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Iam Phantom thief  作者: fuki
9/18

8



蹴られたおしりをさすりながらキュンメルは口を尖らせた。



「アンダーボス酷いじゃないっすか!」

「うるせえ。テメェが来るのが遅いからだ。のろまが」

「(こ、このッ・・・・!)」



キュンメルは思わず拳を握りしめ、ジャックは口角をつり上げた。



「なんだあその顔。言いたいことがありゃ言えばいいじゃねえか、キュンメルちゃんよ」

「あーはいはい!相変わらず嫌な性格してるっすねアンダーボス!!だから好みの女にモテないんすよ!!」

「・・・・・もう一度蹴られたいか」

「嫌っすよ、俺はマゾヒストじゃないっす!!ま、師匠にならいつだってなにされても構わな・・・じゃなくて一体オレに用事ってなんすか」



犬のように吼えたかと思ったら顔を赤らめたキュンメルにキモイと一言見下しながらジャックは近くの部屋の扉を親指で指さした。親指で意思を訴えられたキュンメルはすごすごとその部屋に入りふっと息をのんだ。相変わらず金がかかった部屋である。


この時代の大英帝国ではリヴァイヴァリズム旋風が巻き起こっていた。つまり復興主義が広まり、過去様式を再度復活させたということだ。


特に人気があったのはゴシック・リヴァイヴァルである。尖塔アーチや空中にアーチをかけた飛び控え壁であるフライング・バットレスなどが至る所の屋敷にも使用された。


代表的なのはノートルダム大聖堂だろうが、ブールジュのサン・テティエンヌ大聖堂もお勧めをしておきたい。



「トム、鍵をかけろ」

「鍵までかけるんすか?」



ジャックの命令にトムは小さく頷いて扉の鍵をかけた。これでこの場を邪魔する者は入って来ない。


ソファに偉そうに座り込んだジャックに促され、向かい側にキュンメルは座った。



「ボスから何を言われたか知らねえが、今夜オレに付き合え」

「は?嫌っすよ。俺にも用事があるんすから」



ジャックの用事に付き合うのなんて真っ平御免だというように片手を顔の前でひらひらとキュンメルはふったがジャックは長い足を組みながら鼻であしらった。



「テメェの用事なんて知るか」

「いやいやいや!?どうしてアンダーボスの脳内はそんな天晴れなほど横暴なんっすか!

俺泣きますよ!マジ泣きますよ!!」

「良いぜ、オレの前でむせび泣けよ」

「揚げ足を取らないでもらえるっすかね!!」



泣くフリを遂行しようとしたキュンメルは呆れ返ったようにソファに腰掛け直し半眼でジャックを睨め付けた。


にやにやと笑う横っ面をぶん殴りたくなったキュンメルだがトムもいることだし、情操教育に大打撃を与えることに違いない。ぐっと隠忍自重する。



「で、今夜どこに行くんすか?」

「エマ・エリザベス・スミスっつう売春婦の所だ」

「・・・女を買いに行くだけっすか。まったく不埒な男っすね」

「不埒なのはテメェの頭だ凡暗が」

「(う、うっぜぇえええ!!)」



キュンメルはぎりぎりと奥歯を噛みしめながら路地裏を巡り奥まった所にあった古びたコーヒーハウスの扉を開けた。


時代を感じさせる古い看板が相変わらず風にゆられて音をたてているが、そのうち錆びきった金具が壊れ看板が落ちてきたとしても不思議ではない。



「相変わらず薄暗いっすねー。今外超晴れてるんすけど」

「いらっしゃい」



店主は店に入ったと同時にきたキュンメルの遠回しな嫌みをスルーして焙煎し終わり粉砕したコーヒーの粉をプランジャーポットと呼ばれる器具に入れ、湯を注ぎ込んでいた。


余談だが、英国ではコーヒーを入れるのにペーパーフィルター式よりプランジャーが普及している。


コーヒーの香りが忽ち店内にたちこめキュンメルは店主の手元にあるプランジャーポット、いやこの場合コーヒー自体を羨ましそうに眺めた。



「良いっすね。俺も飲みたいっすけど今日はゆっくりできないんすよ。っつうわけで。右から三つ目の棚にある酒でカクテルを作ってくださいっす海賊の血を受け継ぐ愛しい彼と飲みたいっすよー・・・・・・今日いるんすか?」



キュンメルは無表情で口に出すと店主は、扉の鍵をかけてからのほほんと笑った。



「残念じゃが支部長はおられるぞ」


その一言でキュンメルの周辺に不穏な空気が漲り、隠し階段がある奥の部屋に進んだキュンメルを見送ってからそういえば、と店主は思い出したように呟いた。



「イョの所の部下も来ておったのう」



テムズ河畔、ウエストミンスター橋近くで、スコットランドヤードの赤煉瓦庁舎は建てられていた。



「信じられないですね。たった一つの予告状にぴりぴりしすぎじゃないですか?しかもみんな揃ってこれの新調だなんて」



木箱に詰められていた拳銃を一丁ずつ取り出しては若いヤードは自分たちの所を訪れた同僚達に渡していく。


拳銃が光を浴びてきらり黒光した。



「お前知らないのか?Phantom thiefといえば裏世界で有名な泥棒だぞ。フランス野郎があいつにコケにされたのは清々したが、俺たちもエジプトやインドで散々コケにされたんだ」

