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解決編

 今のところの容疑者である海原を入れた6人が、脱衣場に集まった。みな、それぞれ神妙な顔つきで立っている。それを警官10人がぐるりと取り囲んだ。銭湯の出入り口にも4人づつ見張りに立っている。一応念を入れて、と言うことだった。その中で、海原の目だけが異常なほどきらきらと輝いていた。


「海原さん、皆さん集まってていらっしゃるようですし、そろそろお願いします」


「分かりました」


 海原はそう答えると、集まった5人に向き直った。一人一人の顔を見回して、それから口を開いた。


「皆さんにこの場に集まってもらったのは、少しだけ私の話を聞いてもらいたいと思ったからです。お時間は大して取らせないようにするつもりです。多くを聞きたくない方がいらっしゃったなら、遠慮なく言って下さい。要点だけをサクッと言ってしまいますから」


 海原が尋ねたが、しかし誰一人身動きのできる者はいなかった。誰しもが、――横に立っているだけの警官でさえも――海原のきらきらと輝く瞳に圧倒されていたのだ。


「それでははじめから詳しく話して行きましょう。

 まず被害者を観察した時、最初に私が考えたのは何らかの発作が死因であろうと言うことです。これは医者であれば至極当然の事であるので、そこは責めないでもらいたいのですが」


「ちょっと待って下さい。でも海原さんは、あのとき殺人の可能性が高いとおっしゃいましたよね?」


 番頭の青年がおずおずと発言した。若いと言うことで、なかなか対応力があるようだ。海原はそちらに視線を向けて話し出した。被害者の同僚の武田が、海原の鋭い眼光を向けられてたじろいだ。


「私はすぐ、武田さんに発作が起こる可能性について聞いてみました。しかし、被害者の橘さんは少々血圧が高い以外はいたって健康と言うことでした。そこでもう少し詳しく診てみたところ、独特のアーモンド臭とチアノーゼが認められたため、青酸カリによる殺人事件であると判断した訳です。そこまでお分かりいただけたでしょうか?」


 海原はそこで一呼吸おくと、手に持っていたペットボトルから水を一口飲んだ。ケンさんがそわそわと動いた。


「毒物はタバコに付着していたという事でしたが、これには相当悩まされました。どうやっても新品のタバコ一本に毒物を塗るなんて事は物理的に不可能だからです。しかし、これは考え方を変えることで判明しました。どうやってタバコに付けたのではなく、なぜタバコについてしまったのか、と言う事です。答えは明白です。手に毒物がついていたからです。恐らく、もともと毒物のついていた何かを手で触り、その手でタバコを持ったのでしょう」


 海原はそこでまた話を区切った。シンさんが、沈黙に耐えられずせきばらいをした。


「ところが、ここで私に疑問が浮かび上がりました。青酸カリのその非常に扱いにくい性質があるからなんです。それは、空気中に放置しておくと空気中の二酸化炭素と反応して、人体に無害な炭酸カリウムという物質に変化してしまうからです。つまり、風呂上がりに触ってしまうような所にあらかじめ塗っておくことは出来ない訳です。つまり、被害者が倒れる寸前に青酸カリを付着させる以外に方法はないのです。そんな事が出来たのはただ一人、犯人は武田さん、あなたです」


 たっちゃんの、はなみずをすする音がしんと静まり返った脱衣場に響いている。それでも、誰一人としてピクリとも動かなかった。いや、動けなかったのである。


 おもむろに武田が笑い出した。乾いたような声で笑いながら、武田が言った。


「海原さん、冗談は抜きにしましょうよ。私が犯人だなんて、まったく冗談もはなはだしい。そのへんで止めないのであれば、名誉毀損罪で訴える事も出来るんですけどね。私としてはそういうことをしたくはないですので……」


 今度は海原が笑い始めた。武田はそれを見て顔が引きつった。


「お前が俺を訴えるだぁ?はっはっは!やるんやったらやってみろや。冗談も休み休み言いやがれ!!横溝刑事、後たのんます」


「分かりました。よし、武田信治、任意同行としてついてきてくれるか?署の方で詳しい話を聞きたいんやわ」


「ぐっ……そんでも証拠があらへんやんけ!そんなんで俺を逮捕できるかぁ!!」


 海原はそれを聞いてニヤリと笑い、先ほどの口調に戻ってふたたび話し始めた。


「皆さん、よく思い出して下さい。被害者は殺されたときタバコを吸ってたんです。タバコを吸うときに必ず要る物ってなんでしょうか?ライターですよ。

 武田さん、あんたは橘さんが風呂上がりに必ずと言っていいほどタバコを吸うのを知っていたはずです。何回も二人で来てんですからね。そこであんたはあらかじめ橘さんのライターを抜き取っていたんです。そして、自分のライターを風呂上がりの橘さんに渡したんですよ。青酸カリのたっぷりついたライターをね。

 先ほど横溝刑事にお願いして調べてもらったんですけど、ものの見事に反応が出ましたわ」


 海原がそう言うと、武田が必死でそれに食らいついた。額には脂汗がうっすらとにじんでいた。


「なんでそれが僕のライターやって分かんねん!そこら辺にあった拾いもんのライターかもしれへんやんか!それにそれは橘のシャツのポケットから出てきたんやで?!」


「いや、それは確実にあんたの物なんですよ。武田さん、あんたもタバコ吸うのに、なんでライター持ってないんですかね?」


「確かに僕はタバコ吸いますよ。だのになんで僕は貸したライターをすぐ返してもらわへんかったんや?」


「恐らく、橘さんはかなりのヘビースモーカーです。歯にヤニがかなりついてましたから。対して、あなたは吸いたくなった時にたまに吸うタイプです。くたびれたタバコを持ってましたからね。つまり、橘さんは武田さんからライターを借りてそのままシャツのポケットに入れても、普段からあんたはなんら困らないんです。今回は特にね。自分のライターから青酸カリの反応が出たら、しゃれになんないですから」


 武田の顔はみるみる赤くなっていた。しばらく黙っていたが、逃げ出そうと急に体をぐるっと回転させた。しかし、周りに警官がいることに気づくと観念したように横溝刑事に連れられて銭湯を出ていった。かのように思われた。


 銭湯の外に出た瞬間に、突然横溝刑事を振り切って走り出した。任意同行という形をとっていたので手錠をしてなかったのだ。


 と、その前へこういった事を想定して先回りしていた海原が立っていた。


「おらぁ!!どけぇ!!死にたいんかおらぁ!!」


 海原の目がぎらりと輝いた。必死の形相で走っていた武田が海原を突き飛ばそうとした瞬間、武田の体はきれいに宙を舞い、アスファルトの上に叩きつけられた。

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