内容にさっと目を通し、是非を瞬時に決断。そしてサイン。
これを通常、約2秒半に一枚のペースでこなしている。このあたりが天才がゆえである。
しかし……………。
実は今日はその天才も書類一枚分遅れている。
普通の者には分からない微々たる差だが、天才青年王の側近、天才青年宰相さまはすぐに分かってしまう。
「……………はぁ~……………」
+-*「…………全くっ!こちらの方がため息をつきたいですよ。どうせまたリーナ様の事でうじうじと悩んでおられるのでしょう?」
「なぜ分かった!?シルジェス、お前は人の心が読めるのか?」
「貴方さまがまさか地でボケれるとは思いませんでしたよ。ですが、そうですね、貴方さまの今の状態なら簡単に読めますよ。どうせまた、彼女可愛いさのあまり、つい調子に乗ってからかいすぎて、彼女が怒ってすねちゃって、つれなくされた。ってとこでしょう?」
心を読むなど大層なことはいらない。
何せ昨日、リーナを迎えに行って戻ってきた二人の様子は明らかにおかしかった。
リーナが可愛い顔を真っ赤にして頬をぷうっと膨らませ半べそで、フェラルドがどこか困ったような、されどものすごく楽しそうにじっとリーナを見つめていたのだ。
後はこの人の性格をかみすれば、何が起こったかなど大体の検討は誰でもつく。
「すごいなお前、そこまで分かってしまうのか?だが正確に言うと、その怒ってすねたリーナがまた可愛くて、もう一度見たくなって、昨日の夜ご機嫌伺もかねて部屋に会いに行ったんだ。すると素直なリーナはもういつもの優しい笑顔に戻っていてな、それはそれで安心したんだが…………」
「貴方様の中に眠るおかしな性がもの足りなさを訴え、貴方様の中の悪癖により、もう一度純粋無垢な幼妻をイタズラにいじめて、もう一度怒らせ、しめしめと希望通りの可愛い姿を見られた。が、今度は本当に怒らせてしまった。ですね?」
「……………ああ、まあそういうことだ」
ガックリと項垂れる様はなんとも情けなさと哀れみが漂う。
「はぁ~私は貴方様を稀代の天才と覚えていたのですが、何か間違っていたのでしょうか?いや、でもいくら天才でも全てにおいて完璧な人間などいないものですからね。これくらいでちょうどいいのかもしれませんね。今までがあまりにも人間離れした鼻持ちならない完璧さだったのですから」
「何をごちゃごちゃ言っている!?」
「いえ、何でもありません。それより、あなたは四歳児ですか?何好きな娘いじめて楽しんでるんですか!それも十一も年の離れた幼妻を!」
幼妻と言ってはいるがリーナは十六歳で、結婚も普通に出来る年齢だ。身体は同年代の娘はもとよりその辺の大人の女性よりよっぽど立派に成熟している。
しかし彼女はその体とは相反し童顔で子供のように純真無垢であるゆえ、周りに与えるイメージは年齢相応に見えなくなってしまうのだ。
それに彼等からすれば十六歳は十分に子供に見えるのかもしれない。
だがこの賢王と名高きジルンタールの若き天才王はそんな幼妻にバッチリ心を奪われたのだ。
「う゛っっ!それは…………反省している。いや、だが、別にいじめて楽しんではいないぞ!ちょっと困った顔が可愛いから見たいな。という一般の男が皆抱くロマンじゃないか!」
「一般という言葉を使わないで頂きたい。少なくとも私はそんな特殊なロマンは持ち合わせていません。それにどちらにせよ一緒じゃないですか!」
「う゛っ!特殊ってお前…………言い過ぎだろう」
「それで、何をしてあのあどけない純真無垢な姫を怒らせたのですか?」
「別にそんな大層なことはしていない。ただご機嫌とりにお菓子を持って行ったのだが、あんまりにも美味しそうに食べるのでな、つい俺も食べさせたくなったのだ」
「……………それで?」
「ああ、食べさせてやるからこっちへ来いとリーナを隣に座らせた。それで食べさせてやっていたのだが、あまりに可愛いくてな、はむはむと一生懸命俺の手ずから差し出される菓子を食べるのだ。それをもっと見てたくて次から次に菓子を口に押し込んでしまった」
「…………………。」
「すると口の中がぱんぱんになってな、リスのようになった。それがまた何とも可愛くてな。あれは思わぬ収穫だったな」
「…………それで終わりですか?」
「いや、その時リーナの口元がお菓子のくずまるけになってしまってな、口の中がぱんぱんのリーナは自分では取れないと思って、俺が代わりに取ってやったんだ」
「……………どうやってお取りになったんです?」
「ん?そんなの口でに決まっているだろう。ふむふむ言って何やら顔を赤くして慌てていたがな、その恥ずかしがる様が初々しくてより可愛くて、もっとたっぷりゆっくり丁寧に舌で取ってやった。で、綺麗に舐め取った頃にはくたんとなって足腰が立たなくなってしまった。と、言うわけだ。とろりとした涙顔が可愛いかったぞ。それで侍女にやんわり追い出されて…………翌朝には真っ赤な顔で震えるリーナに避けられた」