「だから今度は我らが大英帝国の威信にかけて捕まえてやりましょうぞって息込んでるんだよなあ。今頃ミック警部補達があっちで打ち合わせ中だよな?」

「確かな。おっと、サンキュ」



渡された新しい拳銃をホルダーにしまい同僚は無精髭をさわりながらこちらに笑いかけ出て行く。誰もいなくなった倉庫でヤードは拳銃が入っていた木箱を横の棚に積み上げてからポケットの中を手でまさぐり黄色い紙に包まれている飴を取り出して口に放り込んだ。


口の中で溶けると同時に広がるレモンの酸味と仄かな甘味に頬をゆるませ包み紙をゴミ箱に放り投げ、男は足下に置いていた同じような木箱を取り出して持参しておいた袋の中に大雑把に詰め込んだ。


袋を締める役目の紐で固く縛って、青空に視線を向ける。



「倉庫係は終わったのかい?」

「終わりましたよ。これがそれです」



倉庫係のヤードは自分を訪れた年配の女に袋を手渡そうとしたが手を引っ込めた。

どっしりとした重さに腕が必死に耐える。



「そっちこそ、きちんと中を見てきましたか?」

「ああ。ちゃーんと見てきたさ」



その返事を聞き今度こそ、その袋を手渡した。








イョは鏡越しにアウラを見つつ小指で口紅の量を調整するために掬い上げ、横にある小さな手洗い場で洗い流した。

濡れた手をタオルでふき、頭上で一つに纏めていた髪を解くとふわりと髪がこぼれ落ちる。


艶やかな長い睫毛をゆらしソファーで寝っ転がっているアウラの耳元に唇を寄せて声をかけたが起きる気配はなく、そっと身体をゆらすがそれでも起きない。



イョは困ったように一度首を傾げたが大輪の薔薇が咲いたように華やかに微笑み――



「あだッ!!!!」



大きな音とともにソファーから転がり落ち悶々と頭を抱えたアウラをイョはニコリと笑って見下ろしスカートの裾をおろした。



「いってぇ・・・イョ君よ、蹴り飛ばさなくても良いんじゃないかねぇ」

「起きないアウラが悪いのよ。ほら早くここに座って」



先ほどまで座っていた椅子をぽんぽんと叩くとアウラは大きな欠伸をもらしながら腰掛けた。


イョはアウラの髪の中に手をさしこみ、手探りで尖っていたものを見つけ、指にひっかけて持ち上げるとアウラの髪がごっそりと抜け落ちる。いや、この場合カツラが取り外されたと言った方が的確であろう。


ぴょこんとアウラ特有の髪が踊った。



「たとえ変装するっていっても、女の子なんだから寝癖くらいなおさなくちゃ」

「はーい」

「きちんと行動に移しなさいよ?フィン悪いけど寝室から・・・」



アウラの髪を櫛で梳かしていたイョは、はたと手を止めて今の台詞を脳内で反復してから苦笑いを零し、窓から見える景色を眺めた。



「そうだったわ、フィンは今任務中だったわね」

「フィンってあの執事君?」

「ええ。わたくしは本当ダメね。フィンに頼りすぎていたわ。お願いすると何でもこなしてくれたから」

「執事君は万能型なんだねぇ。・・・キュンメルと交換しないかい?」

「あらやだ、キュンメルが聞いたら泣いちゃうわよ」



鈴のなるような笑い声にアウラもほんのりと笑みを浮かべそういえば、とイョを鏡越しに見上げる。



「銃が入ってる袋、あの時イョ君に渡したけどどうした~?」

「フィンが預かってるわ。任務でロンドン支部に寄るみたいだから。そういえばヤード内でわたくし達以外のことでも、ごたごたしてるみたいよ」

「なんでだい?」

「ジャック・ザ・リッパーの犠牲者がまた出たらしいの」



そういってイョはアウラの髪を梳かす手を再び動かした。







「フィン!こっちだ!!」

「すみませんミック警部補」

「構わないさ。フィンは今まで退役してたもんな。お前が復帰できて俺も嬉しいさ。だが相変わらず青白い顔してるなー」



ぼそりとミックはそう零したが、フィンは外套の裾を翻えしながらヤード仲間の元に駆け寄る。



ここはウェルコート男爵邸宅地内である。



警部補であるミックとフィン、そしてもう一人のヤード達はPhantom thiefの予告状により五日後の打ち合わせにきていたのだ。


「打ち合わせは良いが先に我が家に一通り目を通したらどうかね」


というウェルコートの薦めもあって邸宅地内を散策していたのだ。


そして見事にフィンは迷子になってしまい(挙げ句の果てにメイド、ヴァレット、フットマン、庭師にも出会えなかった)中庭から繋がる廊下で漸くミック達に出会えたのだ。



広間、画廊、図書館、寝室、浴室、厨房、書斎、応接間。


ウェルコートの邸宅は貴族として基本的な作りであったが、さすが美術に傾倒しているウェルコートである。かしこで見られる細かな装飾が訪れる人々の目を奪い続けてきたのだろう。



