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フランスの閑静な住宅街の一角でアウラはキッチンの戸棚から中型のフライパンを中央の、片手鍋を右のコンロに置いた。
そしてコンロの下にあるオーブンのグリルのボタンを二度押してから、オーブンの中に身体をねじり込んだ。
「・・・狭い、臭い。・・・・この匂いは魚を使った料理だねぇ」
アウラが文句をぶつぶつ言っていると、ふわりと浮遊感に襲われた。少し身じろいでからバタンと中から蹴り開けた。
そこには石造りの小さな空間と、さらに地下へと続く階段があった。
ヒンヤリとした空気に肩を竦め、薄暗い空間を豆電球の光を頼りに螺旋階段を円を描くように降りていく。
「毎度毎度呼び出しもツライんだよねぇ。今度の依頼はなんだろうねぇ。」
降りきった所に半円のホールに左から漆黒、純白、鮮紅の扉が現れた。そのうち漆黒の扉をアウラはノックしてから開けた。
中にいた人物が振り返る。
「集合時間は50分前だった気がするが?」
「いやぁ、本能に逆らえなくてねぇ」
「昼寝してた訳だなコラ」
眼鏡越しに切れ長の濡れ鴉色の瞳を細めアウラを睨む男の名をクレインと言う。
クレインは溜息を吐いて、髪をかき上げた。
そして、仕事道具であるパソコンのキーボードをたたくと、クレインの相棒の太郎・次郎・三郎のうち一番大きなディスプレイを持つ太郎に地図が映し出される。
アウラは太郎を見上げて、首を傾けた。
「またコリャア随分と入り組んでますねぇ?・・・・・面倒だねぇ」
「当たり前だ。何しろ大英帝国の首都、ロンドンだからな」
クレインはニヤリと笑い、硝子の皿からチョコレートを取り出して咀嚼した。
アウラはクレインに聞こえるようにわざと大きく溜息をついて、クレインの部屋から出て直ぐ隣、つまりは真ん中の純白の扉を開け、ふわふわなソファーに寝転んだ。
部屋にはソファー兼ベッドを中心に文学を愛した繊細かつ戦争に関しては類い希なる才能を発揮したフリードリヒ・ヴィルヘルム二世のサン=スーシ宮殿に代表されるロココ調の長方形のテーブル、椅子。それに加え衣装棚がずらりと並んでいる。
アウラはソファーに寝そべりながら机の上に手を伸ばし
レモンの飴を掴むと、口の中に放り込んだ。
(ああもう本当にレモン最高だねぇ。マジ美味い。し~あ~わ~せ~)
「ということなんだよねぇ。それよりも大英帝国のヴィクトリア女王のブルマーが4500ポンドつまり80万くらいで落札されたらしいよ。ちなみに紋章入りで胴回りは堂々の127センチ。70代で着用なんだってさ~」
「いや、そんな情報一体何処から仕入れてくるの」
アウラが座っている向かい側で少女とも言える女は、くるくるとコーヒーを混ぜていた手を止めてアウラを呆れたように眺めた。
女の名を玲という。
コードネームか本名かはアウラも与り知らぬ所だ。無論相手も『アウラ』という名がどちらに属するかは知らない。結局本当のことは自分しか知らないということだ。
「このネタはとある美人さん経由さ」
「・・・イョさんね。消息不明だったのはこの仕事のせいか」
アウラはレモンを搾りながら軽く頷くと、ぴゅんとレモンの汁がとびちった。
「あぁ・・・糧が・・・」
「アウラは相変わらず酸っぱいものが好きなんだね」
「うむ。この口に広がる酸味が素晴らしい。一度クレインの口に詰め込みたいものだ。あの甘党め」
「(酸っぱいものの話になると話し方が変わるのも相変わらずだなあ・・・)」
玲は口につけていたカップをソーサーに戻し、鞄の中から手帳を取りだした。
「仕事の依頼だよね」
「いえ~す。ちなみに今回はTOPが総動員されますよ~」
玲が手帳を持つ手に思わず力が入った。
“TOP”これはアウラが属する組織の、とあるコードに使用され、3人のことを指し示す。
第一に鬼才のクレイン。第二に奇才のイョ。第三の機才のアウラ
今、玲の目の前でレモンを幸せそう搾っている彼女。裏の世界に生き、各々が持つ才で今まで一人で裏の世界を渡り歩いてきたこの3人が結託してミッションを行うことはそうそう無い。
だが今回”TOP”が発令された。これが指し示すのはいつもより難易度の高い、または危険を伴うミッションということだ。
玲はリスのように新たなレモンを口いっぱいに頬張るアウラを見るために俯いていた顔をあげた。
「一体何を盗るつもりなの?」
アウラは玲の問いかけにニヤリと笑い、何も持っていなかった手から一枚のトランプを出現させ指先で遊ばせた。
絵柄はハートの女王。
しかし、アウラがトランプをくるりと回すとそこには文字の羅列が記されていた。
アウラはトランプを玲に手渡し、残っていた紅茶を飲み干す。
「同業者として仲良くしましょうねぇ~」
アウラはそういって席を立ち、伝票の上にお金をおいてから、手をひらひらと振ってカフェを出た。
何度目かの角をまがり薄暗い細道に入ったアウラは、足をとめ、くつりくつりと喉で笑い、玲の質問に答えるように空を見上げて呟いた。
「全て、なんて言ってみたいね」




