推理編【その2】
しばらくすると、救急隊の隊長とともにひょろっとした背の高い無精ひげの私服警官が出てきた。
「私は横溝と言います。殺人事件かもしれないと言ったのはあなたですね?そういった根拠はなんですか?」
「私はインターンは経験してないんで正式な医者ではないんですが、医師免許はとりましたし、医療にたずさわったことのある者として、被害者の男性を診させてもらったんです。そのときできた水たまりがあれなんですけどね」
「医師免許の確認の方は後で本部に連絡してやってもらいましょう。それで、どの点に違和感を持ったんですか?」
海原はゆっくりと言葉を選びながら慎重に話し出した。
「はじめ、私は何らかの発作で倒れたのだろうと推測しました。なぜなら、目立つ外傷がこれといってなかったからです。左側頭部に出血が認められましたがどう考えても致命傷にはなり得ません。おそらく倒れるときマッサージチェアで打ったのだろうと思います」
「たしかにそれだけなら、何らかの発作が原因だと考えるのが普通でしょうね。しかし結論は殺人事件。どういう根拠があるんですか?」
救急隊長が尋ねた。そこで黙っていた横溝刑事が口を開いた。
「結局のところ、あなたはどういう風に考えているんです?なにが死因なんですか?はっきり言ってしまってください」
一瞬まよった後、海原はゆっくりと話し出した。
「死因は、おそらく青酸カリによる青酸中毒でしょう。アーモンド様の口臭とチアノーゼが確認できました。死斑がでればより確実なんですが」
「つまり、被害者は何らかの方法で青酸カリを摂取させられたと、そう言うことなんですね?」
「そうなんですけど、それにしても疑問が残ります。青酸カリは即効性の猛毒です。カプセル等を使って時間差を作り出す事も考えられますが、自殺志願者でないかぎり自分から飲んでしまうことはないはずです。被害者が何らかの薬を飲んでいて、何者かがその中に混入したことは、可能性はあっても非常に難しいはずですし」
三人の間に沈黙がひろがった。そのとき、銭湯の中から警官が一人でてきた。
「横溝刑事、事情徴収を行いますのでおねがいします」
「おう、分かった。すぐ行く。海原さんからも聞きたいことがあるんで、一緒におねがいします」
「分かりました。それでは行きましょう」
海原はそう言うと、横溝刑事の後についてふたたび銭湯の中に入っていった。
事情徴収によって分かったことは以下の通りだ。
まずはその場にいた人物について。
新田弘明17歳。アルバイトで7ヶ月前から番頭としてこの銭湯で働いている。被害者の男性とはそれまでに何度かしゃべった事はあるそうだ。
当日の持ち物
○黒革の財布(2746円とポイントカード数枚)
◎他の荷物は従業員用ロッカーにしまってあったので、事件当時所持していたのはそれだけである。
武田信也45歳。被害者である橘義政44歳の同僚で大学時代から友好関係にあったらしい。ちょくちょくこの銭湯には来るらしく、先週の火曜日にも二人で来ていた。
当日の持ち物
○通勤カバン
○仕事関係の書類一式
○タオル2枚
○バスタオル1枚
○シャンプー、リンスのセット
○ボディーソープのケース
○洗顔料のケース
○整髪料のケース
○タバコ1箱
柴田健司73歳。通称ケンさん。幼なじみと三人でしょっちゅうこの銭湯に来ていたらしい。被害者男性とは見かけた事はあるがしゃべった事はないそうだ。 当日の荷物
○タライ
○石鹸、シャンプー、リンスのセット
○タオル1枚
○バスタオル1枚
○老眼鏡のケース
林進次郎73歳。通称シンさん。ケンさんの幼なじみ。ケンさんと同じく、被害者の男性とは面識はあってもしゃべった事はないらしい。
当日の荷物
○タライ
○タオル1枚
○バスタオル1枚
○ボディーソープのケース
○カミソリの三個セット
○洗顔料
近藤辰夫73歳。通称たっちゃん。シンさんと同じくケンさんの幼なじみ。被害者の男性は、家を一軒へだててのご近所さんであり、三人組のなかで唯一被害者の男性と関係のある人物である。
当日の荷物
○タライ
○タオル1枚
○バスタオル1枚
○シャンプー、リンスのセット
○ボディーソープのケース
○整髪料のケース
その後の調べで毒物は青酸カリであり、被害者が死亡直前に吸っていたタバコに付着していた物が原因だと分かった。ただ、番頭がそのタバコは被害者が風呂上がりに自動販売機で買ったばかりの物であると証言したため、容疑者はほぼ完全に海原を含む六人に限られることとなった。
海原は頭をかかえていた。どう考えてもおかしい。いったいどうすれば、自動販売機で買ったばかりのタバコの一本だけに毒薬を塗り付けることができるのか。警察の捜査もそこで行き詰まってしまった。
「もう一度、はじめから考え直そう」