「これが、私が持っている蒼き指輪と考えられるものだ」



ウェルコートはそういうと応接間の机に執事に命令しジュエリーボックスから次々とブルーダイヤモンド、ブルーサファイア、アレキサンドライト、アクアマリン、エメラルドなどがあしらわれている青、または緑系統の指輪を取り出させ、手の甲に顎をのせ目を細めさせた。



「さて、私にはどれなのか理解しかねるのだが。君たちは分かるかね?」

「・・・・・・」



ニッコリと微笑まれた警部補のミックは頬をひきつらせつつも肘で横に立っていたフィンをこっそりと突いた。ロンドンでは見ることが難しくなった星が煌めく夜空のようだと思いながら、じっと机に散らばった宝石達を眺めていたフィンは弾かれたように顔をあげた。



「フィンはどれが予告状に書かれていた指輪だと思う?」



ハハ、と渇いた笑顔を浮かべるミックをフィンは呆れたように半眼で睨め付けたが机に並べられた宝石達全てに眼を通した後に、一つの宝石を指さした。



――光るアクアマリン




「ほう。なぜそれだと思った?」

「宝石に詳しい方からアクアマリンは『夜の宝石の女王』と謳われてると聞きました」



真夜中、仄かな残月の光で見るアクアマリンは、晴れ渡る海の色から深い海底の静かな色をその身に纏うと謳われている。


Phantom thiefの予告状に書かれている『眠れる姫』というのはアクアマリンが夜にしか本来の性質を現出しないということではないでしょうか。


フィンが淀みなく告げるとウェルコートは思わず感嘆の声をあげた。ミックともう一人の同僚も目を瞬かす。



「なるほどなるほど。なんてことはない、私もこの指輪がPhantom thiefのターゲットだと思っている」



ウェルコートは椅子に腰掛け大儀そうに指輪を軽く突くとコロンと机を転がった。ミックの後ろにいた同僚がひぃ、と息を呑みながらも口を開いた。



「そんな扱いをしても良いのですか・・・?」

「構わない。もとよりこのアクアマリンは私が望んで手に入れたものではないのでな。それに見たまえこのリングの部分。地金が太すぎる。不格好で見苦しさ極まりないとは思わないかね。私の美学に反するようなものをなぜ狙おうと思ったのか皆目検討がつかんな」



不愉快そうに指輪を一瞥してからミック達の前に置いた。


白い手袋を嵌めてからフィンは指輪を手にとり確かめると、たしかに今がゴシック・リヴァイヴァルだとしても余りにも厳つすぎる。


――だが、これで良いのである。


地金は関係ない。重要なのはアクアマリンそのものなのだから。

フィンはそう内心で呟きつつも真面目な顔を取り繕った。



「あまり大事でないのならヤードでお預かりしますが?かまいませんよねミック警部補」

「なるほど、つまり攪乱作戦か?」



新しい考えを提案されたミックが腕を組みながらふむ、と考えているとウェルコートが横から口を挟んだ。



「なに、それには及ばぬよ。私はその指輪には心残りがないが、不殺生を貫き通している風変わりな偸盗、Phantom thiefには興味が尽きないのでね。この機会は私にとって欣快の至りなのだよ」



押しころすようにしてウェルコートは、くつくつと笑い立ち上がった。




ミックは、留めていた外套のボタンを外してからウェルコート男爵邸宅を振り返って馬車に乗り込んだ。


がたんがたんと揺れる馬車内で大きく欠伸をもらし、帽子を膝の上にのせた。フィンは静かに窓から見える風景を眺めていたが、窓の外を見るのを止め手帳を開くとミックが声をかけてきた。



「一昨日またジャック・ザ・リッパーの被害者が出たんだが知ってたか?」

「はい。被害者は確かエマ・エリザベス・スミスですよね。本日付で公表された」

「今回は被害者が生きていたのが救いだな」

「ですね。証言で犯人像がつかめれば良いですけれど・・・」



ミックはフィンの言葉に、ああ、と思い出したように手を組んだ。



「三人のギャングに襲われたと証言したらしい」

「・・・ギャング、ですか」

「まあそいつらがジャック・ザ・リッパーかどうか信憑性は薄いがな」







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