「何考えてるんですか!?貴方は!?」
はぁ~と深い深いため息をシルジェスはついた。
首を左右にゆっくり振り、思いきりあきれ果てた。
「しょうがないだろう!少し刺激が強いかな?とも思ったがあまりにもリーナが可愛いくて、残念ながら衝動を押さえる事が出来なかったのだから。まあ昼にも軽く口づけたし、式でもしてるからもう大丈夫だろうとたかをくくってしまったのは事実だが。それにリーナは俺の妻だぞ!いいじゃないかちょっとくらい………」
もはや開き直りかけたフェラルドに、切れ者の宰相シルジェスは、主のいつの間にか止まっていたペンを持つ手を動かせ、と言うように目の前の主の卓上を軽く指でトントン叩く。
常のフェラルドならば、この程度の会話ごときで仕事の手が止まるような事は決して無いが、ことリーナに関してのみはそれに全く当てはまらない。
そして主のペンが再び走り出したのを確認すると、シルジェスはさらっと一刀両断した。
「それで避けられてたら世話ないですよね」
「うぐぅっ!」
「大体、話しを聞く限りちょっとという口づけではなかったのでしょう?というか只無理やり口元を好き放題舐め回しただけのようですし。」
「心外だな、別に無理やりではないぞ」
「無抵抗な相手に了承も無くしたなら無理やりも同然です。いいですか?あの姫は妻とはいえまだまだ無垢な少女です。真っ白です。男女のいろはも……多分あの様子じゃあ教えられてはいないでしょう。単なる子作りの為のぼんやり手引き程度です。そんな今時珍しい天然記念物級にピュアな娘に、たかだか数回軽く口づけた程度で、ねっとり感満載の大人な愛撫は引くに決まっているでしょう!あのくらいの少女はただでさえいろいろと夢見がちで繊細ですからね!大体貴方のようなやたらと経験豊富で強引な色男相手なら尚更です!」
なまじ容姿がずば抜けて良く地位もある分、この男、フェラルドに頬を染め言い寄る女は掃いても、掃いても、捨ててもあり余る程いた。
なので先王がまだ存命で、彼が王太子の頃はそれなりに彼も女性と付き合ったり、後腐れない一夜を楽しんできたりもした。多々。
健全な男の子だ。仕方ない。
勿論今はそんな暇は無いし、一国の王として色情に耽って国政を疎かにする訳にもいかない。
疎かになりようが無い器用さだが。
それにそこまでしてもう、遊びたいとも彼は思わない。元々が淡白な男で、来る者気分で厳選、去る者まったく追わず!という様にドライだ。それほどめちゃくちゃ女好きというわけでも無い。
何より可愛い幼妻を迎えた事が彼の中での一番の理由だ。
人生初の女への執着を覚えた彼フェラルドには、もはや他の女など露ほども目に入らないし、入る隙もない。
彼女以外を抱くことなどもう彼には考えられないのだ。
「なんかお前…やたらと詳しいな……。ではどうしろと言うんだ?あんなに可愛いんだぞ!?男の衝動が黙って無いだろう!」
叱られてむっつりとシルジェスをにらむと、
「知りませんよっそんなの!ですがそうですね………まあ、どんなに可愛くても、己の妻でも、事を急いて怯えて嫌われたくなければ、その男の衝動とやらを抑え、順を追って長い目でゆっくり彼女を攻略するしか無いでしょうね。そのうちに彼女も貴方さまの妻なのですから、王妃としての立場を自覚しもろもろの覚悟が生まれてくるでしょう。元々貴方さまが初夜はまだ可哀想だから見送る。とかナントカ言ってたんじゃありませんか!寝所もわざわざ別にして」
「それはそうだが………はぁ~…………何やら気が遠くなる話しだな。だがまあ、嫌われたくは無いからな。それに考えてみればリーナを一から俺使用に染めあげれるという事だ。なかなか悪くもないかもな」
「…………………」
「よしっ!では順を追ってひとつ、ひとつ、じっくりたっぷりゆっくり、手とり足とり腰とり、俺が大人のステップを手解きしてやるか!」
「……………変態悪魔」
シルジェスはぼそり。と悪態をついた。
「なんだ?シルジェス何か言ったか?」
「いえ、何も。それより何より、まずはリーナ様のご機嫌をとる方が先決ではないですか?」
「ああ、そうだったな。菓子はさすがに今回は辞めとくか。プレゼントと言っても何が喜ぶか分からないしな…………まあ、リーナは何でも喜んでくれるだろうが。あの控えめに頬を染めてはにかんだ笑顔と愛らしい健気さがなんとも男の嗜虐心をそそるんだよな…。クソ!食べたい!」
「……………ドS変態悪魔め」
またもやシルジェスの口から悪態が漏れた。
自身の敬愛してやまない主とはそれなりに長い付き合いなので、自分は彼の事なら何でも分かると、自惚れに近い自負を持っていた。
だがシルジェスは最近になり知った。自分はまだまだだったと……。
まだまだシルジェスの知らない彼が沢山あるのだと。知らなかった方が良かった彼も…。多分本人も初めて知ったに違いない。
相変わらず理解し難い性癖の持ち主だ。
やはり完璧の人間などいないな。とシルジェスは再度思った。