推理編【その1】
マッサージコーナー兼喫煙コーナーに背を丸めて横向きにその男は倒れていた。連れの男が肩を揺すっているがぴくりとも動かない。
「すいません。私に診させてもらえませんか?いちおう医師免許は持ってるんで」
海原はそう言うと、倒れている男のもとにしゃがみ込んだ。脈はすでに無く、うつろな目が見開かれていた。
「残念ながらもう手遅れですね。すでに亡くなっておられます」
「あなたは医者なんですか?」
「いや、訳あってインターンはしてないんで正式な医者ではないんですけどね」
海原はそう言うと、今度は外傷を確かめた。倒れるときマッサージチェアで頭を打ったのだろう、左側頭部から血が少し出ているが致命傷ではない。その他に外傷は無かった。
『こいつは何かの発作が原因で倒れたんやろうか?』
「すいません。さっきこの人の名前呼んでたって事は知り合いなんですよね。この人が何か持病みたいなん持ってたとか聞いたことありませんか?」
海原は隣で立っている男に尋ねた。
「いや、そういったんは聞いたことないですね。ちょっと血圧の高いのは気にしてましたけど、そんなにたいしたことはなかったはずです」
「そうですか、どうもすいません」
海原はそう言うと、再び視線を床に倒れている男に向けた。
『いったいなんやねん。なんか他にもっと病気持ってなかったんかいな。そうやなかったら、こんなに突然死ぬわけあらへん』
そのとき、海原はある特有のにおいが男の口元からにおってくるのに気づいた。
『このアーモンド臭…。まさか、死因は青酸中毒?たしかにチアノーゼのような感じも見受けられるけど…。そんならこいつは殺人事件か?』
海原の顔色が変わったのを見て、横に来ていたケンさんが声をかけてきた。
「どないしたんや?なんか顔色悪いで」
海原が立ち上がったそのとき、ジュッという音がしたので見ると、海原の髪から落ちた水が半分まで燃えつきたタバコの火を消していた。ふと気づくと、風呂場からあわてて出てきた海原の周りにはすでに水たまりができていた。
海原は慌ててそこから離れると、警察からの事情徴収に備えて服を着た。周りの者にはこれが殺人事件である可能性がたかいと知らせ、被害者の男性に近づかないように指示した。
彼らは驚き、口々に自分たちの無罪を主張した。
「とりあえず、ここでこういう殺人事件が起こった以上、ここにいる全員が例外なしに容疑者として疑われるんです。いまさらなにを言おうが、真犯人が見つかるまで、もしくは何かしらの原因が発覚するまで」
海原がそう言うと、周りはしんと静まった。全体的に少し落ち着いたようだ。
2、3分後、救急車とパトカーが到着した。救急隊員が飛び込んできて床に倒れたままになっている男のそばに駆けよった。男の死亡を確認すると、いつの間にか入ってきていた私服警官に報告した。海原は救急隊員の隊長とおぼしき人物に声をかけた。
「すいません。海原隼人と言うものですけれど、死亡した男性の件でちょっとお話したいことがあるんで、もう少し遺体はその状態でおいといてもらえませんか?」
「はい、分かりました。話をおうかがいしましょう」
二人はいったん銭湯の外へ出た。おもむろに海原が話し出した。
「実はですね、私はあの男性は殺されたんではないかと思うんです」
何かあるとは思っていたようだが、さすがに海原のこの言葉には驚いたようで、しどろもどろで答えた。
「殺人とは穏やかではないですね。刑事さんも交えて話しましょう」
そう言うと、警官を呼びに銭湯の中に入っていった。




