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事件発生

 ホームの人混みの中である男が一人歩いていた。中肉中背で肩まである髪は頭の後で結び、前髪は目にかかる程度の長さである。ジーンズにTシャツという服装のその男は左手で大きなスーツケースを引いていた。


 彼は海原隼人かいばらはやと28歳。大学を卒業した後、自分探しの旅と称した3年間の海外生活を経て、日本に帰国したのだ。


 ここで海原隼人のことを簡単に紹介しておこう。


 彼は大阪生まれの大阪育ち。小さい頃から頭が良く、公立中学から公立の有名進学高校に入学。幼稚園の頃からやっていた剣道から高校時代に柔道に転向。3年間で2段までとる。


 その後、幼い頃からの夢であった医者になるため、医学部医学科を受験しみごと現役合格。スポーツも続けて柔道3段までとるが、やはり剣道が自分にはあうと考え剣道に転向。その後落第することもなく6年で卒業。医師免許取得。だが医師という職業に疑問をもち、インターンをせずに海外へ。3年間暮らすが両親にこれ以上迷惑を掛けられないと思い、急きょ帰国を決意。現在に至る。


 剣道4段、柔道3段という素晴らしい身体能力の持ち主で、高校時代、12人に囲まれたが返り討ちにしたという伝説が残っている。 



『大阪弁聞くと大阪に帰ってきたってな気がするなあ』


 駅前でタクシーをひろった彼は帰国する前に契約しておいたアパートに向かった。


 イチョウの並木通りを通り、タクシーはどんどん走っていく。駅前の繁華街を通り抜け、かつ5分ほど走ったあたりにそのアパートはあった。築20年ぐらいの古びたアパートは、『月見荘』と言う名前で2階建て、全部で6部屋という物である。


 101号室が管理人室になっている。チャイムを鳴らすと50代前半とおぼしき男性が顔を出した。


「はじめまして。海原です。これからお世話になります。よろしくお願いします」


「管理人の藤岡です。立ち話もなんやから中入って下さいよ。家内と娘は今でてよるから」


 湯呑みにお茶をいれ、お皿にのせたせんべいをひとしきりすすめた後、藤岡さんはしゃべり始めた。


「駅から自転車で20分ほどかかるし不便なところやけど、まあわからん事があったら、遠慮せんと聞きいな。出来る限り力になったるから。それよりもあんた5年も外国におったんやて?若いのにえらいもんやなあ」


「いや、そんな事ないですよ。まだ就職先も決まってないですし、便なところやけど、まあわからん事があったら、遠慮せんと聞きいな。出来る限り力になったるから。それよりもあんた決まってないですし親のすねかじってる身ですかえらそうな事は言えませんわ」


「はっはっは。えらい謙遜すんねんなあ。あんたのその性格気に入ったわ。よっしゃ、あんたの就職先決まるまで、特別に家賃半額にしといたるわ。まあがんばりいや」


「ありがとうございます」


「えーと、あんたの部屋はと…203号室やな。階段上がって右や。引っ越しの荷物やねんけど、ちょっと遅れてて明日になるらしいんやわ。あと、今日は電気とガス通ってないみたいやから気いつけなあかんで」


「はい、どーもすいません。おじゃましました」


 藤岡から部屋の鍵受け取ると、海原は階段を上がっていった。


 部屋は3畳の部屋が2つとキッチン、トイレ、小さな風呂と、一人暮らしには十分な広さだった。家具がなにもないので、寒々としていた。


 ベランダからは駅前に並んだビルがかすかに見えている。日はすでに傾き、色が次第に変化してきている。


「引っ越しの荷物が届くのは明日の昼ごろやったよな。テレビもないしやる事もないし、今日はちょっと早いけど近くの銭湯で一風呂浴びてくるかな。たしかタクシーで来るときあったとおもうんやけど。ベランダからも見えてるし歩いていける距離やろう」 


 海原はスーツケースからタオルや下着一式を出してカバンに放り込み、ドアを開けて銭湯へと向かった。



 アパートから歩いて10分ほどの所にあるその銭湯は昔ながらのつくりになっていて、高くそびえ立つ煙突が印象的であった。海原は番頭にお金を渡すと脱衣場に入っていった。


 まだ少し時間が早いからであろうか、海原を入れて6人しか客はいなかった。


 70代とおぼしき三人連れの客は幼なじみらしく、仲のよい様子で番頭と4人でしゃべっていた。どうやら常連らしい。話の内容は最近、近所の工場で起こったらしい事故の事だった。


 あとの2人は同じ会社の同僚らしく、上司に対する不満をお互いに愚痴っているようだった。2人は海原より先に風呂場へと入っていった。


 それからすぐに海原が入っていき、その5分ぐらい後、例の3人連れが入ってきた。その中で一番背の低い人が何か思い出したように風呂場から出ていった。


「ケンさん、どないしたんや?」


 ケンさんと呼ばれた老人が振り向きながら答えた。


「石鹸忘れてたんや。ワシももう年やさかいなあ」


 なるほど、タライ・タオル持参の割に石鹸が見当たらない。


「いやいや、まだワシら73やで?こんくらいでくたばっとれんわ」


「たしかにな。はっはっは」


 しばらくするとケンさんが左手に石鹸を持って入ってきた。三人はよほど仲がいいらしく、ずっとしゃべり通しである。楽しそうに風呂に浸かっているのを横で見ていると、ケンさんと話していた人が近づいてきた。


「あんさん見たことない顔やけど、引っ越してきたんかいな?」


 人の良さそうなシンさんと呼ばれていた人が話掛けてきた。


「はい、今日近所に引っ越してきた海原といいます」


「そうか、でも喋り方からするともともと大阪の人間やったんやろ?」


「はあ、大学出てから外国に5年いたんですけど、日本では大阪にいました」


「外国!?またえらいもんやなあ?」


「別にそんな事ないですよ。まだ就職先も決まってないですし」


「そんでもワシらにしたらえらいもんやで」


 あとの二人も近づいてきて四人でしゃべっていると、例の二人連れが出て行った。あまり長湯はしない主義のようだ。しかし、このお年寄り達の話は長い。そばで聞いているこっちが先にバテてしまいそうである。


『はよ体洗わんとぶっ倒れてまうで』


海原はそう思うと、たらいに湯をくみ椅子に座った。その時、



 どさぁっ!!!



「どうしたんや?おい橘?しっかりせえや!!番頭さん、電話や!!警察にたのむわ!!」


 切羽詰まった声と番頭さんが警察に連絡する声が聞こえる。


 海原が慌てて脱衣場に向かうと、そこには先ほど風呂から上がった二人連れの男の一人がタバコを持ったまま倒れていた。

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